SIGN OF THE DAY

「フランク・オーシャン以降」を象徴する、
音楽的地平をボーダレスに拡張しながら、
2017年のサウンドを鳴らす次世代アクト5選
by AKIHIRO AOYAMA September 20, 2017
「フランク・オーシャン以降」を象徴する、<br />
音楽的地平をボーダレスに拡張しながら、<br />
2017年のサウンドを鳴らす次世代アクト5選

今、ポップ・ミュージックの世界は近年稀にみるほどに刺激的で、面白い状況に突入している。ジャンルの垣根を越えて刺激を与え合い、ヒップホップ、R&B、ロック、エレクトロニック・ミュージック等といった定型にはとても当てはまらないボーダーレスなポップ・ミュージックが続々と生まれ始めているのだ。

その状況を用意した一因は、ポップ・ミュージックが複数のソングライターやプロデューサーの起用によって作られる、分業制となったことにある。その好例と言えば、ジェイムス・ブレイクやボン・イヴェールら白人の才能が生み出した多層的なエレクトリック・ゴスペル・クワイアは、カニエ・ウェストを筆頭にビヨンセ、チャンス・ザ・ラッパーらによってフックアップされることで、ヒップホップ/R&Bに多大なインスピレーションを与え、素晴らしい傑作を生みだしたことだろう。

ただ、もちろんその分業制がもたらしたプロダクションの画一化という弊害もある。分業制ポップが成功に至るか否か、それを決定付けるのは、手綱を握るアーティストの才覚やヴィジョンに尽きる。その点で、最も理想的な作品の一つが、昨年夏に公開されたフランク・オーシャンの『ブロンド』だった。ジェイムス・ブレイク、ロスタムといった他ジャンル出身プロデューサーの参加。バート・バカラックやビートルズ、エリオット・スミスらの引用。R&Bの定型に嵌らず。自由に音楽性を拡張しながらも、全編から匂い立つフランク・オーシャン自身の生々しいエモーション。個のヴィジョン実現と、他者とのコラボによる音楽性の拡張を奇跡的なバランスで両立させた『ブロンド』という作品が、現ポップ・ミュージック・シーンにおけるボーダーレス化の起点の一つとなったことは間違いない。

そして、2017年。今、世界各地では、当然のようにエクレクティックな音楽嗜好を持ち、自由に音楽的な地平を拡張しながらも、強い個性と我を持ち合わせた新鋭が続々と頭角を現し始めている。そこで、本稿では、そんな「フランク・オーシャン以降」の最先端を行くアクトを5組、厳選してピックアップ。この5組の行く先に、もっと刺激的で面白いポップ・ミュージックの未来が待ち受けている。




1)Moses Sumney
最初に取り上げるのは、LAを拠点とするシンガーソングライター、モーゼズ・サムニー。彼はここ数年ずっと、多くの名うてミュージシャンから認められてきた経歴を持つ、知る人ぞ知る「ミュージシャンズ・ミュージシャン」だった。

2014年、まだデビュー前の新人だったにも関わらず、ベックによる楽譜作品『ソング・リーダー』の1曲目“タイトル・オブ・ディス・ソング”の演奏を務める。その後、初期のEPをグリズリー・ベアのクリス・テイラーが主宰するレーベル〈テリブル・レコーズ〉からリリースし、ジェイムス・ブレイクやスフィアン・スティーヴンスのサポート・アクトにも抜擢。近年最も関係が深いアーティストはソランジュで、最新作『ア・シート・アット・ザ・テーブル』にコーラスとして参加した他、ステージや彼女のInstagramにも登場し、何度も共演する姿を見せている。

そんな彼の紡ぎ出す音楽は、言うなれば、ボン・イヴェールやグリズリー・ベア以降のUSインディ/フォークと、フランク・オーシャンやソランジュ以降のソウル/R&Bの邂逅。まずは、彼のデビュー・アルバム『アロマンティシズム』からの最新曲“クアレル”を聴いてもらおう。

ハープが煌めくネオソウル風から、3分30秒辺りにはアコースティックギターが主役となるフォークへと変化。さらに4分20秒を過ぎて転調すると、歪んだ音色のキーボードによるフリーキーなプレイがブーストし、最後には流麗なピアノの音で締め括られる。

Moses Sumney / Quarrel


このプログレッシヴな展開を聴いて、フリート・フォクシーズの最新作を思い浮かべる人もいるかもしれない。また、ひとり多重録音による美しいヴォーカル・ハーモニーは、ジェイムス・ブレイクやボン・イヴェールと共振。展開の複雑さとは裏腹に、それぞれのパートにおけるアンサンブルは、ソランジュの最新作などにも通じる、削ぎ落とされたソウルを鳴らしている。その剥き身のソウルが紡ぎ出す、魂が震えるような美しさは、各所で絶賛された“ドゥームド”を聴けば、より顕著に理解できるだろう。

Moses Sumney / Doomed


そう、つまり彼は、ここ数年間におけるUSインディの最良の部分を受け継ぎ、同時にオルタナティヴなR&Bの今ともリンクする、現代アメリカのミッシング・リンクとも言うべき存在なのである。



2)Cosmo Pyke
ジャンルの垣根を超えたボーダーレス化は、何もアメリカの音楽シーンだけで起きているものではない。もう一つのポップ・ミュージック大国イギリスでも、若い世代から新しいエクレクティックな音楽が生まれ始めている。それを証明する一人が、コスモ・パイク。音楽家だけでなく、スケーター、グラフィティ・アーティスト、モデルとしての顔も持ち、フランク・オーシャン“ナイキズ”のヴィデオにも出演した若干18歳の奇才だ。

近年ジェントリフィケーションが進み、若者が集う最新流行の発信地として生まれ変わりつつあるサウス・ロンドンのブリクストン。そこにもほど近いペッカムで生まれ育った彼は、黒人と白人のハーフというバックグラウンドからその地域に根付く多文化の空気を目いっぱいに吸い込んで、ソウル、ロック、レゲエ、ジャズ、グライムがシームレスに混じり合うしなやかな音楽を鳴らす。その魅力は、彼の名前を世間に知らしめたシングル“クロニック・サンシャイン”を聴けば一発で分かるはず。

Cosmo Pyke / Chronic Sunshine


折衷的に音楽を咀嚼しながらも、あくまでバンド・サウンドを基調としているのも実にロンドンの新世代らしい。現在、サウス・ロンドンではグライムが黒人地域に留まらない国民的な人気を博すようになり、ビッグ・ムーンらを筆頭にバンド・シーンも再燃の兆しを見せつつあるが、コスモ・パイクはそれらを繋ぐサウス・ロンドンの重要人物になっていくことだろう。



3)Jamie Isaac
コスモ・パイクのハスキーな歌声は、先達としてどこかキング・クルールを髣髴させるものがある。今思えばキング・クルールは、バンド・サウンドを基調としながらジャズやヒップホップ、ダブステップを取り込んだ独自の音楽を鳴らした点で、2013年のデビューから今のサウス・ロンドンを先取っていた。そんなキング・クルールの盟友と言えるのが、このジェイミー・アイザックだ。

彼らの出会いは、アデルやエイミー・ワインハウスをはじめ、錚々たるアーティストを卒業生に抱える名門、ブリット・スクール。それから彼らはずっと親交が深く、キング・クルールがアーチー・マーシャル名義でリリースしたアルバムにゲスト参加したり、互いにリミックスを提供するなど、幾度となくコラボレーションを行ってきた。両者はサウス・ロンドンのグライム勢やエレクトロニック・ミュージック界隈とも繋がっていて、ハラケットというグループに2人の連名でリミックスを提供した経験もある。

Haraket / Taint (King Krule & Jamie Isaac Remix)


ジェイミー・アイザック個人としては、昨年7月にデビュー・アルバム『カウチ・ベイビー』をリリース済。そのアルバムは、デイヴ・ブルーベックやビル・エヴァンスといったジャズ・ピアニストからの影響が反響するジャジーなピアノ・プレイと揺らめくようなエレクトロニック・プロダクションが融合した、ポスト・ジェイムス・ブレイク的な一枚となっている。

Jamie Isaac / Un-thinkable


この都会的で洗練されたナイト・ミュージックは、The xxやジェイムス・ブレイクの系譜を継ぐものだと言っていいだろう。彼もまた、今後のロンドンにおいてさらに重要な役割を担うべく運命づけられた存在なのは間違いない。



4)Kintaro
音楽のボーダーレス化が進む中で、特にヒップホップやエレクトロニック・ミュージック界隈における「ジャズ」の再評価が進んできたのは、もはや周知の事実。その最大の功労者と言えば、真っ先に名前が挙がるのはサンダーキャットだろう。そのサンダーキャットの遺伝子を、比喩ではなく実際に受け継いでいる存在がキンタローこと、ジャミール・ブルーナー。彼は長兄サンダーキャット、次兄に世界的に有名なドラマーのロナルド・ブルーナー・ジュニアを持つ、音楽一家の末子で、かつてはジ・インターネットの一員としても活動していた。そんな彼も今、新進気鋭のプロデューサーとして注目を浴び始めている。

今年6月にリリースした5曲入りのデビューEP『ユニヴァーサル』は、LA流儀のヒップホップ、ビート・ミュージックをベースにジャズやトラップにまで射角を広げた、彼の非凡な才能を伝えるには十分すぎるほどの一枚。中でも、アンダーソン・パックをゲスト・ヴォーカルに迎えた“MK”はかなり鮮烈な楽曲となっている。

Kintaro / MK


往年のジャズ・クラブを思わせるゴージャスなオープニングで始まり、バウンシーな細かいリズムの刻みでロールしていくビートには、グライムの面影まで。この曲を聴くと、グライムが純・英国内の文化だった時代も商業的な成功と共に終わりを迎え、これからワールドワイドな展開と共に新しいグライムの形が生まれていくのかもしれない。



5)Zack Villere
最後に紹介するのは、ルイジアナ生まれの新世代ナード系プロデューサー、ザック・ヴィレール。彼の魅力を伝えるには、何と言ってもこの強烈なインパクトを放つ“クール”のヴィデオを見てもらうのが手っ取り早いだろう。

Zack Villere / Cool


ローファイな打ち込みのプロダクションに乗せて、ベックを髣髴させる低音ヴォイスで何度も繰り返される「僕ってクールかな?/いつだってクールになりたいんだ/でも僕はそんなにクールじゃない/僕はクールになりたいだけ」という言葉。それを歌っているのは、クルクルの天然パーマに眼鏡で痩せっぽちという、いかにもナードな白人の青年。ヴィデオにも登場するように、テディベアを偏愛し、アニメや漫画好きな一面を覗かせるのも、本当に「いかにも」な佇まいだ。ただ、それ故に彼の音楽はとてもユニークかつビザールで、見る者・聴く者の興味を惹きつける。

彼の音楽は、洗練されたダンス・ミュージックの影響を垣間見せていたチルウェイヴ、あるいはミレニアル世代ならではの皮肉めいた視点やスピード感を持っていたヴェイパーウェイヴ等のベッドルーム・ミュージックともまた違う。もっと自然体で、より新しい世代感覚を感じさせる。

彼が6月にリリースしたデビュー・アルバム『リトル・ワールド』は、DIYな製作環境と音楽性にも関わらず、Spotify等で驚異的なストリーミング回数を叩き出している。今はLAへと拠点を移し活動の幅を広げつつあり、彼がナードの在り方を再定義する日もそう遠くないだろう。


本記事と連動した「フランク・オーシャン以降」の10曲を集めたSpotifyプレイリストも併せてチェック!


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