今やインターネット世代の新しいアーティストたちが、国境なんて関係なく、「世界」という大きなひとつの舞台で活躍するのが当たり前。日本のアンダーグラウンドのアクトが、国内のシーンを飛び越えて、いきなり世界と繋がるのが何もおかしくない。そんな時代です。
2010年頃に最盛期を迎えていたチルウェイヴとリアルタイムに共振しながら登場し、活動初期から英〈ダブル・デニム〉や米〈キャプチャード・トラックス〉、米〈レフス〉といったレーベルを渡り歩いてきたジェシー・ルインズは、そんな時代精神をいち早く体現していたアーティストの一組。2014年にリリースした2ndアルバム『Heartless』では、アンディ・ストットやレイム以降のニュー・インダストリアルへの接近を見せましたが、それも彼らが狭い島国ではなく「世界」に目を向けて音楽を作っている証でしょう。こういった彼らの活動の面白さは、以下の記事に詳しいです。併せてどうぞ。
10分で教えます。チルウェイヴ発、常に
世界同時進行のサウンドを更新してきた
ジェシー・ルインズ、その先鋭性と冒険心
このようなインターネット世代のアーティストたちのシーンは、ネットを主なツールとして進行しています。なので、熱心に追いかけている人以外には、状況がやや見えにくいのも確か。これまでにないほど、気付いている人とそうでいない人の分断が起こりやすくなっている。いわゆるアーキテクチャーの問題ですね。だからこそ、このたびリリースされる『Heartless』のリミクス盤、『Other Type Of Heartless』みたいな作品は意義があると思うんです。どういうことか? では、本作の全曲試聴が始まっていますから、ここからはそれを聴きながら読み進めてみてください。
このリミクス・アルバムに参加しているのは、世界各地のインディ/アンダーグラウンドの雄。ジェシー・ルインズと同じく、2010年代的な感性で活動しているトラック・メイカーやバンドたちです。もしかしたら、こういったシーンの音源を毎日掘り続けている人は、このリミキサーの人選は2年前でもよかったんじゃないか? と感じるかもしれません。その気持ちが理解できないこともない。けれども、こういったシーンやアーティスト同士の繋がりを目に見える形でまとめる作業は、誰かが一度やっておいた方がよかったのは確か。ですよね? だって今は、これまでになく、ある状況に気付いている人とそうでいない人の分断が起こりやすい時代でもあるんですから。
本作のトラックリストを眺めればわかる通り、これはジェシー・ルインズの音楽的な影響や関心が読み取れるだけではなく、ひとつのアングルから切り取った新世代のシーンの見取り図としても興味深い作品です。そうなったのも、自分たちが活動の基盤を置いていたり、リスペクトを寄せていたりするシーンに馴染みがない人にもその面白さをしっかり伝えよう――そんな意識がジェシー・ルインズにあったからではないでしょうか。飛びきり面白いことが起きていても、それが見過ごされてしまうことも簡単な今の時代。こういう作品が形になるのは、とても意味があることだと思うのです。
それでは、ここからは、『Other Type Of Heartless』でプレゼンテーションされているシーンに造詣の深い杉山仁氏にアルバムから7曲をピックアップしてもらい、より詳しい解説を加えてもらいましょう。
アルバムの冒頭を飾るのは、エクスペリメンタルな音楽性で国内外のレーベルから作品をリリースする他、様々なプロデュース・ワークや、あらゆる音楽を掘り起こすディガーとしての評価も高い気鋭の若手、あらべぇによるリミクス。ここでは『Heartless』でジェシー・ルインズが接近したインダストリアル~ゴシックな質感を、彼の出自でもあるヒップホップ~ベース/ビート・ミュージックの混合種的な手法を使って再構築。カニエ・ウェストの『イーザス』でエヴィアン・クライストやアルカがフックアップされるなど異種交配が進んだここ数年の空気感とも共振するような1曲に仕上げている。
バラム・アカブの『ワンダー/ワンダー』(2011年)は、チルウェイヴから枝分かれしたアンダーグランドな音楽が水面へと浮上する過程で生まれた、後の多くの出来事に先鞭をつけた作品だった。乱暴に説明するなら、後に花開いたオルタナティヴなR&Bも、アルカの登場もカニエの『イーザス』も、すべてこの作品の先に起こったことだと言っていい。そして、日本から彼とリアルタイムで共振する形で登場したタクワミは、もともとの出自がインディ・リスナーという点でも、ジェシー・ルインズと近い価値観を持つ人物。原曲と共振する冷たい金属音を押し出しつつも、後半に向けて壮大でエモーショナルなシンセが盛り上がる、今回のリミクス集屈指の好曲になっている。
〈Hi-Hi-Whoopee〉を主宰し、現在は〈WasabiTapes〉を運営するlil $egaによるDjwwww名義のリミクスは、彼が過去に熱心に紹介してきたインターネット上のポップ・アート=ヴェイパーウェイヴ的な要素も通過した、もはや曲ともビートともつかないコラージュの嵐。印象的に挿入される「All I do is think about you, baby」というフレーズは、ブラッド・オレンジの“クリップド・オン”の冒頭を加工したものだろうか。ネット上にちらばる様々な“思想”や“記憶”の断片を集積し/組み換えたものでありながら音楽としても快楽中枢を刺激するに十分な整合性が取れているところに流石のセンスを感じる。
ジェシー・ルインズと初期の活動を共にしたホテル・メキシコに影響を受けて結成された東京の4人組サンマは、本作の中で唯一とも言えるインディ・バンド的なアプローチ。インディ・シーンから登場しながらも初期はバンド形態ではなく、ノブユキ・サクマの宅録プロジェクトだったジェシー・ルインズには、音源での姿とよりバンド然としたライヴでの姿という2つの顔がある。この曲は手法としてはライヴでのジェシー・ルインズが想像出来る楽曲でありながら、サンマらしいメロディアスなアレンジと延々とループする印象的なギター・リフや人力グルーヴによって、原曲とはまったく違う場所に辿りついている。彼らはティーン・ランニングスやボーイズ・エイジらとの共演経験もある。
カナダのオタワで活動するシンセ・ポップ・デュオ、バイオレンスは、ジェシー・ルインズとの親交が深い海外勢のひとつ。2014年のバイオレンスの来日時、ジェシー・ルインズは(彼らのよき理解者でもある)〈ジ・インヴェンション・オブ・ソリチュード〉のナオヒロ・ニシカワ氏のレーベル〈ソリチュード・ソリューションズ〉のカセット作品に“Halo”のリミクスを提供。ライヴでも競演し、その関係が恐らく今回の参加にも繋がった。ここでは印象的なヴォーカルや後半の肝となるフックを取っ払って、一部でコールド・ウェイヴとも呼ばれていたミニマルなシンセ・ポップに昇華。作品中で“She Is In Photo SNS”を取り上げた他3曲と比べてみると、唯一延々と続く終わりなきループの中に魅力を見出しているのが面白い。
ベルギーのオーファン・スウォーズは、混じりっ気なし100%ピュアなノイズを使ったインダストリアル・テクノで知られるデュオ。彼らはジェシー・ルインズやノブユキ・サクマの別プロジェクト、コールド・ネームの作品を流通する仏〈デザイア〉からも作品をリリースしているため、海外でのレーベル・メイトとしての繋がりがある。今回のリミクスでは、彼らが真っ先に選ぶことが容易に想像出来るデジタル/インダストリアル・パンク風の“Eat A Holy Monitor”を、メロディや抑揚はほぼ皆無、ひたすらノイズをぶちまけるどストレートな楽曲に。二作目でよりインダストリアルへと接近したジェシー・ルインズの方向性を、更に極端にノイズ方向へと推し進めたらこうなる、というサンプルのひとつだろうか。
最後は海外からもう一組。ノブユキ・サクマが自ら共感を語るUKの〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉は、レイムなどを筆頭にしてインダストリアル、ダブ、テクノ、ブラック・メタル、ヒップホップ、ドローンなどを消化して漆黒の闇を鳴らす地下集団。そんなレーベルから過去作が再発されたのをきっかけに18年ぶりの新作をリリースしたNYのブラック・レインによるリミクスは、ヴォーカルを綺麗に残しつつもトラックにサイバーパンク的な質感を加え、ジェシー・ルインズが(少なくとも『Heartless』の時点では)世界のどこと共振していたのかということを明確に語ると同時に、その彼と実際に作品を共にできるポジションにいるという、ジェシー・ルインズの現在地も示すものにもなっている。