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  • オン・ザ・ロック(2020) directed by Sofia Coppola by TSUYOSHI KIZU October 14, 2020 1
  • おもかげ(2019) directed by Rodrigo Sorogoyen by TSUYOSHI KIZU October 14, 2020 2
  • 博士と狂人(2018) directed by P. B. Shemran by TSUYOSHI KIZU October 14, 2020 3
  • ボーイズ・イン・ザ・バンド(2020) directed by Joe Mantello by TSUYOSHI KIZU October 14, 2020 4
  • 監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影(2020) directed by Jeff Orlowski by TSUYOSHI KIZU October 14, 2020 5
  • 時代は変わる、ソフィア・コッポラも変わる。重厚だった前作『The Beguiled / ビガイルド 欲望のめざめ』のあとで、こんな軽やかな、ちょっとした映画を撮るというのも驚きだが、何よりも彼女がずっとこだわってきた「軟禁状態にある女性(たち)」をここでもモチーフにしつつ、きちんと地に足のついた解決を目指していく様が新鮮だ。今回囚われの身になっているのは、ラシダ・ジョーンズ演じる作家。彼女は創作においてスランプに陥っていて、そんななかで同時にこなさねばならない「妻」「母」の役割のなかで人生を停滞させている。さらに夫の浮気疑惑が浮上し、成りゆきでチャーミングだが何かと厄介なプレイボーイの父と真相を追うことになる……。『ロスト・イン・トランスレーション』からソフィアのミューズだったビル・マーレイを再び引っ張っり出し、「困った父さん」と向き合う娘がここでは描かれるのだが、そこにはクセの強い偉大な父を持って生まれてしまったソフィアそのひとのパーソナルの想いもこめられているだろう。そして、『ロスト・イン・トランスレーション』のようにマーレイと夜の街に飛び出すのだが、もうここで彼女は曖昧なメランコリーに浸りはしない。自身のなかにある父に対するコンプレックスときちんと向き合い、そして自分の人生に自力で対峙するのである。もしかすると、近年の女性を描いた作品のムードとシンクロしているのかなあと思ったり。とにかく、とても清々しい小品。僕は下手したらソフィア・コッポラで一番好きかもしれません。音楽はもちろんフェニックスで、こちらも本作では軽やかに鳴っている。

  • 公式サイトで本作の基となった短編『Madre』が期間限定(~2020年10月22日)で観られるので、まずはそちらを観ていただきたい。元夫に預けている幼い息子からかかってきた電話。父親とはぐれ、誰もいない海辺で迷子になっているという。遠く離れた土地で子どもが失踪しそうになっているのに何もできない恐怖を、サスペンスフルに捉えた長回しのショットに息を呑まずにいられない。そしてこの長編では、息子が失踪して10年が経ったあとの母親の姿が描かれる。リゾート地の海辺のレストランで働く彼女は、あるとき息子を思い出させる風貌の少年と出会い、やがて交流することになるが、ふたりの関係は周囲にも不穏な影響を与えていく。恋人でも親子でもない関係性を描きながら、誰かと過去の痛みを共有することの難しさを丹念に描く、その辛抱強さ、誠実さに打たれる映画だ。緊迫する場面はすべて長回しで撮っている監督の屈強な意志もさることながら、その負荷のかかる演出に全身で応えてみせた主演のマルタ・ニエトが圧巻だ。監督のロドリゴ・ソロゴイェンはスペインはマドリード出身の1981年生まれ、これが長編5作目だそう。日本ではあまりキャプチャーしきれてないようにも思うが、確実にヨーロッパでも新世代のいい作家が現れている。

  • プライヴェートでの過去の問題発言や行動から、いまのムードではキャンセルされてもおかしくない俳優メル・ギブソン。けれどここに来て、S・クレイグ・ザラーの鈍いヴァイオレンス描写が尾を引く怪作『ブルータル・ジャスティス』、そして本作と、彼の「正しくない」イメージこそが説得力を与えている作品が続いているのがすごい。とはいえここでギブソンが演じるのは、卓越した言語の知識を持つ善良な19世紀の学者。彼が編纂することになる「オックスフォード英語大辞典」が誕生する過程を描く……のだが、本作ではむしろ、そこにひとりの「狂人」が関わっていて、彼が犯した罪をどう向き合っていくのかが主題になっていく。精神を病んだ者の犯罪を裁くのは誰か? 被害者なのか、社会なのか。どうやって加害者は許されるのか。クラシックなタッチの歴史ものでありながら、驚くほど現代で起きていることと重なっている。ショーン・ペンがさすがの存在感で体現する「狂人」は被害者と向き合い贖罪していこうとするのだが、彼自身こそが罪悪感から壊れていく。では赦しはどこにあるのか? まさに「事実は小説よりも奇なり」な話に呆気にとられつつ、僕はギブソンの「正しくなさ」に作品性でこそ向き合う映画が、それでも誕生することに感じ入ってしまったのだった。

  • ゲイ・ポルノ・ショップを営んだユダヤ人夫婦を描くことでコミュニティの変遷を語ったドキュメンタリー『サーカス・オブ・ブックス』、あるレズビアン・カップルの60年を超える関係性を見つめるドキュメンタリー『シークレット・ラブ: 65年後のカミングアウト』、80年代のドラァグ・ボール・カルチャーを鮮やかに映す『POSE』、ハリウッド黄金期にクィアが偏在したことを語り直す『ハリウッド』、『カッコーの巣の上で』に登場する「怪物」看護師の誕生を浮かび上がらせる『ラチェット』などなど……と、ここ数年だけでもとにかく大忙しのプロデューサー、ライアン・マーフィー。彼がやろうとしているのはおそらく、広義のクィア・カルチャーの歴史の現代に向けた編纂のようなもので、やはり彼が制作した本作はゲイ戯曲の古典中の古典、マート・クロウリーによる「ボーイズ・イン・ザ・バンド」のリメイク。ウィリアム・フリードキン監督の映画版『真夜中のパーティー』ももちろん古典……なのだけど、最近の若いゲイの子は知らないのかもしれないねってことで、作られたオール・ゲイ・キャストによるリニューアル・ヴァージョンだ(ビッチなエモリー役のロビン・デ・ヘススが最高)。それこそいまの若い世代のゲイが観ると、ここで描かれているゲイとして生きることのハードさはピンと来ないのかもしれないけれど、何しろ舞台はストーンウォールの反乱の前年の1968年。現在の「自由」の前にあったものは何だったのか、いまこそ向き合いたい。

  • ソーシャル・メディアがわたしたちの生活や精神に多大な悪影響を及ぼしていることはすでにほとんどのひとが気づいていることだろうが、本作はその現状を資本主義リアリズム的な観点から浮かび上がらせるドキュメンタリー。グーグルやフェイスブック、ツイッターの元スタッフがソーシャル・メディアの倫理性における問題を非常に明晰に証言しつつ、ドラマも織り交ぜなら「マジでやばいところまで来ている」ことをわかりやすく伝えてくれる。そこには人間による意思など介在せず、ただ広告産業だけが「勝手に」駆動しているのだと。ここで問われているのは、このまま人間が資本主義によって肥大化したシステムの奴隷になってしまっていいのかということで、それに対抗するためには、固い決意を伴った主体性と個々人の社会に対する倫理的責任が要求されることが提示される。途方もない話だが、パンデミック以降を生きる現在のわたしたちにとって、脱ソーシャルは喫緊の課題であることは間違いない。鋭いひとならすでに、ポップ・カルチャーのあちこちのその萌芽が存在することに気づいていることだろう。

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