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THEY WANT MY SOUL Spoon (MAGNIPH) by YOSHIHARU KOBAYASHI
JUNNOSUKE AMAI
August 06, 2014
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THEY WANT MY SOUL

キャリア20年目にしてもなお新たなモデルが提示され続ける
スプーンにしか作れない今日的なロックンロールの姿

銃声と聞き間違うかのように暴力的に破裂するスネア・サウンド。左右に大きく振り分けられ、ワイド・レンジで迫り来るAC/DC風のギター・リフ。音割れしそうなほど激しく歪んだベース・ライン。アルバムの幕開けを飾る“レント・アイ・ペイ”で、スプーン4年ぶりの新作『ゼイ・ウォント・マイ・ソウル』の音楽性はほとんど説明がついている。ソングライティングはブリット・ダニエルが得意とする60年代ブリティッシュ・ビート風の古典的なものだが、そのアレンジやプロダクションは異質。ジム・イーノのドラムはパワフルなロックンロールの8ビートではあるものの、最初の20秒はスネアとハイハットだけで、バスドラは無し。間奏でも再び30秒ほどバスドラが消える。オーソドックスなようでいて、ドラムひとつ取っても細部のズラしは考え抜かれている。空間を生かしたミニマルなプロダクションを突き詰めた『トランスファレンス』の対極を行くような、分厚くタフで耳に刺さるような音像もインパクトは絶大だ。

そしてこのアルバムには、前作ではやや影を潜めていた60年代的な素晴らしいメロディが溢れている。前述の“レント・アイ・ペイ”を始め、“ドゥ・ユー”や“ゼイ・ウォント・マイ・ソウル”は、ブリットにしか書けない掛け値なしのロックンロールの名曲。長年出しどころを悩んでいたという“ニューヨーク・キッス”も、驚くほどキャッチーな極上のポップ・チューンである。『トランスファレンス』はアルバムとしてのトータルの完成度はキャリア史上最高だったが、メロディに関してはブリットの最高傑作が詰まっているとは言えなかった。が、ここでは久しぶりに彼のメロディ・メイカーとしての才能に酔いしれることができる。

スプーンの直近の過去二作、『ガ・ガ・ガ・ガ・ガ』と『トランスファレンス』は、それぞれこのバンド最大の強みを綺麗に2つへと分ける形でリプレゼントしていた。『ガ・ガ・ガ・ガ・ガ』は60年代ブリティッシュ・ビートやリズム&ブルーズに根差したブリットの珠玉のソングライティングが最もポップに花開いた快作で、『トランスファレンス』はジムが主導権を握るプロダクション・ワークを徹底的に突き詰めた作品。だが4年ぶりの新作『ゼイ・ウォント・マイ・ソウル』は、言ってみれば両者のいいとこ取り。程よいバランスでのハイブリットである。今や50年以上の歴史を誇るロックンロールにしっかりと根差しながらも、その高齢化した音楽をクリシェから少しだけズラし、あくまでさりげなくモダナイズするのが彼らの真骨頂だとすれば、このアルバムもまた極めてスプーン的だと言えるのではないか。彼らは8作目にしてもなお新しい挑戦に躊躇することなく、自分達にしか作れないロックンロールの今日的な姿をものにし続けている。

文:小林祥晴

今さらデイヴ・フリッドマン!? と思わせきや、前作で見せた
モダナイズの先に得るべくして得たアメリカン・ロックの懐深さ

スプーンといえば、ドラマーのジム・イーノが昨年のチック・チック・チックのアルバム『スリラー』のプロデュースを手がけた際に意図したのは、「スタジオ作品だからこそ実現可能なダイナミクスやサウンドの追求」だったとプレス・リリースに書かれていた。依頼者のニック・オファーはイーノの音作りについて「一言でいうと“知性”だね」と語り、それまでのチックがライヴ・パフォーマンスやジャム・セッションの延長線上にレコーディングを捉えていたのに対して、楽器ごとに下地となる音を完璧に作ったうえで初めて次の音を乗せたりエフェクトを入れていく、そのプロダクションの緻密さを特徴に挙げていたことを思い出す。そして、そうしたイーノの録音哲学は、スプーン本体の作品においても同様に地続きであったことはいうまでもない。

とりわけ、初のセルフ・プロデュースとなった2010年の『トランスファレンス』は、その哲学がバンドの総意として貫徹されたアルバムだったと想像する。スタジオ・テイクとデモをミックスするなど録音/編集に創意を凝らした音響の奥行き、それでいて際立つ音の分離感は、ガイデッド・バイ・ヴォイシズの最良のフォロワーだったかつての彼らからすれば隔世の感を抱かせる洗練の極みと呼ぶにふさわしい。もっとも、先駆けてビルボードの上位に送り込んだ前作の『ガ・ガ・ガ・ガ・ガ』の時点でその布石は打たれ一定の成果を得たと見るのがディスコグラフィ的には適当だろう。そのうえで『トランスファレンス』は、たとえば同輩のモデスト・マウスやシンズ、あるいはブライト・アイズが(同じくチャート・アクションに裏打ちされる形で)促した、いうなればUSインディ・ミュージックのモダン・ロック化の流れのひとつの帰結に値する作品だったように思う。

今回の4年ぶりのニュー・アルバム『ゼイ・ウォント・マイ・ソウル』にデイヴ・フリッドマンがプロデュースで関わっていると聞いて、期待よりも不安を抱いたファンは少なくなかったのではないか。フレーミング・リップスやテーム・インパラの諸作を挙げるまでもなく、その音響処理やオーケストレーションに特徴的なモダン・サイケのプロダクションが、『トランスファレンス』の大きな美点だった抑制の効いたミニマルな演奏、タイトなロックのグルーヴを損ないかねない可能性は容易に想像できた。一方、ニコラス・ヴァーネス(アニマル・コレクティヴ、ディアハンターetc)の助力を借り、多重録音やテープ・コラージュにほど近い編集作業が繰り返されたというサウンド・テクスチャーも、近年のフリッドマンの仕事でいえばMGMTの最新作『MGMT』にも通じる実験性や魔術的な閃きに満ちた『トランスファレンス』の醍醐味だったには違いない。そうした意味では相性の良さも期待させたが、ただし、それがあの目覚ましいモダナイズを見せた後に続く作品であるというタイミングでのその人選に、はたしてインディ的な範疇やスケールへの逆戻り(それこそ『MGMT』に対する評価に見られたように)とならないか、と不安が先立ったのも事実である。

ソングライティングとサウンド・ストラクチャリングの按配、ソング・オリエンテッドかポスト・プロダクティヴか、とあえて大雑把な色分けを当てはめるなら、本作『ゼイ・ウォント・マイ・ソウル』は前者に濃淡が寄った作品ということになるだろうか。演奏のミニマルなテイストは維持されているが、ジャングリー風味のリード・トラック“ドゥ・ユー”が予告し印象づけた通り、本作は『トランスファレンス』とのテンションの違いを随所に伝えてあまりある。いや、「伝えてあまりある」はいい過ぎだとしても、オープニングのアーシーなブルース・ロック“レント・アイ・ペイ”に続く“インサイド・アウト”の、じつにフリッドマンらしいエレクトロニックなオーケストレーションとのハーモニーを聴けば、テクスチャーや音響という部分でアプローチの変化をそこに窺うことができるだろう。あるいは、グラム・ロックとミニマル・ファンクのハイブリッドのような“ノック・ノック・ノック”において、『トランスファレンス』では隙間や余白として留められていた空間はアクセントを施されることで強烈な逆光となり、むしろメロディ・ラインやブリット・ダニエルのヴォーカルを力強く浮かび上がらせる。じつは収録曲の約半数は、最近ではモリッシーの最新作も手がけたジョー・チッカレリによるプロデュースなのだが、ほぼ全編のミックスをフリッドマンが担当しており、サウンドのディレクションに抜かりや遜色は微塵も感じられない。

アーケイド・ファイアやダーティ・プロジェクターズらが名を連ね、2000年代インディ・ミュージックからの『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』への返答~広義の「アメリカーナ」の現代的解釈といった性格も帯びた編集盤『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』(2009年)にスプーンも参加していたことが個人的に印象深いが、ことソングライティングに関して近作は、ブルースやトラッド、そしてもちろんロックンロールに象られたルーツ志向が顕著といい切って構わないかもしれない。そのうえで本作『ゼイ・ウォント・マイ・ソウル』における異色は、レコードのB面頭に置かれた“アウトライヤー”だろう。イーノが手がけたチックの“ワン・ガール/ワン・ボーイ”さながらディスコを擬態することで、彼らは束の間スプーンであることを忘れているようだ。それはたとえば、アーケイド・ファイアのウィン・バトラーが『ザ・サバーブス』で向けた自身のフォークロアへの眼差しをダンス・ビートへと反転させた『リフレクター』を連想させるように、“アウトライヤー”は前身のロカビリー・バンドに遡るダニエルのリネージからも逸脱した、文字通り“異常値・外れ値”=レア・グルーヴにふさわしい。

『トランスファレンス』の緊張感ある耳愉しさと比べると、本作『ゼイ・ウォント・マイ・ソウル』は総じて手堅さが勝るか。そもそも結成から20年を過ぎるディスコグラフィ上で音楽性を繰り返し変貌させてきた彼らにとって、作品の前後の脈絡というものがどの程度意識されているのか知らないが、「“曲/歌の良さ”を“音の巧さ”が引き立てる」フリッドマンの仕事は早くも蜜月関係を思わせる調和と充実を本作にもたらしている。フリッドマンのプロダクションもまたこの20年以上と続く不動のブランドであり、まさに出会うべくして出会った両者が得るべくして得た本作は、モダナイズもインディ・マナーも併せのみ、スプーンの懐を深くに押し広げている。

文:天井潤之介

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