〈ジャグジャグウォー〉のレーベル主宰者が
語る、島国ニッポンの孤立を尻目に激変する
2010年代のポップ音楽事情のすべて:前編
●今年のはじめ、ダーティ・プロジェクターズのデイヴ・ロングストレスとフリート・フォクシーズのロビン・ペックノールドがInstagram上で「インディ・ロック」の現状をめぐって議論したことが話題になりましたよね。
●彼らのやり取りによると、インディ・ロックが進歩的だと感じられたのは2009年が最後で、現在のインディ・ロックとかつてのそれは違うものだと。彼らのこうした意見について、あなたはどう感じていますか。
「僕は……デイヴ・ロングストレスはすごく尊敬してるんだ。驚くべきクリエイターだし。でも、ああいうふうに断じたのを彼も今は後悔してるんじゃないかと思う。今、音楽を作っている人たちは、彼が2009年に作っていた時と同じくらい、境界を押し広げようとプッシュしてる。彼らはまだデイヴほど評価されてないかもしれないけど、いずれはされると思うし」
●ええ。
「一つ、大きいのは……例えば〈ジャグジャグウォー〉でもそうなんだけど、僕らは『インディペンデントであること』を、特定の幅の狭いサウンドと対応させないようにしてる。いわゆる『インディ・ロック』ってやつだね」
●わかります。
「だから、彼が話してたのは多分、90年代から2000年代にあのサウンドを作り出した、20から30くらいのバンドのことなんじゃないかな? ギターとキーボード、ドラムとベースでね。でも、今、インディペンデントとされるものはそこから随分変わったと思うしね。もし今日彼にインタヴューするとしたら、僕の予想ではもうちょっと違う風にインディ・ロックを特徴づけるんじゃないかな」
●なるほど。ただ、2010年代以降はインディ・ロックがそれまでの覇権を失い、いまや北米ではヒップホップやR&Bが中心になっている、というのは事実ですよね。率直にあなたはこのような現状をどう思っていますか。
「これはさっきの『インディ・ロックが違うものになった』っていうコンセプトとは別にして話したいんだけど。つまり、今の消費者が聴く音楽はギター・ベースじゃなくなってるし、ロックでもないんだよね。それはここ何十年なかったほどシフトしてる。全体的に消費者が聴きたがるものが変わったんだ」
●ええ。
「だから、今はR&Bとヒップホップやラップが主流だというのは、フェアな観察だし、正確だと思う。でも、それってインディだけの問題じゃないと思うんだよ。音楽ビジネス全体の問題で。いや、『問題』でさえないな。ただそういう変化が起きたってだけ。今、一番売れていてストリームされてる音楽のトップ40なんかを見ると、80年代や90年代のチャートと比べても、ずっとR&B、エレクトロニック、ヒップホップが中心で、超ビッグなロック・バンドなんてもうどこにもいない。でも、それはただ単に変わったってだけのことなんだ」
●冒頭でもお伝えしたとおり、あなた方がモーゼス・サムニーとジャミーラ・ウッズと契約したことは、現在のシーンに対する〈ジャグジャグウォー〉からの回答だと私は捉えているのですが。
「うん。でも、僕らがいまモーゼス・サムニーやジャミーラ・ウッズと契約し、来年もそういうアーティストをリリースしていくことはその変化に合わせるためでもないし、違う方向に進むためでもない。彼らは人に聴かれるべき音楽、文化にとって重要なことをやっているアーティストだと思ってるんだ。確かに、そこには前みたいなパワー・コードがないし、ドラムが鳴り続けてもいない。でも、それは今、人々が作り出しているものの反映なんだよ。彼らアーティストが打ち出しているもの、その美意識の方向性を反映してるんだ」
●モーゼス・サムニーについて訊かせてください。まさに彼はボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンに続く逸材だと感じています。
●実際、そのヴォ-カルの力とゴスペルを思わせる荘厳なサウンドには凄まじいものを感じるのですが、あなた方はこの才能をどこで見つけ出し、契約に至ったのでしょう。
「最初にモーゼスのステージを見たのが……いつだったかな? 確か、テキサス州オースティンだったね。3年前の〈SXSW〉だったかもしれない。で、初期のリリースを聴いて、クリス・スワンソンと僕は、彼と彼の前のマネージャーに電話をかけたんだ。それが2年くらい前だった」
●主にどんなことを話したんですか?
「お互いに好きなレコードなんかの話をしたんだけど、モーゼスは意見が明確で、自分の音楽がどこから出てきているか理解していて、それがどこへ向かうかの強いヴィジョンを持っていることもわかった。声が美しく、素晴らしいソングライターで、ただそうやって会話を続けていったんだ。多分、彼としては、その間にレーベルに所属する準備ができてるかどうか考えてたんじゃないかな。で、僕らにとってはラッキーなことに、彼と彼の新しいマネジメントが、レーベルからアルバムを出す時期が来たと決断して、僕らをその選択肢の一つにしてくれた。結局それがうまくいったんだ」
●モーゼスは〈ジャグジャグウォー〉の文脈に当てはまるのと同時に、現行のジャズやオルタナティヴR&Bとの繋がりを見出せるアーティストでもありますよね。つまり、私は彼をフォーク、エレクトロニカ、ジャズ、R&Bなど、さまざまな音楽のクロスオーヴァーを体現するアーティストだと感じているのですが。
「と同時に、彼はストーリーテラーなんだ。神話的でもある。僕にとって、彼の言葉は音楽と同じくらいパワフルに感じられるんだよ。伝えたいことを描き出す才能があって、その伝えたいこと自体がとても興味深いんだ」
●ええ。
「彼の今回のレコードは、愛が時に別のものと対になることを描いていて。ある人を自分のパートナーとして見いだすと同時に、相反する感情もそこにはあるんだ。これはロマンティックな感情なんだろうか、それともただ自然なこと、必要なことなんだろうか。ロマンティックな気持ちになりながらも、なぜそれが無防備に感じられるんだろう――とね。そうやって感情を深く掘り下げてる。必ずしも力強く歌い上げてはいないんだけど、歌詞や曲から人としての彼、伝えようとしてることが伝わってきて、それがすごくエキサイティングなんだ。まるで美しい小説を読むような気持ちになる」
●では、ジャミーラ・ウッズについても訊かせてください。彼女は同郷であるシカゴのアーティストたちとの強いコネクションでも知られていますよね。そして、そのシーンの中心であるチャンス・ザ・ラッパーは、いまや行政にも関わるなどの活動ぶりでも注目されています。チャンスのそうした幅広い活動ぶりを、あなたはどんな風に見ていますか。
「最近、〈ビルボード〉誌にインディ・パワー・プレイヤーのリストが載っててさ。僕、いつもはそういうリストって嫌いなんだけど(笑)。で、リストの大半はレーベルのオーナーや重役だったんだけど、僕の記憶ではアーティストとしてもっとも上位で、一番パワーがあるとされてたのがチャンス・ザ・ラッパーだったんだ。チャンスは自分自身の権利をコントロールすることを知っていて、それが彼に大きなパワーを与えてる。そして、そのパワーを使って、周りのアーティストたちを引き上げてるんだ。もし僕がああいうインディ・パワー・プレイヤーのリストを作るとしたら、チャンス・ザ・ラッパーを1位にするね。あんなアーティストは他にいないよ」
●わかります。
「そう、将来的にマーケットがどう推移するか考えると、最終的にはアーティストとレーベルの区別がなくなると思ってるんだ。実際、この業界はアーティスト中心であるべきだし、アーティストにフォーカスしなきゃいけないんだよ。もちろん、ビジネスを構築するのにアーティストが全部やるわけにはいかない。一人のアーティストが経理と流通と生産をやるなんて無理だからね。だから、その周りにはやっぱりチームが必要で、そのチームが『レーベル』と呼ばれるかもしれないし、呼ばれないかもしれない。でも長期的には、その区別がなくなっていくと思うんだ」
●ええ、よくわかります。
「実際、チャンスがやっていることは他の多くのアーティストをインスパイアしているし、彼と同じようにやれればそれはすごいことだと思う。僕らもそれはサポートしたいし、彼が地元のコミュニティを通じてごく自然に他のアーティストの世話をしていることにもインスパイアされる。学校への寄付だとか、コミュニティへの還元もそうだね」
●ええ。
「ジャミーラ・ウッズと彼が作ったヴィデオでは、シカゴの公立校の生徒たちが案を応募して、彼らが演出やプロダクションにも関わった。それは生徒たちに機会を与えると同時に、シカゴの公立校のシステムについて、世界的に知らせる機会にもなったんだ」
●そんなチャンスやジャミーラのようなアーティストがシーンに台頭した理由として、やはりミックステープの存在は欠かせないと思います。
「うん」
●そして、〈ジャグジャグウォー〉からジャミーラのミックステープが再販されることには、あなた方のミックステープ文化への関心も表れているように感じました。実際のところ、このミックステープ文化が音楽シーンに与えた影響をあなたはどう分析していますか。
「ある種のシーンにとっては不可欠だよね。ミックステープ・カルチャーは時に、ただのサンプリングだとかコラージュ、作り手が好きなアーティストや繋がりたい音楽や、作っていてうまくいくものを借りてくるだけだと思われてるけど、あれはコミュニティの中のストーリーテリングなんだよ」
●確かに。
「自然発生的な物で、アーティストたちがお互いを煽って、興奮させてる。『このミックステープを百万売るぞ』みたいな商売じゃないんだ。そういうアイデアの交換だからこそ、それが自然に成立していること、聴く人も影響を受けて、実際にそのアーティストのコミュニティにある感覚を受け取れることが刺激的なんだよね。彼らがお互いの作品について語り、音楽を出して、新しい人たちがそれを聴くことについて語ってるんだ」
●では、エンジェル・オルセンをはじめ、それこそジャミーラ・ウッズもそうなのですが、ここ最近の〈ジャグジャグウォー〉は現代的な女性像を打ち出したソロ・アーティストのリリースが続いています。ここにもレーベルの指針が表れているように感じたのですが、いかがでしょうか。
「まずは、女性の声をレーベルとして持つことが重要かどうか、という点。答えは当然イエスだけれど、男性の声を持つことだって重要だ。と同時に、そのどちらにもアイデンティファイしない個人の声を持つことも大事だしね。僕らはその意味でラッキーで、バランスもいいし、多様性もあると思う。レーベルにさまざまな声があるんだ」
●確かに。
「もし誰かに、『最近〈ジャグジャグウォー〉はリリースが4つ続けて女性アーティストだよね? すごいじゃないか』って言われたら、僕としては『そんなわけない。どっかのレーベルが4つ続けて男性アーティストの作品をリリースして、それが取り沙汰されたことあるか?』と答えるね。そういうことを取り上げようとするのは、もうやめなきゃ。女性アーティストをリリースしてるかどうかなんて、話題として価値がないんだよ。僕らは単に、素晴らしいアーティストの作品をリリースしてるだけで。そこはある意味、僕らの哲学でもある。エンジェル・オルセンとジャミーラ・ウッズみたいな女性アーティストがいて、このレーベルはとても恵まれてるんだ。と同時に、他の男性アーティストがいて恵まれている。僕らにとっては性別が大事なんじゃなく、個々のソングライターが表現していることにインスパイアされてるんだよ」
●では、あなたはジャミーラ・ウッズというアーティストにどんな可能性を見出しているのでしょうか。彼女はローカルから黒人女性の問題意識を伝えているアーティストでもありますよね。
「ジャミーラ・ウッズは素晴らしいソングライターで、詩人で、最初に彼女の“ブラック・ガール・ソルジャー”のヴィデオを観た時には、社会正義のために闘ってきた黒人女性の歴史を感じた」
「彼女はそれについて語り、自分も加わりたいと思いながら、そのコミュニティの強い絆も打ち出してるんだよね。と同時に、ブラックの女性兵士についてだけ語ってるわけでもない。あれはすべての人のためのテンプレートであり、僕らみんながブラック・ガール・ソルジャーになれるってことなんだよ。僕にとってはそこが『ワオ!』って感じだった」
●確かに。まさにその通りですね。
「優れたソングライターであるだけじゃなく、歌う内容だけでもなく、僕個人に語りかけ、インパクトを与えたところがね。もちろん、シンガーとしても、パフォーマーとしても素晴らしい。彼女と仕事ができて、〈ジャグジャグウォー〉はとても幸運だと思う」
●また、〈ジャグジャグウォー〉は2010年代以降もインディ・ロックの新しい潮流を提示し続けています。なかでもフォクシジェンは、ダーティ・プロジェクターズらを中心とするNY周辺のシーンとはまったく異なる価値観を打ち出した、まさにインディ・ロックの今を体現している存在だと感じます。
●実際のところ、あなたはフォクシジェンのどんなところにアクチュアリティを見出しているのでしょうか。
「彼らのことを知った経緯は、〈シークレットリー・カナディアン〉のリチャード・スウィフトが4、5年前に二人のキッズからCD-Rのデモを受け取ったんだよ。で、『聴かなきゃ』って勧められて、パートナーのクリス・スワンソンが聴いたら、『これはなんとかしなきゃ』ってことになった」
●それほどのインパクトがあったと。
「で、当時彼らが作ってた曲を聴いて、リチャード・スウィフトに『この二人とレコードを作らないか?』と持ちかけたら、いい返事が返ってきたから話をまとめたんだ。それで出来上がってきたレコードがもう素晴らしかったんだよね。で、そのリリース以降は一緒にやることになって。サム・フランスとジョナサン・ラドーの二人と少しでも一緒にいたことのある人ならわかると思うんだけど、彼らは本当に音楽の歴史、サウンドの歴史を学んできた人たちなんだよ。彼らはライヴもすごいし、作るヴィデオも間違いなく最高なんだけど――もし“アヴァロン”を観たことがない人がいたら、絶対に観てほしいね」
「音楽について、彼らはものすごく勉強してるんだ。録音された音楽と、ヴィジュアルとしての音楽の両方をね。だから、彼らはソングライティングだけでなく、スタジオでの仕事もすごいんだ。彼らと一緒にやれて本当にラッキーだよ」
●では、ボン・イヴェールについても伺います。彼の最新作というのは、カニエ・ウェストとの邂逅を経て、それまでフォークを筆頭に伝統的なアメリカ音楽を再定義してきた彼が、もっとも新しいアメリカ伝統音楽とも言えるヒップホップからオートチューンの使用やカット&ペーストという手法を取り込むことで、最新のアメリカ伝統音楽を作ったという位置づけも出来るかと思います。
●ただ、あなた自身は、あの作品の最大の功績はどんな部分にあったと感じていますか?
「ジャスティンが作り出したあのレコードは、ものすごく誇りにしてるんだ。僕はジャスティンが同じレコードを二枚作ろうとしないところが本当に好きなんだよ。彼は彼自身をつねにプッシュしようとしてる。『22、ア・ミリオン』というレコードを僕は愛してる。確かに『フォー・エマ、フォーエヴァー・アゴー』とは全然違っていて、セルフ・タイトルのレコードとはもう少し繋がりも見える。ジャスティンは常に新しいことをやろうとしていて、同じように聞こえるレコードを作らないところがすごいんだけど、それだけじゃなくソングライティング、それにプロダクションの感性がものすごく鋭いんだよね」
●まさに。
「それによってあのレコードは去年、批評的に評価されたアルバムのトップ5には必ず入るようなレコードになった。世界的なセールスとしても、あの週に出たレコードで1位になったんだ。同じ週、その前の週に出たレコードで、『22、ア・ミリオン』より売れたレコードはなかった。アメリカの〈サウンドスキャン〉では、メジャー・レーベルが出したどんなレコードよりもいい数字だったんだよ」
●素晴らしい。
「つまり、彼が何を証明したかというと……他のどんなサウンドとも違っていながら、同時にソングライティングとプロダクションが素晴らしい作品が、通常のマーケティングとは違うやり方で創造的にマーケティングされ、インディペンデントの流通を通じて世界にリリースされて、そのセールスが他のどんなリリースにも比肩した、ってことなんだ。その上でジャスティンがカルチャーに与えるインパクトは、他のどんなアーティストが与えるインパクトにも比肩するほど深いものになると思う」
●ストリーミング・サーヴィスが主流となったここ数年、インディ・ロック系の作品が北米チャートの上位に登場する機会はかなり減りました。一方であなたが役員を務めているという、インディ・レーベルのデジタル・サービスにおける権利を支援する団体〈マーリン・ネットワーク〉の報告によると、インディ・レーベルの売り上げ成長は業界平均を上回っているそうですね?
「うん」
●実際のところ、ストリーミングの普及は〈ジャグジャグウォー〉のようなインディ・レーベルに今どんな影響をもたらしているのでしょうか。
「僕らの会社内では今、『古い音楽経済と新しい音楽経済がある』という話になってるんだ。古い音楽経済では、デジタルにせよフィジカルにせよ、『消費者にレコードを売る』ことに重点が置かれている。つまり、消費者は何らかの形で所有できるものを買う。で、実際にそれを聴くかもしれないし、聴かないかもしれない。まあ、聴きたければ聴けるっていうね。まずこれが古い音楽経済」
●なるほど。
「で、新しい音楽経済になると、消費者はアクセスに金を払うことになる。それがサブスクリプション・モデルであれ、広告収入のモデルであれ、誰かが何かを聴くごとにチャージされるんだ。つまり、今の消費者は素晴らしいと思った音楽を所有するために金を払うんじゃない、ってこと」
●ですね。
「つまり、今、金になる音楽、代価が支払われる音楽は、とにかく『人が聴く』ものなんだよ。それによって、僕らがやっていることの意味合いも変わってくる。僕は今、世界的に音楽ビジネスがまた大きくなりはじめるポイントにいると思ってるんだ。で、その成長を促す一つの要因がストリーミングだとしたら、それはオッケー。ストリーミングを求めているのは消費者だしね。受け入れていかなきゃ。ただ、僕らとしては、その上でどうやってバンドやアーティストを成長させるのか、これまでとは違う形で創造性をサポートできるのかを考えなきゃいけないんだ」
●そうなんですよね。ただ、日本ではストリーミングに対して懐疑的な人がいまだに多いんです。
「うん、日本はまだ音楽の消費をCDなんかに頼ってるのは知ってるけど、きっと一旦変わりはじめると、すぐなんじゃないかな。ストリーミング・サーヴィスもすぐに成長すると思う」
●では、著作権との関わりも含めて、ストリーミング・サーヴィスの普及によるポジティヴな側面とネガティヴな側面、それぞれについてあなたの所感を聞かせてください。
「以前だと、レーベルはまず投資して、レコードがリリースされてから数年後にその投資を回収しようとしてた。売り上げのほとんどはリリース直後で、その時点でコストをカヴァーできるかできないかがわかったんだ。でも、そうやって以前は2年後に回収できてたものが、ストリーミングにおいては10年後だったりする。だから、マーケティング戦略をもっと長期的にしなきゃいけない。長期的な視点を持たなきゃいけないんだよ」
●まさに。
「同時に、投資も長期的になる。回収するのに5年から10年かかるし、その間会社は取得コストの資金を捻出しなきゃいけない。つまり、考え方を変えなきゃいけないんだ。そこも大きな挑戦だ。特にメインストリームじゃない音楽、文化的なインパクトを与える音楽、人の思考を拡張する音楽を出し続けようとするレーベルにとってはね」
●わかります。
「僕らは常にマーケットを新しい場所へプッシュしようとしてる。でもそういう音楽は、そのままだと人が何度も繰り返し聴くようなものじゃないかもしれないから、そこは賢くナビゲートする方法を見つけなきゃいけないんだ。でも、僕は長い目で見れば、真に偉大な音楽というのは境界を広げる画期的な音楽だと信じてる。近視眼的なものじゃなくてね」
●ええ。
「それに〈ジャグジャグウォー〉は恵まれた立場にあって、繰り返し聴かれるようなアーティストを何人か抱えている。それで組織やスタッフ、マーケティングや他のリリースに投資できるんだ。もちろん、他にも素晴らしい音楽を出し続けているレーベル、クリエイティヴなヴィジョンに関して妥協しないアーティストは数多くいるし、僕らは彼らを尊敬してる。でも10年前だったらそのアウトプットが1万枚売れたのに、彼らの作る音楽は今では繰り返し聴かれなくて。みんな1回聴いて、彼らのライヴには行くかもしれない。そうしたアーティストの経済状況は以前とはまったく違うものになってるんだ。今の音楽経済で僕にとって不満なのはそこだね」
●なるほど。では最後に、こうした諸々の変化がパラレルに進む状況にあって、あなた自身のレーベルが果たすべき役割と目標について教えてください。
「もし役割と目標があるとすれば……やっぱり、さっき話したレーベルとしてのミッションに戻るんじゃないかな。それは僕が定義する『成功』とも繋がっている。世界のためになる可能性を少しでも広げられたら、その人は成功したと言えると思うんだ。で、そのためにいま、より力をつけようとしたり、資金やアクセスを手に入れようとしていたりする。より力を持てば、さらにためになることができるからね。ただ、そのバランスが厄介だったりする」
●確かに。
「でも〈ジャグジャグウォー〉は会社として、それが指針なんだ。自分たちの成功はそうあってほしい。音楽をプロモートし、文化にインパクトを与えるというのは、僕らにとってはアーティストがキャリアを支える助けになることを意味する。それはつまり、アーティストや自分たちがマーケットをコントロールする力を持ち、インディペンデントでありつづけ、なおかつ業界の一部でもあるという在り方を見つけ出すことなんだ」
●なるほど。
「だからこそ、マーケットからあがってくる収益、収入は、世界がよくなる可能性を広げること。もしくは、世界をよくしようとするアーティストのサポートに使われるべきだ。〈ジャグジャグウォー〉に関しては、それが一番の指針。だから僕らはこれからも、必ずしも商業的ではなくても、美しく挑戦的な音楽を出すことと、メジャー・レーベルと同様の効率を持ち、同様の市場的野心を持つことの間にバランスを見つけ出す努力を続ける。僕らはマーケットにもインパクトを与えたいんだ」
通訳:萩原麻理