現行の北米メインストリームのトップ・アーティストは、間違いなくテイラー・スウィフトだ。それは、彼女の最新作『フォークロア』が叩き出した幾多の記録が証明している。
このアルバムは当然の如く全米初登場1位となり、初週売上は84万6000枚。これは2019年にリリースした前作『ラヴァー』(86万7000枚)以来となる全米の週間最多セールスである。つまり、この1年間、アメリカでテイラーを越えた者は一人もいないのだ。
2020年12月2日現在、『フォークロア』は通算8週の全米1位。2020年のアメリカで初めてのミリオン・ヒットを記録したアルバムにも認定された。ちなみに、2019年のアメリカでミリオン・ヒットとなったアルバムは『ラヴァー』だけ。最早テイラーのライヴァルはテイラーしかいないという状況だ。
ご存知の通り、2020年アメリカを代表するメガ・ヒットである『フォークロア』のリリースは、ストリーミング・サービスでの配信が開始される僅か16時間前に、突如としてテイラーのインスタグラムで告知された。
ビヨンセ然り、アリアナ・グランデ然り、近年はポップ・スターの新作がサプライズ・リリースされることは決して珍しくない。しかし、これまでテイラーがティーザーやリード・シングル、あるいはそのMVに様々な仕掛けを施し、周到に事前プロモーションを仕込んできたことを考えれば、このあまりにシンプルな告知は驚きに値するだろう。
しかも、このサプライズ・リリースは入念な計画の下に行われたものではない。何しろ本作の制作が始まったのは、2020年4月から始まるはずだった前作『ラヴァー』のツアーがCOVID-19パンデミックの影響で延期になってから。思わぬ空白期間が生まれたことをきっかけに、僅か三ヶ月弱でゼロからリリースまで漕ぎつけている。
このような異例のリリースをしたことについて、テイラーはインスタグラムで以下のように説明している。
「今年になるまで、たぶん私は音楽をリリースする“完璧な”タイミングっていつだろうって考え過ぎていた。でも、私たちが生きている今の時代には何も保証されたものはない。何か愛すべきものが作れたら、とにかくそれを世に出せばいいって私の直感が言っている。それが不確かな時代に私がやってみるべきことかなって」
ある意味、『フォークロア』はパンデミックがテイラーの意識を変え、期せずして生み落とされたアルバムだと言っていい。
では、この『フォークロア』で一体テイラーはどのように変わったのか? そして、どのようなポイントに注目すると、これまで以上に深くその魅力を理解することが出来るのか? コラボレーター、サウンド、リリック、アートワーク、MVなど、様々な10のアングルから紐解いていこう。
1. 音楽消費の加速化に抵抗する、全16曲63分のコンセプト・アルバム
特にストリーミング・サービスの浸透以降、音楽は楽曲単位で、しかも極めて速いサイクルで消費される傾向に加速がついた。近年はラップ・レコードを筆頭に20曲前後の尺長のアルバムも珍しくないが、それは大作志向というより、「とにかく数を打てば、どれかがヒットする」というストリーミング時代に最適化した発想にほかならない。
『フォークロア』も全16曲63分(フィジカルやデラックス版にはボーナス・トラック“ザ・レイクス”が収録されているため17曲)、アナログ・レコードでは2枚組という大作だが、発想の仕方はむしろ逆。リリックのスタイルにしろ、サウンドの志向にしろ、全体のフィーリングやムードにしろ、本作が非常にコンセプチュアルかつ統一感を持った作品であることは明らかだ。
ここでテイラーが求めているのは、綿密に作り込まれた『フォークロア』という1時間強の世界にリスナーがじっくりと向き合うこと。無論そこには、ポップ音楽消費の加速化傾向に対する反発があるのだろう。
こうした意識的なアルバムの作り方は、2019年を代表する傑作2枚――ヴァンパイア・ウィークエンド『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』、ラナ・デル・レイ『ノーマン・ファッキング・ロックウェル!』にも見られると田中宗一郎は指摘している。
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テイラー・スウィフトと因縁のインディロック 田中宗一郎らが語る
2. テイラー自らがラヴ・コールを送って実現した、USインディ最強の布陣によるバックアップ
『フォークロア』で人々をもっとも驚かせたことのひとつは、コラボレーターの顔ぶれだろう。
『1989』からの盟友ジャック・アントノフに加え、ザ・ナショナルのアーロン・デスナーが全16曲中11曲で共同プロデュース。ザ・ナショナルのブライス・デスナーも一部のオーケストレーションを担当、ザ・ナショナル作品で知られるジョン・ロウもミックスで参加している。そして、最近はアーロンとビッグ・レッド・マシーンで活動を共にしているボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンは、アルバム収録曲“エグザイル”でテイラーとデュエットを披露。言わば、ゼロ年代以降のUSインディ最強の布陣が脇を固めているのだ。
これはかなり意外な組み合わせに思えるかもしれないが、テイラーは元々ザ・ナショナルやビッグ・レッド・マシーンのファンだったという。実際、テイラーとアーロンが出会ったのは、ザ・ナショナルが2014年に『サタデー・ナイト・ライヴ』に出演したときのこと。2019年夏には、ザ・ナショナルがブルックリンで行ったライヴにテイラーは足を運んでいる。
そして、本作の制作中、“エグザイル”でジャスティンに歌ってもらうことをアーロンから提案されたテイラーは、「なんてこと、彼がやっくれたら嬉しくて死んじゃう、完璧よ」と大喜びだったと、アーロンは〈ピッチフォーク〉のインタヴューで明かしている。
3. ザ・ナショナル人脈の実験的なサウンド・アプローチと、それを乗りこなすテイラーの突出した才能
『フォークロア』のアレンジやプロダクションは、明らかにこれまでのテイラー作品とは一線を画している。言うまでもなく、それはアーロンを筆頭とするザ・ナショナル人脈の参加の影響だろう。
幾つかの曲における音楽的な挑戦について、アーロンは〈ローリング・ストーン〉や〈ピッチフォーク〉のインタヴューで具体的に明かしている。
例えば“ピース”の具体的なサウンドのアイデアに関しては、アーロンはこのように語っている。
「あの曲では3つのハーモナイズしたベースラインとパルスだけを使ってるんだ。ああいう風にベースを演奏するのが好きなんだよね――ひとつのラインを弾いて、別のものをハーモナイズさせて、また別のものをハーモナイズさせるっていう。このやり方はジャスティン・ヴァーノンから盗んだんだ。僕たちが一緒にやってる他の曲で、彼がやっていたことだから。実際、このパルスは彼が送ってくれたんだ。『これを使ってみてよ』ってね」
アーロンは、こうした実験的なサウンド・アプローチに対するテイラーの対応力にも驚かされたという。
「(“ピース”の制作プロセスにおいて)彼女が曲を書くと、まるでハーモナイズされたベースラインとパルスに乗せたジョニ・ミッチェルの曲みたいに感じられて。『ワオ、ここでは何でも起こり得るんだ』と思ったね。そんなの簡単に出来ることじゃないのっていうのに。彼女が持っている信じられないほどの多才さを見せつけられたよ」
テイラーの突出した才能については、2人が初めて一緒に作ったという“カーディガン”でのエピソードも象徴的だ。
テイラーからコラボの誘いを受け、アーロンはそれまで録り貯めていた曲のアイデアをすべて彼女に送ったそうだが、それからわずか数時間で完璧にソングライティングが完成したヴァージョンの“カーディガン”が送り返されてきたというのだ。「まるで家に雷が落ちたみたい(にショッキング)だった」とアーロンはその時のことを振り返っている。
「これはとんでもないことが起きてるって気づいたよ。彼女は音楽の核となる部分にダイレクトにアクセスして素晴らしい曲を書き、完璧に理解して進めていったんだ」
4. 2010年代のトレンドから意識的に距離を置いた、第三者の視点で綴るリリック
『フォークロア』というタイトルが物語っているように、これはテイラー・スウィフトによる初めてのフォーク・レコードだ。
ただフォークとは言っても、それはサウンドではなくリリックのスタイルのことを指している。フォークの伝統に倣い、このアルバムで彼女はほぼ初めて自分以外の第三者の視点から物語を綴ることに挑戦している。
ご存知の方も多いように、これまでのテイラーは元カレへのリヴェンジ・ソング、あるいは宿敵カニエ・ウェストやケイティ・ペリーを揶揄するリリックを書いて人々の好奇心をくすぐるところがあった。
ポップ・スターの作品とプライベートが分かちがたく結びついたものとして消費されるのが2010年代的な音楽消費の傾向だったとすれば、テイラーはその先駆者であり権化でもあったと言えるだろう。それゆえに、本作で意識的にそうしたスタイルから距離を取ってみせたのは大きな変化だ。
テイラーはこうしたリリックのスタイルの変化について、感謝祭のタイミングに公開されたドキュメンタリー『ザ・ロング・ポンド・スタジオ・セッションズ』でこのように話している。
「必ずしも100%自伝的である必要がなかった初めてのアルバムなの。そうするべきだと思ったし。このアルバムで気に入っているのはそこ。『ああ、みんながこのアルバムを聴いているのは、タブロイドに書いてあるようなことを歌っているからね』と考えなくてよくて、それ自体の価値によって存在することが出来ているから」
5. アルバムに隠された淡い恋の三部作「ティーンエイジ・ラヴ・トライアングル」とは?
『フォークロア』の収録曲には、テイラーが「ティーンエイジ・ラヴ・トライアングル(十代の恋の三角関係)」と呼ぶ三部作が存在する。“カーディガン”、“オーガスト”、“ベティ”がそれにあたり、リリックは三角関係の当事者三人(ジェイムス、ベティ、名前を明かされていない人物)それぞれの視点から1曲ずつ描かれている。
秀逸なのはこの三部作の曲順だろう。アルバム2曲目の“カーディガン”は、大人になったベティの視点から高校時代の淡い恋の思い出を振り返ったもの。
そして、その後の2曲では高校時代に時が巻き戻される。
アルバムの中盤に置かれた“オーガスト”では名前を明かされていない人物の視点から一夏の恋の思い出が歌われ、終盤の“ベティ”ではジェイムスの視点から恋人のベティを裏切って“オーガスト”のナレーターと浮気した後悔が歌われる。この三部作は時系列や視点が複雑に組み合わされており、最後の“ベティ”まで聴いた時点で初めて“カーディガン”のリリックの意味が理解できるという仕組みだ。
「多くの曲にはノスタルジアと物悲しさがあると思う」とアーロンは〈ヴァルチャー〉のインタヴューで語っているが、それがリリックでもっとも秀逸に表現されているのがこの三部作だろう。
ちなみに、“ベティ”のナレーターであるジェイムスと、この曲の歌詞に登場するイネスとは、テイラーの友人であるブレイク・ライブリー&ライアン・レイノルズ夫妻の長男と長女の名前。そのため、この三部作の主要人物であるベティはまだ名前が公表されていないブレイク&ライアン夫妻の三女の名前ではないか、と噂されている。
6. 19世紀や20世紀初頭の撮影技法にインスパイアされた、ノスタルジックなアートワーク
『フォークロア』のアートワークには、幻想的な森の中にテイラーが佇むモノクロームの写真が使われている。その神秘的なムードはある種のフォーク・ミュージックからの反響を感じさせると同時に、パンデミック以降の隔離生活も想起させる秀逸なイメージだ。
これは、ベス・ガラブラントというカメラマンが撮影した作品。彼女がアーティストのアルバム・カヴァーを撮影するのはこれが初めてということなので、かなりの大抜擢だと言えるだろう。
〈i-D〉のインタヴューに答えたベスは、今回のヴィジュアルのリファレンスについて以下のように語っている。
「テイラーには最初からアルバムのヴィジュアルにどんなものを求めているか、明確なアイデアがあった。私たちは自然の中での人間のサイズ感で遊んでいるようなシュールレアリズムの作品を見ていて。あと、初期のオートクローム(1903年に発明された最初期のカラー写真技法)、アンブロタイプ(1851年に発明された湿板写真と呼ばれる撮影技法)、40年代のフォト・ストーリーブックなんかも参照してた」
『フォークロア』を特徴づけているノスタルジックで幻想的なフィーリングは、テイラーのディレクションによって、アートワークでも細部に渡って徹底されているのがわかる。
7. テイラー流のフォーク解釈で生まれた、アメリカの歴史と自分自身を接続したリリックの重層性
『フォークロア』において、テイラーのフォーク・ミュージック的なリリックがもっとも冴え渡っている曲のひとつが“ザ・ラスト・グレイト・アメリカン・ダイナスティ”だ。
この曲に登場するのは、スタンダード石油の後継者と結婚し、「中流のバツイチ女性」から億万長者へと成り上がったレベッカ・ハークネス。その奔放な生活ぶりで人々から非難や嫉妬を集めた人物だが、そんなことには目もくれず自分の人生を楽しんだ様子が歌われる。
そして、曲の後半になると、実は曲のナレーターがテイラー自身だったことが明らかになり、今度はレベッカとテイラーの心情が重ね合わせて歌われるようになるのだ。「この町史上最高にイカれた女が通る」と人々に揶揄されようとも、「私は思う存分楽し」んで生きるんだと(実際にテイラーはレベッカの元邸宅を2013年に購入)。
ここには、アメリカの歴史への接続があると同時に、何十年経っても変わらない人々の在り様に対する複雑な眼差しがある。こうした重層性を持った傑作は、テイラーがフォークというスタイルを選択したからこそ生まれたものだろう。
8.『フォークロア』はラナ・デル・レイから影響を受けている?
第一項で紹介した田中宗一郎による指摘の通り、『フォークロア』にはヴァンパイア・ウィークエンドやラナ・デル・レイの最新作との共通項が見いだせる。
もちろん、実際にテイラーがどこまで彼らの作品を意識していたかはわからない。ただ、やや穿った見方をすれば、『フォークロア』はラナ・デル・レイ『ノーマン・ファッキング・ロックウェル!』のフォーク路線を追従していると言うことも出来るだろう。
“カーディガン”のMVの撮影監督は名カメラマンのロドリゴ・プリエトだが、奇しくも、これまで彼がMVの監督を務めたのはラナ・デル・レイ“ブルー・ジーンズ”(2012年)だけだ。
テイラーは、〈ビルボード〉が主宰する〈2019ウィメン・イン・ミュージック〉にて、ラナ・デル・レイのことをこのように称賛していた。
「ラナ・デル・レイのことは、この10年間、ずっと自分のフェイヴァリット・アーティストの一人として注目していました。彼女はキャリア初期は容赦なく批判されたりしましたが、私が思うに、徐々に、でも確実にポップの世界でもっとも影響力のあるアーティストになりました。彼女のヴォーカルのスタイル、リリック、美学は、音楽のあらゆる面に影響を与えています。そして今年、彼女の素晴らしいアルバム(『ノーマン・ファッキング・ロックウェル!』)はグラミー賞の最優秀アルバムにノミネートされました。それは彼女がずっとアートを作り続けてきたからでしょう」
9. 謎のソングライター、ウィリアム・ボウリーの意外な正体
『フォークロア』には、ザ・ナショナル人脈のアーティストとジャック・アントノフ以外に、もう一人注目すべきコラボレーターが参加している。それは、“エグザイル”と“ベティ”でソングライターとしてクレジットされているウィリアム・バワリーだ。
ウィリアムについては一切情報がなく、謎の人物として様々な憶測を呼んでいた。しかし、『ザ・ロング・ポンド・スタジオ・セッションズ』でのインタヴューで、テイラーはウィリアム・バワリーとはボーイフレンドで俳優のジョー・アルウィンであることを明かしている。
10. スクーター・ブラウンとの因縁を歌った“マイ・ティアーズ・リコッシュ”
『フォークロア』のリリックは、全てが完全に第三者の視点から書かれているわけではない。
物語形式を取ってはいるものの、“マイ・ティアーズ・リコッシュ”では、テイラーが所属していたレーベル〈ビッグ・マシーン〉のCEOスコット・ボルチェッタやスクーター・ブラウンを非難していることは明らかだ。
この曲は始まった時点で既に物語のナレーターは殺されていて、その葬式にナレーターを殺した人物が堂々と参列していることを(死んでいるナレーターが)非難するというストーリーになっている。
テイラーとスクーター・ブラウンらの複雑な関係は、既に多くの人が知るところだろう。ブラウンは〈ビッグ・マシーン〉を買収し、テイラーのアルバム6枚の原盤権を投資会社に売却。その関係で、一時はテイラー本人が『レピュテーション』までの曲をライヴで演奏することを禁止される事態にまで発展。今ではライヴでの演奏は許可されているようだが、テイラーは『レピュテーション』までのアルバムを全て再録音することを公式に発表している。
テイラーはアルバムのリリース発表に際し、SNSで公開した「プロローグ」(アルバムのブックレットにも掲載)でリリックのアイデアを幾つか明かしているが、おそらく以下の箇所はこの曲についてだろう。
「突き落としておきながら執着していた相手のお葬式に参列している、苦々しさでいっぱいのイジメっ子。」