今年4月に書かれたこの記事をはじめとして、『サイン・マガジン』でも何度も話題に上がっているように、インディR&Bの隆盛はいまだ衰えを見せる気配がない。ただ、インディR&Bの起点となったウィーケンドやジェイムス・ブレイクらのデビューから既に3年の時が経過しているのだから、そのシーンにもそろそろ飽和の時が近づいているのは間違いないだろう。
インディR&Bの潮流は今後、どのような方向へと進んでいくのか?その未来を占う試金石とも言うべきデビュー・アルバムが、この2ヵ月間で2作品リリースされている。1枚はすでに多くの批評筋から2014年最大級の賛辞を送られているFKAツイッグスの『LP1』。もう1枚が、FKAツイッグスと並ぶ大型新人として年初からメディアの興味・関心を引いてきたバンクスの1stアルバム『ゴッデス』だ。
彼女の音楽性を一言で表すならば、「ポスト・ジェイムス・ブレイク」と形容するのが最も端的な表現だろう。試しに、これまでに発表されてきたシングルの中で最も典型的なジェイムス・ブレイク風トラック、“ウェイティング・ゲーム”のヴィデオを見てみよう。
官能性とクラシカルな気高さを兼ね備えた、モノクロームの映像美。ピアノの生々しい旋律にシンセサイザーの低音が覆い被さっていくサウンド・プロダクション。多層的な処理を施された、思惟の中に沈み込むようなヴォーカル。バンクスがこれまでにリリースした作品のクレジットに名を連ねているのは、ソン、トータリー・イノーマス・エクスティンクト・ダイナソーズ、ジェイミー・ウーンといったロンドン周辺のエレクトロニック・ミュージック~R&Bの横断的プロデューサー/ライター達である。
この度リリースされたバンクスのデビュー作『ゴッデス』も、制作陣はほぼ変わっていない。アルバムの大半を占めるのは、いかにもポスト・ジェイムス・ブレイク的な、ダウンテンポでメランコリックなエレクトロニックR&Bだ。クオリティは間違いなく高水準。だが、シーンの行く末にまで影響を及ぼすような、目を見張る「サムシング」があるわけではない。
とは言え、ここにはバンクスなりのネクスト・ステージへの挑戦も見て取ることができる。ひとつには、ソングライティングとヴォーカリゼーションの変化。例えば本作のリード・シングル“ベギン・フォー・スレッド”は、ダウナーに沈み込むようだったこれまでの楽曲とは異なり、ヴァースからコーラスに向けての展開にハッキリとした抑揚が見られ、彼女の歌声も力強くエモーショナルになっている。
また、アルバム中に3曲収録された、純然たるアコースティック・トラックも新たな試みだろう。“サムワン・ニュー”では、アコースティック・ギターのシンプルな伴奏のみをバックにすることで、声とメロディの美しさが際立って聴こえてくる。
あらゆるインタヴューにおいて、バンクスは最も影響を受けたアーティストの1人にフィオナ・アップルの名前を挙げているが、これらのアコースティック曲には確かにその影響が垣間見える。これらの楽曲は全くR&Bの要素を感じさせないという点で、バンクスなりの「脱インディR&B」に対する意思が明確に表れているとも言えるかもしれない。
冒頭に書いたように、インディR&Bにも飽和の時が近づいているのは間違いない。その中で、バンクスがデビュー作の時点でその狭い枠組から逸脱する試みに挑戦しているのはとても興味深い。彼女が自身の行く末に見据えているのは、もっと広いオーディエンスへとリーチする、より深くパーソナルなアーティスト像なのだろう。