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ASTROWORLD Travis Scott (Sony) by MASAAKI KOBAYASHI
YUYA WATANABE
December 10, 2018
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ASTROWORLD

ポスト・トラップを牽引してきたラッパーが
サウスの伝統とつながった重要作

トラヴィス・スコット本人も公言しているとおり、この『アストロワールド』というタイトルはテキサス州ヒューストンにかつて存在したアミューズメント・パーク「シックス・フラッグス・アストロワールド」に由来するものだ。アトラクションのほとんどが絶叫マシーンということでも有名なこの遊園地は、1968年の開園から長きにわたって地域住民に親しまれるも、2005年に解体。その後、空き地ではこれといった再開発が行われることもなく、放置状態が続いたという。

幼少期にこの遊園地で多くの時間を過ごしてきたトラヴィスの思い入れたるや、相当なものなのだろう。彼は2016年のインタヴューで「自分はあの場所を奪われてから音楽を作り始めた」とまで発言。かくしてトラヴィスの通算3作目となるアルバム『アストロワールド』は、架空の遊園地というコンセプトに則って、自身のルーツを再提示する作品となった。

アメリカ南部のヒューストンで育ったラッパーが自分のルーツと向き合えば、おのずとそこにはサザン・ヒップホップの歴史も絡んでくる。そこでまず着目したいのが、アルバム9曲目の“5%ティント”。車のスモーク・フィルムを意味するこのタイトルは、04年に発表されたスリム・サグをフィーチャーしたマイク・ジョーンズの大ヒット曲“スティル・トリッピン”の「5% tint so you can't see up in my window(5%ティントだから車窓のなかは覗けない)」というラインから引用したもので、もちろんここには地元ヒューストンのラップ・シーンをリードしてきたスリム・サグへの敬意が込められている。さらに“5%ティント”ではグッディー・モブの名曲“セル・セラピー”を大胆にサンプリング。これもまたサウスの歴史に連なろうというトラヴィスなりの意思表示だろう。

そして、レイ・シュリマーのスワエ・リーが客演した4曲目の“R.I.P.スクリュー”。タイトルからも察してもらえるように、この曲はチョップド&スクリュードという画期的な技法を発明したDJスクリューへのトリビュートだ。さらにアルバム冒頭のコデイン賛歌“スターゲイジング”では、DJスクリュー率いるスクリュード・アップ・クリックのメンバーだった故ビッグ・モーの代表曲“バール・ボーイ”を引用。ドレイクとスウェイ・リーが参加し、トラヴィス初の全米No.1シングルとなった“シッコ・モード”では、同じくスクリュード・アップ・クリックに所属していた故ビッグ・ホークのサンプル・ヴォイスが使われている。このように、『アストロワールド』は地元ヒューストンからシーンを切り開いた先達への敬意を示した作品でもあるのだ。

このアルバムを携えたツアーの一環として、トラヴィスは地元ヒューストンにて〈アストロワールド・フェスティヴァル〉を開催。ジェットコースターをステージ上に再現するなどの大掛かりな仕掛けも用意されたこのフェスは、4万人を動員。この催しは地元からも賞賛され、ヒューストン市は同フェスが開催された翌日の11月18日を「アストロワールドの日」に制定したという。トラヴィスは今作のリリース時に「地元から奪われたアストロワールドを自分が取り戻す」とも話していたが、まさに彼はそれを彼なりのやり方で実現させたのだ。

それにしても、ラッパーと呼ばれることを好まないばかりか、「自分はヒップホップじゃない」とまで発言していたこともあるトラヴィスが、こういう比較的オーセンティックなアプローチに臨んだのは少しばかり意外でもあった。だが、いずれにせよ彼がここでサウスの伝統とつながったことはファンから喝采され、どうやらセールス面でもキャリアハイを更新することになりそうだ。ヒップホップの外部として機能していたがゆえに、現行のラップ・シーンの頂点に躍り出た彼が、再びヒップホップの歴史とつながり始めたという点でも、本作はドレイクの『スコーピオン』と並ぶ2018年の最重要作だ。

文:渡辺裕也

そもそもこれはトラヴィス・スコットの作品なのか?お前はどこにいる?
ラップがポップになってしまった時代の、とっちらかった記号の遊園地

数え方にもよるけれど、5分少々の曲“シッコ・モード”が、少なくともビートが大きく二度変わる、つまり、最低でも3種類のビートで構成されている曲なのに、プロデューサーというかビートメーカーが6人もクレジットされているのを知ったのは、比較的あとからだった。

この曲のようにビート・チェンジ(スウィッチ)を含む曲は、例えば、ケンドリック・ラマーも好んでいるし、カニエ・ウエストの“ニュー・スレイヴス”、それ以前にはジェイ・Zやギャング・スターも演っている。最後の2組が90年代に発表した曲の場合は、ティンバランドなり、DJプレミアなりが、たった一人で一曲内で一度あるいは二度ビートがスウィッチする曲を作っていた。昨今では、ケンドリックが、ビートの種類と同じ数のビートメーカーを起用する一方、カニエは一度しかスウィッチしない曲の制作に、彼自身を含めて7人をプロデューサーとしてクレジットしている。彼の場合、完成版の曲では、当初提供したビートの原型をとどめていなくても、どこかの時点でビート作りに携わった者はクレジットされるようだ。この“ニュー・スレイヴス”のプロデューサー・クレジットには、トラヴィス・スコットの名前が確認できる。そこではカニエ自身もビート作りに関わっているのに対して、“シッコ・モード”ではトラヴィス自身はクレジット上では関与していない。

トラヴィスはデビュー・アルバム『ロデオ』の頃までは、自身の楽曲にもプロデューサーとしてもしっかり関与し、聴きようによっては、全体の8割以上でビート・チェンジを駆動力にしていたとも言える。それが、今回“シッコ・モード”に凝縮されたというつもりはない。それよりも、プロデューサーとしてのトラヴィス・スコットはどこにいるのか、というか、通算3作目となるこの『アストロワールド』のどこにトラヴィス・スコットはいるのか、聴くたびに気になっていった。

彼は、前作の時点で、自分は「めちゃくちゃラップするような奴ではない」と公言しているくらいなので、ラップ面ではとりたてて何かを期待するわけではない、とはいえ、内容なんてなくてもいいから何か面白いこと、ちょっとだけでもいいから気の利いたことを言ってほしい、という思いはある。だいたい、代表曲の一つ“アッパー・アーケロン”のヴァースでさえ完全に客演陣にもっていかれているし、逆に、フックを書いてみただけだったヤング・サグとクエイヴォの曲“ピック・アップ・ザ・フォン”については、後から自分ヴァージョンもイケると判断し、最終的には正式に3人の曲ということにしてしまっている。『ロデオ』から作品を重ねるごとに、自分が携わった作品をますます俯瞰でみられるようになってきたと考えてもいいのではないだろうか。言い換えれば、単に自分のパートだけがうまくいくことよりも、楽曲もしくはアルバム全体としての充実度や完成度に注意が向けられているということだろうか。

であるなら、他のアーティストたちの才能を活かすのことにも熱心であるはずだ。それ自体は、前作と同じ趣向ではある。が、今回は実際にアルバムをプレイしなければ、誰がどこに出てくるのかわからない。つまり、客演者は全員シークレット・ゲストとして位置付けているのだ。曲をプレイして初めて驚いたり、感激したりするのは、「アストロドーム」のような遊園地で遊ぶ時と同じだ。

もっともこうした遊園地には、どこにでも設置してあって絶対外さないアトラクションというのも含まれている。例えば、ここでも“ウェイク・アップ”のウィークエンドも、“シッコ・モード”のドレイクも、彼ら自身の曲で聴いたことのある彼らと同じだ。また、“アストロサンダー”はタイトルを全く知らずに聴いたとしても、サンダーキャットの曲を知っているリスナーなら、これは彼が何かしらの形で絡んでいると気づける安心感がある。ただ、『アストロワールド』をプレイする人の多くがウィークエンドの歌ほどサンダーキャットのベースには馴染んでいないはずだ。そういう時には、トラヴィス自身が制作段階からしっかりと携わっている。サンダーキャット以上に驚きの、そして、チャレンジングなアトラクションとなるスティーヴィー・ワンダーのハーモニカが飛び出す時も、当然トラヴィスはプロデューサーとしても関わっている。

とにかくフランク・オーシャンに始まり、ジェイムス・ブレイクを経て、ミーゴスのクエイヴォに至るまで、こうしたアトラクションの数が多い。と同時に、全体を通じて、あまりそう思わせないように丁寧に作り上げているのはよくわかる。それでも、やはり、気になるし、気にしたいのは、ラッパーとしてのトラヴィスの居場所だ。例えば、“キャント・セイ”でエイコン気質のオートチューン使いで聴かせるドン・トリヴァーは、全く新しいアトラクションとして、トラヴィスの存在すら掻き消すような勢いを持っている。

ラッパーとして自分を前面に置くことよりも、自分が参加した楽曲をどこにどう配置したら、全体として、そして、娯楽として楽しんでもらえるか思案したキュレーター。そういった立ち位置をさらに推し進めたのが今回のトラヴィス・スコットであるように思えてならない。シークレット・ゲストの件についても、キュレーター的な欲望ゆえに、まず一回目はアトラクションの出演者の名前を一切伏せた状態でプレイしてもらいたかった、という含みがあったとも想像できる。

さらに、キュレーターとして必要以上に来場者を配慮した見せ方は、例えば、“シッコ・モード”から聞き取れる。ここでは、ビギーやルークなど複数の先輩ラッパーの楽曲からのサンプルが嵌め込まれている。ただ、それらは、リリックから曲名に当たる部分だけだったり、サビのワンフレーズのみだけを切り取ったように聞こえる。とってつけただけ、とまでは言わないものの、例えば、自分は先達のこんなラインが好きで思わずここに、という想いがあったとしても、これだけではそこまでは伝わってこない。また、ヒューストンに実在した遊園地の名称をタイトルに持ってきたからなのか、3作目にしてようやく地元の先達(DJスクリューやビッグ・ホーク)に対するリスペクトを、これまたわかりやすいやり方で伝えている。

トラヴィスはアルバム・デビューした頃から、彼が、ラップしているのは、彼自身のことなのか、誰のことなのかよくわからない、と言われてきた。彼のことなのかもしれないけれど、それは他のラッパーにもあてはまるのでは、というわけだ。そんな彼ではあるけれど、本作のラスト“コーヒー・ビーン”では、どうやら彼自身の私生活に触れているようだ。自分の作品を「自分側」に引き寄せようとしていた彼の中から出てきたのが、地元ヒューストンに実在はしたけれど、現存はしない遊園地を思い描き、そこに肉付けしてみる、そんな企画/コンセプトだったのだろう。と同時に、これを打ち出した時点で、自らのキュレーターとしての資質が(これまで以上に)自ずと活かされるはずだとの自覚は彼自身にもあったのではないだろうか。

文:小林雅明

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