もういい加減に、認識を改めた方がいいだろう。アークティック・モンキーズが、小さな島国における、これまた小さなサブ・ジャンルである「UKインディ」という文脈で語られるべきだったのは、遥か昔の話。まさにUKインディの代表として〈サマーソニック〉のヘッドライナーに大抜擢された2007年当時とは、何もかもが大きく変わった。思わず別人かと見違えるほど変化したのは、アレックス・ターナーを除く3人の体型だけではない。あれから7年の間に、彼らは驚くべき飛躍を遂げているのだ。
アークティック飛躍の決定打となったのは、言うまでもなく、2013年を代表するロック・アルバム『AM』。どこまでも重厚で、力強く、大人の色気が充満するサウンドは、シェフィールドの田舎町からやってきたニキビ面の少年達、という過去の幻影を見事なまでに振り払っている。もっとも、日本では昔の姿を懐かしむ声が聞こえてこなくはない。だが、世界的なリアクションは、むしろその逆だ。本国イギリスでは、同作で『NME』や『Q』などの年間ベスト1位を獲得、ブリット・アワードでは最優秀作品賞と最優秀グループ賞の二冠を達成し、いよいよ完全に1stアルバムの呪縛を振り払って「国民的バンド」の地位を揺るぎないものにしている。一方のアメリカでも、彼らへの期待と評価は再び綺麗な上昇曲線を描き始めた。『AM』は自己最高の6位を記録し(これまでの最高位は2nd『フェイヴァリット・ワースト・ナイトメア』の7位、トップ10入りは同作以来6年ぶり)、シングルの“ドゥ・アイ・ワナ・ノウ?”でビルボードのオルタナティヴ・ソング・チャート1位を初奪取という快挙も達成。何より、今年は〈ロラパルーザ〉のような著名フェスでヘッドライナー級のスロットに据えられているという事実に、アメリカにおける評価の高さが見て取れるだろう。まだフー・ファイターズやアーケイド・ファイアのように世界中のどこでもフェスのヘッドライナーを張れるバンドには及ばないが、将来的にはそのポジションを狙える位置にアークティックが辿り着いたことは、声を大にして喧伝しておくべきだ。
サウンド、人気、風格、シーンでの立ち位置――そのすべてにおいて、今のアークティックは世界標準のロックンロール・バンドである。勿論、ライヴの内容も、一皮も二皮も剥けた彼らの現状に則したものになっている。そこで我々は、〈サマーソニック2014〉での凱旋に先駆けて、彼らの最新モードに追いつくべく、最近のセットリストから10曲をピックアップし、カウントダウン形式で紹介していくことにした。そう、アークティックの最新ライヴを知ることとは、彼らの「今」を知ること。これを読まずして、今年の〈サマーソニック〉は楽しめない。
さあ、まずは最新作『AM』の幕開けを飾るトラックであり、最近のライヴのオープナーでもある、この曲から。まるで象の足音のようにズシンッ、ズシンッと響き渡る、BPM80台のスロウなドラム・ビート。そこにまとわりつく、12弦ギターの分厚いリフ。仏頂面でスウィングすることを拒否するベース・ライン。そして溜息交じりのようにも聴こえるアレックスの気怠い歌声。リズムはファンキーなのだが、胸が躍るというよりは、完全にうなだれてしまっているような、どこまでも暗く、重厚なサウンドだ。しかし、その迫力の凄まじさは、かつてのアークティックの比ではない。大型恐竜が目を覚まし、ゆっくりと巨体を動かし始めたのを眺めているような、どうしようもなく圧倒されてしまう感覚。それがここにはある。勢い勝負ではなく、余裕たっぷりの構えでオーディエンスをねじ伏せるような、圧巻のオープニングが私達を待ち受けているだろう。
ずっしりと始まるライヴ前半における、最初の起爆剤として用意されているのが、2nd『フェイヴァリット・ワースト・ナイトメア』のリード・トラックでもあった、この爆裂ナンバーだ。何しろ、この曲のBPMは、“ドゥ・アイ・ワナ・ノウ?”のほぼ倍。急激なギア・チェンジには思わず目が覚めるだろう。16で鋭角にハイハットを刻み、フロア・タムを乱れ打つマッド・ヘルダーズの手数が多いドラムは、今聴くと「若い」が、そのぶん前へ前へと曲を引っ張っていく推進力は抜群。タイトル通り、嵐のように渦巻くギター・リフの勢いも凄まじい。にしても、上のライヴ映像は2007年のものだが、アレックスの歌声が幼い!そしてマットはなぜ、ジャージのパンツにTシャツという近所のコンビニに行くような恰好でステージに上がっているのか。恥ずかしくないのか。いや、そんなことはどうでもいい。疾風怒濤のスピードで迫り来る重戦車のようなこの曲は、間違いなく前半のキー・トラックだ。
現在の重厚化したアークティックの原点と言えば、やはりリリース当初は激しい賛否両論を巻き起こした3rd『ハムバグ』だろう。その証拠に、決して人気が高いアルバムとは言えない同作から、この不穏なサイケデリック・ガレージ/ブルーズは、いまだに演奏され続けている。しかし、リリース当時はあまりに地味で渋く、大半のリスナーを戸惑わせることになったこのトラックが、今ではアークティックの王道と言っていい響きを獲得しているのには、改めて驚かざるを得ない。普通、あそこまで非難轟々だったら、心が折れたり、確信が揺らいだりするものでしょう。でも、彼らはそうならなかった。それどころか、俺は俺と、頑なにこの路線を突き詰めることで、完全に評価を覆してしまった。いや、これはほんと、参りました。さすがです。
今一度確認しておこう。アークティックの世界的な評価を一段上へと押し上げた『AM』の軸となっているのは、ブラック・サバス譲りのヘヴィでメタリックなリフと、ドクター・ドレなどのヒップホップに目配せしたぶっといリズム・パートの融合。実際、この曲のギターをブラック・サバスの名曲“ウォー・ピッグス”から拝借しているのは、既に多くの人が知るところではないか。
だが、こうして聴き較べてみると、その違いも鮮明になる。やはり『AM』最大の特徴は、圧倒的に手数が少ないリズム隊が打ち出す、徹頭徹尾ヘヴィなファンク・ビート。そしてそれは、最新作の雛型になった『ハムバグ』との最も大きな違いであり、いちばんの進化のポイントでもある。“ブライアンストーム”ではあれだけ腕をブンブン振り回していたマットが、こんなにも抑制の効いたタイコが叩けるようになったとは驚きだ。しかし、あれから7年が経ったというのに、上の映像ではマットがジャージのパンツにTシャツという、なんら以前と変わらぬ姿でステージに上がっているのが確認出来てしまうのは、もっと驚きだけど。
これだけ別人のようにバンドが変わってしまえば、さすがに最初期の曲はもうライヴでは出来ないのではないか?やっても浮きまくってしまうのではないか?と危惧するのは無理もない。実際、歴史的名盤と位置付けてもいい1stからの曲は、今ではさほど多く演奏されるわけではない。しかし、それでも何曲かはまだ現在のレパートリーとして生きている。これはそのうちの一曲。少し画質は粗いが、まずはリリース当時のものと思われる上のライヴ映像を見てほしい。
そして、昨年オースティンで演奏した時の映像が以下のもの。BPMをグッと落とし、現在のスタイルでプレイすることによって、かなり印象が異なっている。
演奏の重心はかなり低く、グルーヴは吸い付くような粘っこさ。そして、それに呼応するかのように、冒頭からアレックスは、エルヴィス・プレスリーよろしくセクシーに腰をクネらせてリズムに乗っている。正直、オリジナルとどちらのヴァージョンに軍配を上げるかは悩ましいところだが、激しいポゴ・ダンスがお似合いの初期の演奏と較べれば、現在のヴァージョンには成熟した大人の余裕や色気が滲んでいるのは間違いない。そして、それこそが今のアークティック・モンキーズの決定的な魅力であるのは、改めて強調するまでもないだろう。そう、だから〈サマーソニック〉でこの曲が始まったら、みんな上半身でリズムを取るんじゃなくて、アレックスを見習って腰をクネらせよう!それが正しいロックンロールの踊り方ですから。
ということで、パート1はここで終了です。早いもので、残すはトップ5のみ。いやいや、後5曲でアークティックの名曲を網羅出来るわけがない!とおっしゃる方もいるかもしれませんが、これはあくまで「今」のアークティックを知るための10曲。今年の〈サマーソニック〉を完璧に楽しむための、最強のライヴ・レパートリー集。ということで、ご理解いただけたでしょうか。さあ、当然のことながら、残り5曲はさらに強烈です。何がランクインしているのか、今すぐチェックするには、下のリンクをクリック!
「今が最強!〈サマーソニック〉に備え、
アークティック・モンキーズ、無敵の
『2014年モード』を再検証。 Part 2」
はこちら。