SIGN OF THE DAY

世紀の名盤『イルマティック』から20年。
ナズのドキュメンタリー映画が
『タイム・イズ・イルマティック』と
名付けられねばならなかった、その理由
by MASAAKI KOBAYASHI August 27, 2014
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世紀の名盤『イルマティック』から20年。<br />
ナズのドキュメンタリー映画が<br />
『タイム・イズ・イルマティック』と<br />
名付けられねばならなかった、その理由

このドキュメンタリー映画のタイトルとなった「Time is Illmatic」という文句は、1994年にリリースされたナズのデビュー・アルバム『イルマティック』収録曲“ライフズ・ア・ビッチ”の最後から二番目の「Time is illmatic, keep static like wool fabric」というラインに含まれている。ところが、アルバム・タイトルにもなった、イルマティックという言葉の意味について訊かれるたびに、アルバムのリリースから20周年にあたる今現在に至るまで、ナズの答えは毎回異なっている。

まず、アルバム発表時には、収監中の近所の仲間にイルマティックという名前の奴がいたと答えている。映画『Nas/タイム・イズ・イルマティック』でも、『イルマティック』の中ジャケ(インレイ)に、はめ込まれた近所の仲間との集合写真に写った者たちの、その後の消息についても確認する場面が出てくる。ナズの家族が入居していたNYのクイーンズブリッジにあるハウジング・プロジェクト(『イルマティック』のアルバム・カヴァーの後景に見える高層住宅団地だ)で日々生活を営み、生きてゆくために“やらかした”ことが原因で、ムショにぶち込まれる者、殺される者がいる。そして、後者には、劇中で、ナズの実弟ジャングルが、兄弟と家族同然のつきあいをしていたイル・ウィルの最期の瞬間を、その現場で事細かに振り返ってみせるように、ほんの些細な理由で殺されてしまう者さえいる。

この映画は、ヒップホップ史に残る“クラシック”(ナズ自身は、イル(ill)とは“最高”を意味し、イルマティックは、その最上級、究極にイルな状態だと説明したこともある)として、今やあまりにも有名な『イルマティック』の、作品分析や考察に時間を割くこともなければ、制作に携わった面々こそ登場するものの、ひたすらその過程を辿ったりもしない。また、ナズ自身のじっくりと語る言葉や彼自身の作品の位置づけ方から言っても、単純な成功譚というのとも違う。そして、『イルマティック』の登場によって、こうしたプロジェクト(あるいは、それらを含むフッド【編注:プロジェクトは公営住宅、フッドはゲットーという意味】)はヒップホップ作品の生まれる“環境”として必須のものだという紋切り型も定着してゆくわけだが、実は、ナズの場合は、ちょうど後のケンドリック・ラマーがそうであるように、その紋切り型におさまらなかったという真実、そして、その重要性が、80年代半ばから90年代初めのニューヨークの社会“環境”から、ナズの家庭(あるいは文化的)“環境”へと映画のフォーカスが絞られてゆくことで、見えてくる。

その意味では、タイトルに「Time is Illmatic」(自分は今、最高の時を過ごしている)を選んだのは示唆的だ。そのあとに続く、static とは、勿論、静電気のことなので、すぐ後に、まるでウール素材(like wool fabric)が連想されたはずだが、ナズによれば、自分より上の世代の地元の人たちは、諍い=ビーフという意味でstaticを使っていたという。

つまり、その最高の状態を維持するためには、現実には、周囲から妬まれ、ウール素材に静電気がつきもののように、keep static(諍いが絶えない)というわけで、この映画そのものも、タイトルからは、たやすくは想像できない現実を切り取って見せてくれる。言うまでもなく「Time is illmatic」で始まるラインの先のライムを覚えている観客なら、観ないわけにはいかないだろう。




『Nas/タイム・イズ・イルマティック』
(C)COPYRIGHT ILLA FILMS, LLC 2014
9月13日(土)より、渋谷シネクイント、シネ・リーブル梅田ほかにてレイトショー
全国順次公開!



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