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  • ドリーム(2016) directed by Theodore Melfi by TSUYOSHI KIZU September 15, 2017 1
  • 散歩する侵略者(2017) directed by Kiyoshi Kurosawa by TSUYOSHI KIZU September 15, 2017 2
  • 50年後のボクたちは(2016) directed by Fatih Akin by TSUYOSHI KIZU September 15, 2017 3
  • オン・ザ・ミルキー・ロード(2016) directed by Emir Kusturica by TSUYOSHI KIZU September 15, 2017 4
  • アンダーグラウンド(1995) directed by Emir Kusturica by TSUYOSHI KIZU September 15, 2017 5
  • 2016年、フランク・オーシャンの『ブロンド』の横に並べられる映画が『ムーンライト』だったとしたら、ビヨンセ『レモネード』の隣には『ドリーム』(原題:『Hidden Figures』)を置くことができるだろう。そして、それら両作に出演しているのがジャネール・モネイ(とマハーシャラ・アリ)。製作・音楽にはファレル・ウィリアムスが名を連ねている……すべては繋がっている。1960年代初頭の東西冷戦下におけるアメリカNASAの宇宙開発“マーキュリー計画”で活躍した3人のアフリカン・アメリカン女性の姿を描くこの映画は、つまり、『レモネード』がやろうとしたように半世紀前に起こったことと現代で起きていることを継ぎ目なく接続しようとする。「有色人種用トイレ」が当たり前だった時代、あるいは肌の色や性別が理由で才能があっても活躍できないひとが大勢いた頃、それでも颯爽と足を前に進めた女性たちの生き方が振り返られる。言うまでもなくそれは、人種差別と性差別で揺れるアメリカの現在にとって必要な物語だ。が、過度にシリアスにならず主役3人のひたむきさ……とくにジャネールのおきゃんさ、ケヴィン・コスナーの渋いいい上司ぶり、それからマハーシャラ・アリのいい男ぶりなどに支えられ、風通しの良い一本になっている。

  • 主人公である妻のもとに、あるときふと帰ってきた夫の様子がおかしい。あるいは、同時期に起きた一家惨殺事件の鍵を握っているのは女子高生らしい。彼・彼女らは地球人に取りついた宇宙人であり、地球人の持つ「概念」を奪うことで地球を侵略しようとしているというのだ……。劇団イキウメの舞台(作・前川知大)を原作とする本作は、なるほど黒沢清監督の前作『クリーピー 偽りの隣人』と同様、周囲の人間たちへの拭いようのない不信感が根底にある。それが現代日本に漂う空気の前提であり、また、黒沢作品に通底するモチーフだと言えるだろう。が、そこから映画は何やらシュールなSFパニックへと突入し、銃火器が登場し、爆発が起こり、非常に身体的でダイナミックなアクション描写が続く。日常が非日常にゆっくりと侵食され、気がつけばそれはまったく異なるものへと姿を変えている。そういう意味では、3.11以降に現れるべくして現れた奇妙なSF娯楽作だと見なせるだろう。と同時に、わたしたち現代人が大切にしているはずの「概念」が失われるとき、そこには何が残るのか……という哲学的な思考へとも向かっていく。この大胆な逸脱は黒沢作品ならでは。今年公開作なら、オリヴィエ・アサイヤスの『パーソナル・ショッパー』の横に並べたい。

  • トルコ系ドイツ人監督ファティ・アキンは『そして、私たちは愛に帰る』(07)や『消えた声が、その名を呼ぶ』(14)といったシリアスなドラマと『太陽に恋して』(00)や『ソウル・キッチン』(09)のポップ路線とでかなり振れ幅のあるひとだが、本作は明らかに後者。クラスのはみ出し者の14歳の少年による、変わり者のクラスメイトとのひと夏の旅を軽やかに描くロード・ムーヴィだ。ドイツ国内で220万部売り上げた児童小説が原作だという。ただ、どんなにシリアスななかにもアキンの映画にはひとの善意をどこか素朴に信じているようなところがあり、その観点で見ているとこの物語を選んだのはしっくり来るものがある。主人公の少年マイクはロシアからやって来た人種のよくわからないチックとあてもなく旅をしながら、いくつもの悪さをしつつ、貧しくも健やかに生きている家族や浮浪者の美女と出会うことで成長していく。そこではたしかに人間と人間の真摯な触れ合いが描かれているのだ。人間が移動し、誰か他の人間に出会い、別れる。そのシンプルで、しかし不思議なドラマがアキンの映画には詰まっている。なかでも本作はまっすぐな青春映画でもあり、忘れられない少年期の夏が封じ込められている。

  • 冒頭、ハヤブサが空を飛び、ガチョウの群れが画面を横切り、そして銃弾が降り注いだ瞬間、これが紛れもなくクストリッツァの映画だとわかる。もしくは、シンプルでコミカルなアクション、大量に登場する動物たち、けたたましく鳴らされるバルカン音楽、溢れ出すのを止められない怒りと悲しみと喜び……そう、紛れもなくクストリッツァの映画だ。長編としては9年ぶりだが、根っこのところでは何も変わっていない。戦争の終わらない国を舞台にして、クストリッツァ自ら扮するミルク売りと運命の美女(モニカ・ベルッチ)との逃避行が突飛な寓話として語られる。彼の映画では大抵酷いことが起こっていて、本作でもボスニア内戦と思しき紛争は泥沼状態のようである。が、にもかかわらず、登場する人間たちはその生命力を絶やすことができない。運命の女に出会えば愛することを止めることはできないし、宴になれば大音量の音楽とともに歌い踊らずにはいられない。その根源的なエネルギーがここでも炸裂し、そして静かな余韻を残して映画は終わっていく。その唯一無二の個性はますます磨かれ、ひとつの型としてここで完成しているように見える。ノー・スモーキング・オーケストラを従えてのバンドでの来日公演も大好評だったが、そのエネルギーはまだまだ衰えることを知らないようだ。

  • そのクストリッツァの最高傑作として名高い『アンダーグラウンド』が特集上映でスクリーンに再びかけられる(こちらの下方のスケジュール欄→http://mermaidfilms.co.jp/unzaunza/)。しかも、今回は5時間14分(!!)の完全版も日本初上映となる。まあ完全版は上級編だが、もし未見ならば少なくとも2時間51分の通常版は絶対に映画館で体験してほしい。最初から最後までやかましく鳴らされるバルカン・ブラスは、あの暗闇でこそ身体に響いてくるからだ。監督の故国である旧ユーゴスラヴィアの50年に渡る激動の歴史を、あくまで寓話的なフィクションで一気に語る。親兄弟や友人同士が殺し合ったという悲劇のユーゴスラヴィア紛争を描きながら、それをひとりの女とふたりの男を巡るメロドラマにしてしまうこと。あるいは、もう存在しない国への郷愁をでっち上げの歴史と無理矢理くっつけること。結婚式と宴、戦争、チンパンジー、ブラス・バンド、また結婚式と宴、再び戦争……怒涛の勢いで突き進む物語に圧倒され、あまりにも両義的なラスト・シーンには胸を引き裂かれる。「昔、あるところに国があった」――おとぎ話のように告げられる一大叙事詩は、どこまでも悲痛で何よりも騒々しいレクイエムなのだ。

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