SIGN OF THE DAY

2021年 年間ベスト・アルバム
1位~5位
by all the staff and contributing writers December 31, 2021
2021年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

5. C. Tangana / El Madrileño

2021年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

〈NPR〉の人気番組『タイニー・デスク・コンサート』で、2020年4月に見せたパフォーマンスが、このセー・タンガーナを、彼の母国を含むスペイン語圏以外の人たちに広く知らしめしたのは間違いないだろう。圧倒的な視聴回数に加え、リアクション映像も次々にアップされていった。四角い食卓の奥に腰かけた彼の後ろには女性バック・ヴォーカリストたちが立ち並び、その食卓の左右には、小振りなキーボードやアコースティック・ギターを構えた者たちが向きあうように座っている。パルマ(手拍子)が響き、曲が進んでゆくと、ロザリアの『エル・マル・ケレル』(2018)の楽曲群を思い起こすかもしれない。その彼女のブレイク作品で9曲もの楽曲作りに関わったのも、このセー・タンガーナだった。彼は同じ年には、ベッキー・Gと“ブーティ”で共演し、レゲトン側へもアピールしている。だが、まずはなぜフラメンコなのか。彼の声はかなり線が細い。タンガーナは、2005年からクレマ名義でラッパーとして音楽活動を始め、フリースタイルを発表したり、激しいディス合戦の挙げ句、実力行使に出た過去もあるし、前作『アヴィダ・ダラーズ』(2018)は、トラップ・ビートを基調にした「普通の」ラップ・アルバムだった。例に漏れず、オートチューンは常套手段、前作発表の数ヵ月後にオートチューンなしでパフォームするだけでニュースになるほどだったが、2020年のEPから、明らかにナマの声を前に出したプロダクションにシフト。トラップ経由でのオートチューン使用を通じ、逆に自分の声を再発見したラッパーが、そこから次に向かった先が、身近にあった、生々しい歌声や生楽器メインの地元スペイン伝統のフラメンコだった、ということなのか。面白いことに、フラメンコ界のベテランやジプシー・キングス等の客演陣に、大地を震わすような野太い声の面々を揃えることで、彼自身の細い声が逆に際立つ作りになっている。そんな彼の歌声は、本国では2021年の第一四半期を席巻する大ヒットとなった“Tú Me Dejaste de Querer”でも、ティンバランドがフラメンコ・ギターのフレーズを加工したかのようなキャッチーなループや、フラメンコのパルマとカンテ(歌)の強い存在感とは好対照。だが、薄めに入っているビートは確かにレゲトン。“Comerte Entera”では、バイレ・ファンキとトッキーニョのギターをミックスしている。結果的に今回のアルバムでは、フラメンコを大きなきっかけに、ラテン・ポップ・ミュージック全体を捉え直すなかで、セー・タンガーナという個性がくっきりと浮かび上がった。(小林雅明)

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4. Lana Del Rey / Chemtrails Over the Country Club

2021年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

自分自身の幸福な過去がすべて自分以外の他の誰かを犠牲にし、その幸せを無理矢理奪い取ることで成り立っていたことを物心ついた頃に知った時、それから先、彼/彼女はどんな風に生きていくのか?――おそらくそんな問いこそがラナ・デル・レイの音楽と自らの主体を固く結びつけている一番の理由に他ならない。第二次大戦後の日本社会の復興の理由を思えば、この主体がこれからも安穏と生きていく権利など1ミリもないのは明らかだ。だが、ラナ・デル・レイは大方の白人男性のようにアポロジェティックな身振りによる免罪符を手にすることはない。少なからずの自己批判的な視線こそあれ、麗しきアメリカの光景と生活を、トキシックな父親や恋人たちに対する愛着を執拗なまでに描き続けるのだから。それこそがラナ・デル・レイという作家の特異性であり、彼女が常に批判に晒される理由でもあるだろう。これまでの彼女のすべてのアルバムには何かしら音楽的なコンセプトがあった。だが本作の場合は、20世紀半ばすぎのカントリーやジャズ、時にはリズム&ブルーズの形式的な痕跡を指摘することは出来ても、取り立てて名前をつけることは難しい。ミニマリスティックな楽器構成による甘美で陰鬱なバラッドという以外、何と呼べばいいのだろう。まるで音楽の進化というオブセッションを嘲笑うかのような伝統的かつ異形のサウンド(だが、確かに新しいのだ!)。懐かしさと恐怖が混じり合い、静かな不穏さが漂う、煌びやかでグロテスクな白人社会の生活描写。「今もあなたは罪の呵責に押しつぶされることもなく文明と文化を謳歌してるんでしょ?」とほくそ笑みながら耳元で囁く悪魔の声のようなアルバム。恍惚とした薄笑いを浮かべた絶望。このアルバムが持つ純度の高いヘロインのような蠱惑的な魅力は何なのか。どれだけシステムや体制や古い価値観を批判し、攻撃したところでむしろそれを強化することに加担することになってしまうというメカニズムを嫌というほど見せつけられた2010年代というディケイドを経て、疲弊しきった心が慰められているとでもいうのか。だが、「作品」は主義や主張のヴィークルではない。現実を何か別の言語に置き換えるものだ。「ロサンジェルスのアルバム」という伝統に連なることを意図した前作に対し、アーカンソー、ネブラスカ、オクラホマといったアメリカ中西部への逃避行を描いたこの作品は、自らが抱える罪悪感が逃げ込む場所などどこにもないことを証明してみせる。自らの少しだけ物憂げで幸せな生活を歌うことを通して、今も変わらない社会の歪みを描き出す。彼女は歌う。「私は動揺しているわけでも、不幸せなわけでもない。私はワイルドなだけよ」。我々は今もまだ厚顔無恥に生き続ける、どこまでも粗暴な獣なのだ。(田中宗一郎)

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3. Olivia Rodrigo / Sour

2021年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

ビリー・アイリッシュの1stアルバムが「ラップとポップの時代」である2010年代の集大成だったとすれば、オリヴィア・ロドリゴの『サワー』は2010年代と2020年代の架け橋だと位置づけられるだろう。本人が「世界一のテイラー・スウィフト・ファン」と自認するように、リリックにおける圧倒的なストーリーテリングの巧妙さ、そして噂される交際相手やその浮気相手を匂わせてリスナーの考察合戦を呼び込む仕掛けは、まさにテイラー・スウィフト譲り。その意味では2010年代ポップの正統後継者だと言える。だが、そのサウンド・プロダクションはアルバム全編を通して基本的にロックをベースにしたものだ。しかも、“ドライヴァーズ・ライセンス”は80年代パワー・バラッド、“デジャヴ”はさながら90年代ブレイクビーツ、“グッド・4・u”はポップ・パンク、“ブルータル”は90年代オルタナティヴと、一言でロックと言ってもその参照点は幅広い。オリヴィアが“ドライヴァーズ・ライセンス”で空前のセンセーションを巻き起こした2021年初頭、まだUSメインストリームにおいてロックをプロダクションの軸に置く機運はほぼ皆無だった(だからこそオリヴィアのスタッフは特にロック色が強い“ブルータル”をアルバム冒頭に置くことを「誰も聴かなくなる」と反対した)。無論、2010年代にラップがポップの言語となったように、2020年代にロックがポップの言語となるかはまだ誰もわからない。だが、このアルバムが新世代的な感性でロックとポップ・パンクを再定義し、メインストリームにおけるサウンドの言語を更新しようという高い志で作られているのは間違いない(そして、このアルバムは2021年指折りの大ヒットとなった)。2010年代的と言えるBPM80台の空間を生かしたプロダクションのヴァースから始まり、コーラスでBPM160台のポップ・パンクへと一気にギアチェンジする“グッド・4・u”には、まさに時代が切り替わる瞬間のカタルシスが刻まれている。(小林祥晴)

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2. Tyler, The Creator / Call Me If You Get Lost

2021年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

ヒップホップが(ポップ)音楽の構造を解体/再構築することから始まったのは、もちろんその担い手のアイデンティティが危機に曝されていたことと関係がある。むしろその順番が逆だといっていい。2020年になって大局として状況の変化はどう?ヒップホップはグローバルに、自分が顔のクラブから欧州にまでカルチャーとして拡がり覆っている。「Let’s go to Cannes and watch a couple indie movies that you never heard of ( baby)」。では自分の気分は改善されたのか? 30歳にして自分が成功者であると発見し誇示する主人公はそれでも“生き様”とアートの構造をとりあえず分別し商品生産に勤しむのでなく、ヒップホップ/ラップに固有なものを残しつつ丸ごとアートとして上昇を続けようとする。喧騒の20年代を代表する1枚。(荏開津広)

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1. PinkPantheress / to hell with it

2021年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

今アメリカのティーンエイジャーが子供の頃に聴いていたポップ・パンクを参照し始めているように、英バース出身の19歳、ピンクパンサレスが幼少時に地上波テレビでよくかかっていたというドラムンベースのヒット曲をサンプリングしているのは決して不思議なことではない。だが、このデビュー・ミックステープ『トゥ・ヘル・ウィズ・イット』で聴けるような形でドラムンベースが再定義され、2021年に再浮上するとは誰も想像していなかったはずだ。ドラムンベースは90年前後のイギリスでレゲエとレイヴ・ミュージックが接合されることで生まれたジャングルの発展形として、90年代後半のUKクラブ・シーンで最初の全盛期を迎えたジャンル。しかし、ピンクパンサレスはそのような歴史的文脈を背負い込むことはしない。この全10曲19分のミックステープには、ダンスフロアで夜通し踊るためのDJユースな尺長トラックは皆無。TikTok発でブレイクし、既にこのプラットフォームで100万人以上のフォロワーを抱える彼女がプロデュースするトラックは、どれもTikTokの60秒動画に十分な2分前後の長さしかない。当然ながら、ドラムンベースがフロアで機能する上で重要な要素のひとつであるヘヴィなベースラインはほとんど強調されていない。彼女のヴォーカルもソウルフルに歌い上げるドラムンベースの定番からは完全に逸脱した、アンニュイで囁くような歌い方。しかもリリックはマイ・ケミカル・ロマンスなどのポップ・エモに影響を受けたダークで内省的なものばかり。往年のドラムンベースのヒット曲をそのままサンプリングしている曲も幾つかあるが、そのペラペラなサウンドの仕上がりはダンス・ミュージックというよりベッドルーム発のヘッド・ミュージックと呼ぶにふさわしい。つまり、ここで鳴り響く高速ブレイクビーツは、ドラムンベースの文化的背景やダンス・ミュージックの身体性を表象しているのではない。パンデミックで部屋に閉じこもりながら、漠然とした不安や薄っすらとメロウな気分をスマホのSNSアプリから気軽にシェアするときに最適なBGMとして機能している。歴史を知る者からすれば、最早これはドラムンベースと呼べないかもしれない。だが、歴史的な意味と文脈が脱臭され、思いも寄らなかった新たな文脈に接続されることにこそポップのダイナミズムはある。ここには2010年代のフォーミュラとなったBPM60~70台のドープなサウンドはないが、BPM160超のマッシヴなビートがある。2010年代のポップ・スターに求められたエンパワーメント性はないが、パーソナルな痛みや悲しみに対するささやかな共感がある。ダンスフロアの熱狂はないが、誰もがここ2年で経験したベッドルームでの倦怠感がある。この音楽は懐かしくて新しい。ピンクパンサレスはそれを自らニュー・ノスタルジックと呼ぶ。(小林祥晴)

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2021年 年間ベスト・アルバム
6位~10位


2021年 年間ベスト・アルバム
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