SIGN OF THE DAY

ポップ・ミュージックのあらゆる当たり前を
疑い、その可能性を拡張することに成功した
「2018年日本」からの完全必聴アルバム3選
by YOSHIHARU KOBAYASHI May 30, 2018
ポップ・ミュージックのあらゆる当たり前を<br />
疑い、その可能性を拡張することに成功した<br />
「2018年日本」からの完全必聴アルバム3選

近年の音楽シーンを語る際に、インディが失墜して、ヒップホップやR&Bといったブラック・ミュージックの勢いが更に増した。というのはよく言われること。しかし、実際はそう単純な話ではないのかもしれません。どのジャンルが強くなって、どのジャンルが弱くなったというミクロな問題ではなく、今はポップ・ミュージック全体が大きな転換点を迎えている――そんな見立ても可能だと思います。だからこそ、その歴史の転換に意識的なジャンルには勢いがある、ということではないでしょうか。

今が大きな転換点だとする理由のひとつとして、やはり海外におけるストリーミング・サービスの浸透は外せません。商業音楽であるポップ・ミュージックにとって、それを取り巻く産業の枠組みや、作品をリスナーに届けるヴィークルが変われば、自ずと作品は進化と変化を余儀なくされます。最近勢いが増しているUSメインストリームのアーティストたちは、日本だと産業やアーティストにとっての逆境だと捉えられている変化をむしろ利用することで、表現の可能性を押し広げてきました。だからこそ、そうした新しい表現や作家たちが支持されてきた、というのが2010年代の変化なのです。

もっとも、ただ状況に最適化しようとするだけのアーティストは、誰が作っても同じような無味無臭の退屈な作品を作ってしまいがち。いつの時代も優れた作家とは、自らのアーティストとしての矜持を手放すことなく、状況の変化を逆手にとって新しいものを創出する人たちです。

ガレージ・ロックの元祖リンク・レイがアンプのスピーカーに穴を空けてディストーション・サウンドを発明したり、ヒップホップがターンテーブルの二台使いから生まれたり、常識的には「間違っていること」が新しい音楽の源泉であることを我々は忘れてはいけません。その時々の音楽を取り巻く状況を如何にクリエイティヴに乗り越えるか? というのは、現代的なイシューであると同時に、近代以降のアートが抱え続けている命題でもあります。

いずれにせよ、2018年の今はまだ過渡期。絶対的な正解はありません。だからこそ、意識的なアーティストは誰もが様々なことを試していて、次々と刺激的で面白いものが生まれているのです。

時代の大きな転換点に差し掛かっている今、一層重要になってくるのはポップ・ミュージックのあらゆる「これまでの当たり前」を疑うこと。では、ここ日本において、そうした目線を忘れずに音楽を作っているアーティストは誰でしょうか? ここに、まだ名付けようのない異形の音楽であり、だからこそエキサイティングである3枚のアルバムを紹介したいと思います。




1. cero / POLY LIFE MULTI SOUL

2010年代後半のポップ・ミュージックにおいて、「リズムのグローバル化」というのは外すことが出来ないトピックのひとつではないでしょうか。いまだその人気が翳りを見せないダンスホールはもちろん、昨年2017年から爆発的な流行を見せているラテン、あるいはダンスホールにアフロ・ビートが接合されたアフロ・バッシュメントなど。非欧米圏のリズムの導入が、ポップ・ミュージックの進化においてキーのひとつになっているのは間違いありません。その理由としては、各国における移民の問題や、ストリーミングの浸透によって「欧米」だけでなく、文字通り「世界中」がポップ・ミュージックの舞台になったことなど、様々な背景を考えてみる必要がありそうです。

ceroのニュー・アルバム『POLY LIFE MULTI SOUL』は、「リズムのグローバル化」という時代の潮流と照らし合わせてみても、まったく引けを取らない強度を持った作品です。アフロ・ビート、ブラジル音楽、ビート・ミュージック、ジャズ、レゲエ、ソウル、ハウスなど、世界中の様々なリズムが重層的に、かつ滑らかに溶け合っているサウンドは、cero流の新時代的なポップ・ミュージックでしょう。ブラジル音楽、アフロ・ミュージックの影響が色濃いポリリズミックな“魚の骨 鳥の羽根”は、まさにこのアルバムを象徴する一曲。

cero / 魚の骨 鳥の羽根


前作『Obscure Ride』はディアンジェロ以降のネオ・ソウルを下敷きにしていたものの、今回はむしろ独自のサウンドの深化を探求した、とメンバーたちは語っています。それは結果的に、奇しくもグローバルな時代の潮流と緩やかなシンクロを見せることとなった。と言うことが出来るかもしれません。

ただ、こんな風に指摘してしまうと見失われがちですが、より重要なのは、この作品がこうした音楽的な冒険と同時に極めてオーセンティックなポップ・アルバムでもあるということ。

最大のポイントは、日本語特有の響きを拡張させた言葉のデリバリーと、親しみやすいメロディのフロウです。

リズムやプロダクションの多様化という世界的なトレンドと並走しながら、リスナブルな親しみやすさを持っている。つまり、この作品の功績はむしろ、「J-POPの拡張」を果たしたことにあるのかもしれません。



2. Klan Aileen / Milk

昨年2017年は、USインディのビッグ・ネームがこぞってアルバムを送り出した年。しかも、その多くがメジャー移籍しての勝負作でした。ただ、LCDサウンドシステム然り、アーケイド・ファイア然り、停滞したインディの現状を打破する決定打を作り上げたとは言い難かったでしょう。むしろ、大半のインディ勢は、今、何をすべきか明確な答えを見い出せていないことが表面化したのが2017年だったのではないでしょうか。

クラン・アイリーンの新作『Milk』は、現在のインディが直面する困難を踏まえつつ、自分たちはギター・バンドとして何が出来るのか? という問いに真っ向から答えてみせた作品です。ドラムとギター&ヴォーカルの2ピースによるラウドでエクストリームなサウンド――という根幹は敢えて崩さず、その制約の中でどこまで前進することが出来るかに挑んでいます。つまり、2010年代におけるロック・バンドという形式の再定義と拡張、それが『Milk』という作品です。

まず耳にすべきはプロダクション、特にギターとドラムの音色です。ぜひ同時代のインディ・ロックと比べてみてください。デッドな鳴りのドラムを軸としたミニマルなフレーズの円環や、サイケデリックとも言える冒険的なプロダクションで高揚感と陶酔感を抽出していく方法論は、クラブ・ミュージック的と言っても過言ではありません。

例えば、この“再放送”は、まるで深海でのレイヴ・パーティ。松山亮の歌声は相変わらず焦燥感や苛立ちを内包しているものの、どこか呪術的なポリリズムのビートと水中に潜っているような音響が聴き手をトランシーな快楽へと導きます。

Klan Aileen / 再放送


“脱獄”は従来のクラン・アイリーンに近いハードなエッジが効いたガレージ・ジャムですが、そのプロダクションの緻密さと完成度の高さはこれまでとは段違い。ぜひヘッドホンで聴いてみてください。

Klan Aileen / 脱獄


極めつけは、アルバムのキー・トラックとも位置付けられる10分超えの“元旦”。これは現代版のクラウトロックというよりは、ほとんどミニマル・テクノの世界。とにかく、ビートも上モノもひたすらシンプル。しかし、少しずつリズムや上モノに微細な変化を加えていくことによって、とことんディープで、静かなカタルシスへと聴き手をいざなっていきます。本作におけるクランの挑戦をもっとも端的に象徴している名曲です。

Klan Aileen / 元旦



しかも、最大のポイントは、このアルバムのサウンドが、気がつけばフォーミュラ化してしまったポスト・ロックやポストパンクという枠組みからは、しっかりと逸脱しているということです。ここまで明確に自分たちの新しいヴィジョンを持ち、それを実際のサウンドへと落とし込むことに成功しているインディ・ギター・バンドは、ここ数年、国内外を見渡してもほとんど見当たりません。その意味において、『Milk』は2018年前半のインディにおける指折りの傑作と言って差し支えないでしょう。



3. Sunny Day Service / the CITY

ストリーミング先行でのアルバム・リリースを続けている『Popcorn Ballads』以降のサニーデイ・サービスを、北米におけるミックステープ・カルチャーの影響下で語るのは簡単です。しかし、実際のところ、サニーデイはそのカルチャーの表層ではなく、もっと根本的な部分に刺激を受けているのではないでしょうか。つまり、ceroやクラン・アイリーンといった優れたバンドたちが、いまだ伝統的なアルバムやソングというヴィークルへの信頼と愛着があるのに対して、サニーデイは現代におけるその枠組みの意義自体を疑って、根底から再定義を進めようとしているのではないか、ということです。

『Popcorn Ballads』の時点では、フィジカルという旧来的なフォーマットから解放されたことの純粋な喜びと興奮が感じられましたが、ニュー・アルバム『the CITY』はあらゆる面において混沌としています。幾つかの曲に関しては「果たしてこれをポップ・ソングと呼んでいいのか?」と言いたくなる誘惑にもかられるほど。

このアルバムに収められた楽曲は、音楽性も、ソングライティングも、プロダクションも、曲が醸し出すフィーリングも、全部バラバラ。実際、どこまでも沈み込むように重苦しい“ジーン・セバーグ”と、それとは対照的に軽快で小洒落た“イン・ザ・サン・アゲイン”が一枚のアルバムに収められていることの意味を見出すことは難しいでしょう。むしろそれを拒んでいるかのようです。少なくとも従来の「アルバムとはかくあるべし」「名盤とはこういうこと」という当たり前の常識からは完全にはみ出しています。

Sunny Day Service / ジーン・セバーグ

Sunny Day Service / イン・ザ・サン・アゲイン


正直、この『the CITY』という作品を従来の価値観から名盤か否か判断を下すのは無益に感じられます。しかし、そもそも優れた表現とは、そうした従来の形式や枠組みを破壊し、新たなフォーミュラを打ち立てた作品を指すのだ。という視点もあります。少なくとも、この『the CITY』という作品は従来のアルバムという常識を拡張させてみせた。それだけは言えるかもしれません。

現在、サニーデイ・サービスはこの作品のリミクスを順次Spotifyのプレイリスト〈the SEA〉に追加していくという、やはりこれまでの常識や枠組みを拡張する実験を行なっています。

サニーデイ・サービス / the SEA



本作のオープナー“ラヴソング2”のセルフ・リミクス版である“FUCK YOU音頭”に至っては最早まったく別の曲(しかも、「森の友だちよんでくりゃ」「音頭でシンゾーもばくばくだあ」という現在の為政者と政府の虚偽に対するコメンタリー付き)。もしかすると、再定義され、拡張されるべきは、産業や表現、作品ではなく、これまでの「当たり前」にすっかり飼いならされてしまった我々リスナーの態度なのかもしれません。


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