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WILDFLOWER The Avalanches (Universal) by YUYA SHIMIZU
RYOTA TANAKA
October 18, 2016
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WILDFLOWER

周回遅れでトップに躍り出た長距離ランナーが
サイケデリックな星条旗を掲げたウィニング・ラン

アヴァランチーズの16年ぶりの新作を聴いて考えるのは、「タイム・ラグ」という概念だ。短いイントロダクションに続いて流れる“ビコーズ・アイム・ミー”で大胆にサンプリングされた、ハニー・コーンの“ウォント・アズ”。〈モータウン〉の専属ライター・チームだったホランド=ドジャー=ホランドが70年代にプロデュースした女性3人組のこのヒット曲を、90年代のフリー・ソウル・ブームに浴びるように聴いてきた人なら、懐かしさ以上に、若干の気恥ずかしさ、センスの古さを感じてしまうのではないだろうか。

ソウル・ミュージック同様に本作のサンプリング・ソースとなっているのが、60年代のサイケデリック・ポップ、とりわけメロディとハーモニーを強調した、アソシエーションやハーパース・ビザールといったバンド。彼らも日本では「ソフト・ロック」と呼ばれるジャンルの代表的な存在として親しまれてきたが、欧米での評価は低く、名盤の誉れ高いハーパース・ビザールの『シークレット・ライフ』ですら、米レヴュー・サイト〈オールミュージック〉における評価は星一つ半という有様だった。ところが2000年代以降、〈チェリーレッド〉や〈サンデイズド〉といったレーベルがこの手の音楽を再発し始めたことから海外でも再評価が高まり、徐々に認知されるようになる。つまり彼らにとっては未開拓だったはずの音楽が、日本のリスナーにとっては既視感を覚えるものだったことは、16年間というブランクが生んだ、予期せぬ事態だったと言えるのかもしれない。

フレーミング・リップスと並ぶモダン・サイケの雄、マーキュリー・レヴのジョナサン・ドナヒューをゲスト・ヴォーカルに招いた“カラーズ”はサンプリングを一切使わずに作られた曲だが、これもネイティヴ・アメリカンのサックス奏者ジム・ペッパーが書いた“ウィッチ・タイ・トゥ”という曲(本作でもサンプリングされている)を、ハーパース・ビザールがカヴァーした有名なヴァージョンを連想させるのだから、900曲とも呼ばれるサンプリングを駆使し、あまりの情報量にオーヴァーロードを引き起こすようだった前作の革新性を求めていた人たちからすれば、拍子抜けしてしまうのも無理はないだろう。

では本作が手垢のついた、時代遅れの音楽かというと、必ずしもそうではない。ゲスト参加しているトロ・イ・モワやテーム・インパラ、アリエル・ピンクといったアーティストたちによって、サイケデリックなサウンドは若い世代にも浸透しており、彼らのファンはその延長にある、2016年のニュー・アルバムとして本作を聴くことが出来るのだ。少なくとも、半ば隠遁状態にあったインディ・ロック界最高の詩人デヴィッド・バーマンを引っ張り出し、その後継者たるファーザー・ジョン・ミスティと引き合わせただけでも本作には価値があるし、その「編集感覚」は、まさに彼らの面目躍如といったところ。

そして本作が興味深いのは、ある意味ではもっとも白人的な音楽と言えるドリーミーなサイケデリック・ポップと、キャンプ・ローやダニー・ブラウン、MFドゥーム、ビズ・マーキーといった黒人ラッパーたちによるポリティカルなヒップホップが、アルバムに交互に配されていることだ。20世紀を代表する白人歌手でありながら、マフィアとの黒い噂が絶えなかったフランク・シナトラを揶揄したようなカリプソ風の“フランキー・シナトラ”も示唆に富んでいるが、「おれたちは銃なんて持っちゃいないし/ただ警察に目撃させておくだけだ」(“ビコーズ・アイム・ミー”)、「たのむよお巡りさん、おれはウォッカを少し飲んだだけ」(“フランキー・シナトラ”)、「奴らは単に警察を呼ぶ/なぜって俺が23才で黒人で/腰でパンツを履くからだ」(“リヴ・ア・ライフタイム・ラヴ”)といった、近年の白人警官による黒人への暴力に言及した歌詞こそが、本作を2016年の作品として成立させているではないだろうか。

アメリカの星条旗を模した本作のジャケットは、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの『暴動』を思わせるが、それはサイケデリックに染め上げられている。実際スライ・ストーンはデビュー前、ハーパース・ビザールの前身バンドが所属するレコード・レーベルのプロデューサーとして働いていたことでも知られているが、あらゆる人種が共存し、ハーモニーを奏でる、そんなユートピアを描いたのが本作だと言えるのかもしれない。1分遅れていると思った時計が、実は23時間59分進んでいた、そんなことだってあるのだ。

文:清水祐也

あなたが去ってから16年~遂に届いた2作目に描かれた
「だってこれが僕だから」という肯定性の背後に潜む凄みとは

アヴァランチーズ……いやこれは中心人物であるロビー・チェイターの人間宣言だ。サンプリング・アートの金字塔たる1stアルバムで名高いユニットの16年ぶりとなる2作目『ワイルドフラワー』は、前作『シンス・アイ・レフト・ユー』が当時の6人編成だからこそ唯一無二の輝きを放っていたことを結果的に証明してしまう作品だろう。3,500以上ものサンプリング素材をコラージュし、スクラッチやジャグリングといったターンテーブリズムを中心に楽器演奏を加えて、甘美かつクレイジーなポップ・ソングを仕立て上げた『シンス・アイ・レフト・ユー』は、一人の偏執狂的な天才の御業ではなかった。あのアルバムの重層的な魅力は、やはりメンバーそれぞれの音楽性やアイデアが落とし込まれた賜物だったのだ。

だからと言って、(前作時からのメンバーであるトニー・ディブラシのサポートを受けつつも)ロビー・チェイターのソロ・プロジェクトといった趣の強い本作『ワイルドフラワー』が、前作と似ても似つかぬ作風になっているというわけではない。むしろ、これ以上ないほどアヴァランチーズらしさに溢れている。カラフルなサイケデリア、ドリーミーなメロディ・ライン、オールドタイミーな音の質感、ミッドテンポのグルーヴ――それらを手作業で切り貼りしたかのようないびつさも含めてチャーミングなコラージュ・ポップは、極めて記名性が高い。華やかなソウル・アンサンブルの上で野太いラップと回転数を変化させたヴォーカルが絡む“ビコーズ・アイム・ミー”や、ぶ厚いハーモニーに菅弦楽器の多彩な音色が散りばめられたソフト・ロック風の“ハーモニー”などは、多くのリスナーが求めるアヴァランチーズ像と一致することだろう。彼らの登場以降、ゴー!・チームやサニーJ、TVガール、ここ日本でもハンサムボーイ・テクニークやドリアンといったサンプリングを駆使して独自のサウンド・ワールドを創造する音楽家たちが多数登場したが、ロビー・チェイターはそれらのどれとも異なるアヴァランチーズ・ムードを16年のブランクを経てなお甦らせている。

であれば、違ってくるのはビートだ。『シンス・アイ・レフト・ユー』で鳴らされていたファットなドラムとドラッギーなアシッド・ベース。それらは同作の何かに追われるかのような疾走感に貢献しており、だからこそ聴き手はアルバム一枚を通して冒険じみた旅を体験出来た。表題曲のイメージに引っ張られている節があるが、『シンス・アイ・レフト・ユー』は決して甘美な白昼夢を描いただけの作品ではない。悪戯っぽい騒々しさとバッド・トリップ時に感じる恐怖がそこかしこに顔を出す同作には、ナイトメアの側面も備わっているのだ。そして、なかでも喧騒と酩酊を映し出しているのが、サウンドのレイヴ要素であり、それらが『ワイルドフラワー』からすっぽり抜けていることを思うと、この16年で脱退したメンバー――特にターンテーブルを担当していたデクスター・ファベイとジェイムス・デラ・クルーズがダンス・カルチャーの足場を担っていたのではないか。

16年前よりも権利関係がデリケートになりサンプリングを使うことのハードルが上がったからか、『ワイルドフラワー』ではマーキュリー・レヴのジョナサン・ドナヒューやトロ・イ・モア、さらにダニー・ブラウンやビズ・マーキーといったラッパー勢まで多くのゲスト・ヴォーカルを迎えている。サンプリング・コラージュならではの魅力という面では減点材料にあたるかもしれないが、よりソング・オリエンティッドになったことで、ソフト・ロック~サイケデリック・ポップとしては端正さを増した。『ウォールフラワー』は決してダンスフロアの住人たちの瞳孔を開かせるような音楽ではない。『シンス・アイ・レフト・ユー』の神経症的な切迫感は皆無で、ただひたすらに甘美で心地良く、ヴァン・ダイク・パークスの『ソング・サイクル』やハイ・ラマズの『ハワイ』と並べるべき作品だろう。

それにしても、不穏さや殺伐とした空気の蔓延する2016年、ここまで甘い白昼夢を創り出そうとする音楽家はロビー・チェイターしかいないだろう。だが、そこにこそ空白の歳月が抱える重みを嗅ぎ取ることが出来やしないか。かつての仲間の多くは去ってしまい、自己免疫性疾患を患い創作活動が出来ない数年間もあったという16年間、彼は筆舌に尽くしがたい地獄を見たこともあっただろう。だからこそ、音楽では桃源郷を作る必要があった。“ビコーズ・アイム・ミー=だってこれが僕だから”とオプティミスティックに口走る背後では、表現せざるをえなかった男の鬼気迫る凄みが横たわっているのだ。

文:田中亮太

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