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IT'S ALBUM TIME Todd Terje (Beat) by YOSHIHARU KOBAYASHI
YUSUKE KAWAMURA
April 10, 2014
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 IT'S ALBUM TIME

北欧ニュー・ディスコの枠を超え、ノリに乗っている男が、
アルバム・アーティストとして踏み出した盤石の第一歩

2000年代後半に較べると、流石に北欧ニュー・ディスコの勢いも幾分落ち着いたかのように思える。だが、そんな状況はどこ吹く風で、リンドストロームやプリンス・トーマスに続く次世代(というほど離れてはいないが)、トッド・テリエの名声はここ数年うなぎ上りだ。やはり決定的だったのは、2012年に送り出した『イッツ・ザ・アープスEP』収録の“インスペクター・ノース”。それまでも十分に高い人気を誇っていたものの、ポール・サイモンやマイケル・ジャクソンからスティーヴィ・ワンダーやビー・ジーズまでのトラックを見事に調理した、リエディット・マスターとしての評価が優先していたのは否めない。だが、久しぶりに発表したオリジナル曲“インスペクター・ノース”のスマッシュ・ヒットは、彼のトラック・メイカーとしての才能も強く印象付けた。おまけに、その後も“ストランドバー”や“スパイラル”といった素晴らしいシングルを連発。今や彼は押しも押されもせぬ人気者になったというわけだ。

まずはリエディット職人/リミキサーとして名声を築き、続いてはトラック・メイカーとして盤石の人気を確立。極めて順当にステップアップしてきたテリエが次に目指すのが、アルバム・アーティストとしての評価というのは筋が通っている。「アルバムの時間だ」という人を喰ったようなタイトルは、おそらくふざけているのではない。初シングルのリリースから10年、遂に1stアルバムをリリースするべきタイミングが本当に巡ってきたのだ。

どこかユーモラスで茶目っ気があって80年代ポップ的な煌びやかさも感じさせるという、「これぞテリエ!」といった楽しげなヴァイブは本作でも全開。序盤は控えめなコズミック・ディスコで肩慣らしをしているが、“スヴェンスク・ソース”ではラテンのリズムが生き生きと躍動し、“アルフォンソ・ムスケドンデル”では得意のジャズ・ピアノで生ドラム(?)とのつばぜり合いを見せる。そして、アルバムのちょうど折り返し地点と最後に配置されているロバート・パーマーのカヴァー“ジョニー・アンド・マリー”は、オリジナルからかなりテンポを落とした、壮大でロマンティックなシンセ・ポップ・バラードだ。これまではフロア・フレンドリーなトラックを作る手腕を高く買われていたテリエだが、ハウス/ディスコのイーヴン・キックから離れた曲でも十分に魅力的なものを生み出すことが出来るのを証明している。

とは言え、もちろん彼一流の超メロディアスなエレクトロ・ディスコも忘れてはならないだろう。パワフルなシンセが唸る“デロリアン・ダイナマイト”は間違いなく新たなフロア・キラーだし、B級SF映画の如くチージーな宇宙遊泳を繰り広げる“オー・ジョイ”も面白い。“ストランドバー”や“インスペクター・ノース”といった大ヒットの素晴らしさは言わずもがなだ。

アルバム全体の流れや曲調の幅広さからして、テリエが最初から最後まで通して聴くホーム・リスニング作品を強く意識したことは間違いない。しかし、だからと言ってフロア・キラーのシングル曲が浮くことはなく、むしろ適切な配置によって非フロア志向のトラックと上手く互いを生かし合っている。その構成力はお見事。これによってテリエがアルバム・アーティストとして盤石の一歩を踏み出したという事実は揺るぎはない。

文:小林祥晴

北欧からの南風
甘く愉快なディスコ・コメディ

なんとなく「若手」なんて思ってたら、もう10年選手に近い、移り変わりの早いダンス・シーンでは重鎮も重鎮。いまやフランツ・フェルデナンドのプロデュースも手がけるディスコ・シーンの名プロデューサーといった感のあるトッド・テリエ。ビヨン・トルシュケやルネ・リンドバーグを第一世代とすれば、その次のリンドストローム、プリンス・トーマス、三世代目……というよりも、そのちょい下の弟分といった感覚でデビュー以来、コンスタントにエデット、リミックス、トラック・メイクとわりと沈むこと無く、そろそろ10年。やっとこぎ着けたオリジナル・アルバムのリリースというわけだ。

トッド・テリエの作品の魅力は、やはりなんといってもそのメロディとユーモラスな態度が生み出す、ポップ・センスと言っていい。ディスコのポップスとしての性能をユーモアとメロディ・センスで最大限に生かす。そんな感覚だ。本作はそれこそが彼の「色」だと言わんばかりの作品でもある。

もちろん、彼が時に提示する、胸が締め付けられるような美しいメロディで示すバリアリック・フィーリングなトリップ、それも良い。それも捨て難いが、やはりこの男の本質はそれだけではないことがこのアルバムでよくわかる。

ブライアン・フェリー参加の“ジョニー・アンド・マリー”で泣きが入ったかと思えば、大ヒット・トラックながらアルバムのなかでは壮大すぎてどこか違って聴こえる“インスペクター・ノース”や“ストランドバー”では、突如として宇宙絵巻が広まり、ラテン・フュージョン“スヴェンスク・ソース”では南国で繰り広げられるドタバタ絵巻が……それらのサウンドは、言ってしまえばサイケではない。どこへも行かない。つまらんかと言えばまったくそうではない。時に美しい曲にぐっと持ってかれていき、時にゲラゲラと楽しく音の戯れを楽しむ。目の前で繰り広げられる喜劇、1曲1曲がその1シーンを示しているようで、アルバム1枚を通してまるで南国と宇宙が舞台のコメディSF映画のような世界観が広がっている。

この感覚はどこから来るのか?それはひとつに彼のひとつの武器でもあるバリアリック・フィーリングのさじ加減だ。これを意図的に肥大化させることによって、どこかモンド~イージー・リスニング的な表情をアルバムで展開している。ある種トランシーなリフやピアノ・リフは、まがまがしく描くことで距離感を喪失させる。言わば、地中海に沈む夕日の下でトリップしていたつもりが、背景がいつの間にか銭湯の書き割りになっている。サウンドからは、そんな人を食ったギャグのようなイメージが浮かぶ。これがまたアルバム1枚を聴く非常に有能なフックとなっている。このギャグへのさじ加減こそ、アルバムで彼が試したかったものではないだろうか。

まぁ、とにかくキュートで愉快なやつなのだ。

文:河村祐介

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