SIGN OF THE DAY

2020年を大胆予想!新たなディケイドの
幕開けは2016年以来のビッグ・イヤー?
今知っておきたい7つの重要音楽トピック
by YOSHIHARU KOBAYASHI
SOICHIRO TANAKA
February 05, 2020
2020年を大胆予想!新たなディケイドの<br />
幕開けは2016年以来のビッグ・イヤー?<br />
今知っておきたい7つの重要音楽トピック

2020年はどのような年になるのか? 何より今年はジャスティン・ビーバー、ケンドリック・ラマー、フランク・オーシャン、リアーナ、ドレイクを筆頭に、2010年代末にほぼ沈黙していた大物たちがこぞって新作を出すと噂されている。だが、まだ年明けから一ヶ月も経っていない今、音楽にとって2020年がどんな年になるのか、その答えはもちろん誰にもわからない。だからこそ、現状を俯瞰した上で、今、うずまいている情報と兆しを整理することで、どこまでも大胆に、ときには不謹慎に、どこまでも奇天烈な文脈を引き出してみるのも悪くないーー本稿の企画趣旨はそこにある。是非、肩の力を抜いて楽しんで欲しい。

ただ、2020年のシーンについて考える上で、前提として共有しておきたい俯瞰的な視点をまず2つほど。1つは、今年2020年はアメリカ大統領選が行われる年であること。年明け早々に起こったアメリカとイランの衝突も、米大統領選を睨んだトランプのアクションだという見方も少なくない。おそらく、投票日の11月に向けて、これからも様々な思惑が入り混じった不穏な動きは起こるだろう。こうした動きは間違いなくグローバル全体のポップ・ミュージックに何かしらの影響、バイアスを与えるに違いない。「2010年代の10年」がまさにそうであったように、優れたアートは社会の不安定さや不吉なムードを何かしらの形で昇華するもの。皮肉な話だが、そういった意味でもまた、今年は音楽にとって「ビッグ・イヤー」となる可能性を秘めている。

もう1つの視点は、ジャンルや国境や人種の壁を越えたクロスオーヴァーが活性化し、ポップの理想が結実した2010年代というディケイドを経て、2020年は再び個々のアイデンティティの模索が始まるのではないか? ということだ。そうした見立てについては2019年の年間ベスト・アルバムのリード文に詳しく書いているので、そちらを読んでもらいたい。


2019年
年間ベスト・アルバム 50


では、ここから先は、上記の俯瞰的な視点を踏まえつつ、2020年の音楽シーンを楽しみ尽くすためには欠かせない「7つの最重要音楽トピック」を挙げていきたい。冒頭にも書いたように、なるべくなら大胆で軽はずみ、敢えて眉唾な文脈を引くことを念頭に置いた。何故なら、未来は顔をしかめて予想するものではなく、笑いながら楽しみながら作り出すものだからだ。




1. 「ポスト・ジャンル」がポップの大前提に

2019年の顔として、ビリー・アイリッシュ、リル・ナズ・X、ポスト・マローンの名前が挙がることに異論を唱える人はいないはず。彼らに共通項があるとすれば、「ジャンル・ブレンディングで当たり前、ポップで当たり前」という感性を持っていること。もちろんそれは、あらゆるジャンルの壁が崩れ去り、メインストリームとアンダーグラウンドの境界も完全に崩壊した「2010年代的状況」を前提とした新世代の台頭を意味している。様々な局面でアイデンティティ回帰が進む一方で、ジャンル・ブレンディング=ポスト・ジャンルの潮流は今年もさらに進むことは間違いない。

いわば、昨年2019年はポスト・ジャンル元年。そして、おそらくその流れが拡大するだろう2020年を代表する若手としてまず最初に名前を挙げなければならないのは、英米では既に大ブレイク中、ようやく待望の単独公演も5月中旬に決定したレックス・オレンジ・カウンティだろう。

Rex Orange County / 10/10


サウス・ロンドンに拠点を置き、ブリット・スクール出身……という、英国のインディ・ロック文脈からすれば、まさに旬なプロフィールを持つ彼だが、最新作『ポニー』はそんな小さな枠組みではもはや説明し切れない魅力を放っている。ソウル、ラップ、ロック、R&B、ジャズなどが滑らかに溶け合ったサウンドと、絶品のソングライティング。メインストリームにおけるポスト・ジャンルの潮流はまずはアメリカを中心に顕在化したが、レックス・オレンジ・カウンティはそれに対するイギリスからの回答だと言えるかもしれない。

だからこそ、『ポニー』は全英初登場5位、全米初登場3位と、アメリカで本国イギリス以上のブレイクを記録したのも不思議ではない。つまり、初期からの彼のファンが当時は想像しえなかったような現在の「レックス現象」は彼自身の変化であると同時に、時代の変化がもたらしたことでもあるということ。レックス・オレンジ・カウンティもまた、ジャンルの枠組みが崩壊した2010年代を経た、ポスト・ジャンル時代の新たなポップ・スターなのだ。

Rex Orange County / Face to Face (The Ellen Show)


ポスト・ジャンルという観点から2020年に注目しておきたいアーティストはまだ他にもいる。ニュー・アルバム『フューチャー・ノスタルジア』を2020年にリリースすることをアナウンスしているデュア・リパは、ポップとUKクラブ・ミュージックを結合させたサウンドがシグネチャー。その点ではポスト・ジャンル的であると同時に、英国ローカルのアイデンティティに根差した表現をしているとも言えるだろう。

Dua Lipa / Don't Start Now


つまり、ポスト・ジャンル的状況をごく当たり前の前提とした上で、固有のアイデンティティをいかに自らのシグネチャーとして作品性に刻印することが出来るか。彼女もまたレックス・オレンジ・カウンティと同じく、そんな荒技に挑戦している。そこから生まれる絶妙なニュアンス、個性こそが、この2020年に作家や作品に求められるポイントなのかもしれない。

そして、2010年代のジャンル・クロスオーヴァーの先駆けであり、2010年代というディケイドのすべての中心にいたと言っても過言ではないジャスティン・ビーバーが遂に再始動というニュースも見逃せない。2015年の“ソーリー”でスクリレックスを起用してトロピカル・ハウスを導入、そしてルイス・フォンシ&ダディ・ヤンキー“デスパシート”へのリミックス参加でラテン・ブームの爆発にナイス・アシストを決め、常に時代を切り開いてきたジャスティンだが、新曲“ヤミー”ではトラップのビートに乗せてパートナーへのロマンティックな思いを歌っている。

Justin Bieber / Yummy


その後、ケラーニを迎えた少し変則的なビートのダンスホール・トラック(?)“ゲット・ミー”を矢継ぎ早にリリース。2015年のアルバム『パーパス』に先駆けた2枚のシングル“ホワット・ドゥ・ユー・ミーン”と“ソーリー”のとんでもない衝撃と比べると、どこか時代が彼を追い越した感は否めないが、たとえ電子レンジの説明書を歌ったとしても聴き手を切ない気分にさせてしまう抑えた情感と卓越したヴォーカリゼーションは顕在。

Justin Bieber / Get Me feat. Kehlani


ただ、これはまだ小手調べのはず。2020年2月14日にリリースされる5年ぶりのニュー・アルバムではもっとわたしたちを驚かせてくれるに違いない。

また、1月第二週にリリースされたセレーナ・ゴメス新作『レア』のプロダクションは、ギター、ベース、ドラム・パーカッションの「生の質感」と「空間」を活かした徹底したミニマル・サウンド。

Selena Gomez / Rare


ようやく彼女が初めて自らのサウンド・シグネチャーを獲得した力作だが、このサウンドが2020年代全体を定義するような兆しは特にない。やはり2020年代前半は多彩なサウンドによる群雄割拠状態に突入するのか、それともサウンドの均質化とアイデンティティの模索という両方のベクトルが入り乱れることになるのだろうか。


2. 「ラップ」は終わった? 2020年はヒップホップとR&Bのゴールデン・イヤー?

2010年代後半はラップがポップになった時代でもあった。ポスト・マローンのメガ・ヒットはその象徴であると同時に、ひとつのピーク・ポイントだったと考えることも出来るだろう。だが、この勢いはどこまで続いていくのだろうか? ジュース・ワールド、リル・ピープ、XXXテンタシオンといったラップのポップ化/メディア化を推し進めてきたアーティストたちの相次ぐ急逝は、この流れに歯止めをかけてしまうところは少なからずあるだろう。

一方で、今年2020年は、そうしたラップのポップ化を牽引したマンブル・ラップ/エモ・ラップ勢が本格的に台頭する前から活躍してきたヒップホップ/R&Bのビッグ・ネームたちが新作を出すと言われている。つまり、昨年2019年からの「アイデンティティ回帰」という潮流に伴って、2020年は「ラップ」ではなく、ヒップホップ/R&Bのゴールデン・イヤーになる可能性があるのではないか? というのが2つ目の見立てだ。R&Bについてはポップ全体における最大の台風の目リアーナや、2017年の主役のひとりSZAのリリースも噂されている。この二作も必ずや台風の目になるに違いない。

〈ビルボード〉の元編集ディレクターのツイートによると、ケンドリック・ラマーはニュー・アルバムのレコーディングを終わらせているという複数の友人からの情報があるそうだ。それによると、以前よりも「ロック・サウンド」を取り入れているのだとか。


また、ドレイクは2019年12月にダベイビーのトロント公演にサプライズ出演した際、「アルバムを完成させるから、2020年にまた会おう」といった趣旨のMCをして話題となった。これにどこまで信憑性があるかはわからないが、少なくともドレイクが近い将来のリリースを目指してアルバムをレコーディング中であることは間違いない。2010年代を通して「カルチャー・ヴァルチャー」と揶揄されながらも、UK経由でアフリカ各地のサウンドを再定義し、グローバルに広めるなど、常に時代を切り開いてきた彼の次の一手はまた、時代を再定義することになるのだろうか。


そして、昨年2019年はリル・ナズ・Xのようなポスト・ジャンル的なラッパーが爆発的なヒットを飛ばした一方で、ダベイビーのように旬のサウンドやフロウを取り入れつつも、いわゆる「ヒップホップ」と呼ぶ方がしっくりと来るラッパーが大躍進した年でもあった。今年はそのダベイビーともコラボした、アトランタのトラップを代表するヤング・スター、リル・ベイビーがニュー・アルバム『マイ・ターン』とミックステープ『ランボルギーニ・ボーイズ』のリリースを予定している。こういった動きは、もしかしたら2020年にヒップホップがゴールデン・イヤーを迎えることの予兆なのかもしれない。

Lil Baby / Sum 2 Prove



3. イギリスで一番熱いのはインディでもジャズでもなく、アーバン?

2019年のイギリスでは、ストームジー、デイヴ、スロウタイ、スケプタ、AJ・トレイシーなど、新旧のUKラップ勢が存在感を見せつけた。一方で、ネナ・チェリーの娘でもあるメイベルが“ドント・コール・ミー・アップ”を契機に大ブレイク。2019年は広義のUKアーバンが活況を呈した年だった。この流れは、2020年も続いていくに違いない。

Mabel / Don't Call Me Up


そして勿論、2020年におけるUKアーバンの急先鋒がJハスの2ndアルバム『ビッグ・コンスピラシー』なのは言うまでもない。盟友Jae5によるビートはよりミニマルに抑制されながらも、どこまでも多彩。このUK経由、ガーナとカリブ海に出自を持つ新たなサウンドがグローバルにどんな影響を与えることになるのか。それもまた、2020年の楽しみのひとつだろう。

J Hus / Big Conspiracy


リリース直後にJae5は、「ヴィデオもなし、ツアーもなし、マーチもなし、事前予約もなし、フィジカルCDもなし、一ヶ月前のリークもなし。つまり、僕らは何のプロモーションもしていない!!!」とツイート。だが、当然のごとく『ビッグ・コンスピラシー』は全英チャート初登場No.1を獲得。もはやフィジカルCDをリリースすること自体、チャート狙いの姑息なギミックのひとつという認識の変化にも注目すべきかもしれない。

そして、この2020年前半、もっとも注目されているUKアーバンのアーティストは、なんといってもセレステだろう。もはや〈BBC・サウンド・オブ・2020〉で1位、〈ブリット・アワード〉のライジング・スター・アワード受賞、〈BBC・ミュージック・イントロデューシング〉でアーティスト・オブ・ジ・イヤー受賞と、イギリスの主要な新人賞/ランキングを総なめ。そのサウンドは、エラ・フィッツジェラルドやビリー・ホリデイに影響を受けたというのも納得のオーセンティックなソウル/ジャズ路線――かと思いきや、新曲“ストップ・ディス・フレイム”は、ニーナ・シモン“シナーマン”を現代的にアップデートしたようなピアノ・ハウス/ソウル。『19』から『21』にかけてのアデルの変化を彷彿とさせるモダンな意匠の導入だが、アルバムは果たして?

Celeste / Stop This Flame


デビュー・アルバムが待たれる有望な新鋭はほかにも多い。その筆頭は2020年5月1日に来日公演も決定した、ポップで爽快なソウル・ポップを聴かせるサム・ヘンショウだ。

Samm Henshaw / Church feat. EARTHGANG



また、バングラディッシュとアイルランドのミックスで、移民の街=ロンドンに根差した表現を打ち出すジョイ・クルックス。エモに対するUKアーバンからの回答とも位置付けられるアーロ・パークス。こうしたUKアーバンの隆盛は、北米メインストリーム・ポップがイギリスを含む世界中を席巻したことに対する反動、あるいはローカリティ回帰の流れと捉えることも可能だろう。

Joy Crookes / London Mine


Arlo Parks / Cola



ただ、ここ数年来のUKシーンを眺めていると、インディ、ジャズ、アーバンそれぞれのローカル・シーンを端に発した活性化と隆盛はむしろ個別に捉えるべきではなく、全体として見るべきなのかもしれないという視点が浮かび上がってくる。70年代後半のパンクというムーヴメントの誕生を担保したのは、「揺りかごから墓場まで」という福祉政策が行き届いていたサッチャー政権以前の失業保険制度にこそある。つまり、サウンドこそ違えど、それぞれのシーンが行政との関わりと、ローカルとの結びつきと不可分であることから考えれば、今、英国で起っているのは、本質的な意味においての初めてのパンク・リヴァイヴァルなのかもしれない。


4. マイ・ケミカル・ロマンスの遺伝子を継ぐ、ゴス/エモの復権

ゼロ年代半ば以降、エモは産業化の波に飲まれてアクチュアリティを失った。ただ、ここ数年は風向きが変わりつつある。変化の兆しが見え始めたきっかけは、やはりエモ・ラップの隆盛。そして、「エモ・ラップの批判的継承」という側面もあるビリー・アイリッシュの大ブレイクを経て、エモと、一部のエモが内包していたゴシックな価値観は再び時代の中心へと浮上しつつある。エモの内省は、現代的なメンタル・ヘルスの問題と接続されることで復活を遂げた。

こうした機運の中、マイ・ケミカル・ロマンスが6年ぶりの再結成を果たした意義は大きい。ビリー・アイリッシュとフィニアスは再結成のニュースに興奮した様子をソーシャル・メディア上で見せたし、ポスト・マローンがDJセットでマイ・ケミカル・ロマンスの曲をかけたという報道もあった。


ジェネレーションZにとって、マイ・ケミカル・ロマンス全盛期はローティーンのころ。その影響は絶大だったに違いない。新世代にとっての精神的支柱が満を持しての復活となれば、この潮流はさらに勢いづくはずだ。

ゴス/エモ再評価の文脈で言うと、2020年3月16日に初来日公演が決まっている英ドンカスター出身の22歳、ヤングブラッドは今年の台風の目の一人だろう。〈BBC・サウンド・オブ・2020〉で3位に選ばれているが、おそらく最初に注目を集めたのは、2018年に『13の理由』シーズン2のサウンドトラックにビリー・アイリッシュ/カリードなどと並んで“ティン・パン・ボーイ”という曲が収録されたとき。ご存じのとおり、『13の理由』はティーンのメンタル・ヘルスを題材にした作品。ヤングブラッドがどのような文脈で脚光を浴び始めたかが窺い知れる。

YUNGBLUD / Tin Pan Boy



最初期はストレートなロック色が強かったものの、次第にロック、ラップ、EDMなどがごちゃまぜになったポスト・ジャンルな音楽性を打ち出すようになった彼は、その点でも現代的。この“ペアレンツ”はもはやジャンルで定義することが不可能だろう。

YUNGBLUD / Parents



イギリスではThe 1975以降と言える、ロックというアイデンティティに捉われない屈託のないポップ性と、ビリー・アイリッシュやポスト・マローンとの同世代感。それを併せ持っている彼は、2020年代のロックの在り方を再定義する存在となるのか否か?


5. エレクトロがまさかの復活? アシッド・ハウスやハード・テクノの復活は必至?

〈ピッチフォーク〉が2010年代のベスト・アルバムで『ブロンド』を1位に、〈ビルボード〉が『チャンネル・オレンジ』を3位に選んだように、2010年代はフランク・オーシャンの時代でもあった。本格的な再始動を始めた彼が新作でどのようなモードを打ち出すかは、2020年を考える上でひとつの指針となるはずだ。

フランク・オーシャンは2019年11月に〈W・マガジン〉のカヴァー・ストーリーで「デトロイト、シカゴ、テクノ、ハウス、フレンチ・エレクトロニックに関心がある」と発言。80年代クラブ・カルチャーにオマージュを捧げたイベント〈PrEP+〉もニューヨークで開催した。

つまり、今のフランク・オーシャンの最大の関心のひとつはクラブ・ミュージック。それも、2010年代のEDM以降の流れとは明らかに違うもの――というか、エレクトロが中心にあるのではないか? ということが一連の新曲からは浮かび上がってくる。2019年にリリースした新曲“DHL”にはボーイズ・ノイズがプロデューサーとして参加。7インチのみでリリースされている新曲のリミキサーにはサンゴ、アルカとともにジャスティスが起用されている。

Frank Ocean / DHL


Frank Ocean / Dear April (Justice Remix)



思い返してみれば『ブロンド』にもセバスチャンが参加していたわけだが、それにしても、〈W・マガジン〉で言及していた「フレンチ・エレクトロニック」がゼロ年代のフレンチ・エレクトロを指しているらしいことには、驚いた人も多いに違いない。つまり、2020年はエレクトロがまさかの復活? というのが〈サイン・マガジン〉の5つ目の見立てだ。

だが、ボーイズ・ノイズは近年、エイサップ・ロッキーやタイ・ダラー・サインともコラボしている。未発表に終わっているものの、ジャスティスはトラヴィス・スコット『アストロワールド』のセッションに参加していたという。

A$AP Rocky / Babushka Boi



ここ最近は、どうやらUSのラッパーたちがエレクトロを視界に入れている様子がうかがえる。考えてみれば、エレクトロの全盛期はマイ・ケミカル・ロマンスとほぼ同じゼロ年代半ば。そろそろエレクトロにも再評価の機運が起きたとしても、サイクル的には決しておかしくない。

そういった見方で考えると、ジャスティスやベースメント・ジャックスの影響を1st『PINK』の時点から公言していたCHAIは早かった、とも言える。1st収録の『N.E.O.』のビートは、ハットの鳴らし方もドラムの質感も、かなりジャスティス的。ベースラインや鍵盤リフを主体とした2nd『PUNK』のソングライティングは、クラブ・ミュージックからの反響にほかならない。あまりに見過ごされがちだが、CHAIの先鋭性と独自性はそのサウンドにこそあると言えるのかもしれない。

CHAI / N.E.O.


CHAI / CHOOSE GO!



だが、クラブ・ミュージック/ダンス・ミュージックの2020年代的な再定義という気運はそれだけには留まらない。現在ではナイン・インチ・ネイルズのフロントマンとして以上に、Apple musicのフィクサーとして、映画やテレビシリーズの劇伴/サウンドトラックの作曲家/プロデューサーとしての存在感を強めているトレント・レズナーもまた、そうした気運の一角を占めていると言っていいだろう。昨年世界中で話題になり、ようやくここ日本でも2月から配信され始めたばかりのHBOドラマ『ウォッチメン』でのサウンドトラックもまた、90年代的なハード・テクノ仕様。これは共同ソングライター/プロデューサーのアッティカス・ロスというよりは、明らかにトレント・レズナーのテイストが反映されたものに違いない。

Trent Reznor & Atticus Ross / Nun With a Motherf*&*ing Gun



総じて言えることは、産業化とフォーミュラ化の果てに完全に飽和、今ではその存在感をすっかり失ってしまったEDMに対する反動として、ここ数年のアンダーグラウンドで進行している「90年代回帰」という波がいたるところで起こっているという事実。ここ数年のディプロの動きもまた、そのひとつに数えられるかもしれない。

シーアやラブリンスとのポップ・プロジェクト=LSDや、カントリーをクラブ・ミュージックのプロダクションでアップデートした本名トーマス・ウェスリー名義の作品など、相変わらず複数のアイデアを同時進行させているディプロだが、マーク・ロンソンとのシルク・シティでは90年代のUKハウス・ミュージックを思わせるサウンドを打ち出している。デュア・リパが参加した“エレクトリシティ”は、往年のピアノ・ハウスにEDM以降のビルド&ドロップを接合した、ディプロらしいモダンな90年代ハウス解釈だ。

Silk City, Dua Lipa / Electricity



また、カルヴィン・ハリスの新たなプロジェクト、ラヴ・リジェネレーターもまさにそうした動きのひとつ。

Love Regenerator / Hypnagogic (I Can’t Wait)



上物はアシッド・ハウスだが、ビートは最初期のプロディジーを思わせるブレイクビーツ・テクノ。90年代を同時代的に生きた世代からすると、思わず苦笑せずにはいられないかもしれないが、ミレニアル世代やZ世代からすればEDMよりも魅力的に聴こえる場合もあるに違いない。

また、ビリー・アイリッシュとの5年来の親友であり、彼女より先に「2010年代に暮らすティーンのリアリティ」を世界に知らしめたカリードもまた、ダンス・ミュージックとの繋がりを強めている。ここ日本ではすっかりビリーのグローバル・メガ・ブレイクの影に隠れた感のある昨年の2ndアルバム『フリー・スピリット』だが、2010年代前半のハウス・リヴァイヴァルを牽引した英国のプロデューサー・チーム、ディスクロージャーを迎え、アルバムに先駆け2019年2月にリリースされた“トーク”が年をまたぐロングラン・ヒット。

Khalid / Talk



また、今年2月第一週には、再びディスクロージャーをプロデューサーに迎え、よりハウス・マナーに接近したシングル“ノウ・ユア・ワース”をリリースしたばかり。こうした動きもまた2020年前半の動向を占うには格好のサンプルだろう。だが、果たしてエレクトロやアシッド・ハウス、ハード・ミニマルといった90年代サウンドは再定義され、2020年代初頭のサウンドへと発展するのだろうか。

Khalid / Know Your Worth



では、ひとつ脱線を。2018年の『POLY LIFE MULTI SOUL』以来のcero新曲がとにかく素晴らしい。ビートは明らかに80年代初頭のワシントン・ゴー・ゴーを参照したもの。

cero / Fdf


Trouble Funk / Pump Me Up



だが、和音を奏でる細かい譜割りのブラス・アレンジや小刻みに上下するシンセはどこかアンダーグラウンド・レジスタンスの“ハイ・テック・ジャズ”を思わせ、ソウルフルなコーラスと、シンセとも棹物とも区別のつかないベースラインの分厚い音色はケヴィン・サンダーソン率いるインナー・シティのようだ。

Galaxy 2 Galaxy / Hi Tech Jazz


Inner City / Good Life



どんな時も時代は螺旋状に進み、しかるべき過去の参照と再定義こそが新たなサウンドを生み出す。今もポップ・ミュージックは常にそんな風に進化し続ける。こうした個々の点がどんな形で面として拡がっていくのか否かーーそうした動向を追いかけるのも、今年前半の楽しみのひとつかもしれない。


6. 広義の「ロック・サウンド」はあらゆる場所から再定義される?

今年4月に開催される〈コーチェラ〉ヘッドライナーとしてレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンが復活。2020年がエレクション・イヤーであることを考えれば、これは時代の必然とも言えるだろう。だが、彼らの復活、あるいは、パール・ジャムの再始動もあって、内外からは「ロック復権」という声も聞こえてこなくもない。だが、おそらくこうした動きの余波は、ロック・バンドの復権というよりは、「ロック・サウンドの再定義」という形を取るのではないか。それがサイン・マガジンの見立てだ。先ほどのケンドリック・ラマーの次回作にしろ、昨年のUKアーバン最大の問題作、スロウタイのアルバムにしろ、今年初頭にリリースされたムラ・マサ新作にしろ、間違いなくその気運と兆しはある。

Slowthai / Nothing Great About Britain


Mura Masa / R.Y.C



だが、一概にロック・サウンドと言えど、そこには膨大な参照点がある。何故なら60~70年代に隆盛を極めた当時のロックこそがありとあらゆるジャンルを取り込んだ、現在のポップの位置にあったもっとも先鋭的なジャンルだったからだ。例えば、今年初頭にリリースされたザ・ビッグ・ムーンの2ndアルバム『ウォーキング・ライク・ウィ・ドゥ』の場合、2016年の1stアルバム『ラヴ・イン・ザ・4th・ディメンション』が全盛期のピクシーズと2ndアルバム『ザ・ベンズ』期のレディオヘッドを思わせる90年代半ばのプロダクションで統一されていたのに対し、収録曲すべてのプロダクションが異なるジャンル・ベンディングな方向性によって、バンド・サウンドの2020年代的な更新を試みている。こうした方向性は、前述のレックス・オレンジ・カウンティとも共振する「ポスト・ジャンルなポップ」であると同時に、かつての70年代的な定義において理想的なロック・アルバムを目指したものと言えるかもしれない。

The Big Moon / Walking Like We Do



と、ここまででやめておけばいいものの、余計な話をひとつ。というのも、間もなく2月第3週にはグライムスのアルバムがリリースされるから。敢えてインディ・ロックに限定するなら、今年前半にもっとも期待されるリリースは、彼女の新作『ミス・アントロポセン』と、やはり2月第三週リリース予定のテーム・インパラ新作『ザ・スロウ・ラッシュ』だろう。グライムスと言えば、マリリン・マンソンとビリー・アイリッシュを橋渡しする存在であり、DIYスタイルで早くからジャンル・ベンディングなサウンドを作り続けてきた女性プロデューサーであり、80年代英国ポストパンクを象徴するレーベル〈4AD〉とジェイ-Z率いる〈ロック・ネーション〉に所属し、間もなく初めての子供を出産する予定のセレブリティ。

でも、下手するとアルバムの内容以上にワクワクしませんか? まったくの他人事かつ三面記事的な話題ながら、彼女が母親になるなんて。実際の父親が誰であれ、彼女/彼/彼らはグライムスことクレア・バウチャーとイーロン・マスクの子供として育つわけですよね。スターチャイルドって、その子のことなんじゃないかな。なんて。というわけで、最後の項目はこれです。


7. グライムスが母になる!新時代の幕開け、おめでとう!

This Is Grimes


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