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  • ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ(2017) directed by Michael Showalter by TSUYOSHI KIZU January 22, 2018 1
  • グレイテスト・ショーマン(2017) directed by Michael Gracey by TSUYOSHI KIZU January 22, 2018 2
  • ローズの秘密の頁(2016) directed by Jim Sheridan by TSUYOSHI KIZU January 22, 2018 3
  • ライオンは今夜死ぬ(2017) directed by Nobuhiro Suwa by TSUYOSHI KIZU January 22, 2018 4
  • サファリ(2016) directed by Ulrich Seidl by TSUYOSHI KIZU January 22, 2018 5
  • もう「分断」と書くのは飽きた。アメリカでは醜悪な政権の下、いままさに多様性が大いなる危機に晒されているのは事実だが、だからこそ必要とされているのはその続きで語られるストーリーだ。低予算のコメディであるはずの本作が口コミで広がりヒットしたのは、異文化の融和をまだ信じている人がたくさんいることの表れだろう。主人公はパキスタン出身で、駆け出しのスタンダップ・コメディアンであるクメイル。白人のアメリカ人女性エミリーと恋仲になったことで、パキスタン人女性とのお見合いを薦める家族に秘密ができてしまう。そして、クメイルとエミリーにある受難が……という、少しばかり珍しいかもしれないが、なんてことのない話を描いたじつに小さなロマンティック・コメディだ。だがこの映画は、そんな小さな場所でこそ分断を越えようとする相互理解の種が撒かれていることを知っている人たちが作ったものでもある。ここにあるのは「政治的正しさ」よりも、いろいろあるけど何だかんだで逞しく生きる人たちのささやかな恋や思いやりだ。絶好調のジャド・アパトーが制作総指揮、監督のマイケル・ショウォルターはドラマ・シリーズ『ラヴ』を撮った人。感覚として、いまのアメリカのインディ・ポップど真ん中の1本がこれだ。

  • 多様性という点では、古くからブロードウェイはゲイ・カルチャーやクィア・カルチャーの受け皿となってきた。19世紀半ばのアメリカでショウビズの礎を築いたとされるP.T.バーナムの伝記的ミュージカルである本作は、「フリークス」を多く採用したバーナムのサーカスをクィア・カルチャーの祝福と読み解いた。ここで繰り返される「自分らしく生きる」という宣言が真新しいものに思えなくても、アメリカでいまこそ切実に求められていることもたしかだ。敢えて面倒なことを言えば、ヒュー・ジャックマン、ミシェル・ウィリアムズ、ザック・エフロンという白人スターをあくまで主役に据えたエンタメ作品というのは、2017年のPC的にはやや時代を外しているようにも見える。クィアネスの搾取だと言う人もいるだろう。が、そんな批判も想定していたと言わんばかりに、清らかさだけでは割り切れないショウビズの世界のしたたかさもさらっと織り込まれているのが興味深い。その辺りも含め、ブロードウェイ文化がいまもアクチュアリティがあることを伝えたいのだろう。だからミュージカル・シーンは遠慮なくゴージャスで煌びやか。

  • 『マイ・レフトフット』(1989)や『父の祈りを』(1993)で有名なアイルランド出身のジム・シェリダンの新作は、彼らしい正統派の文芸ものだが、と同時に、歴史のなかで権力から女性が受けてきた理不尽な暴力を回顧しているという点で今日的だ。自分の赤ん坊を殺したとして、アイルランドの精神病院に40年収容されている老女ローズ。だが彼女は子どもを殺していないと言う。精神科医であるスティーヴンとともに、映画ではその記憶を辿っていく。本作が語るのは、保守的な場所で自由を奪われたのはどんな人びとだったか、ということだ。ローズは1940年代のアイルランドの田舎町――すなわち厳格なカトリック社会においては、その魅力ゆえに悪しき存在だと見なされる。そこでは女性のエロスやセクシュアリティが否定されている。だがシェリダン監督は映画のなかでそのことに反発するように、たっぷりとした間合いでもって、彼女の愛をエレガントな官能として立ち上がらせるのだ……。それにしても、ルーニー・マーラ。『ドラゴン・タトゥーの女』、『キャロル』、そして本作と、いつだって彼女の眼差しは芯の強い女だけが持つ輝きを放っている。

  • ヌーヴェルヴァーグの監督たちに愛されたジャン=ピエール・レオーが老俳優役。彼、ジャンは制作中の映画に出演するなかで「死」を理解しようとしている。これはなかなか残酷だ。つまり、1960年代の映画の新しい波の記憶が、いままさに「死」と直面しようとしているということなのだから。ジャンはやがて過去の恋人の幽霊と出会い対話するが、それは老年期に差しかかった彼が過去に囚われているということだ。序盤、映画は「死」とどう向き合うかに舵を取るように見える。が、幽霊との会話と並行してジャンは映画制作をしている子どもたちと出会い、彼らが作る映画に出演することで、ジャンはむしろ生命力を獲得していく。つまり、この世から去っていくものといままさに生まれようとするものがここでは交錯しており、それを繋ぎとめる存在としてジャン=ピエール・レオーがいる。彼の瑞々しい微笑みが収められているという点で本作は紛れもなくフランス映画で、それは半世紀前の映画の記憶と現在をやすやすと結びつけるだろう。生きる喜びは映画を作ることの傍らにある。諏訪監督にとって、もっとも明るい光に包まれた作品ではないかと思う。

  • 『ドッグ・デイズ』(2001)、『パラダイス3部作 愛/神/希望』(2012~2013)と、人間や社会の歪みを冷淡に映してきたオーストリアの鬼才、ウルリヒ・ザイドル。彼の映画は感情に足元を掬われることがけっしてないドライなもので、被写体に対してどこか解剖学的に接しているように見える。同じくオーストリアのミヒャエル・ハネケの映画と比べられることが多いが、ザイドルの映画はもっと淡白な残酷さがある。ザイドル監督の出自であるドキュメンタリー作品である本作のテーマは、アフリカにおけるトレジャー・ハンティング。レジャーとして行われる野性動物の狩猟のことで、これはアフリカの国々で合法的なものとして行われている。映画ではドイツとオーストリアから訪れたハンターたちの話、狩りの模様、そして現地のアフリカ人たちが野性動物を解体する様を、制作側の主張を完全に排して映し続ける。とりわけインタヴューの場面は隅々まで演出されており、そこではドキュメンタリー/フィクションの境界が融解している。彼らが語る独自の狩猟に対する哲学を聞きながら、あるいはキリンやシマウマが血や内臓を剥き出しにして解体されるのを見つめながら、映画を観る者は倫理の境界もまた融解させていくことになる。

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