2021年は例年以上にたくさんの音楽を聴き、映画やドラマを観た年だったと思うが、記憶が怪しい。次から次へと重要作品がリリースされるため、一つ一つ掘り下げる時間が足りず、ディテールを覚えることもほとんどできない。上半期にリリースされた作品は、まるで2年前の作品かのように感じてしまう。……しかし、それはもはや前提。ここ5年近くはずっとそんな感じなので、この状況にもどかしさを感じることもなくポジティヴに受け止めている。これこそが世の中の流れなのだ。新しい時代を楽しもう。
しかし、そんな2021年にも、強烈な記憶を残した作品は当然のように多数存在した。カニエ・ウェスト『ドンダ』はリリース前後の“騒動”も作品内容も、すべてが現代の混乱をそのままかたちにしたかのようなレコードだった。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は自らを贄として“平成”を葬り去り、新たなムードを作り出したマイルストーンだ。そしてビッグ・シーフ“リトル・シングス”は既知が未知に変わる瞬間のカタルシスと内容を掘り下げる楽しさに満ちた、“ソング”をムード以上の何かであるとあらためて提示するような楽曲である。また、リル・ナズ・X“サン・ゴーズ・ダウン”は、一人の人間が差別によって傷つくとはどういうことなのかを切実に訴えかける楽曲であると同時に、彼が傷つけられることがなければこの美しい曲が生まれなかったという事実に狂おしい想いを抱かずにいられない一曲だった。
とはいえ、この個人ベストには何かが大きく抜け落ちてしまっているような気がしてならない。忘れてはいけないもの。忘れたくないもの。大きなインパクトこそ残さなかったものの、心の奥底に静かな波を起こした作品があったはずだ。もはや自然と最大公約数的な文脈が生まれる時代ではない。人任せでストーリーは作られない。99日でストリーミングから消えるというリリース形態によって逆に記憶に残ったソー『ナイン』は、何もかもを手に入れては何もかもを忘れ去ってしまう現代に対する、明確な批評でもあった。だからこそ、自分で点と点を繋げる作業にもっと自覚的にならなくてはいけないと感じた2021年末だった。まるでビジネス本のような結論だが、今こそメモや日記を取るべきなのかもしれない。ネットワークの中で常に自分がアップデートされ続ける時代だからこそ、その瞬間の自分をどこかに残しておく必要があるように思えてならない。
〈サイン・マガジン〉のライター陣が選ぶ、
2021年のベスト・アルバム、ソング
&映画/ドラマ5選 by 荏開津広
「〈サイン・マガジン〉のライター陣が選ぶ、
2021年の年間ベスト・アルバム、
ソング、ムーヴィ/TVシリーズ5選」
扉ページ
2021年
年間ベスト・アルバム 50