ここ十数年の英国における「バンド音楽、冬の時代」とは、ロックの死というよりも、音楽ジャンルとしてのインディの衰退だったのではないか。そんな視点もあると思います。今年に入ってからの全英チャートを見ていくと、全世界的なヒップホップ/R&B隆盛とエド・シーランのメガ・ヒットの裏で、「ロック」勢が以前に増して好成績を残していることは明らか。例えば、今年3月から9週間続いたエド・シーランの全英1位独占状態を破ったのは、カサビアンの最新作『フォー・クライング・アウト・ラウド』でした。
カサビアンがコールドプレイにも並ぶ「ロック・ダイナソー」として存在感を示した一方で、彼らのような十年選手のみならず、2010年代デビューの若手にもトップを奪取するバンドが登場。6月にはロンドン・グラマーとロイヤル・ブラッドがそれぞれ二作目で全英一位を奪取。8月には、クリブスやエヴリシング・エヴリシングが最新作で自己最高位を更新しています(それぞれ8位と5位)。
こうしてチャート面からシーンの動向を追っていくとわかるのは、今年に入って好調なセールスを記録しているバンドは、ほぼ全てが「インディ」然としたサウンドではなく、むしろ大文字のロックだということ。もちろんこういった大文字のロックは玉石混交。必ずしもすべてが肯定的に評価できるわけではありません。ただ客観的な状況分析として、非インディ的なロックは2017年において大いに活気があるということです。
〈サイン・マガジン〉では、ビッグ・ムーンやマリカ・ハックマン、フォーメーションのような、今勢いのあるロンドン周辺の若手シーンも幾度となく紹介しているのはご存知の通り。彼らも活動自体はインディペンデントだとしても、鳴らしているのは2000年代的なインディと決別し、90年代以前へと先祖返りしたようなロック・サウンドだと言えるでしょう。
そんな中で、The 1975を看板アーティストとして抱え、設立当初から「インディ幻想」とは一線を画す運営を行ってきたインディ・レーベルこそが〈ダーティ・ヒット〉だ、ということは以下の記事でも書きました。
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インディ新時代到来の狼煙。The 1975を
擁する英国インディ・ロック最大の震源地、
〈ダーティ・ヒット〉注目アクトを完全網羅
同レーベルの出世頭と言えばThe 1975。しかし、本稿の主人公であるレーベルの二番手=ウルフ・アリスも、今やThe 1975に次ぐ2010年代屈指のビッグ・バンドになりつつあります。
日本ではいまだ彼らのことを一介のインディ・バンドに過ぎないと思っている人も少なくないかもしれませんが、それは違います。2017年9月29日にリリースを控えた2ndアルバム『ヴィジョンズ・オブ・ア・ライフ』に伴う本国ツアーの、地元ロンドンでの公演会場は1万人収容のアレクサンドラ・パレス。早くも彼らはアリーナ・バンドのポジションに手をかけようとしているのです。ちなみに、ストロークスが2nd『ルーム・オン・ファイア』のイギリス・ツアーでロンドン公演を行ったのが、同じくアレクサンドラ・パレスです。この事実からもウルフ・アリスの飛躍がどれほど目覚ましいかがわかるでしょう。
かつて〈クラッシュ〉誌が「フォークとグランジの私生児」と称したように、そもそもウルフ・アリスは、ローラ・マーリングやマムフォード&サンズを輩出したロンドンのニューフォーク・シーン周辺の磁場から、2010年に誕生したバンド。その点で、当時いまだ色濃く残っていたロンドンの「インディ幻想」ど真ん中で産声を上げたと言えます。以下のアコースティック・セッションの動画からは、初期インディ・フォーク時代の面影が伺えるでしょう。
しかし、インディ幻想が急速に薄れていくシーンをじっくりと見極めるかのように、彼らは結果を急ぐことなく、地に足のついた活動を継続。結果、2015年にようやくリリースされたデビュー作『マイ・ラヴ・イズ・クール』は、初期のインディ・サウンドから大きく拡張され、USオルタナのみならず、ブリットポップやシューゲイザー等も飲み込んだ、全方位型のポップ/ロック・アルバムとなっていました。
同作は、〈ブリット・アワード〉や〈マーキュリー・プライズ〉、〈NMEアワード〉といった本国の音楽賞に軒並みノミネートされた他、アメリカの〈グラミー賞〉候補にも選出。その成功は、彼らがいち早く縮小を続けるインディから距離を置き、より広義で全方位的な「ロック」を鳴らしたからこそ手に出来たものでしょう。
自らの音楽性を限定することなく、自由に多様なサウンドを鳴らすウルフ・アリスの姿勢は、一気にサウンドのスケールを広げた最新作『ヴィジョンズ・オブ・ア・ライフ』にも息づいています。
活動初期からUSオルタナ/グランジを参照点の一つとしてきたウルフ・アリスが新作への布石として選んだのは、よりハードコアでダイレクトなサウンドとアティチュード。いち早く公開された2ndからの新曲“ヤック・フー”は、フガジら90年代のDCハードコアや、ビキニ・キルを筆頭とするライオット・ガールを髣髴させる、激烈なパンク・ナンバー。
激ハードコアなリード・シングルに続いて公開された新曲“ドント・デリート・ザ・キシズ”は、打って変わってドリーミーでロマンティックな一曲に。
ハード・サイドへと極端に振り切ったのが“ヤック・フー”だとすれば、こちらはバンドが持つソフト・サイドの象徴。見事な振れ幅で、ウルフ・アリスの両極性と全方位的な志向性を提示した二曲と言えるでしょう。
また、アルバムからの第三弾として公開されている“ビューティフリー・アンコンヴェンショナル”も、前2曲とは全く違う方向性に仕上がっています。こちらは、タメの効いたギター・リフとビッグなコーラス・ラインが特徴的な、ウルフ・アリス流のポップ・チューンとでも言えそうです。
これまでに公開されている新作からの3曲は、どれも方向性はバラバラ。ドレイクの『モア・ライフ』よろしく、Spotifyのプレイリスト全盛の時代に対応した、あらゆる趣味嗜好に応じた音楽的な多様性を意識しているようにさえ感じられます。ただ、一つ言えるのは、1stと較べるとどの曲もスケール感が一段も二段も上がっていること。これは確実に、アリーナ・バンドに地位に手がかかっている自分たちのポジションを意識した結果のはず。
狭義の「インディ・ロック」から完全に脱却した今の彼らが目指すのは、カサビアンの頂。もしくは、ブラック・サバス、レッド・ツェッペリン、最近ではアークティック・モンキーズへと連綿と受け継がれてきたブリティッシュ・ロックの最新型を提示すること――かもしれません。その答えは、『ヴィジョンズ・オブ・ア・ライフ』が世に解き放たれた時に明らかになるでしょう。