SIGN OF THE DAY

2019年 年間ベスト・アルバム
6位~10位
by all the staff and contributing writers January 02, 2020
2019年 年間ベスト・アルバム<br />
6位~10位

10. Beyoncé / Homecoming: The Live Album

2019年 年間ベスト・アルバム<br />
6位~10位

ウッドストックやモントレー・ポップ・フェスティヴァルに並ぶ文化的な転換点とまで称賛された、ビヨンセによる2018年4月の〈コーチェラ〉でのヘッドライナー・ステージ=通称「ビーチェラ」。その歴史的な瞬間を単なる伝説として風化させることなく、世界中の人々が追体験できる作品として記録したのがこのライヴ・アルバムと、同時公開されたNetflixのドキュメンタリーだ。黒人社会の知性を象徴する歴史的黒人大学=HBCUのパフォーマンスに支えられながら、ビヨンセはこのステージで自らの全てを総動員してみせる。ディスティニーズ・チャイルド時代からソロ最新作『レモネード』に至るまでのキャリアを総ざらいしたセットリスト。ブラック・ナショナル・アンセムとも呼ばれる“リフト・エヴリ・ヴォイス・アンド・シング”の斉唱。何度となく繰り返される、女性を鼓舞するメッセージ。ジェイZや愛娘ブルー・アイヴィーとの共演で見せる妻や親としての表情。そして何より、100人以上のダンサー/マーチング・バンドを従え、ニュー・オリンズのセカンドラインからヒューストンのチョップド&スクリュードに至るまでのアメリカ南部の歴史を総括し、スタジアム・クラスのエンタテイメントとして提示するというアイデアとそれを具現化する圧巻の表現力。ありとあらゆる抑圧から解き放たれ、全身全霊で自分自身を表現するパフォーマーの姿が余すことなく記録されている。2019年現在、我々が生きているのは「ビーチェラ」以降の時代なのだ。(青山晃大)

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9. Tyler, The Creator / IGOR

2019年 年間ベスト・アルバム<br />
6位~10位

冒頭に置かれたテーマ曲から結構聴き続けても、タイトル・ロールとなるイーゴー(Igor)なるキャラはなかなか出てこないし(9曲目でやっと?)、タイラーともう一人の男と、この男が気にかけている女が形作る三角関係もなんか複雑そうだ。自分のもとを去っていった相手のこと(カニエ参加の“パペット”や、本作の各種フィジカル盤の4曲目に収録され、配信ヴァージョンが楽曲の一部であることがわかる“ボーイフレンド”と題された完全版で言及)をなかなかあきらめられない、そんなモヤモヤした感じは、1曲目のテーマ曲に敷き詰められた歪んだベース(の音)に象徴されているのか、アルバム全体を通じて変奏(変形)されてゆく。自らの恋情にまつわる感傷や感情の傷つきやすさについて、タイラーは近作で取り上げ続けてきたが、今回は前作までを凌駕する、想像もつかないやり方で、ひとつの作品としてまとめてきた。これはラップだとか歌だとかいちいち気にする以前に、「どうしたの? その声は!」と、一瞬慌てながらも楽しい驚きをもたらすような変声ぶり(特に“ゴーン・ゴーン”)を随所で聴かせ、オートチューンが常識の時代とは無縁の創作領域に突入。(本作のラスト収録曲に参加している)ファレル譲りのポップ・センスだな、などと落ち着いて聞いていられないほどポップな混沌にまみれた音楽空間が広がっている。恋する人としてのタイラーのことは結局よくわからないけれど、創作者としてのタイラーは幸せに満ち溢れているのでは?(小林雅明)

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8. Big Thief / U.F.O.F.

2019年 年間ベスト・アルバム<br />
6位~10位

社会全体の動乱と不穏さと反比例するかのように、どこまでも豊饒な変化と革新のディケイドだった2010年代。だが、ひたすらスピードが加速した変化を追い越すかのように消費のスピードが加速度的に進み、ジャンル・クロスオーヴァーの果てに訪れたのが均質化だったという笑えない末路を前に、誰もがもう一度自らのアイデンティティを模索し、それぞれの出自に回帰していくかに見えたこの10年でもっとも退屈な年、それが2019年という年だろう。もしかすると、それは作家だけでなくオーディエンスにも起こった変化だったかもしれない。“ポール”一曲のバンドなどと高を括っていた筆者のような失礼な輩でさえ、このフォーキーなインディ・ロック・アルバムに耳を奪われたのだから。音楽は言語だ。それゆえ時代が変われば、必然的に変わらねばならない。だが、再び誰もが伝統と過去に回帰していくことは、この全世界的な歴史健忘症の時代にとっては必然だったのかもしれない。誰もが人類と社会の未来のことばかりに血眼になる時代に、自然と動物、地球外生物の友人について歌うこともまた必然だと言えるだろう。エネルギーの安全な確保と気候変動が鬩ぎ合い、ツアーよりも巨大フェスへの出演ばかりが取り沙汰される時代に彼女たち/彼らはPAなしで演奏出来るようなサウンドを奏でる。呟くためのプラットフォームで怒号と怨念の声が飛び交う時代に彼女たち/彼らはささやくように歌う。果たしてこれが正解かどうかはわからない。だが、今はただやれることをやり、自らの選択を信じるしかない。(田中宗一郎)

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7. FKA Twigs / MAGDALENE

2019年 年間ベスト・アルバム<br />
6位~10位

2015年の『M3LL155X』の時点で、既にアルカは制作にノータッチなのに、彼との共同作業の延長線上にあるように聴こえたのは、こちらの先入観のせいなのか。そして、本作を一聴した時点では、アルカの構築するサウンドが、舞台装置のようにFKAトウィグスのアルバム全体を構築し、透明なのに驚くべき粘着力を持つ皮膜のように彼女を覆っていたのでは、との思いにかられる。あからさまに、その皮膜をはがしにかかったわけではないだろうが、他の数曲の収録曲同様に、ベニー・ブランコ、スクリレックス、カシミア・キャット、ニコラス・ジャー等が制作のために集結した“サッド・デイ”で現れ出てきた彼女の第一声は、一瞬誰もがケイト・ブッシュの再来かと耳を疑うようなもので、FKAトウィグスを剥いてみたら顔を出したのがケイトだったというのは、ある種の新鮮な驚きを引き出す。だが、本作で彼女が本当にさらけ出したかったのは、彼女自身に対する「世間一般のイメージと実像との大きな隔たり」に対する釈然としない気持ちだったのではないだろうか。特に、“メアリー・マグダレン”では、マグダラのマリアに自分自身を重ね、さらに、自らヴォイス・シンセを操り「声」のズレ(隔たり)を演出し、サンプルされたクワイアが地球に落ちてきたエイリアンの声のように彼女を援護する“フォールン・エイリアン”では、自分は「異界の住人」などではない、と訴えているかのようだ。つまり、前作までの作品を通じて表現された彼女の音楽もイメージも、そしてもちろん本作におけるそれらも、他の誰かがお膳立てをして作ってくれたものではなく、その時々の彼女の実像なのだ、という力強い意思表明となっている。(小林雅明)

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6. Solange / When I Get Home

2019年 年間ベスト・アルバム<br />
6位~10位

ソランジュによる4作目のアルバムは、姉のビヨンセが『ホームカミング』という名の一連の作品でエンタメ界を席巻する一ヶ月半前にリリースされた。くしくも、そのテーマは「ホーム」。この符合こそ偶然の一致かもしれないが、ソランジュがビヨンセに少なからず刺激を受けて自らの表現に反映させているのは間違いないと思う。実際、音楽と同時にヴィジュアル・フィルムを公開するという手法は、ビヨンセの過去二作を踏襲している。ただ、こと表現内容における姉妹の関係性は、コインの表裏のように対照的だ。ビジネス・モデルからパフォーマンスに至るまで、あらゆる面でマキシマリズム的なアプローチを取るビヨンセに対して、ソランジュはミニマルで観念的。簡潔なフレーズがリフレインする作詞、生々しくラフな生音とアンビエンスが同居するプロダクション、定型的な構成や展開のないショート・トラックの羅列――全てが明快な答えを避け、余白を残したアンニュイなムードの中で鳴っている。ビヨンセが放った眩い生命の光に隠れた亡霊たちの影を、実体化せぬままに掬い上げたかのような、2019年きってのミステリアスな音楽。(青山晃大)

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2019年 年間ベスト・アルバム
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2019年 年間ベスト・アルバム
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2019年 年間ベスト・アルバム
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