サウンドの情報量と振れ幅を極めた『クリプトグラムス』や『マイクロキャッスル/ウィアード・エラ・コンティニュード』をへて、2010年代に入って以降はアルバムごとに音楽的嗜好をコンセプチュアルに練り上げてきたというのが、ざっと見たディアハンターのディスコグラフィの印象。ジョン・リー・フッカーやボ・ディドリーなどブルースの古典や初期ロックンロールに着想を得られた一昨年の『モノマニア』はその象徴的な例と言えたが、そうした近作の傾向を踏まえた時、この来るニュー・アルバム『フェーディング・フロンティア』からのリード・トラックが披露する“変わり身”は、作品の全体像を占う上で示唆的と見ていいのだろう。アルバムのタイトルからも窺えるように、歌うブラッドフォード・コックスのルックスを始め一連の世界観は19世紀のアメリカがモチーフやコンセプトになっていることが想像でき、ボウイの『ヤング・アメリカンズ』も連想させるどこか空虚で、ルーツィな匂いをまったくさせないファンク・サウンドが次第に、不穏なアンビエント音に覆われながらフェード・アウトしていくところまで含めて、とても暗示的なMVだ。一方で、過剰なエフェクトや装飾的なレイヤーを取り払ったミニマルな演奏は、前作と地続きの印象も与える。
ベルファストのガールズ・ネームス、モントリオールのオウト、ベルリンのデイエート、そして、このダブリンのガール・バンド。最近、個人的に気になるバンドはどういうわけか「ポストパンク」ばかりで、この感覚はどこか2000年代初頭の頃の雰囲気を思い起こさせたりもするのだけど、漠然とそう感じるだけで何か確証めいたものがあるわけではない。ただ、強いて言うならば、当時のリヴァイヴァルがあからさまなダンス・フィールを窺わせたのに対して、現行の「ポストパンク」はよりミニマルでノイジー。仮に80年代のニューヨークに準えるとして、前者が『ノー・ニューヨーク』勢や〈ZE〉周辺も巻き込んだイースト・ヴィレッジ陣営とするならば、後者はソーホーを拠点としたグレン・ブランカのセオレティカル・ガールズやY・パンツ、リース・チャタムか、というぐらいに。あるいは、後者のミニマリズムやノイズには、例えば〈L.I.E.S.〉界隈のロウ・ハウスのザラついた「インダストリアル」の手触りも聴き取ることができることに、同じく現行の「ポストパンク」を象徴するコペンハーゲンの〈ポッシュ・アイソレーション〉が、スロッビング・グリッスルやコイルを音楽的指標とした若者によって創設されたエピソードを思い返してみてもいいかもしれない。この、来るデビュー・アルバムからのリード・トラック、『ドラグネット』の頃のフォールというかマーク・E・スミスみたいでヤバいね。
先頃、翻訳版が出版されたキム・ゴードンの自伝『Girl In A Band』を読み終えて悟ったのは、ソニック・ユースの再結成が現時点ではもはや絶望的であること、そして、自分はこの先ソニック・ユースの音楽を聴いて無邪気に楽しめる気分にはもうなれないだろう、ということだった。去年インタヴューした際にサーストン・ムーアは「解散したって正式に発表したわけではない」と言葉を濁らせていたが、実際のところソニック・ユースはもう終わっているし、とっくに終わっていた、というわけだ。まあ、本音ではそう割り切れたからこその、近年のムーアとゴードン個々の充実した活動があるわけで、とりわけ自伝の出版に絡めたゴードンの最近の露出を見ると、“音楽”に縛られることなく本当にやりたかったことが今やれている様子が伝わってきて微笑ましかったりもする。こちらは、ピーチズの6年ぶりのニュー・アルバム『ラブ』からの2曲目のリード・トラック。いわばオノ・ヨーコを芸術/理念上の母とする、年の離れた姉妹共演といった趣も。
昨年来、「年間ベスト・アルバムから外された我が心のアルバム5枚」でも紹介したバルセロナのモーンと並んで、スペイン発のインディ・ロックの新世代として話題を集めるハインズ。マドリッドの4人組ガールズ・バンドで、この新曲は、北米ではコートニー・バーネットと同じ〈マム・アンド・ポップ〉からリリース予定のデビュー・アルバムにたぶん収録。バンド名がディアーズだった当初のシングルやデモはガレージ・ロック寄りだったが、曲を重ねるごとにルーズな身のこなしに。サヴェージズのような硬質なポストパンクとは真逆を行く、例えるならハイムとウォーペイントのあわいを縫うような軽やかさ、はたまた〈グランド・ロイヤル〉時代のルシャス・ジャクソンも連想させる「抜け感」が魅力。
6年ぶりのニュー・アルバム『デス・マジック』から。ビョークの最新作『ヴァルニキュラ』への参加で名を上げたハクサン・クロークとの共作ということで、例えばプロディジー(『ザ・ファット・オブ・ザ・ランド』)のポスト・インダストリアル・ヴァージョンのようなものを漠然と想像していたところ、ふたを開けてみた感想は「アラン・モウルダーがプロデュースしたペット・ショップ・ボーイズ?」。ヘルスと言えば、ノー・エイジが棲家とした地元LAの〈ザ・スメル〉周辺のシーンを出自としながら、当時のクリスタル・キャッスルズやピクチャープレーンらと共にパンキッシュなエレクトロニック・サウンドで脚光を浴びた「シンセ・コア」の代表格。ここはもう少し振り切れたプロダクションを期待していたのが本音だが、この“ストーンフィスト”を始めリード・トラックに選ばれた数曲は、彼らがブランクの間そこかしこで顕在化した「インダストリアル」や「ゴシック」といったタームへの応答として十分なソツのなさを見せている。