SIGN OF THE DAY

2022年 年間ベスト・アルバム
1位~5位
by all the staff and contributing writers December 31, 2022
2022年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

5. 佐野元春 / 今、何処

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

英語圏のポップ音楽にとって2016年と2017年が凄まじいビッグ・イヤーだったことと当時のブレグジットやトランプ政権発足とは決して無縁ではない。それ以前、2014年前後からのBLMと第四波フェミニズムの高まりとの共振もその大きなうねりを後押ししたことも歴史が語る通りだろう。そう、険しい時代にこそ表現は輝く。ではここアジアの東の島国に関してはどうだろう。取り敢えず40数年のキャリアを経てなお、この最高傑作のひとつを上梓した佐野元春以外の作家については触れないでおこう。この島国の元首相が暗殺されるその二日前に奇しくもリリースされた本作は、ベルリンの壁崩壊とソ連の消滅以降30年続いたグローバリゼーションの時代が終わり、第二次世界大戦敗戦以来もっとも地政学的に不安定なこの島国の政治的、経済的状況が否応なく引き寄せた、市民感情さえももっとも不安定な時代に対する真正面からの回答と呼んで然るべき作品だ。もし90年代オルタナティヴ世代が70年代ロックを現代的に再定義するというのがこれまでのコヨーテ・バンドのスタイルだとするなら、本作での彼らはこれまでになく16の刻みを感じさせるグルーヴに取り組んでいる。サウンドのみならずリリックから透けてみえるアティチュードに至るまで、こんなにもタウンゼンド・テイストが感じられる佐野元春作品は初めてではないか。もし『今、何処』というタイトルがジャッキー・トレント65年春の全英No.1ヒットからの引用だとすれば、これは愛と自由、相互理解の不在についてのアルバムだ。これまでの全キャリアを通して、大衆を導く英雄的偶像にもコミュニティを扇動するイカした兄貴にもなることなく、知的で気さくだが、どこか素気無い親愛なる隣人として個人主義者たちの緩やかな連帯をさりげなく訴えかけてきた彼は、ここでは自分が属しているコミュニティの外側――例えば、右翼思想や陰謀論に傾いてしまった人々――にさえ語りかけようとしている。あらゆる国家の為政者をほぼ信じることの出来ない2022年という時代において、たとえその為政者を祭り上げているのが大衆だとしても、真のロックンロールは市井の人々に語りかけ続ける。(田中宗一郎)

listen: Spotify


4. Rosalía / MOTOMAMI

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

サオーコパッピサオーコ。モトマミモトマミ。パティーナキーチキテリヤキー。本作を「2022年”思わず口ずさんでしまったアルバム”第1位」に選ぶ読者は少なくないだろう。スペイン語は「a」「e」「i」「o」「u」という5つの母音を持っており、音声面で日本語に近いとされているからだろうか? 何を歌っているのかはわからない。しかし、そのアタックの強いパーカッシヴな響きが心地いい。そんな本作を聴いていると「これって、もしかしたら日本国外でのKOHHの聴かれ方と共通するのでは?」なんて思うと同時に、「日本語は音楽に向いていない」という昔ながらの言説をあらためて強く否定して“訛り”を肯定すべきだと思わずにいられない。そして“借り物”だらけのカルチャーも。……なぜなら、このレコードにはそうした点に対する批判を乗り越えて作られたという側面があるからだ。遡ること2018~2019年、ロザリアは前作『El Mal Querer』での世界的ブレイクにより、母国スペインのファンから「彼女は変わってしまった」などと言いがかりに近い批判をされ、国外からも「ロマ族の音楽であるフラメンコを盗んだ」「スペインの白人がラテン・ポップを盗用した」とバッシングされてしまったのだ。しかし、そんな彼女が新たに作り上げたのは「自分の文脈を他者には握らせない。自らのルーツは、自らが決める」と言わんばかりの、レゲトンをベースとした歪でミニマリスティックなサウンド、マキシマムなイマジネーションを持った、強烈な“新しい訛り”を持ったハイパーなポップ・ミュージックだった。ロザリアは確かにラティーナではない。スペインによる侵略が「スペイン語圏」を生んだ過去も否定しようがない。しかし、だからこそ、彼女はカワサキのエンジンを唸らせてパーティと泣きを行き来し、フラメンコのリズムを叩いた手を汚しながら海外の料理をかっ食らう。生まれてきた自らを祝福するために。“原罪”に潰されないように。(照沼健太)

listen: Spotify


3. SZA / SOS

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

RZA、GZA、SZA、オールダーティ・バスタード(ODB)。アーティスト名からして、ウータン・クラン・チルドレンであるのを全面的に押し出しているSZAが、2ndアルバムを締める曲で故ODBをフィーチャーした。父親がイスラム教徒で教義に精通しており、ネイション・オブ・ゴッズ・アンド・アース(通称ファイヴ・パーセント・ネイション)のシュープリーム・アルファベットも取り入れた名前でもある。ちなみに、RZAもファイヴ・パーセンターだ。SZAは両親ともに大企業の幹部であり、経済的には恵まれていたが孤独な子ども時代を過ごしたそう。デビュー前から彼女のテーマは一貫して「他人とうまく距離を取れない自分」だ。5年ぶりの2ndアルバムのタイトルも『SOS』と意味深。男性に依存気味で、彼氏以外の人は大きらいと言い切る歌詞もある。私は、彼女の目元はマリリン・モンローによく似ていると常々思っている。魔性の持ち主では、とも疑っていた。仲よしのリゾのリアリティ番組に出演した際、周りと調和が取れず脱落した参加者に向かって、「私もその立場になりがちだから、大丈夫」と慰めていたのを観て、予測は確信に変わった(この時、SZAは寝転がっていた)。鼻にかかった可憐な歌声とドスの効いたパンチラインのギャップがおもしろい。韻を踏んでほぼラップのように歌う技も得意で、赤裸々な歌詞とともに「他人の目を気にしてもしかたないかも」という気分にさせてくれるのがSZAの強みだ。外見も内面も完ぺきではないけれど、おまけに嫌われ者だけど、別に良くない? との捻くれたメッセージを、こちらはやけに素直なメロディに載せているのが本作の魅力だ。中盤からはカントリーとポップに寄った曲が並び、さらにジャンルレスな傾向を強めている。5年間かかっただけあり、100曲以上作ったなかから選んだ23曲は粒揃い。ほとんどの曲に関わっているロブ・バイセルとカーター・ラングがコア・チームとして、ベニー・ブランコ、シェルバック、ジェイコブ・コリアー、ロドニー・ジャーキンズ、ベイビーフェイスといった、それぞれシグネチャー・サウンドがあるプロデューサーが参加。ODB以外の客演は、ドン・トリヴァーとトラヴィス・スコットとジャンルが近い2人と、「なるほど」と思ったフィービー・ブリジャーズ。相性が抜群にいいのは、深ーい低音ヴォイスとの行ったり来たりがゾクっとするドン・トリヴァー。1時間8分もの長尺アルバムをこのレベルにまとめ上げるあたり、SZAの本気ぶりが伝わってくる。気難しいとも言われがちなのも、こと音楽に関しては彼女が完ぺき主義だからだろう。ところどころ笑わせてくれるため、対訳したいなぁと思いながら2023年も聴き続けるだろう。(池城美菜子)

listen: Spotify


2. Wet Leg / Wet Leg

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

30代を目前にして現在の社会的な立場もこれから先に未来の展望もはっきりとしないワイト島出身の田舎娘二人――日本の文化土壌であればいまだ侮蔑的なニュアンスで扱われたかもしれない、そんなプロフィールしか1年ほど前までは持っていなかった二人が中心になったこのクインテットは、さしたる明確なアイデアも取り立てた技術も持たないまま、2022年を代表する傑作を産み落とした。サウンドはインディ・ロック。ただのインディ・ロック。80年代ポストパンク以降のさまざまなインディの集積というか、英語圏ならごく普通に実家と自分自身のフラットのレコード棚にあるだろう音楽から満遍なくいろんな刺激をもらった結果というか、さりげないデヴィッド・ボウイの“ザ・マン・フー・ソールド・ザ・ワールド”のリフの引用などあるにはあるものの、総じてただのインディ・ロック。だが、彼らのサウンドとリリックの特異性と魅力は、いまだ隆盛を極める不特定多数からの共感と注目を期待した、ごく精密に品質管理されたソーシャル・メディア向けポップ音楽とは対極にある。我々が暮らす24時間の大半と同様、彼らの音楽とリリックは、他者の視線をまったく気にしない、だらしなく、気が抜けていて、無邪気で、脱力していて、時には辛辣だが、公の場所では絶対に口にしないような下らないジョーク混じりで、ごくごく間抜けで、底抜けに可笑しい。例えば、彼らの評価を決定づけた、2021年9月リリースのシングル“ウェット・ドリーム”。部屋に誘う口実としてヴィンセント・ギャロ映画『バッファーロー’66』のDVDをちらつかせるボーイフレンドという薄寒い設定まではテイラー・スウィフト以降の定番とも言える作風だが、彼らはそこにマスターベーションと夢精というトピックさえ持ち込んでみせる。ボーイフレンドの夢の中に自分自身が出てきて、射精を応援するための歓声を上げるというどこまでも馬鹿げたコーラス。このセンス・オブ・ユーモア。おそらく彼らの表現にあるのは総じて愚かさや未熟さ、過渡期にあることに対する祝福だ。それが自分自身の中に巣食う愚かさであれ、第三者に巣食う愚かさであれ、それを叩きのめし、無理やり矯正しようとしたり、排除しようとするのではなく、成長や完成を過剰に求めるのでもなく、少なくとも社会がオファーしてくる正しさや成功例に自分を/他人を当てはめようとしないこと。この10年、もしかしたら誰もが作れたはずなのに、結果的に誰も作れなかったこの解放感に溢れ、生き生きとした奇跡のようなアルバムから学べることは少なくない。(田中宗一郎)

listen: Spotify


1. Beyoncé / Renaissance

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

エンターテイナーとして、自らを演出する総合プロデューサーとして、2018年のコーチェラ『ホームカミング』でビヨンセは一度、燃え尽きたのではないか。それくらい高い、天を仰ぐほどの到達点であった。生身の人間であれば、燃え尽きるほうが自然。コンセプチュアルな前作、2016年の『レモネード』は考え抜かれた構成でLPアルバムというフォーマットの復権を試みつつ、ショート・ショート・フィルムと呼んだほうがしっくり来るミュージック・ヴィデオを全曲で作ったヴィジュアル作品でもあった。2010年代後半のクィーン・ビーは攻めに攻めて、場合によってはそのペースについていけないファンもいたかもしれない。パンデミックのおかげで3部作に取りかかれるほどのクリエイティヴィティが湧き出た、と話すビヨンセ。憶測だが、ラップの才能と同じくらい資産を殖やす才能に長けていて超多忙な夫のジェイ・Zと、少女期に入った長女と双子の幼児と一緒にいられる時間ができたのが安定を取り戻すためにプラスに働いたのではないか。ダンス・ミュージックに大きく振り切った点ばかりが強調される『ルネサンス』だが、性を含めた肉体の解放をテーマにしているようでいて、すべての愛情、性欲はジェイ・Zに向いている。その気になれば浮気だってできる、と挑発するラインもあるが、ただの前戯だろう。真摯すぎる愛情が込められているからこそ、シャレにならないほどの歌唱力に真心が伴って最高のヴォーカル・パフォーマンスを聴かせる。もう一つの大きなテーマは、20世紀にはアンダーグラウンドのゲイ・カルチャーとして棲息していたボールルーム・カルチャーに光を当てること。1990年にまずマドンナがメインストリームに引っ張り出したこのカルチャーは、ここ数年、リアリティ番組やドラマでまたスポットライトが当たっている。ケバケバしく、外連味のあるファッション、歩き方、ダンスを含めたパフォーマンスにまず目が奪われるが、「ハウス」と呼ばれるチームで共同生活を送ることで外敵から守る目的もある、文化かつライフスタイルだ。デスティニーズ・チャイルド時代から女性の自立、フェミニズムを標榜し、BLMで同胞への構造的差別に怒りの声をあげたビヨンセが、LGBTQ+コミュニティによるアメリカ文化への貢献を取り上げ、かつ彼らの安全を訴えるのは自然な流れだろう。彼女の視点がフラットであるのも、重要な点だ。マイノリティ=かわいそう、という上から目線は1ミリもなく、ボールルーム・カルチャーを享受し、それを作り上げたオリジネーターたちの声やサウンドをサンプリングして非礼がないように尽くしている。それも、芸術的な観点に立って、だ。ハウス、アフロビーツ、ダンスホール・レゲエ、スポークンワーズ。さまざまなジャンル、スタイルを自在に行き来するビヨンセには怖れも迷いもない。彼女を中心にした、巨大なダンス・パーティのような16曲。そこに参加するための条件は、自分らしくしていることだけ。楽勝な参加条件を設定してくれた、ビヨンセの圧勝だ。(池城美菜子)

アメリカ南部ニューオリンズの音楽文化をひとつの起点とするブラック・ミュージック/カルチャーの歴史を総括した『ホームカミング』、そして西アフリカや南アフリカのアーティストを多数フィーチャーした『ザ・ライオン・キング:ザ・ギフト』――近年のビヨンセは、ブラック・ミュージック史の再訪と再定義を表現の主軸に置いてきた。この『ルネサンス』は、そんな彼女の問題意識のロジカルな発展形であり、ひとつの到達点でもある。紛れもない傑作だ。ブラックとブラウンのLGBTQ+コミュニティ発祥のボールルーム・カルチャーに対するトリビュートという謳い文句が象徴するように、本作は「クラブ・ミュージック/カルチャー」という切り口から黒人音楽とそれに影響を受けて生まれたサウンドを包括してみせた作品。ここで彼女は、歴史の縦軸とジャンル/地理的広がりの横軸の細部にまで目を凝らし、どこまでも緻密かつ繊細な手さばきのキュレーションを披露している。ナイル・ロジャースを召還したディスコ・ファンク“カフ・イット”や、シカゴ・ハウスやバウンス・ミュージックへのトリビュートが色濃い“ブレイク・マイ・ソウル”にはじまり、ディスコやハウス、そして『ホームカミング』で探求したニューオリンズ発祥の音楽文化が世界各地へと伝播し、発展することで生まれた無数のサウンド――テクノ、ダンスホール、アフロビーツ、R&B、ゴムなどをシームレスに繋ぎ合わせた音楽性に触れれば、誰もが圧倒されるだろう。ただ、このアルバムはLGBTQ+コミュニティやブラック・カルチャーだけを祝福しているわけではない。本作にはトランスDJのハニー・ディジョンやナイジェリアのテムズなどと並んで、黒人ダンス音楽を白人向けに大衆化したEDMの先駆者スクリレックスや、ハイパーポップのパイオニア的存在であるA.G.クックも参加している。ビヨンセはブラックと彼/彼女たちを抑圧してきた者たち、性的マイノリティと彼/彼女たちを抑圧してきた者たちの歴史に線引きをし、二項対立に仕立て上げるようなことはしない。「クラブ・ミュージック/カルチャー」の歴史とその発展に寄与してきた者たちすべてに目を向け、リスペクトと感謝を告げようとしている。歴史に対する適切な理解と敬意を持つことだけがポップ・ミュージックを前進させ、人々の倫理意識を前進されるという公理を、ビヨンセはこのアルバムで改めて証明してみせた。しかも、ダンス・アルバムである本作に通底するムードは、どこまでも官能的で快楽的。つまり『ルネサンス』は、人種や性自認や思想を超えた人々の繋がり、私たちが紡いできた歴史、肉体的快楽のすべてをセレブレートしている。新たな分断と対立が起こり始めている2022年に、アートが為すべきことを誰よりも高い目的意識と努力と実力でやり遂げた、時代を象徴するマスターピース。(小林祥晴)

listen: Spotify


2022年 年間ベスト・アルバム
6位~10位


2022年 年間ベスト・アルバム
扉ページ


〈サイン・マガジン〉のライター陣が選ぶ、
2022年の年間ベスト・アルバム、
ソング、ムーヴィ/TVシリーズ5選

TAGS

MoreSIGN OF THE DAY

  • RELATED

    2022年 年間ベスト・アルバム<br />
6位~10位

    December 31, 20222022年 年間ベスト・アルバム
    6位~10位

  • LATEST

    2022年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

    December 31, 20222022年 年間ベスト・アルバム
    1位~5位

  • MOST VIEWED

    2013年 年間ベスト・アルバム<br />
11位~20位

    December 19, 20132013年 年間ベスト・アルバム
    11位~20位