SIGN OF THE DAY

こんなベックを待っていた! マイケル・
ジャクソンも真っ青? 分業制ポップ全盛の
時代を再定義する新たな傑作『カラーズ』
by YOSHIHARU KOBAYASHI October 04, 2017
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こんなベックを待っていた! マイケル・<br />
ジャクソンも真っ青? 分業制ポップ全盛の<br />
時代を再定義する新たな傑作『カラーズ』

ベック史上もっともカラフルなポップ・レコード。2017年の音楽シーンが置かれた状況を鋭く分析しつつ、マイケル・ジャクソンやビートルズといった偉大な先人たちに連なるような大文字のポップを目指した野心作。ベックの約3年ぶりとなる新作『カラーズ』は、そんな位置づけも決して大袈裟ではありません。これは彼のキャリアにまた一枚加わった、紛うことなき傑作です。

おそらく、『カラーズ』がポップに弾けた作品になる予感を抱いていた人は少なくないでしょう。この方向性は、リード・トラックの“アップ・オール・ナイト”を聴いても明らか。アコースティック・ギターのカッティングを鋭利にチョップしたイントロに導かれて始まるこの曲は、どこかジャスティン・ティンバーレイクの“キャント・ストップ・ザ・フィーリング!”を思わせる、ソウルフルで爽やかなポップ・チューン。あるいは、マイケル・ジャクソン的なファンク・ポップのベック流解釈と捉えることも可能です。いずれにしても、今回のベックは何かが違う――そんな期待を煽る名曲だったことは間違いありません。

Beck / Up All Night

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しかし、なぜ今ベックはポップ・レコードを作るのか。その理由のひとつとしては、2010年代に入ってからインディが衰退し、ポップとラップ全盛の時代が訪れていることが挙げられます。

改めて説明するまでもなく、2000年代に大きく花開いたインディという価値観は、今やほとんどアクチュアリティを失いました。ベックの前作『モーニング・フェイズ』(2014年)がグラミー賞の最優秀アルバムを受賞したのは、インディ/オルタナティヴの最後のピークだった――という見方も成り立つように。

Album Of The Year: Beck | GRAMMYs

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そして、今や大半のインディよりも野心的でクリエイティヴなサウンドを創出し、ヒット・チャートを独占しているのはポップとラップ・ミュージック。これもまた、今さら説明するまでもない事実です。2017年後半に入って、セイント・ヴィンセントがジャック・アントノフ、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジがマーク・ロンソン、そしてフー・ファイターズがグレッグ・カースティンと、それぞれ売れっ子ポップ・プロデューサーを迎えた新作を発表しているのも示唆的。今の時代、どのようにポップと向き合うのか? それは、多くの意識的なアーティストが直面している命題でもあります。

St. Vincent / New York

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Queens of The Stone Age / The Way You Used To Do

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Foo Fighters / The Sky Is A Neighborhood

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こうした時代背景の中で、ベックもまたポップに挑むことを決意した、という見立ては決して的外れではないはず。ただ、稀代のヴィジョナリーであるベックのこと、ただ状況を後追いするだけの作品を作るわけがありません。言わば、この『カラーズ』は、2017年の音楽シーンの状況を踏まえながらも、更にその一歩先を提示しようとした作品です。

このアルバムのプロデューサーは、かつてはベックのツアー/レコーディング・バンドの一員であり、今ではアデルのメガ・ヒット“ハロー”を筆頭に、ケンドリック・ラマーやシーアも手掛けるまでになった売れっ子、グレッグ・カースティン。クレジットを見ればわかるように、本作で彼はソングライティングや演奏にも深くコミットしており、『カラーズ』はほとんど二人の共作体制で作られています。ベック自身が今回のグレッグとの関係性を、レノン=マッカートニー、ジャガー=リチャーズに例えていることからも、それは窺えるでしょう。

しかし、こういった制作体制は、現在のポップ音楽においては明らかに異質。テイラー・スウィフトでもビヨンセでもケイティ・ペリーでもそうですが、今は一曲に何人ものソングライターやプロデューサーが参加し、アルバム全体ではそのクレジットが数十人に及ぶのは当たり前。つまり、分業制による極めて効率的な作り方がされているのが2010年代のポップ・プロダクトというわけです。

ただ、分業制による集合知的な曲作りは合理的ではあるものの、良くも悪くも作家一人ひとりの記名性が薄れ、個性が見えづらくなるのも確か。だからこそベックは、本作で60年代の名ソングライティング・コンビの在り方を改めて参照したのではないでしょうか。つまり、分業制ポップ全盛の時代における新しい作家主義を打ち立てようとしたのではないか、ということです。

実際、『カラーズ』の収録曲は、現代的なポップネスを感じさせながらも、ベックだからこそ――いや、ベックとグレッグのコンビだからこそ生み出し得る独自のカラーをまとっています。

具体的に見ていきましょう。2016年にいち早く公開された“ドリームス”は、シングアロング系のビッグなコーラスを搭載した、アリーナ向けのサイケデリック・ロック。“アップ・オール・ナイト”でも聴くことが出来た、細かくチョップされたアコースティック・ギターは、本作を特徴づけるサウンドのひとつでしょう。

Beck / Dreams

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“ドリームス”に続いて公開された“ウォウ”は、「ベックがトラップを取り入れた!」と一部で話題になった曲。その真偽はさておき、ヒップホップ色の強いこのトラックは、アルバムでもかなりの異色作。実際、この曲の共作者は例外的に、ノー・ウォーリーズ(アンダーソン・パックとノレッジのユニット)やナイト・ジュエルの作品で知られるコール・M・グライフ・ニールです。

Beck / Wow

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そして“ディア・ライフ”は、ベック曰く「キンクスやビートルズっぽいダンディなピアノ」と「『ホワイト・アルバム』風のギター・サウンド」に彩られた曲。やや乱暴に言えば、後期ビートルズ譲りのサイケデリック・ポップを現代的に変奏した曲でしょうか。

Beck / Dear Life

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このように『カラーズ』は、一曲ごとに異なるキャラクターを持つ色鮮やかな作品。往年のポップ音楽の巨人たちへのリスペクトを滲ませつつも、緻密なエディットやプロダクションによって現代的な彩りが加えられたアルバムです。そしてこれは、ポップ音楽の現状に対するベックからの野心的な回答でもあります。果たして『カラーズ』は、2017年のポップ・ミュージックの在り方に一石を投じることが出来るのか? その答えが明らかになる時は、もう目の前に迫っています。


分断と衝突の時代にすべての人々を社会の
外側へと誘う究極のポップ『カラーズ』の
真価をベック本人との会話で紐解く:前編


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