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  • 13の理由(2017-) created by Brian Yorkey by TSUYOSHI KIZU June 04, 2018 1
  • 友罪(2018) directed by Zeze Takahisa by TSUYOSHI KIZU June 04, 2018 2
  • ゲティ家の身代金(2017) directed by Ridley Scott by TSUYOSHI KIZU June 04, 2018 3
  • 母という名の女(2017) directed by Michel Franco by TSUYOSHI KIZU June 04, 2018 4
  • それから(2017) directed by Hong Sang-soo by TSUYOSHI KIZU June 04, 2018 5
  • 社会現象にまでなったシーズン1は、いまから思えば#MeTooの訪れを予感させるものであった。で、あるとすればシーズン2の関心は当然、#MeTooその後に向かうことになる。セカンド・レイプをどう防ぐのか、被害者の心のケアをどうするのか、そして加害者にどのような償いが必要なのか。真っ当である。ただ、前シーズンに寄せられた「ハンナの自殺はブレーム・ゲームではないのか?」との批判に回答しようとするあまり、言い訳めいたものになってしまった。カセットテープという小道具を有機的に使っていたシーズン1に比べ、1エピソードごとにそれぞれ証人が当てられるコート・プレイというのはあまりうまくいってるように思えないし、社会問題が全面に出すぎて青春群像劇としての瑞々しさが後退してしまっている。2018年の最大のトピックとしての#GunControlにまで切りこむ真面目さは買いたいが、もう少しキャラクターのドラマ――クレイはじめ、いまなお「生きている」ティーンたちがその後どう生きていくのか――を動かすべきだったのでは。もしシーズン3があるのなら、いまのティーンたちが生きるためのエネルギーを活写してほしい。

  • では日本はどうか。キャリアを通して繰り返し「犯罪」を描き続けてきた瀬々敬久監督が、『64 ‐ロクヨン‐』(16)、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(17)といった娯楽作を経て、4時間半以上の大作だった『ヘヴンズ ストーリー』(10)以来もっとも重い一本を撮り上げた。原作は薬丸岳による同名小説。17年前少年によって引き起こされた、ある凶悪犯罪――そのかつての“少年A”が社会に戻ったとき何が起こるのかを捉えた物語である。元“少年A”(瑛太)と元ジャーナリスト(生田斗真)の関係性が軸になるのだが、彼らだけでなく、この映画に登場する人物はみな過去に大きな傷を抱えている。それらは簡単に癒えることも忘れられることもなく、彼らが交わればなお痛みは増していく。メディアが日々消費する事件の、その後もただ生き続けるしかない人間たちの苦しみをじっと見つめ続ける本作は、日本社会がひた隠しにしようとする暗闇や歪みを観る者に突きつける。 瑛太の虚ろな目に吸いこまれるようだ。

  • これはリドリー・スコット、久しぶりの快作でしょう。1973年に実際に起こった石油王ジャン・ポール・ゲティの孫の誘拐事件をモチーフに、その後の犯人との交渉劇をスリリングに描く娯楽作。「ビタ一文身代金は出さない」と言う守銭奴ゲティの怪物性(クリストファー・プラマーのさすがの重み)自体が見ものだが、ボロボロになりながら「王」に対峙する人質の母=ミシェル・ウィリアムズを中心に置いたことがこの映画を現代的なものにしている。つまり、女がひとりで男たちの権力に立ち向かっていく物語なのだ。「女の闘い」が様々な位相で回顧されている現在、直球のフェミニズムではなく犯罪エンターテインメントで示唆するというのは気が効いている。物語それ自体も動きがあり飽きさせないが、再現される70年代のローマの街の熱気が目に愉しい。この辺りは大御所たる所以ですね。

  • 舞台はメキシコのリゾート・エリアであるバジャルタ。17歳にして妊娠したバレリアのもとに疎遠だった母が訪れる。娘の面倒を献身的に見る母だったが、出産を機に自らの欲望を露にし始める……。監督は1979年生まれの気鋭、ミシェル・フランコ。『父の秘密』(12)、『或る終焉』(15)においても人間の内面の複雑さや暗い欲望を描いていた彼だが、ここでは女としての人生を娘に寄生することで取り戻そうとする母を描いている。いや、ここにあるのは、「母」という役割を与えられた時点で失ってしまった何かに執着しようとする人間の業だ。逆光を多用したきわめて静かな演出がかえって恐ろしい。が、娘バレリアが、ではどのように母に立ち向かっていくかが本作のより重要なキーだろう。メキシコではティーンエイジャーが妊娠することは珍しくないそうだが、ここでミシェル・フランコは彼女が本当の意味で「親」になる瞬間を捉えようとする。ラスト・ショットの光に注目してほしい。

  • 韓国で往年のヌーヴェルヴァーグのような映画を撮り続けてきたホン・サンス。しかも、そこで描かれてきたのはグズグズした恋愛模様ばかりだ。本作も物語自体は中年男と若い女の不倫と、その周辺のいざこざでしかないのだが、それを白黒の美しい映像、華麗な音楽、即興的だが流麗な撮影でただただ「映画的」に見せていく。それはどういうことか。この映画には、ある「瞬間」がいくつも封じこめられている。たとえば……出版社に勤めることになったアルム(キム・ミニ)は社長のボンワン(クォン・ヘヒョ)に出勤初日の昼食の席でこう尋ねる。「生きる意味は?」。男は答えられない。その、昼食の席でふと出ることになったある重大な問い――人生を巡る問い。だがわたしたちの人生もまた、そういうものではないだろうか。取るに足らないことばかりが積み重なり、日々はままならない。だが、ある重要な瞬間は知らぬ間にそこに存在している……つねに、さりげなく、何でもないといったふうに。ホン・サンスはそれを捕まえることが映画だと知っている作家だ。公私ともに監督のミューズとなったキム・ミニの美しい横顔、それがあるだけでいいという潔さがこの映画の佇まいを清廉なものにしている。

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