2015年の今、新作がもっとも期待されているバンド。その筆頭に挙げられるのは、間違いなくテーム・インパラです。これは決して大袈裟な話ではありません。なにしろ前作『ローナイズム』では英米の主要メディアで年間ベスト上位を総なめ、今年の〈コーチェラ〉ではヘッドライナーの直前という超好スロットで出演しているのですから。
何故、こんなにもテーム・インパラに大きな期待が寄せられているのか? それはやはり、曲作りと演奏と録音をほぼ一手に担うバンドの頭脳ケヴィン・パーカーが、エレクトロニック・ミュージックの手法やメインストリーム・ポップの刺激的なアイデアを取り入れながら、常にモダンでユニークなポップ音楽を目指し、唯一無二のサウンドをクリエイトしてきたから。当初から彼らは、ただの良質なオージー・サイケデリック・バンドではなかった。ただ、そのやり方があまりにさりげなかっただけなのです。
“サイケデリック・ロックからダンス・ポップへの転身”との声が上がっている新作『カレンツ』も、むしろ彼らが最初から目指していたポップ・サウンドをようやく形にできたアルバムと位置付けられるべきでしょう。つまり『カレンツ』は、ケヴィンの頭の中にあったイメージを、余すことなく具現化することに初めて成功した作品。これぞ彼らの真骨頂。躊躇なくそう断言できる傑作です。
なので、ここからは、“モダンなポップ・クリエイター”という側面に注目しながら、彼らの歩みを改めて振り返っていきます。まずはこの曲からスタート!
元々テーム・インパラはケヴィン・パーカーのソロ・プロジェクト。2003年頃から自宅で音源を録り貯めていて、それを〈モジュラー〉に送ったところ契約が決定。そして、ホーム・デモそのままの形でリリースされることになったのが、この曲も収録されている『テーム・インパラEP』です。基本的にはクリームやジミ・ヘンドリックス辺りを髣髴とさせるブルージーなサイケデリック・ロック集。ただ、このトラックにしても、60年代のブルーズ・ロックでは稀なBPM160で始まり、最初のヴァースに入る前にテンポを3/4に落とすとか、かなり工夫が凝らされています。3分44秒から始まるギター・ソロもこれ見よがしに弾きまくるのではなく、4拍分のフレーズを執拗に繰り返し、ループ感を強調している。初期の曲からサンプリングやコラージュ的な感覚を意識して作っていたとはケヴィンの弁ですが、なるほど、それはこういうところにも表れているのでしょう。
2010年に発表した1st『インナースピーカー』は、テーム・インパラ=60年代サイケというイメージを一般的に浸透させた作品。〈トー・ラグ・スタジオ〉で録音したような感じにしたかった、とケヴィンも語っているように、暖かみのあるアナログ・サウンドが追求されています。ちなみに〈トー・ラグ・スタジオ〉とは、ホワイト・ストライプスの名作『エレファント』のレコーディングに使用されたことで名を馳せた、60~70年代のヴィンテージ機材が揃っているスタジオですね。くるりやミッシェル・ガン・エレファントも、その素晴らしいサウンドを求めて、わざわざロンドンまで出向いたような場所。『インナースピーカー』はそういった音を目指していたわけですから、60年代的と捉えられても仕方ないのは確か。でも、よく聴いてみると、このアルバムはただの懐古主義ではないことがわかります。
同作で随一の人気曲と言えば、“ソリチュード・イズ・ブリス”。メロディもアレンジも完璧で、本当によくできたサイケ・ポップ。
しかし、“モダンなポップ・クリエイター”という側面に注目するという本稿の趣旨を考えると、取り上げるべきはこちらのトラック。
この曲は基本的に4コードの繰り返し。しかもコーラスがなく、ヴァースと間奏だけでできている。そのため、かなりヒプノティックな印象を与えます。でも、このトラックで一番注目したいのはそこではなく、イントロに入る前の4カウント。通常なら4カウントを数え終わった後に演奏が始まるわけですが、この曲では4カウント目から喰い気味に入っている。そして、そのつんのめった感じがフックになっています。これは、アウトキャストの“ヘイ・ヤ!”のイントロにインスパイアされたものだとか。
う~ん、なるほど。これは面白い、けど本当にさり気ない。おそらく、こういった予想外のアイデアをいろいろな場所から引っ張り、随所に細かく散りばめることで、ヴィンテージな音の質感を追求しながらも現代性を帯びさせたアルバム。それが『インナースピーカー』なのでしょう。
続く2nd『ローナイズム』は、テーム・インパラの評価を決定づけたマスターピース。新たにエレクトロニック・ミュージックの機材を導入することで、“ギター・バンド”という枠組みから自らを解き放ち、その奔放なイマジネーションをどこまでも自由に爆発させた作品です。エレクトロニック・ギターとシンセサイザー、生のドラムとリズム・マシーンのサウンドがシームレスに混ぜ合わされた緻密な音作りも然ることながら、ヴァース、コーラスの繰り返しというポップ・ミュージックの常套句をさりげなく、しかし大胆に逸脱していく曲構成も見事です。これで彼らは“レトロ志向”という誤解を完全に解いてみせた。というのは、2012年の年間ベスト上位をこのアルバムがほぼ総なめしている事実が端的に証明しています。
では具体的に見ていきましょう。まずは、アルバムのイメージを決定づけた冒頭の2曲から。これは2曲でひとつと言っていいほど完璧で美しい流れになっているので、一遍に聴いてもらいたいと思います。
ドラム・マシーンのブレイクビーツとリズミックなコーラスのループが溶け合う“ビー・アバヴ・イット”のオープニングのかっこよさは、何度聴いても唸らされます。ユーフォリックな上モノはシンセにもギターにも聴こえるし、ヴォーカルはほぼワン・フレーズを繰り返しているだけ。ソングライティング自体は非常にミニマル。ですが、アレンジとプロダクションの徹底的な作り込みによって、ここまで聴かせる曲にしてしまっているわけです。
続く“アンドール・トワ”はロック・バンド的なダイナミズムがより強調されたトラックではあるものの、決してオーソドックスな作りではありません。そもそも曲の折り返し地点までヴォーカルが出てきませんし、“ビー・アバヴ・イット”と同様にメロディはほぼ同じフレーズの繰り返し。極めてシンプル。でも、前半では円環するシンセのリフ、後半では空間系のエフェクトをかけたシンセがずっと後ろで鳴り続けることで、カラフルな彩りが添えられています。最後の40秒でヘヴィなギターが割り込んできて、一気にダイナミックに展開するのも実に効果的。この2曲だけでも、テーム・インパラがソングライティング以上にプロダクションのアイデアを重視しているのが感じ取れるはずです。
この曲には彼らの変化がわかりやすく表れていますね。というのも、これはほぼギターレス。下のスタジオ・セッション映像を見ても、最後の10数秒以外、ケヴィンがギターを弾いていないことが確認できます。
ヴォーカル・メロディは後期ビートルズっぽい。と感じますが、ケヴィンとしてはバックストリート・ボーイズのようなクリーンなポップ・ソングのつもりで書いたとか。確かにそう言われてみると、甘ったるいポップ・バラッドに聴こえてこなくもないような、そうでもないような。いずれにしても、この時点で彼らはポップ志向を前面に押し出そうという意識が働き始めていました。そして、このヴィジョンを本格的にプッシュした先にあるのが、最新作の『カレンツ』だと位置付けられます。
ということで、前半はここまで。こうして振り返ってみると、最初から彼らがただのサイケデリック・ロック・バンドではないことがわかるはず。むしろ、モダンなポップ・ミュージックを作ろうという意志は、デビュー当初からブレずに一貫しています。
それでは後編は、『ローナイズム』後に単発で発表した音源やゲスト参加作品もピックアップしながら、『カレンツ』に迫りたいと思います。
モダンサイケの尖鋭から大文字のポップへの
飛翔を果たした最高傑作『カレンツ』に備え
テーム・インパラの歴史を徹底再検証:後編