SIGN OF THE DAY

2022年 年間ベスト・アルバム
6位~10位
by all the staff and contributing writers December 31, 2022
2022年 年間ベスト・アルバム<br />
6位~10位

10. Steve Lacy / Gemini Rights

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
6位~10位

まさかスティーヴ・レイシーが2022年を象徴するヒット曲のひとつを生み出すとは、誰も想像していなかったに違いない。本作に収録されている“バッド・ハビット”は、TikTokでのヴァイラルをきっかけに全米チャートを駆け上り、遂には首位の座を獲得。オーストラリアやイギリスやイスラエルなどでもトップ10入りを果たし、正真正銘のグローバル・ヒットとなった。この曲は何度聴いても素晴らしい。レイシーが得意とするインディやR&Bやファンクなどが溶け合ったサウンド、初のスタジオ録音作ながらも適度にラフなプロダクション、そして晩夏の夕暮れ時が似合う物憂げで切ないメロディ――それだけでも完璧だが、極めつけはリリックの巧みさだ。一回目のコーラスでは「舌を噛んでしまう、僕の悪い癖(I bite my tongue, it's a bad habit)」と歌い、恋愛の対象に思いを伝えられないもどかしさを表現しているが、二回目のコーラスではmy tongueとyour tongueを置き変えることで、「僕の悪い癖みたいに、君の舌を噛んでいい?(Can I bite your tongue like my bad habit?)」と相手にキスを求める表現になっている。同じ言い回しを使って一回目と二回目のコーラスで意味を逆転させるのはポップ・ソングにおける古典的手法だが、レイシーは極めてスマートにその伝統を踏襲してみせた。この“バッド・ハビット”をひとつのハイライトに、本作にはインディ、ジャズ、ボサノヴァ、R&B、ソウルなどがさりげなく混じり合った美しいトラックが並んでいる。何より、どの曲からもこびりついて離れない倦怠感とメロウな情感が心地よい。“バッド・ハビット”を年間ベスト・ソング1位に選んだ〈ガーディアン〉は、「TikTokで愛されるローファイなベッドルーム・ポップと、フランク・オーシャンやシザのようなインディ的で優美な心の痛みを表現したR&Bの交錯点」と同曲を位置付けた。そのような意味においても、このアルバムと“バッド・ハビット”のヒットは時代の必然だったと言っていいだろう。(小林祥晴)

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9. Mavi / Laughing So Hard It Hurts

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
6位~10位

19歳で発表したデビュー・アルバム『レット・ザ・サン・トーク』では内省的な内容のポエティックな曲が印象的だったのに比べると、相変わらず自分に恐ろしく正直だとはいえ、23歳になった本作では全体を通じて、希望や期待感が確かに伝わってくる。それに応じてか、トラックもぐっとメロウになっていて、客演したアール・スウェットシャートの“エル・トロ・コンボ・ミール”の発表前にリリースされた前作を熱狂的に支持した層は、とまどってしまいそうだ。とはいえ「ハッピー!」なわけではなく、例えば、彼が経験した失恋と、その相手への想いが蒸し返されてもいる。“3・レフト・フット”のパンチラインは、「きみのいたところは完全にからっぽ、夜通し監視する、きみの座ってた場所を」であり、きみはぼくを置き去りにした、ぼくに気づいてくれたのと同じ木のたもとに、その後つきあった」である。後者の「つきあった」の原詞は「hanging」なので、もうひとつの解釈として、ひとり残された彼は思いつめて「首を吊ってしまおう」と考えていそう、というのも成り立ちそうだ。こういった悲しさは次の“マイ・グッド・ゴースト”にも繋がってゆくが、この曲は、すでにタイトルが悲しすぎる。これらの曲では、もちろん悲しいだけではなく、相手の考えや想いを尊重する態度が根本にある。そういう前向きな姿勢は、この『ラフィング・ソー・ハード・イット・ハーツ』では、ここに挙げた曲とは違う主題の曲でも見てとれる。失恋や心痛を知っているからこそ、笑うときは腹の底から笑えるのだし、逆に笑いでそれらを覆い隠してしまいたい時もあるだろう。それにしても、1曲目にサンプルされている女児向けアニメ、あれはなんなのだろう。(小林雅明)

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8. Bad Bunny / Un Verano Sin Ti

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
6位~10位

バッド・バニーが、「ラテン・トラップ」のアーティストとして最初のヒットを出したのが、2016年。2018年のデビュー・アルバムでは「レゲトン」育ちであることをしっかりと伝え、続く『YHLQMDLG』ではオールド・スクール・レゲトンのリヴァイヴァルを巻き起こし、レゲトンを日常的に聴いているリスナーには、2020年リリースのこのアルバムをベストに推す者が多い。そこで一区切りつけたのか、同年リリースの『El Último Tour Del Mundo』では、ロックをはじめ多様なジャンルの要素を積極的に取り込み、「レゲトン」では形容しきれない音楽性を志向しながら、「ラテン・ポップ」のスーパースターとして存在感を示した。こうした経緯(かなり大雑把だが)を経て、出てきたのが本作だ。よって、1曲目こそレゲトンだが、早くも2曲目“Después de la Playa”ではドミニカ共和国産の「マンボ」を、4曲目“Tití Me Preguntó”では「デンボー」を取り上げ、 終盤の“El Apagón”は、故国プエルトリコが生んだ「サルサ」の名手イスマエル・リベラの“Controversia”の前半のビートをサンプルした上で、この古典曲の構成に倣い、途中でチェンジするトラック(しかも後半は「ハウス」)で、外資に国土を売り渡すために横行中のジェントリフィケーションを問題視し、バッド・バニー史上最強のプエルトリコ・アンセムとなり、「エレポップ」味もある“Andrea”では、フェミサイドおよび女性への暴力に関する問題を取り上げている。また、客演陣にマリアズやボンバ・エステロ等も含まれ、これまでとは毛色が違う。つまり、バッド・バニーは本作を通じて「ラテン・ポップ」圏をこれまで以上に俯瞰で見ていて、その上で、気になる音楽をピンポイントで採取しているのだ。そして、そこには、紛れもなく「ラテン・ポップ」のスーパースターらしい目線がある。(小林雅明)

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7. The Smile / A Light For Attracting Attention

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
6位~10位

エネルギー資源の枯渇が目前に迫る今、世界大恐慌後の1930年代初頭以来の混乱が世界を覆っている。今年2022年、イタリアには極右政党「イタリアの同胞」を中心とした右派連合政権が発足。世界各地で右傾化がさらに進むのはもはや明らかだ。植民地時代が活発化した17世紀以降ずっと――あるいはそれ以前の有史以来――社会全体の安定を担保してきたのは第三者からの略奪と虐殺、そして格差を生み出すシステムだったのだから、今度もまたさらなる格差を創出し、積極的に弱者を切り捨てていくしか手がないというわけだ。為政者然り、我々もまた然り。ウクライナ市民に手を差し伸べるふりはみせても、自らの生活に精一杯な我々はミャンマーやアフガン、シリアの市民、あらゆる難民たちの窮状を今も見過ごしている。なのに/だからこそ、今朝も君は朗らかな笑みを浮かべている。間違いなく何かを隠している権力者のクソ野郎が浮かべる余裕の笑顔にも似た、少しだけこわばった笑顔を。ザ・スマイル最初のシングルのタイトル「お前らは二度とTV業界では働けないだろう」は、イタリアを代表するメディア王シルヴィオ・ベルルスコーニ――94年から断続的にイタリア首相を四期務め、二度の失脚後も国政復帰、彼の政党「フォルツァ・イタリア」は現政権の一角を占めている――のスキャンダルを暴こうとしたコメディアンと二人のジャーナリストたちが辿った末路をほのめかしている。どこまでも明確な悪が存在するにも関わらず、あろうことか大衆は今もその悪を延命させ、祭り上げ続ける。「どいつもこいつも気が狂ってるよ!」と今すぐに叫び出してしまいたい衝動をどうにか抑え、誰かを不快にさせないようにと今日もまた精一杯の笑みを浮かべる俺/君はきっと誰よりも嘘つきだ。社会人というのはどうやらそういうものらしい。だが、このアルバムもそんなこわばった笑顔そのものだと言っていい。この音楽は常に覚醒と陶酔の間を揺れ動いている。今、起こっている陰惨な現実に目を見開き、耳をそば立て、それでも正気を保ち続けることのアナロジーであるかのような、鍛錬と集中力を必要とする変拍子とポリリズム。鋭角な打点、打点、打点。束の間だけでもすべてを忘れ、夢の中を漂うことを許してくれる美しいアンビエンスと和音、メロディ。なだらかな波、波、波。いくつかの異なる音のレイヤーが複雑怪奇に交錯するこの時間の中でトム・ヨークは少しだけ叫びを取り戻した。悲嘆に暮れるのではなく、笑顔を浮かべることを自ら選択し、アルバム冒頭の“ザ・セイム”から世界中の市井の人々に向けて、彼は連帯を呼びかける。「僕らが互いに戦い合う必要などない/光が指す彼方に向かおう」。このアイデンティティ政治の時代に、異なる立場、異なる言語、異なる国籍を持つ人々に向けて「我々は同じ」と彼は訴えかける。「ストリートにいる皆さん、お願いだ/僕らが望んでいることは同じ/僕らは皆んな、同じなんだから」。明らかにアテンション・エコノミーを揶揄しただろうタイトルを持つアルバムの中で、それでも彼らもまた、世界中の一人ひとりに向けて語りかけずにはいられない。だが、こうした矛盾と逡巡の中にしか、今我々の息つく場所は存在しない。挫けるな。(田中宗一郎)

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6. Weyes Blood / And in the Darkness, Hearts Aglow

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
6位~10位

まず冒頭の“イッツ・ノット・ジャスト・ミー、イッツ・エヴリバディ”が圧倒的だ。ハープや管弦がどこか天上的な響きを備えて優美に鳴れば、ナタリー・メーリングはあくまで穏やかに、しかし少しばかりの狂おしさを滲ませて歌う――「わたしだけじゃない、これはみんなのこと」。過去に遡りながら輝きを増した彼女のソングライティングは洗練されるばかりで、アレンジメントはあくまで優美さを崩さない。あまりに陶酔的だ。……だけど何が? メーリングは何が「自分だけじゃない」と訴えている? パーティで孤独を抱えているのが? 暗い未来を想像するよりも過去の煌めきに溺れることを欲望してしまうのが? 資本主義が発展させると同時に壊し続ける人類の文明に絶望するのが? 沈没する世界をタイタニック号になぞらえた前作に続いてレトロスペクティヴなサウンドにモダンな意匠を混ぜつつ黙示録的な主題を示唆する本作は、オーケストラルな要素とスピリチュアルな佇まいを増していっそうビターにわたしたちの現在地を照らす。バート・バカラックにフィル・スペクター……ポップスの巨人の遺産が光を増すほど、その影も濃くなっていく。けれども聴く者の荒んだ心を慰撫するようなこの歌たちの底にあるのは、わたしたちは孤独感を抱えているからこそ共感し合えるのであり、喪われた過去から学びながら未来に向けて顔を上げるのだという逆説的な望みでもある。(木津毅)

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2022年 年間ベスト・アルバム
1位~5位


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