1950年代に4人のゲイが作った、マイノリティたちの愛と闘争のドラマとしての『ウェストサイド物語』。それはやがてミュージカル映画の古典となり、そして21世紀に、スティーヴン・スピルバーグが紛うことなき「映画」として再び立ち上げる……。物語として真新しいところはない、というか、そもそも『ロミオとジュリエット』をアメリカン・ポップ・カルチャーとして翻案したこの作品がそれでも現代に通じるのは、ヨーロッパ系移民の白人労働者とラテンアメリカからの移民の対立——マイノリティ同士の対立——が深刻化していることをわたしたちが知っているからだ。だからこそ、その対立を乗り越えるものとしての歌とダンス、映画的躍動をアメリカ映画の巨人たるスピルバーグがいまスクリーンに刻みこむ。ある運動をカメラが捉えるものが「映画」であり、そしてこの映画が見せる運動は、過酷な境遇のなかでそれでも生を謳歌しようとする若者たちのエネルギーである。
ウェス・アンダーソンもここまで来たかという情報量の多さ。テキサス出身のアメリカ人が抱いたフランス文化への憧憬をある種のスノビズムとして並べて編纂する本作は、美術、政治、食にまつわる3章構成を、ヌーヴェルヴァーグ、フレンチ・アクション・ムーヴィー、バンド・デシネ、五月革命、ジャック・タチ、ボーダーのシャツにベレー帽、自転車、カフェでの政治談議などなど……に微分して、ウェス・アンダーソン的としか言いようのない「あの画面」にテキパキと配置してみせる。それを面白がれるかどうかで本作の見方は分かれるだろうが、ひとつ感じ入るのは、ジャーナリズムの権威の失墜が取り沙汰される現代にあって、その意義を個人的な愛着でアプローチすることの衒いのなさだ。それはスノッブどころか素朴ですらあって、何だかんだ多くのひとがウェス・アンダーソンを好きであり続ける理由になっているだろう。世界的なスター俳優たちがどんな役で登場するかを見るだけで楽しいし、ね。
(※原題『Succession』)シェイクスピア劇をモキュメンタリー・コメディと接続し、現代の超富裕層を巡る悲喜劇へと昇華した本作は、そのままアメリカ型資本主義への風刺となっている。父権主義の極限としてのコングロマリットの「長」である父親と、その後継者を狙っての子どもたちの骨肉の争い。シーズンを経るごとにパワー・バランスが刻々と変化していく脚本は見事の一言で、また、一族の暮らしを彩る大道具・小道具(車、家具、服、食事から日用品まで)を見ているだけで快楽的であることの皮肉がビリビリと効いている。身内同士の醜い争いを見ていると「とっとと降りてしまえばいいのに」とつい思ってしまうけれど、しかし、そこから「逃れられない」こと自体が現代を生きるわたしたちの姿を映したものでもある。それはあまりに空虚で、乾いた笑いばかりが反響する。
(※原題『Curb Your Enthusiasm』)前々回で『となりのサインフェルド』と本作を紹介したら、その最新の第11シーズンが日本にも来ました! ということで、『サインフェルド』で伝説的なプロデューサーとなったラリー・デヴィッドが制作・主演・脚本を務めるこのシットコム・シリーズが少しでも多くのひとに見られるといいなと思う。というのは、本人役で登場するラリーの自分本位のクソ野郎ぶりにイライラさせられながらも、それが現代社会生活における衝突や気まずさを戯画化したものであることに気づいたとき、それらを「笑い飛ばす」ことの効能が立ち上がってくるからだ。これはある意味、「特権階級」にいるラリー・デヴィッドだからこそ繰り広げられる皮肉でもある。この11シーズンでも人種的ステレオタイプやジェンダー・ステレオタイプべったりの偏見を隠そうともしないラリーにムカつきながら、懲りずに痛い目に遭うその姿にはやっぱり笑わされてしまう。笑い飛ばすことは問題を無化することではなく、むしろオープンに議論する入り口にもなりうるのだと。2022年2月現在、最新シーズンが視聴可能なので、これをきっかけに過去シーズンも入ってきてほしい。
舞台はパリ郊外の公営住宅ガガーリン団地。2024年のパリ五輪のために取り壊された実在の場所だ。主人公である16歳の少年ユーリは母親の帰りを待ちながら、退去していく隣人たちを尻目にひとりでそこに留まり続ける。やがて誰もいない団地は、少年が憧れる宇宙へと姿を変えていくだろう……。叙情的な映像で少年の孤独や恋を綴る本作はまっすぐな青春劇であり、同時に、都市開発によって消えていったコミュニティへのレクイエムだ。日食を見るために集まった普通の人びとの顔々が映されれば、散り散りになった貧しき者たちのその後の暮らしを思う。ただこれは、世界中の都市でいまも起きていることに他ならない。だから、東京五輪のために取り壊された住宅地の最後の日々を映したドキュメンタリー『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』と並べてみたい作品でもある。