過日2016年2月15日、アラバマ・シェイクスが第58回グラミー賞において、最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム部門を筆頭に4部門受賞という栄冠を手にした。これはちょっとした事件だと言ってもいいだろう。
勿論、同じエンターテイメントの分野でも90年近い歴史を誇るアカデミー賞に比べれば、グラミー賞にそれほどの権威と影響力はない、あるいは、その評価軸としてもそれほどの正当性はない、と指摘する向きもある。実際、本年度の受賞結果を見ても、事前のケンドリック・ラマーのパフォーマンスがあまりに素晴らしかったこともあって、彼の『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』がノミネートされていながら、年間ベスト・アルバム部門の栄冠がテイラー・スウィフトの『1989』に渡ったことについては、世界中のいたるところから首を傾げずにはいられないという声が立ち上ったのも記憶に新しい。
だが、いまだ2ndアルバムをリリースしたばかりの一介のインディ・バンドでしかないアラバマ・シェイクスが件の4部門を制覇したことは快挙と言える。実際、メインストリームのポップ音楽の大半が思わず目をつむらずにはいられない惨状を呈しているこの島国に暮らす人間からすれば、羨ましいの一言。文化としての歴史の積み重ねの差を改めてまざまざと見せつけられた事件と言うほかにない。
改めて整理しておくと、アラバマ・シェイクスの受賞は以下の通り。最優秀ロック・パフォーマンス部門と最優秀ロック・ソング部門に“ドント・ウォナ・ファイト”が。2ndアルバム『サウンド&カラー』が最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム部門だけでなく、最優秀アルバム技術賞にも輝いた。
特に最優秀アルバム技術賞に関しては、『サウンド&カラー』がリリースされた当初から、この作品の録音技術に注目した記事を作ってきた我々〈サインマグ〉としても我が意を得たり。嬉しいことこの上ない。
何がすごいの?どこが新しいの?今年、
全米No.1に輝いた唯一のインディ・バンド、
アラバマ・シェイクスのすべてを
解説させていただきます:前編
改めて“ドント・ウォナ・ファイト”のスタジオ・ライヴ・テイクとレコード・ヴァージョンを聴き比べて欲しい。どちらが優れているという話ではない。彼らアラバマ・シェイクスがバンドとして優れているだけでなく、誰もが作りえなかった、誰もが聴いたことのないレコードをモノにしたという事実さえ記憶の片隅に置いてもらうだけで十分だ。
アラバマ・シェイクスの『サウンド&カラー』はそのリリース前後から、ここ日本の音楽家たちからの注目も高いレコードだった。そこで我々〈サインマグ〉は、今回の受賞を彼らがどう見たのか? そもそもアラバマ・シェイクスの『サウンド&カラー』という作品をどのような驚きでもって迎えたのか? について、より音楽家寄りの目線から、件の音楽家のひとりでもある、アジアン・カンフー・ジェネレーションの後藤正文の口から語ってもらうことにした。
併せて、『サウンド&カラー』にまつわる一連の動きの中にどのような時代の分岐点を感じているのか? そうした時代の風向きに対し、同じ作家としてどのように受けとめているのか? についても尋ねるべく、2枚目のソロ・アルバムのレコーディングの真っ只中にいる後藤正文をその渦中のスタジオまで訪ねた。
●いや、でも、ホント羨ましいよね。アラバマ・シェイクスがグラミーで4冠を取るとか。日本じゃありえない。
後藤「ホントそうですよね。アルバムが出た瞬間に、『あ、これは何かの賞を取るだろうな』と思いましたけど。でも、羨ましい」
後藤「ただ、タナソウさんとお茶をした時にも話しましたけど、『もしこれでグラミー取っちゃったら、日本に来れなくなっちゃうかも』みたいな(笑)。それ、本当にどうにかしたいけど、どうにもならないジレンマというか」
●実際、日本のイヴェンターも何とか彼らを呼ぼうとしてるんだけど、相当苦労してるみたい。欧米だけじゃなくアジア含め日本以外の国と、日本とではもはやアラバマ・シェイクスの状況が開きすぎちゃって。
後藤「わかる気がします」
●まず教えて下さい。そもそも後藤くんはアラバマ・シェイクスというバンドの存在、もしくは、彼らの1stアルバム、2ndアルバムを、作家的な視点とリスナー的な視点のそれぞれから、どういう風に捉えていましたか?
後藤「1stアルバムは曲がすごくよくて、むしろそっちの方に注目が行ってたんですけど。今回のアルバムはとにかくプロダクションが面白いと思ったんですね。曲だけで言ったら1stの方が好きなんですけど」
●同意です(笑)。
後藤「でも、2ndの方が圧倒的に聴いてて面白いし。このアルバムの音、変って言ったらおかしいですけど、音がいいなって思うけど、すごく不思議な感じがして。聴いたことがあるんだけどない、みたいな。『どう録ったんだ?』っていう興味が湧き上がるような作品だった」
●読者向けに強調しておくと、去年出たレコードの中で、プロダクションと録音という部分で言えば、ピカイチの作品だと思います。
後藤「断トツですね。日本人のミュージシャンにしても個人的な年間ベストの1位にアラバマ・シェイクスを挙げている人がすごく多くて。やっぱりそこに尽きると思いますね。みんな、音と録音にやられたっていう。とにかくビリビリ来るな、と。『どうやってやってるのかな?』っていうのも含め、とにかく驚きがありました」
●じゃあ、『サウンド&カラー』のプロダクションを少しだけ微分して考えましょう。まず一番驚くのはタイコだよね。あんなにきっちとり分離していて、なおかつ、それぞれの音でエコーが違ってたりする。どんなプロセスを経たら、こんな風に録音出来るのか、さっぱりわからない。
後藤「そうなんですよね」
●今回の後藤くんのソロ・レコーディングに参加しているクリス(・ウォラ、元デス・キャブ・フォー・キューティ)たちとは、この辺りの話をしたりは?
後藤「まさに昨日、『どうやって録ってるのかな?』みたいな話を振ってみたんだけど、『わかんない』って言ってましたね」
●やっぱりわからないんだ?
後藤「はい。『ドラムの音が個々で独立しているのがすごいと思うんだけど、あれ、どうやってやってると思う?』って訊いたけど、『わかんないな』って言ってた。『音がいいのはわかるけど』って」
●誰もやっていない、何か新しいことをやってるっていうこと?
後藤「いやあ、どうなんでしょう? エンジニアとかは色々想像はするけど、実際にどういうアプローチでこの音になってるかっていうのは、音から辿るのは難しいんじゃないですか? 僕が聴いた感じでは、ちゃんとテープとかでいい音でまず録って、スネアとかキックは被りがないように一発一発録ったものを後からトリガーで混ぜて、プロ・ツールスの中でバランスよくミックスしてるんじゃないのかな」
●アナログ的な手法と、最新のデジタルな技術の両方を使ってる?
後藤「ですね。伝統的な技術と今風の技術が混ざってる感じがします。エンジニア(ショーン・エヴェレット)も多分、2006年くらいのデビューの人だから、歳もそんなにいってない気がするんですけどね。ここ最近のウィーザーもずっとやってますけど。プロデューサーの手腕もあると思う。僕、ブレイク・ミルズ、すごく好きなんですけど、彼のソロの『ブレイク・ミラーズ』っていうアルバムがめちゃくちゃよくて」
後藤「これもショーン・エヴェレットがエンジニアをやってて。プロデューサーもエンジニアも一緒だから、ちょっとニュアンス的には、このアルバムの発展形のような感じもしますね。でも、実際、何なんでしょうね? 新しいんだけどスタンダードでもあるっていう。音楽もそういうものじゃないですか? だから、『こういうのはきっと見直されていくのかな?』っていう直観はありましたね。一聴して新しい、っていうところではなくて」
●すごくオーセンティックな流れの上に成り立った新しさ?
後藤「そうそう。その文脈の中でフィーリングが新しい、みたいな。でも、こういうのが広がるのって、ものすごく豊かだと思って」
●文化的にね。
後藤「そう、文化的に。日本の文脈から見たらあんまり差がわからなくても、向こうの人たちが見たら、『わっ、これは新しいエネルギーだ!』ていう風にヴィヴィッドに反応する感じ。それがすごく羨ましいなと思って。しかも、実際、アメリカのフェスの現場はこのバンドに熱狂してるわけだし」
●過去の蓄積の上に成り立った最新型のサウンドがきちんと多くの人に支持されてる。
●レコードに話を戻すと、まずベーシックな部分で日本と違っているのは、20世紀前半から続いているスタジオのスキルが財産としてあるわけでしょ?
後藤「あります、あります」
●なおかつ、新しい世代が今しかやれない新しいノウハウを取り込んでる。しかも、過去のノウハウ、新しい技術、そのどちらかに振り切るんじゃなくて、それをコンバインさせることで今の音を作っている。
後藤「そういうことですね。絶対に。このアルバム、録りはナッシュビルでやってて。そのスタジオ(サウンド・エンポリウム)のホームページ見てみたら、アメリカ人しか知らないような歌手とかバンドがやってるんですよ。中には、ジョニー・キャッシュとか、ニール・セダカの名前もありましたけど。そういうナッシュビルの伝統的な、アメリカン・ロックの技術というのは、あの土地に貼りついているはずなんで。で、そういうものを言語化しないまま、それを持ってる感じがしたんですよね」
●口承じゃない形で継承されている?
後藤「そう。僕ら、フー・ファイターズのスタジオにアジカンのこの前のアルバム(『Wonder Future』)を録りに行ったんですけど。とにかくギターをいい音で録りたかったから、そのコツとノウハウについて訊いたら、彼ら、それをまったく言語化出来なくて。『いや、リラックスしてやれよ』としか言われない(笑)。『リラックスして弾けば、俺たちがいい音で録るんだから心配するな』みたいな。そういうことじゃなくて、ノウハウを聞きたいんだからって思うんだけど(笑)。でも、本当にそういう感じなんですよ」
●(笑)ただ、実際に海外のスタジオで、海外のスタッフとレコーディングをしてみて、「なるほど、こういうことか!」みたいな発見はなかった?
後藤「マイクはリボン・マイク使ってるな、とか。でも、まあ、それくらいで。そういうのを写真に撮って、自分のスタジオに帰った時に試してみようかなって思いましたけど。EQとかイコライザーの使い方とか、そんな変わってないはずなんですよ。卓(コンソール)自体がすごいっていうのもあって、それを通すと、何かわからないけどいい音になるっていう(笑)」
●謎だよね(笑)。
後藤「ニーヴの古い卓(Neve 8078)だったんですけど、録る直前まで、ガリガリガリガリ言ってるんですけど、その卓を通すと、いきなり馴染んでくる。卓自体のマジックを現場では感じました。日本でいつもやってもらっているエンジニアも一緒に行ってて、彼とも話したんだけど、『なんでこうなるか、やっぱりわからないよね』って。それが一番びっくりしましたね。だから、ああいう音にするには、あっちに行くしかない。そういうこともあって、最終的にアウトプットされた音からどう録ったかを想像するのは、ものすごく難しいんですよ。いろんなアナログ機材のマジックとかも含めて」
●偶然も働いてるもんね、おそらく。
後藤「勿論、そうだと思います。だから、その辺りは、僕がロスに行ってコツを教えてもらえなかったのと同じように、言語化出来なくて。ただ、この人たちは、これはいい音だって記憶してるんですよ。そういうサンプル、リファレンスが脳内にあって、そこに辿り着こうっていう回路が働く。あとは体が勝手に行くんでしょうね。で、大体整ったところに音が着地する」
●なるほど。
後藤「あと、ここ何年も考えていることなんですけど、録音に関しては、話してる言葉がものすごく影響しているとも思います」
●要するに、「s」と「th」の発音の違いとか?
後藤「そうです、そうです。sとかthを聞く耳でドラムを聴いてるので、ハットとかスネアとかキックも、アタックを聴いてるところが全然違う。どうしても日本人だと、中域の抑揚で話してるから、そこのエネルギーに寄ってきちゃうんですよ。でも、アメリカ人の方が広いレンジ聴いてるように感じます。パッと録ってみても、『広いな、レンジが』って思うんですよ。ローも出てるし、多分、僕らが聴いてないところも出てる。でも、アタックが痛くない」
●ただ、後藤くんが日本と海外の音楽の違いがそもそも言葉のどこを聴いているかに繋がっているんじゃないか? っていう発想を持つことになったきっかけって、何なんですか?
後藤「これはね、坂本(龍一)さんと話してたことが大きいんだけど。坂本さんの師匠の小泉文夫さんっているんですけど、その人の本を読みなさいって言われて」
●僕も小泉文夫さんの本は学生時代にたくさん読みました。
後藤「そうすると、脳科学に行きついちゃって。音楽を聴いてるっていうことは。これは逃れられないんだな、みたいな。多分、普段から聴いてる音楽は同じなんですよ。目指してるものもそんなに変わらない。なのに、日本人のやってる英語の音楽を聴いても、大体わかるじゃないですか? でも、バイリンガルのやつがやってたり、海外で録ってきたものに関しては、急にわからなくなったりとか。そういうのは何が違うんだろうって興味があったんですけど。『言葉じゃないかな?』って思うようになって。話し言葉、それに尽きるような気がしてきてるんですけど。ONE OK ROCKとかも、ラジオで聴いたら、途中まで言われなきゃわからないですもんね」
●そうだね。バイリンガルだからこその音楽性だって感じがするよね。
後藤「だし、完全に向こうのプロデューサーとやって、あっちで録って帰ってくるから。途中まで洋楽のかっこいいバンドかな? と思って聴いてたら、え、ONE OK ROCK? みたいな感じ。ビックリしますけどね。すごいクオリティだし。だから、不思議で。それでマスタリングも海外でやりたくなっちゃうんですよ。でも、向こうの人たちに対する劣等感があってそうしたいんじゃなくて、世界に開かれるためには一度、言語が違う人たちの耳を通さないと、すごくドメスティックな仕上がりになる気がして、怖いんですね。マスタリングとか、どうしてもアメリカなりイギリスなりでやらないと、自分たちの日本語の音楽だけど、ワールドワイドのポピュラー・ミュージックみたいな、どこの国で鳴らしてもらってもいいですよ、みたいなものにするには、ちょっと……」
●コンプレックスとかの問題じゃないんですよね。それって、広義の意味においての、言語の話なんですよ。
後藤「そうなんですよ。だから、それはアジカンの最初の頃からずっと意識してて。海外でマスタリングした方がいいなって。実際してみて、違うと思ったんですよ。うわ、変わったな、みたいな」
●じゃあ、話を戻しましょう。『サウンド&カラーズ』のギターの音はどう聴きましたか?
後藤「ギターの音もいいですね。どうやってんのかな? みたいなね。いや、ホント素晴らしいと思います。っていうか、ここにはよくない音が一個も入ってないから。多分、特に変わったところにマイク立てたりしてないはずなんですよ。リボン・マイクをアンプの前にドンと立てて、みたいなところじゃないですかね、普通に。ダイナミック(・マイク)も立ててとか。アンプから鳴ってる音もいいんでしょうね。ギターの音はよく録りたいって自分でも思うんですけど、難しいですね。簡単に答えは出ない」
●でも、ロスで録ったアジカンの喜多(建介)くんのギターの音もすごくよかった。
後藤「よかったですね。実際にスタジオで鳴らしてみたら、僕らも『ギターの音、本当にいいね』って話になって、プロダクション会議やり直しましたもん(笑)。現地に行く前は、ギターはあまり重ねないつもりでいたんですよ。なんでかって言うと、音を上塗りしてくと、丸みとか角とかが他の音にマスキングされて埋まっちゃうんですよ。そうなると、粒立った音を楽しめない。でも、アラバマ・シェイクスの音は抜けがいいっていうか、あんまり詰め込んでないんで、一発一発の音のよさが余計に伝わるんですけど」
●ギターにしろ、ドラムにしろ、アタック音がしっかり聴こえて、しかも、音がディケイしていく様子がとても細やかに聴こえてくる。
後藤「そう。逆に、オアシスとかもそうなんですけど、90年代のウォール・オブ・サウンドみたいなやつは、あんまり音がよくなくて。スマパンとかをレコードで聴くと、CDの方がよくない? みたいな(笑)。だから、なるべく抜いていったんですよ。そしたら、初日終わって、明らかにギターの音がいい。『めちゃくちゃいいな!』ってことになって。夜中、みんなでホテルに集まって、『これは全部、もっと分厚くしよう。ギターもダブルとかにして』ってことになったんですね。最近のアメリカのロック――具体的なリファレンスとしてはフー・ファイターズをみんなで聴き直しましたけど。『ウェイスティング・ライト』とか」
後藤「もう本当に、あのアルバムのギターの音がヤバすぎるんで。それをみんなで研究して、バーッと構成譜を書き直して、厚みを出して。『ここはラウドに振った方がいい、さらに振った方がいい』って話になって。それは実際、正解だったと思うんですけど。でもね、あの人たちも特にスペシャルなことしてないですよ。毎回、リボン・マイクとダイナミック・マイクで拾ってましたけど。だから、日本に帰ってきてからは、自分の現場でもリボン・マイクを買って、ギター録りに使い始めたりもしましたけどね。まあ、こういう話を読者が面白がってくれるかどうかはわかんないですけど(笑)」
●ここは敢えて俺が嫌われ者役をやると、所謂J-ROCKのレコードに対して何よりも思うのは、どこにもギターらしい音が鳴ってない。
後藤「あー、わかる気がします」
●ジャカジャカ掻き鳴らしたり、そもそも演奏の仕方が間違ってるというのもあるけど、何よりも音がキンキンして、うるさい。耳に痛い。ああいうのは、そもそもギターの音ではないわけです。でも、アジカンのこの前のレコードは、アタック感もあるし、あれだけ音圧もあるのに、まろやか。一切耳に痛くない。で、アラバマ・シェイクスの場合は、ギターがシングル・コイルだったりするだろうから、よりアタック音が強い。でも、一切耳に痛くなくて、やっぱりまろやか。とにかく耳に心地いいし、気持ちいいんですね。それぞれ音のキャラクターは違うけども、そこは共通してる。これがギターの音じゃないですか?
後藤「(笑)でも、勿論、他にもいっぱい、いい音ありますからね。くるりの『魂のゆくえ』とか、めちゃくちゃ音いいですからね。痺れますよ。ニューヨークで録ったんでしたっけ?」
後藤「挙げていったら、ギターのいい音のアルバムって結構ある気がしていて。でも、難しいですよね。リスナーがそれを楽しんでくれないっていうか」
●ロックンロール音楽というのは、もともとブラスとか、ピアノの音楽だった。でも、60年代半ばからギター中心の音楽になったわけです。なので、ロック音楽の代名詞というのは、バック・ビートとギターのはずなんですね。なのに、ギターの音が良くないロック音楽って何? っていう(笑)。すごく不思議。
後藤「やっぱり機材とかの問題もある気がしますけどね。どうだろうなあ。まあ、若い子たちはラインっぽい音に慣れすぎてるのかもしれないですよね。ボカロとかの音はよく出来てるなとは思うけど、倍音を聴いてないというかね」
●特にボカロの場合、アンプの鳴りや部屋鳴りを録音することなく、ラインで録ることが多いので、ギターの倍音を拾わないレコードというのが大半だったりする。それは間違いないと思います。
後藤「でも、やっぱりギターにしろ、他の楽器にしろ、音そのものじゃなくて倍音――つまり周りに何がへばりついてるかが豊かさだと思ってるんですよ。そこが録れてるかどうかっていうのが一番大事なんですよね。でも、音を潰していけば潰していくほど、それはなくなっていく。あとは、ダイナミクスがないんですよね」
●そうだね、幅がね。
後藤「そこですよね。全部コンプで潰して、まっ平らな音楽にしてるから。それはMIDIなのかもしれないですけど、全部アタックが120で揃ってる、みたいな。ヴェロシティが。だから、今回クリスと作業してると、『もっとダイナミクスをつけてくれ』っていう要求が常にあるんですよ。『ここは静かなパートだから、ドラムをもっと落とした方がいい、だけど、ベースはそのままのアタックでステイしてくれ』とか。つまり、強弱があるっていうこと。そこじゃないですか? アラバマ・シェイクスとか、ブレイク・ミルズのアルバムもそうですけど、すごく繊細なタッチが収められてるじゃないですか? 強く弾いている、あるいは、弱いとか」
●タイコを聴いても、ギターを聴いても、そのタッチがきちんと聴こえてくる。それが音として、すごくセクシー。艶がある。
後藤「そういうことなんですよね。で、それはアメリカのミックス・エンジニアのニックとも話してたことなんですけど、俺自身はあんまりトリガーみたいな技術は好きじゃないんですよ。それで彼に『あとから貼ったりするより、ナチュラルな方がいいんだけど』って相談したら、『心配するな』と言われて。『俺もドラムとかはナチュラルに録る方がいいと思ってるし、タイミングを直すためにやってるんじゃない』って。何故トリガーを使うのかというと、現代的な音楽に立ち向かった時に、そのままだと、やや地味な印象になっちゃうから。そういう意味で、ややアタック音を整えているんだって。個々の打楽器には他の音が全部被っているので、それ自体のEQを調整出来ないし、一発一発にかかっている空間系のアンビエントも崩れていく。だから、そのひとつひとつの音には、同時に、周りの音、空気感が録れているんですけど、それを調整することによってドラムを整えていくっていう。でも、それを全体で何かしようとするとナチュラルじゃなくなっていく。だから、トリガー自体が悪い技術じゃないっていう考え方でした。アメリカ人はそういう発想な気がします。根性論とかじゃなくて、『いいじゃん、こっちが』みたいな」
●で、そうしたノウハウが最大限に活かされたのがこの『サウンド&カラー』というレコードなんじゃないか? ということだよね。
後藤「だと思うんですよね。もし仮にトリガーを使ってなかったとしたら、『うわっ!』ってなるしかない(笑)。ただひとつ思うのは、サイコロみたいな音楽にしよう、みたいな流れがゼロ年代のメインストリームにはあったと思うんですよね。日本だけじゃなくて、世界的に」
●音やリズムが整っていて、均質化されたプロダクションっていうトレンド?
後藤「そうですね。でも、明らかにそういうところからアラバマ・シェイクスは逆行してる。『いやいや、逆だよ。いびつで、グニャグニャ変形してくところが音楽の美しさでしょ』っていう。そういう考え方を提示されてる気がします。やっぱりアラバマ・シェイクス聴いて、『ああ、これ! これが音楽!』って思いましたからね」
アジカン後藤正文に訊く、グラミー4部門を
制覇したアラバマ・シェイクスの凄さと、
そこから浮かび上がる2016年の今。後編