大阪在住の僕は、いまの下北沢がどれくらい「文化的な」街なのかはわからない。だけどこの映画のなかにある、〈CITY COUNTRY CITY〉に遊びに行ったら誰かがヴィム・ヴェンダースの話をしていた……というような風景はいまでもリアルなのだろうと思う。本作は、パンデミック以前の下北沢という「文化的な」街を舞台にし、ありふれた若者たちのありふれた日常のスケッチを描くことで、ある特別な瞬間たちを封じこめた映画になった。それは、街の上をとくに目的もなくブラブラする、なんてことが難しくなったいま、よりいっそう輝いて見える。恋人に浮気されて別れた主人公・青(若葉竜也)が、ある自主映画の出演を頼まれたことから複数の女性たちに振り回されて――という物語の骨格はあるものの、それよりも彼ら・彼女らの大きな目的のない日々のあり方こそをずっと見ていたい気持ちになる。ライヴに行ったり、古本屋に行ったり、知り合いが作っている映画を手伝ってみたり、馴染めなかった飲み会で出会ったひととそのまま深夜に恋バナしたり……。(「サブカル」ではなく)インディペンデントなカルチャーと付き合うとはそういうことだろうし、もしある街が「文化的」なのだとしたら、そこでは大きな目的を持たない若者たちが小さいけれど特別な瞬間を重ね続けているからだ。小さなもののふとした輝きを撮ることに長けた今泉力哉監督らしい、小さなわたしたちが文化とともに暮らすことについての映画。
いまどき珍しくさえ思える、タイトで骨太なクライム・アクション・ムーヴィ。屋内外でシチュエーションが変わる銃撃戦もカー・アクションも警察内の政治問題もぎゅっと詰めて、たったの99分。トニー・スコットほどの豪胆なアクション映画ではないものの、警察内に蔓延る問題が少しずつ明らかになってくるサスペンスフルな展開など、細やかさが随所で光っている。そもそも、チャドウィック・ボーズマンというブラックのヒーロー俳優がブラックライヴズマター以降に警察役をやる、ということが現代アメリカ社会に対する複雑さを帯びた批評的態度となっているし、だからこそ必然的に警察がいつもヒーローであるはずもない(むしろ根深い悪の温床である)という問題提起に向かっていく。ルッソ兄弟が制作に入っている本作は、アメリカン・エンタテインメントの現在も続く足腰の強さを気持ちよく証明している。
HBO max日本上陸に際し、まず目玉となるのが、リドリー・スコットがエグゼクティヴ・プロデューサーと頭の2エピソードの監督を務める本シリーズ。スタイリッシュなデザインでやたらに壮大な映像で見せるのはなるほどリドリー・スコット印のSF大作で、アンドロイドの「妊娠」「出産」のディテールや妙に生々しい身体描写がアクセントになっている。シーズン1終了の時点ではまだまだわからない部分も多いものの、明らかに聖書を下敷きにしている点や、アンドロイドと人間の対決というモチーフも、どこかリドリー・スコット83歳の総決算という趣が感じられる。何をどのように次世代に受け継ぐかという本シリーズのテーマはそのまま、20世紀のSFの遺産をいま、どのように後世に受け継いでいくかという命題と重なっているだろう(ちなみに、3エピソードをリドリーの息子ルーク・スコットが監督している)。俳優陣では、『荒野にて』で養育能力のない父親の痛ましさを体現していたトラヴィス・フィメルに注目。
相変わらず好調な〈ブラムハウス〉が『ハッピー・デス・デイ』シリーズのスタッフのもとで放つスプラッタ・ホラー・コメディ。女子高生と殺人鬼の身体が入れ替わるというアイデアはキャッチーでありつつ、伝統的に大男が若者たち、とくに若い女性たちを大勢いたぶり殺してきたスプラッタ・ホラーというジャンルに対する現代からの批評になっている。けれどももちろんそこはアンチではなく、『13日の金曜日』、『悪魔のいけにえ』、『エルム街の悪夢』といったクラシックへのオマージュをたっぷりとこめている。その上で、キャーキャー騒ぐヴィンス・ヴォーンの姿は「かわいいおっさん」として男性性を異化しているし、一方でキャスリン・ニュートンに取り憑いた殺人鬼が思うように人を殺せない姿は、女性が犯罪においていかに身体的な不平等と暴力に晒されているかを浮かび上がらせてもいる。テーマから展開が逆算して読めるところはあるものの、ジェンダー意識の進化とホラーの伝統の継承を同時に達成しようとする姿勢は好感が持てる。
これは楽しい。ミシェル・オバマが出演・制作を務めるNetflixのファミリー向け食育番組で、まず冷凍食品から生まれたパペットのワッフルとモチが超絶かわいい。なんかよく分からない声を発しているモチを見ているだけで幸せな気持ちに……なるのだけど、経済格差もあって健康的な食生活がなかなか根づかないアメリカにおいて、楽しく食に触れられる子ども向けプログラムはたしかにあまりなかったもの。ローカルの食材を使って、シェフたちと美味しい料理を作りながら豊かな食文化を育もうとする、とても良い意味で意識が高いプロジェクトだ。ミシェルは夫バラクが大統領をやめてからかえって輝いているところがあり(ミシェルの自伝を基にしたドキュメンタリー『マイ・ストーリー』を参照してください)、夫のもとで才能を抑圧された妻がいまこそ生き生きしている姿が見られるのも何だか嬉しい。小さなお子さんがいらっしゃるご家庭はもちろん、30代の独身男性(僕)も楽しめる内容です。「意識高い系」をやっかんで揶揄するより、ちゃんとセルフ・ケアをするという意味でも、いま食を見直すのは大切なことなはず。