SIGN OF THE DAY

これさえ読めば、さらに多彩に見えてくる!
ラスト・シャドウ・パペッツ、2枚の
傑作アルバムの作り方。講師=渡辺裕也
by YUYA WATANABE April 08, 2016
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これさえ読めば、さらに多彩に見えてくる!<br />
ラスト・シャドウ・パペッツ、2枚の<br />
傑作アルバムの作り方。講師=渡辺裕也

アークティックの息抜きなんかじゃない!
ラスト・シャドウ・パペッツの2ndは、
21世紀ポップの女王、アデルをも脅かすか?





①あなたなら、ラスト・シャドウ・パペッツの2枚のアルバム、『ジ・エイジ・オブ・ジ・アンダーステイトメント』と『エヴリシング・ユーヴ・カム・トゥ・エクスペクト』を、それぞれポップ・ミュージック史の中でどんな風に位置付けますか?

まずは遡ってみましょう。今から8年前。英国のインディ・ロック・シーンはとんでもない活況を迎えていました。00年代初頭のロックンロール再興から、ポストパンク・リヴァイヴァルを経たその頃は、クラクソンズやホラーズなどの登場を契機に、レイト・オブ・ザ・ピアやジーズ・ニュー・ピューリタンズといった知的でエクスペリメンタルなバンドが次々に現れるという、いわゆる「ニュー・エキセントリック」の時代。そう、当時の音楽シーンを牽引していたのは、まぎれもなくインディ「ロック」だったのです。

Late of The Pier / Focker

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そんな時代にあって、すでに英国インディの若きリーダーとしてその地位を確立していたアレックス・ターナーと、その盟友マイルズ・ケインのふたりが仕掛けたのが、ラスト・シャドウ・パペッツのデビュー作『ジ・エイジ・オブ・ジ・アンダーステイトメント』でした。

彼らがここで披露したのは、ロックではなく、ソウル。それは一連のインディ・バンド勢よりも、どちらかといえば当時もうひとつの潮流となっていた、レディ・ソウルに近いものでしたが、それにしても、この作品におけるドラマティックな楽曲展開とゴージャスなサウンド・プロダクションは、あきらかに類を見ないものでした。もっといえば、ソングライターとしてアレックス・ターナーの評価を確固たるものにしたのは、アークティックの2ndではなく、むしろこちらのほうだったのです。

そして現在。皮肉にもあの8年前をピークとして、英国のインディ・ロックは徐々に衰退していき、もうずいぶんと長い間、その勢いを取り戻せずにいます。いや、それはイギリスに限らず、オーセンティックなバンド編成のロック音楽自体、一部の例外をのぞけば、かなり苦戦を強いられているのが現実。その一方で、当時はレディ・ソウルの一角に過ぎなかったアデルは、いまやポップ・シーンの女王として君臨しています。そして、2010年代後半の覇権を握っているのが、アフロ・アメリカンたちによるヒップホップやR&B、あるいはジャズだということは、この〈サインマグ〉でもいくつかの記事でお伝えしているとおり。

そんな時代にあって、アレックスはアークティック・モンキーズのフロントマンとして、そしてマイルズはソロとして、ロックンロールの未来を背負う存在となりました。しかも、かなり意識的に。それはふたりの表情を見れば明白でしょう。彼らの面構えの変化は、どう考えても年齢によるものだけではないのです。

それゆえ、彼らがこうしてラスト・シャドウ・パペッツを再始動し、大文字の「ポップ」に挑むことの意義は、8年前とはまったく違います。そう、アレックスとマイルズのふたりは今、あくまでもロックンロールの舞台に足場を置きながら、黒人音楽がリードするポップ・シーンのど真ん中を射抜こうとしている。新作『エヴリシング・ユーヴ・カム・トゥ・エクスペクト』には、そんな覚悟が込められているような気がしてならないのです。



②パペッツの音楽ジャンルは何か、と言われたら何と答えますか?まさに同ジャンルと思えるアルバム、もしくは、この何枚かのミッシング・リンクが彼らの音楽だと思えるアルバムを何枚か挙げて下さい。

スコット・ウォーカー。デヴィッド・ボウイ。そしてフランク・シナトラ。パペッツの音楽的リファレンスについて語る際に、この3者の名はたびたび挙がりますが、そんな彼らを繋ぐミッシング・リンクといえば、シャンソン歌手にして作詞作曲家のジャック・ブレルです。

Jacques Brel / Amsterdam

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ウォーカーのソロ初期3作から、ブレルのカヴァーだけを抜き出したアルバム『スコット・ウォーカー・シングス・ジャック・ブレル』。この作品を発見したことがパペッツ誕生のきっかけとなったのは、本人たちも公言しているとおりですが、おなじくパペッツにいくらかの影響を与えたとされるボウイもまた、上記の“アムステルダム”などを過去にカヴァーしています。というか、『ジギー・スターダスト』あたりまでの初期作は、ほぼウォーカーとブレルの影響によるものといっても過言ではありません。そして、シナトラについては言うまでもないでしょうか。ブレルは知らなくても、シナトラが歌う“行かないで”のカヴァーは聴き覚えがあるという方も少なくないはず。

さて、この流れでいくと、質問への回答が「シャンソン」になっちゃいそうですが、リファレンスが多岐にわたるパペッツをその一言に集約させるのは、いくらなんでも強引すぎますよね。ただ、ここでひとつだけはっきりと言えるのは、パペッツがその音楽的参照点として、40~50年代のポピュラー歌曲にヒントを求めた、ということ。それを踏まえると、言うならばラスト・シャドウ・パペッツは「ロックンロール誕生以前の大衆歌を包括した、現代ポピュラー音楽の担い手」といったところでしょうか。



③パペッツの2枚のアルバムを聴いて、ソングライティングやリリックの内容/形式から、あなたが最初に連想する他の作家は誰ですか?

パペッツの音楽性をまず最初に印象づけた楽曲といえば、やはりそれは1stアルバム冒頭のタイトル・トラック“ジ・エイジ・オブ・ジ・アンダーステイトメント”でしょうか。そして、あの華々しいストリングスとフラメンコ調の勇壮なリズムを耳にし、自分がまっさきに連想した作家は、もちろんエンニオ・モリコーネ……と言いたいところなんですが、じつをいうと、それより先に思い浮かんだ曲がひとつだけありました。それは、『必殺仕掛人』のテーマ曲“荒野の果てに”。

まあ、これは完全な余談ですが、藤田まこと主演でおなじみの『必殺』シリーズは、そのBGMにマカロニ・ウェスタン的なサウンドをふんだんに盛り込むという、いま思うと相当に斬新な時代劇でした。じゃあ、そのマカロニ・ウェスタンの音楽的なイメージを確立したのは誰だったのか。当然そこで思い当たるのが、数多のサウンドトラックを手がけたことで知られるイタリアの巨匠、モリコーネ。前述した1stの表題曲を筆頭に、パペッツの楽曲にはモリコーネのサントラを思わせるものがいくつも見られます。特にそれはマイナー・コードをつかった不穏な曲調に顕著でしょうか。

Ennio Morricone / Il Grande Silenzio

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もうひとつだけ補足しておきましょう。新作のタイトル・トラック“エヴリシング・ユーヴ・カム・トゥ・エクスペクト”のミュージック・ヴィデオにある、パペッツの二人が首まで地中に埋められたシーン。おそらくあれも、ネタ元は60年代頃の西部劇映画だと思われます。そう考えると、パペッツの二人が関心を向けているのは、モリコーネ的なサウンドだけでなく、マカロニ・ウェスタンの世界観そのものにあるのかもしれません。



④パペッツの2枚のアルバムを聴いて、プロダクション面から、あなたが最初に連想する他の作家は誰ですか?

ベック。なかでも、ストリングスが全編で鳴っていて、しかもそれが歌の伴奏ではなく、アンサンブルの主役としてフィーチャーされているという点で、2002年のアルバム『シー・チェンジ』を挙げたいです。あるいは、おなじくベックの父親であるデヴィッド・キャンベルがストリングス・アレンジを担った最新作『モーニング・フェイズ』でもいいんですが、ソングライティング面も加味すると、やっぱり『シー・チェンジ』かな。セルジュ・ゲンズブール『メロディ・ネルソンの物語』からの引用があるところなんかも、パペッツのイメージと重なるし。

ただ、ここで見ていただきたい映像は、すこしだけ『シー・チェンジ』から離れます。覚えている方もいるでしょうか。そう、こちらは今からおよそ3年前、ベックがデヴィッド・ボウイの“サウンド・アンド・ヴィジョン”をかなり特殊な形でカヴァーし、ネット上で公開したもの。

Beck / Sound and Vision


勿論こちらも『シー・チェンジ』と同様、オーケストラを指揮しているのはデヴィッド・キャンベル。この総勢160名もの演奏家によるアンサンブルは、さすがに比較対象としては規格外なのかもしれませんが、とにかく荘厳なアプローチでポップスを鳴らしているという意味で、両者の試みには通じる部分があるかと。加えていうと、ベックはこうした西欧のクラシック音楽に根ざした手法を用いながらも、同時にヒップホップ的な視座をもつ音楽家であり、そのあたりの感性にもアレックス・ターナーと重なるものを感じます。



⑤パペッツの2枚のアルバムを聴いて、二人のヴォーカリゼーションから、あなたが最初に連想する他の作家は誰ですか?

ある意味、楽曲以上に1stと2ndの印象をわけるのが、彼らのヴォーカリゼーションかもしれません。というのも、この二人は声質が似ているのもさることながら、どちらもヨークシャー訛りを特徴とする歌い方なので、最初に1stを聴いたときは、正直どっちの声なのかわからなくなることもしばしばありました。

しかし、それこそあの1stを出したあたりからでしょうか。アレックスとマイルズは、お互いに独自のヴォーカル・スタイルを開拓していった印象があります。具体的にいうと、アレックスは前作のインスピレーションをそのまま受け継いだのか、スコット・ウォーカー的な朗々とした歌い回しに。そして一方のマイルズはというと、適所にシャウトを混ぜた粘りのあるヴォーカルを披露しています。その歌い方のコントラストが端的にわかるのが、このビートルズ“アイ・ウォント・ユー”のカヴァー。

The Last Shadow Puppets / I Want You (live)


ちなみにパペッツは前作リリース時からこの曲をたびたびカヴァーしていて、ネット上にはそのときの映像もいくつかアップされています。そちらと上記のライヴ映像を比べると、ふたりのヴォーカリゼーションの変遷がよくわかるので、気になった方はぜひそちらもチェックしてみてください。



⑥これまでのパペッツのPV作品やヴィジュアル戦略から、あなたが最初に連想する既存の作家や作品は誰ですか? あるいは、視覚面ではどのようなリファレンスがあると感じますか?

今回の新作でまずなにが驚いたって、やっぱりアーティスト写真ですよね。そう、二人がトラックスーツ姿でソファに腰掛けているアレです。それにしても、おそらくアルバムの内容とは別なところで賛否両論ありそうなあのファッション、一体どこからきてるんだろう。そこでまず思い浮かぶのが、1999年から2007年にかけて放送されたアメリカのテレビ・ドラマ『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』。そのなかに登場するマフィアの幹部=クリス・モルティサンティが、まさにあのようなジャージ……いや、トラックスーツ姿なんです。

『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』


血の気の多いチンピラがスポーツウェアを好むのは万国共通なんでしょうか。まあ、それはともかく、二人のファッションと“アヴィエイション”のミュージック・ヴィデオを見る限り、今作のコンセプトに「マフィア」が絡んでいるのは、まず間違いなさそう。そういう意味では、もしかするとマーティン・スコセッシあたりもインスピレーションになっているのかもしれませんね。実際、こちらのパフォーマンスを見たところだと、どうやら現在のアレックスはかなり役に入り込んでいるようです。

The Last Shadow Puppets / Bad Habits (TV Performance)

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パペッツの二人はこの「マフィア」というコンセプトを通して、いったい何を伝えようとしているのか。そこについては、もうすこし時間をかけて読み解いていきたいところなんですが、どちらにしても、『エヴリシング・ユーヴ・カム・トゥ・エクスペクト』というアルバムは、前作以上にヴィジュアル面で訴えたいものが明確な作品といえそうです。



⑦1stアルバムと2ndアルバムの音楽性における大きな違いとは何ですか?

ストリングスを大々的に配したビッグなサウンド、あるいは映画音楽を思わせるロマンティックな楽曲展開において、パペッツの新作は1stの音楽的リファレンスをさらに探究した作品であることがうかがえます。一方で、1stが初期のスコット・ウォーカーを雛型としていたのに対し、今作はポップスとしての強度を保ちながら、クラシック音楽的な意匠をさらに強めた印象があります。具体的にいうと、彼らはジョージ・ガーシュインをひとつの始まりとする20世紀初頭のミュージカルや映画音楽に、あらたなヒントを見出したのではないかと。

George Gershwin / Rhapsody in Blue

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正直にいうと、自分がここでガーシュインを想起したのは、サウンド云々とは別に、今作のマフィア的なヴィジュアル・イメージが手伝ったところもちょっぴりあるんですが、どちらにしても、なにかとブラック・ミュージック史を参照したポップスが注目されがちな昨今にあって、こうしたルーツの辿り方は今あまり見当たりませんよね。だからこそ、『エヴリシング・ユーヴ・カム・トゥ・エクスペクト』の壮大な演奏は、前作以上に強烈なインパクトをもっているのだと思います。



⑧あなたなら、2010年代の、どのようなポップ音楽を聴いている人にパペッツのアルバムをお奨めしますか?

パペッツの魅力を伝えるために、ここまで何人ものミュージシャンを参照してきましたが、本稿を読んでいるひとのなかには、むしろそのせいでなんとなくとっつきにくさを感じたひともいるかもしれませんよね。でも、ぶっちゃけた話、ここまで挙げたミュージシャンをひとりも知らなくたって、僕はまったく問題ないと思ってます。だって、パペッツの2作から聴こえてくるのは、それこそ誰もが楽しめるような非常にとっつきやすいポップスなんだから。

なので、たとえばアデルやサム・スミスなんかは勿論、ワン・ダイレクションやテイラー・スウィフトあたりのメインストリーム・ポップスに親しんできた方には、今こそパペッツの作品に出会ってほしいと思っているし、できればミスチルとかが好きなひとにも、本当は聴いてもらいたい。実際、『エヴリシング・ユーヴ・カム・トゥ・エクスペクト』というアルバムは、そうした一般的なポップ・リスナーにも興奮と驚きをもたらす、とても懐の深い作品だと思うのです。



⑨あなたなら、パペッツのアルバムを気に入った人に対して、過去のどのような音楽家の作品を次に聴く作品としてお薦めしたいですか?

ここまで名前が挙がったひと以外なら、やっぱりまずはリー・ヘイゼルウッドでしょうか。彼はフランク・シナトラの娘=ナンシー・シナトラをプロデュースしたことでも知られる作曲家。パペッツの2作は、ヘイゼルウッドが60年代に残した流麗なポップスとすくなからず重なるものがあります。ナンシーとヘイゼルウッドがディエットした“サム・ヴェルヴェッド・モーニング”は、プライマル・スクリームのボビーがケイト・モスと一緒にカヴァーしていましたね。

Nancy Sinatra & Lee Hazlewood / Some Velvet Morning

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あとは、おなじく60年代から〈スタックス〉などで活躍したシンガー=バーバラ・ルイスを、この機会にあらためて聴いてみるのもいいかも。というのも、アークティック・モンキーズが2006年に発表したシングル“リーヴ・ビフォア・ザ・ライツ・カム・オン”のB面に、彼女の代表曲“ベイビー、アイム・ユアーズ”のカヴァーが収録されているんですけど、これ、いま聴くと見事にパペッツの方向性を予見していたんですよね。なので、そちらもぜひチェックを。



⑩2016年における彼らの音楽的なライヴァルは誰か、と言われたら何と答えますか?

いつかパペッツが『007』シリーズのテーマ・ソングを書いたりしたらホント最高だな。という思いを込めて、ここは昨年に『007 スペクター』のテーマ・ソングを担当したサム・スミスを。

Sam Smith / Writing's On The Wall (from Spectre)

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あとは、今イギリスでミューズが担っているポジションを彼らに奪い取ってほしいな、なんてことも、ちょっとだけ思ったり、思わなかったり。いや、ぶっちゃけ音楽的にはパペッツの圧勝だと僕は思ってますけどね。とはいえ、ミューズがここ10年にわたって国民的バンドの座をキープしているのはまぎれもない事実だし、それこそ欧米の大作映画やテレビ・ドラマで、ミューズの仰々しい曲ってやたらと起用されるじゃないですか。僕、あれを耳にするたびに、わりとよく「だったらパペッツのほうがよくね?」と思うんですよね。ということで、願わくはパペッツにはアークティックをしのぐほどの商業的成功をつかんでほしいなと、けっこうマジで思っています。


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