SIGN OF THE DAY

岡田拓郎ソロ始動にあわせ、不世出のバンド
「森は生きている」とは何だったのか?その
問いに答える秘蔵インタヴュー初公開:前編
by SOICHIRO TANAKA October 06, 2017
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岡田拓郎ソロ始動にあわせ、不世出のバンド<br />
「森は生きている」とは何だったのか?その<br />
問いに答える秘蔵インタヴュー初公開:前編

森は生きている解散後初の、岡田拓郎のソロ・アルバム『ノスタルジア』が上梓された。〈サインマグ〉では、この作品を巡って、この後いくつかの記事を予定している。だが、果たしてこの2017年に件の『ノスタルジア』という作品を味わいつくそうとする貪欲かつ豊かな文化的な磁場は存在するのだろうか。そうした杞憂が浮かぶにはいくつか理由が存在する。

ひとつにはやはり、森は生きているというバンドの解散から既に2年の時間が流れているということ。そのことによって、当時、良くも悪くも「東京インディ」と呼ばれた文化的磁場は徹底的に消滅してしまった。これはあくまで筆者自身の持論だが、当時のファンダムも含め、そんな風に呼ばれた文化的磁場は、森は生きているというバンドが存在するからこそ意味のあるものだったと考える。実際、彼らを我々が失ってしまった後、今現在、国内でインディと呼ばれるバンドの大半はまた、この島国でずっとそうであったように、メジャー予備軍という意味合いにすっかり堕してしまった。つまり、特に当時のリスナー側にあった(はずの)、貪欲なまでに音楽そのものに耳をそばだてるという豊かさは失われてはいないか。

もうひとつは、例え、そもそも森は生きているというバンドが持つ音楽的なポテンシャルがポップ音楽のみならず、歴史的にもジャンル的にも広範囲の音楽からの影響によるものだったとしても、彼らの音楽が同時代のUSインディ・バンドの創造性に何かしら触発されたものであったということ。だが、ここ日本における現在のUSインディ・バンド(少なくともファンダム)は完全にその力を失っている。

ごく個人的な話をするなら、2013年に森は生きているというバンドを発見したことは何よりも事件だった。十数年来、すっかり日本から生まれる音楽の大半にまったく興味を持たなくなっていた筆者がそれ以来、日本の音楽を貪るように聴き始めるきっかけが彼らの存在だった。そして、また今現在、日本から生まれる音楽の9割にまったく関心を持たなくなった自分がいる。岡田拓郎のソロ・アルバム『ノスタルジア』と、件の作品に対する世の中からのリアクションは、またあの幸福な季節を呼び起こしてくれるだろうか。

本稿は、あなたが岡田拓郎のアルバム『ノスタルジア』という作品を何ら肩に力を入れることなく、その豊饒さに底なしの愉悦を感じるための導線を引くことを目的としたものだ。言ってしまえば、『ノスタルジア』という作品を味わい尽くすには、どんな音楽的知識も必要としない。ただ聴けばいい。ただひたすら耳をそばだてればいい。そこには必ず驚きと愉悦が待っている。だが、問題は誰もが音楽を聴くのではなく、自らのテイストやイメージと照らし合わせてのみ音楽に接するという、特にこの島国における圧倒的な退廃なのだ。

今、筆者がそんな風に断言するのは、以下の対話のモチーフになっている、森は生きているの2ndアルバム『グッド・ナイト』に対する受容にほかならない。本誌〈サインマグ〉が2014年の年間ベスト1位に選んだ作品だ。今も我々はその選択を誇りに思っている。だが、あなたは果たして『グッド・ナイト』を聴いただろうか。「聴く」という本来の主体的な意味合いにおいて。

以下の、つまらない理由から日の目を見ることのなかった当時の対話(と過剰に饒舌すぎるがゆえに何も語ることのないリード文)に是非とも目を通して欲しい。そして、改めて『グッド・ナイト』というアルバムを、『ノスタルジア』と名付けられた岡田拓郎のアルバムを聴いて欲しい。ただ耳をそばだてて。

Okada Takuro / 硝子瓶のアイロニー


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森は生きているの2ndアルバム『グッド・ナイト』、間違いなく今年を代表する怪物アルバムだ。と同時に、これはどうにも厄介なレコードだ。例えば、以下のような要約があったとして、あなたがこの作品を味わいつくすために何か役に立つだろうか。取りあえずやってみよう。徒労に終わるのはわかっていたとしても。

デイヴィ・グレアム~バート・ヤンシュ~ジミー・ペイジという系譜をひとつの大きな幹として、主に英国のフォーク音楽を2010年代的に再定義しようとしたレコード。これまでの彼らのサウンド・タペストリーを彩ってきた要素――カントリー、ソフト・ロック、スワンプ、アメリカーナ、アンビエント、モンド、トロピカル、ジャズ、ブルーズ、アフロ、クラシック、現代音楽といったそれぞれの音楽的引用が咀嚼され、組み合わされ、独自のイディオムとして溶け合ったことで、それぞれの要素が少しばかり後景化したレコード。録り音から、その後のエコー/リヴァーブ処理に至るまで、隅々まで細心の注意が配られたことによる、ふくよかな倍音構成。1音1音の圧倒的な存在感。特にポスト・プロダクションにおいては、生楽器の理想的な鳴りとバンドのいまだラフな演奏の両方がパッケージされることで、ロック・バンドとしてのダイナミズムを定着させることに成功した1stアルバムとは実に対照的な、どこまでも作り込まれた、とても密室的で、どこまでも緻密な目配せが際立つ。そのすべてが有機的に重なり合うことで醸し出されるドープで、サイケデリックな空間と時間――そうした緻密な空間構成が全9曲49分の間に描き出していく音のフロウに身を委ねること、つまり、うつつとは別の時間と空間を存分に楽しむことにのみ、その最大の存在意義があるようなレコード。だが、こんな風にアルバム全体を要約することで理解したような気になることを何よりも嫌い、そうした態度からはもっとも遠い、その瞬間瞬間に刻々と移り変わるディテールがかろうじて何かを物語るレコードだ。そして、おそらく最後の1音が鳴り終わった後には、何ひとつ確かなものは思い出せない、そんなはかない瞬間の積み重ねのアート。

だが、こんな要約が何かの役に立つだろうか。こんな説明と『グッド・ナイト』という作品は何か関係があるだろうか。こうした文章すべては無駄ではないのか。何故なら、この自分が『グッド・ナイト』を聴きながら感じていたことと、ここまで自分が綴った文章はまったく似ても似つかないからだ。

では、仕方ない。作家である本人たちに話を訊いてみようか。いや、インタヴューなんて下らない。音楽家に自らの作品について語らせるというインタヴューという形式など、出来ることなら21世紀の早いうちにさっさと消えうせてもらいたい。テクストは怠惰な機械だ。いわば白紙のまま、すでに語られた、あるいは語られていない空間を満たすために、読者に過酷な労働をもとめる。と、ドヤ顔でエーコを引用しながら、取りあえず途方に暮れてみる。

何故なら、作家自らの口から作品に対する正解を提示することは、作家こそが作品にとっての最良の理解者だという下らない神話を助長させるばかりで、作品を「聴くこと」から阻害させる。だが、仕方ない。やりますよ、こちとらプラグマティストですから。理由は簡単。有史以来、いまだ誰一人として、森は生きているの2ndアルバム『グッド・ナイト』を聴いてはいないから。

君は『グッド・ナイト』を聴いてはいない。この書き手と同じく。聴いたつもりになっているのかもしれないけども、絶対に聴いていない。このアルバムを作った森は生きているのメンバーと同じく。

きちんと聴くつもりも、きちんと見るつもりも、きちんと読むつもりもない人間ほど、ごく気軽に語りたがる。だが、本当にきちんと聴いて、きちんと見て、きちんと読めば、そうすればするほど、人は言葉を失うもの。何故なら、そうすることでやっと自分はその対象について何も知らないことを知るからだ。そして、思わずそんな風に言葉を失わせてしまうレコードが存在する。おそらく森は生きているの2ndアルバム『グッド・ナイト』とは、そんなアルバムだ。

以下の対話は、そんな厄介な逡巡の後に、この『グッド・ナイト』という作品に接することで、すっかり言葉を失ったインタヴュアーと、取りあえず自分自身が作った作品について語ってはみるものの、まったく『グッド・ナイト』という作品に近づくことが出来ないと感じていただろうインタヴュイー二人という、とても喜劇的なキャラクター同士の、とても悲喜劇的な戯れを記録したものだ。

インタヴュアーとしての目的意識は、出来るだけ現場での会話が前述のような要約に回収されないように、出来るだけ自身が『グッド・ナイト』というアルバムを聴いている時の感動と何かしら近づくように務めた。それだけ。願わくは、筆者が意図したそうしたメカニズムが読者であるあなたにとっても駆動せんことを。

もうひとつだけ記しておこう。どうしても言いたいことがひとつある。この『グッド・ナイト』という作品は何の役にも立たない音楽だ。本当に役に立たない。だからこそ、本当に素晴らしい。30分でさっと読めて、何かわかったような気分にしてくれる実用書のような安っぽい音楽とは正反対。このアルバムを聴いている間だけは、その瞬間瞬間の音と言葉の移ろいに君はひたすら心を踊らせることだろう。君はこの作品の前でゼロになる。そして、50分ほど時間が経過した後には何もかもが見事に消えうせる。胸がすくような思いだけを君の記憶に残して。重ねて言うが、このアルバムはまったく何の役にも立たない。だからこそ最高だ。おそらく、音楽だの、映画だの、小説だの、何の役にも立たないものに憑かれてやまない者たちにとって、この『グッド・ナイト』という作品は何にも替え難い、理想的な作品だろう。それだけは断言していい。そう、いまだ君は『グッド・ナイト』を聴いてはいない。




●いやー、今回は荷が重い(笑)。

岡田拓郎(以下、岡田)「アハハッ! いやいやいや(笑)」

●でも本当に荷が重いよ。だって、情報量が半端ないから、このアルバム。

岡田「まあ、半端ないし、情報ないっちゃないですけどね」

●情報が少ない? 例えば、どこが?

岡田「何ですかね? ジャケットの色味とかですかね(笑)」

●音楽的な話だから!(笑)。

岡田「でも、どうだろう……」

●パラメータごとに言うと、和声の部分とかはすごいシンプルじゃないですか。比較的ね。で、リズムも奇数だったりとかいろいろあるけど、まあ、把握できると思う。でも、やっぱりプロダクションの部分? 世の中には、すべての曲が同じ楽器で、同じ音色と同じ位相で録音するってレコードもあったりするわけじゃないですか。でも、それと較べると、この『グッド・ナイト』っていうアルバムはそうじゃない。音の定位も刻々と変化したりするし。なので、普段自分がやってるような、ひとつひとつの音を追いかけていきながら、それを自分のなかで整理して、記憶するってことが出来るような情報量じゃなかった(笑)。

岡田「ある意味、僕がミックスした狙いは、そこっちゃあ、そこだったし。そもそも一枚目から使う楽器なんて、曲によってメチャメチャだったんで。今回、普通に聴いて、普通にいいな、っていうことはしたくなかったんですね。僕の好きな音楽って、どっかの瞬間で普通にすごいポップスな曲のなかに、『どう考えてもそこに入れちゃいけないでしょ』みたいな楽器が入ってたりとか。例えば、フィルとかがサーッと鳴って、次はドンッとって行くだろう、ってみんな思うところを、それを敢えて入れない。で、他のところに入れるみたいのをすごい意識しててやったんで。今回、ある意味、そういうところが上手くできた気がしますね。だから、綺麗なミックスじゃないですけどね、音響は」

●でも、それも意図的ってことでしょ?

岡田「そこはかなり意図的にやりましたね」

●「その心は?」ってシンプルに訊かれたら、なんて答えます?

岡田「う~ん、なんか、引っかかる部分を作りたかったってことですかね、今思うと。わからないですけど。どういう意識でこれを作ったのかも覚えてないし(笑)」

●(笑)1stとこの2ndはあらゆる意味でガラリと違うと思うんですね――地続きな部分はありつつも。実際、増村くんなり、他のメンバーは、岡田くんがどういうものをやろうとしているかについては、プリ・プロダクションの時点から、ある程度、シェアできてたんですか?

増村和彦(以下、増村)「1stをレコーディングして、それから2ndに取り掛かるまでに、ライヴもしたし、時間もあったんで、そのなかでいろんなメールが来るんですね。岡田くんがその時ハマってるものの。そういう中で、『こういうこと考えてんだな』っていうのは、常に考えるようにしてました。で、さらに今回に関しては、録音した後にいろいろ変わったこともあるんで」

●それは岡田くんが一人でやった?

増村「ミックスをいろいろ変えたりとか、追加録音とかもあったんですけど、その都度、音源も届いてるんで、『なるほどね』っていう感覚を入れながら聴いてましたけどね。ただ、100%かどうかわからないですけど、感じるようにはしてましたけど」

●岡田くんから送られてくるメールというのは、ただ音源のリンクが送られてくるの?

増村「音源と岡田くんのコメント付きかな?」

岡田「(笑)すごい簡素な、中古レコード屋の帯みたいなコメント付きでみんなに送って……」

●そこでなんとなくの方向性っていうのが少しずつ見えてきた?

増村「ホントだんだんわかってきた。多分、それは岡田くんもそうだと思うから」

岡田「そうだねえ」

増村「勿論、狙った部分もありますけど。でも、少しずつ出来上がっていったっていう記憶が。特に僕は、曲に歌詞を書いて形にしていく立場だから、少しずつコンセプトが見えてきて、その見えたコンセプトに呼応するように違う曲が出来たっていうか。最初から明確なヴィジョンを持って突き進むっていう感じではなかったと思います。かと言って、コンセプチュアルじゃないとも思わないし、っていう感じですかね」

●じゃあ、まずは細かく微分しながら、訊いていっていいですか?

岡田「困りそう。覚えてない(笑)」

増村「覚えてないって(笑)」

●(笑)1stにもあったと思うんですけど、1stと比較としても、奇数のタイム・シグネチャー、奇数の拍子が目立つと思うんですね。3、3で来て、5、5で行くとか、すんなりと8で割れるような曲って少ないと思うんですけど、それは偶然ですか? それとも、部分的に何かしら意識的なところはあったと思いますか?

岡田「っていうか、僕が譜面とか一切読めなくって。もっと言うと、拍っていう概念があんまりなくって。曲作る時、僕、メトロノームとか使わないでギターでベーンって弾いて、録音したのにそれを重ねてく、って作業をプリプロでやるんですけど。でも、古いブルーズとかだって、絶対偶数で回ってこないし。多分、4分の何点何とかで、動いてる。ただ、そういうところを僕は瞬時には理解できないんですけど。で、僕のプリプロの音源も、節回しとかでどっかが字余りしてたりとか、一回目と二回目で割り方が違う、みたいなところが出てくるみたいで。でも、僕、そんなの気にしないで、その瞬間そういうものが意図しないで出てくるのが面白いなと思って、いつも即興的にプリプロ作るんですけど。だから、録音の時に、そういう面白いなと思った瞬間をそのまま残して再現したっていう感じです。で、僕はそこを楽典的にディレクション出来ないから、譜面書けるメンバーにその変拍子のところを譜面に書いてもらって、みんなで演奏出来るようにする、そういう作業をしましたね」

増村「変拍子っていう意味では、岡田くんって、ホント全然意図してないんですね。本当に狙ってないです。『あの感じなんだったかな?』みたいに狙ってるところはあると思うんですけど」

岡田「そうだね」

増村「とにかく岡田くんは変拍子にしようっていう意図はまったくなくて。“磨硝子”なんかは、5拍子、3拍子ってなるんですけど、5、5のあと3拍子で四小節あって、一ヶ所だけ5にならないところがあったりとか。でも、そういうのを狙って出来ないだろうし、そもそも(笑)」

●ただ、あそこ、びっくりするよね。というか、しました(笑)。

森は生きている / 磨硝子


岡田「後から聴いたら、変だったけど」

増村「でも、世界のオーガニック変拍子を研究してる僕としては――」

●うん(笑)。

増村「すごい自然なんですね。オーガニックに聴こえるんですよ。だから、プログレじゃないんですよね、岡田くんの変拍子は。ブラジルのエルメート(・パスコアール)とか、ウーゴ・ファトルーソとかがやるような変拍子の世界で。すごい大きく捉えてるっていうか」

「分析すれば、2拍7連なのかもしれないけど、もう4分の4に聴こえるくらいの、そういうオーガニックなフィーリングを感じるから、叩く時なんかは、自分がいろいろ研究してきたなかのフレーズでハマるものを出したりして。なので、僕は変拍子に関してはすごく楽しく出来るんですけど。だけど、譜面を書く人は面倒臭いかもしれないですね。譜面は谷口(雄)が書くんですけど」

岡田「(笑)」

●リズムに関して、もうひとつ。1stは、例えば、“ロンド”みたいに細かくリズムを刻む曲って多かったじゃない?

森は生きている / ロンド


●で、この『グッド・ナイト』に入ってる曲の場合は、全体的に刻みが大らかになってる気もするんですけど、それは勘違い?

岡田「あんまり意識してないかな」

増村「多分、けど、印象の問題で。多分ですけど、今回のレコーディングでは、自分の要望としてはリズムをわりと大事にしたいっていうのがあって。録り方も1stはみんなで一発録りでやってるんですけど、今回は岡田くんのオーガニックな拍子と自分のビート感を基礎にしたいなと思って。それでベーシックを二人で録ったりとか、あとベース入れて三人で録ったりとか、そういう録り方をしてるんですね。で、そこを基準に他の楽器を重ねてくっていう作業をしたんですよ。5人、6人であんまり上手くないメンバーでやったら、キツキツになったりとか、クリック使ってて、どうしても細かいところを意識しないと合わない、みたいなところがあると思うんですけど。でも今回、クリックも使わずに、わりと大きいビート感でベーシックを録れたんで、そこの差はあるかもしれないですね」

●なるほど。じゃあ、増村くんが言うところの、オーガニックな変拍子というものを、感覚として、何故、岡田くんは求めちゃうんだろうって理由について分析的になれたりしますか?

岡田「いや、だから求めてないし、本当に僕は全部タンタンタンタンッの4で弾いてるつもりなんですけど。なんか結構、鼻歌的な感覚のところが多いから。鼻歌って結構、すごくないですか? お風呂とかで歌ってたりすると、考えてもないメロディが出てきたりだとか、こんな音楽、この世にないのを今歌っちゃったぜ、みたいな瞬間もあると思うし。多分、それの延長線上だから、あんまり意識しないでやってて。本当にナチュラルに弾いた瞬間に……間違えたんでしょうね、これは(笑)」

●(笑)。

岡田「いや、でも本当にそんな感じなんだと思うんですよね」

増村「さっきはオーガニックって言ったけど、その民族音楽的な感覚から見たら、逆にアルバム完成品はまだゴチャゴチャしてると思うんですね。モロにエルメートだったりとか、ああいう世界では勿論ないと思うし。逆にエスニックなところを出し過ぎないように、っていうのはレコーディング中に気を付けてたところでもあるし。だから、岡田くんの感じは、“あんたがたどこさ”とか、ああいう感覚だと思うんですよね。あの曲は誰でも歌えるんですけど、すごい変拍子なんですよ、分析したら(笑)。あんたがたどこさ、4。ひごさ、2。ひごどこさ、3。くまもとさ、3。くまもとどこさ、4。ウンッウンッ、みたいな(笑)。変なんですよね。分析的にやったら、8分の3でどこでも切れるってだけなんですけど。8分の12、8分の6、8分の9、8分の9、8分の12ってなってて。すごいプログレだけど、日本人なら誰でも歌えるし。拍子が弱いとか言われている日本人でも。だから、そういう感覚なんじゃないかな、岡田くんの曲はって僕は思いますけど」

●なるほど。今の話は個人としては100%シェア出来ます。その上での質問です。にもかかわらず、この国の巷で溢れている音楽の大半は、いわゆるバック・ビートーー2拍4拍に強調されたスネアが入るビートが当たり前になっちゃってる。っていう状況? これは、何がそうさせてるんだと思いますか? デカいんだか何だか、よくわかんない質問(笑)。

岡田「(笑)僕、周りはあんまり意識しないから。最近の周りの日本の音楽なんてわかんないから、何とも言えないですけど」

増村「そこは、僕は結構考えてきたところで。マニアックになっちゃうけど(笑)」

●訊かせて下さい(笑)。

増村「まだ僕も解明できてないんですけど、“あんたがたどこさ”があるし、日本の民謡なんか、まだ調べられてないところではあるんですけど、わりとそういうのを研究している友達たちがいて、僕は結構その界隈にいて、サンドラムだったり、センカヲスの連中だったりとか」

岡田「アフロ・ビート界隈(笑)」

増村「アフロ・ビートとか、太鼓やってる奴らとかは、すごい興味を持ってて。河内音頭なんかも、ちょっと分析的にすると、すごい変拍子で3つの輪っかが回るみたいな話も聞いたことがあるし。日本も元々はもっと自由だったんじゃないかなと思うんですけど。多分、アメリカに憧れた時代が悪かったんじゃないかなって(笑)。こんな8ビート、4分の4ばっかりなのって、日本とアメリカくらいなんじゃないかな、なんとなく思ってて。勿論、アメリカにもいろんな民族がいるし、いろんな音楽があるから、アメリカで括ることは出来ないんですけど。ただ、そのわかりやすいところが日本に流れてきて、そこが4分の4ばっかりであんまり面白くなくなったんじゃないかなって。多分、世界的に見たら、8分の6の方が簡単だし、8分の6でしか(拍を)取れない人もいるし。前に、ローディやってた時、アルゼンチンの人たちが、4分の4の譜面を8分の6に直してたっていう」

岡田「ハハハッ!」

増村「謎の作業を(笑)。日本人はみんな、『どうしてこんなことがわからないの?』って言ってて。要するに、3で割るような世界で。3、3、2にしたのか、実際どうしたのかちゃんと見てないですけど。でも、日本のこの感じっていうのは、どうしてなったんですかね?」

●何なんだろうね? すごく不思議。

増村「けど、自分もそうやって育ってきて、そういう癖が入ってて、ドラム始めた時とか、『何か上手く行かないな?』っていうのは、そういうところに関わってるんだと思うし。パーカッションとかいろいろ練習して、それを意識的に矯正して、理想通りに叩けるようになるまで6年くらいかかって。やっと悪い意味でのジャパニーズ・ビートを抜け出せたかなって。だから、この話って、結構根深いものだと思うんですね。自分がド日本人だった分、余計にそう思いますね。日本のリズムの概念とか、リズムの在り方とかは、もうちょっと変わって行ったらいいな、とは」

岡田「だから、ビット数がみんな低いっていうか。さっき言ったワールドワイドな視点で見ると、同じ一小節あるのでも、もっと刻みが細かいし、多分、いいドラマーってそういうことを上手く捉えているんだな、って思うし。僕もそんなの全然意識してなかったんですけど、彼と会ってからずっと……」

増村「僕がこんな話ばっか、いつもしてるんで(笑)」

岡田「そうそう。『ジャパニーズ・ビートはなあ』とか言って(笑)」

●(笑)本当にもう、ずっと考えてるんだね?

増村「ずっとこんな話しかしてないです、メンバー相手にも」

岡田「会った時からそんな話ばっかしてて。パーカッションの話だとか、刻みの話だとか」

増村「そう。だけど、少しでも面白いリズム感をバンド全体で出せたら、それは絶対面白いんですね。だから、バンド・メンバーにも月に一回、僕、太鼓教えてますから。練習会してます、本当に(笑)」

●(笑)。

岡田「なかなか成果が出ないね」

増村「成果が出ないね、ピアノの人が! あ~(笑)」

岡田「彼はね(笑)」

増村「そういう気持ちもわかる分、こっちは。よくなったら面白いんじゃないかな、とは思ってますけどね」

●じゃあ、二人の対比で言うとね、増村くんはある種、状況に対しても分析的だし、歴史に対しても分析的だし。

増村「リズムに関しては」

●で、自分がやろうとしていることに対しても意識的だし、ちょっとした使命感もなくはないわけじゃないですか?

増村「そうですね」

●岡田くんは基本的にそういうのはなかった?

岡田「なんか、上がしっかりし過ぎてて、そういう思想があんまり生まれてこないですね。勿論、一人でやってた頃は、いろいろ考えながらやってたけど。カントリー・ブルーズとか、ああいう人たちは、本当に何にも考えないでギターを弾いてただろうけど、そういうのと一緒かなと思いますね。いや、勿論、彼らには、彼らの思想や哲学も存分に含まれてるんだけど、それを上回る圧倒的なパワーで動いている(笑)」

●ただ、そういう岡田くんの感覚というのは、本当にいろんなものを聴くことで養われたってことじゃない?

岡田「勿論、そうだと思いますね」

●さっきカントリー・ブルーズの話が出たけど、要するにシカゴ・ブルーズ以前のものですよね? 岡田くんからすると、それ以外にも自分のリズムの感覚を養ってくれた音楽をいくつか挙げることって出来ますか?

岡田「一枚目を作った後にビートがないって音楽を聴いて、すごく影響を受けて。いわゆるドローンだとか、そういうのなんですけど。だから、その中だと、タージ・マハル旅行団とか、小杉(武久)さんとかはすごい。ビートがないっていうのがまず信じられなかったから。でも、よくよく音楽の歴史を辿ると、雅楽だってビートなんてないだろうし、チベットの密教音楽だってビートなんてないし、そういう音楽はいっぱいあるんですけどね。だから、そういう音楽だとか。あとはやっぱり民族音楽。アフリカとか、中東の音源とかいっぱいもらったりだとか、僕も意識して聴いたりするようになったんですけど。それこそ彼ら、ビット数すごいから。1小節を162くらい刻んでるんじゃない?(笑)」

増村「ビット数は半端じゃない。けど、誰も拍子のことなんて考えてない。『こうでしょ? こうでしょ?』って世界だから」

岡田「筋肉とか骨に脳みそがあって、それで叩いちゃうような感じだからね、アフリカ人のああいうの聴くと」

増村「でも、一緒にやってて間違えると、すぐ気付くよ。『あっ!』って」

岡田「厳しいんだ(笑)」

増村「あるんだろうね、彼らの中にも」

●じゃあ、ちょっとそれの絡みで次の話に行きたいんですけど。今回はヴォーカル・メロディは誰が落とし込んだんですか?

岡田「これ、全部、僕ですね」

●ヴォーカル・メロディに関して言うと、1stと較べると、刻みが少なくないですか?

岡田「そうですね」

●それは意識的だったの? プロダクションまで落とし込んだ時の音像を考えた時に、ヴォーカル・メロディを敢えて8分よりも4分、4分よりも2分みたいに長めに取ったところはあるんですか?

岡田「何でこうなったんだろうな?(笑)」

増村「メロディは岡田くんが全部つけてるんですけど、日本語書いて乗せるのは全部僕がやってて。岡田くんの鼻歌で来るメロディは、わりと16分が多いですね。でも、そこが狭すぎると日本語が乗らないから。けど、そのメロディを消すんじゃなくて、鼻歌だったら、3つ音符が出るところを一個にしたり。そういう作業は僕がやってて。乗りやすいっていう方法論を使っていったら、自然とそうなった気はします」

岡田「思い出した! 僕、ボブ・ディランめっちゃ好きなんで、プリプロの鼻歌が全部ボブ・ディランみたいなんですよね(笑)。すごい刻みが多くて。ナムナムナムみたいな、そういう感じのメロディの状態で(増村に)送るんで。(歌詞が出来上がると)大体のメロディの骨格は残しつつ、多分、音数が結構減ってる感じにはなってて。だから、日本語を乗せるってなった時に、どうしてもこうなったっていう」

増村「っていうだけだと思います。あと、1stの場合は、竹ちゃん(竹川悟史)がメロディをつけたのが半分くらいあったのかな? その差もあるかもしれない」

岡田「彼は日本のポップスとかすごい好きだったから、そういう感覚があるんですよ。僕、日本人の音楽ははっぴいえんど以外ほとんど知らない感じですよね(笑)。彼なんか、初めから日本語の乗りやすいメロディが書けるんで。ただ一曲だけ、“風の仕業”は刻みが多いと思うんですけど」

●そうだね、アルバムの中だと、この曲が一番刻みが多いね。

増村「うん、多い。これ、唯一、竹ちゃんのメロディなんですよ。そうだね、わりと来たまんま乗せれるかもしれない、竹ちゃんのやつは」

森は生きている / 風の仕業


●じゃあ、俺が感じた印象というのは、岡田くんと増村くんの共同作業の中で出来上がった今回の方向性とも言える?

増村「まあ、自然とそうなった、って感じですかね。明確に、音符を長くしよう、みたいな意識はないですけど。自然となった形が、1stと比較したらそうなった、っていうのは言えるかもしれないですね。考えたことなかったけど(笑)」

●ごめんね、俺、本当に素朴に感じたことだけ訊くから(笑)。

岡田「いや、面白いです」

増村「僕らにも発見が」

岡田「確かにそう言えば、って」

増村「それに僕はリズムの話が出来て結構満足です。ずっとそればっかしたい(笑)」

●(笑)じゃあ、全体的なプロダクションについてなんですけど、とにかく大半の音にエコーが深くかかっていて、遠くにある。遠くで聞こえる作りになってる。なおかつ、声に関しても、すごい深~いエコーがかかってるじゃないですか?

岡田「かけてますねえ」

●これはかなり意識的ですよね?

岡田「そうですね。あれはもう、テープ・エコーっていう、デジタルじゃなくて、テープがグルグル回ってるのに録音しながらエコーかけるっていうスーパー・アナログな機材があるんですけど。それを初めて手に入れて、面白半分で全部の楽器にかけてたらこうなったっていうのもあるし。後は、歌が結構伸びるところが多いんで、そのまんまだと乗らないっていうか、ちょっと間が持たないところがあったんで。そこを埋めるっていう意味でも、ヴォーカルにテープ・エコーっていうのは重宝したっていうか、しっくり来る落としどころだったって気がします、今回」

●じゃあ、ヴォーカル・メロディの譜割が伸びてたってこととも関係はしてたってこと?

岡田「今思えば、関係してましたね」

増村「譜割が伸びてるってところもあると思うけど、竹ちゃんの声が、ポール・マッカートニーとか、エミット・ローズみたいな視点から言うと、意外と伸びないんですよね。そこをテープ・エコーで補うと、いい感じに聴こえるっていうのは、客観的に見ていて感じたけど」

岡田「この間、“ロンド”の12インチが出たんですけど、それのミックスを自分でやり直した時に、竹ちゃんの声にテープ・エコーをかけたんですけど、そしたらすごい言葉が乗ったっていうか、すごい伸びやかな声になったんで、これは面白いや、と思って使ってみたのもありましたね」

●なるほど。ただ、どうですか? 言葉の響きが耳に入って来やすいっていうポイントで言うと、エコーがかかればかかるほど、アブストラクトになってくという部分もあると思うんですね。で、詞がリスナーに作用するって効果を考えた時に、それは二人が望んだこと? それとも、あまり意識しないでそうなった?

岡田「まあ、聞き取れないほど深くはかかってないし。増村が言うのは、詞を作る時に言葉が一番いいように乗ることを心掛けてるけど、結局、詞とか言っても全部音楽だから、音楽がメインだっていうところはあると思うし。聴いた時のトータルのサウンドは意識してますね。詞は全然聞き取れるくらいだし、そこは殺してるつもりもないし、大丈夫だと思います(笑)」

●いや、勿論、全然大丈夫なんだけど(笑)。

増村「日本語がドンッと来られても、僕ら日本語わかっちゃうし、あんまり言葉に行きすぎてもあれだし。だから、このくらいの感じが一番言葉も入ってくるんじゃないかな? って視点もありますね。言葉ばっかり聴こえるより。勿論、曲とか人とかにも拠ると思うんですけど。まあ、(〈MUSICA〉の)鹿野さんが『音に聴こえる』とか言ってたけど、音までは言わなくても、そういう感じっていうか。はっぴいえんどなんかは、他のポップスに較べたらヴォーカルのヴォリューム自体が小さいと思うし。ただ、あれは聴こえないけどね、歌詞が。なんだっけ? ナイアガラ――」

岡田「『ナイアガラ・ムーン』」

増村「でも、言うても、はっぴいえんどは歌詞聴こえるし、日本語を使ってポップスの音楽として完成させるとなった時に、わりと自然となってった形じゃないですかね。テープ・エコーってものを見つけたのは、彼のファイン・プレイだと思いますけど」

岡田「あと、これを作ってる時に、USインディとかすごい聴いてて。ファーザー・ジョン・ミスティとか、ウッズとか、僕が好きなフォーキーな今のUSの人たちが、結構ドライな演奏のなかにヴォーカルから生楽器まですごいリヴァービーに響かせるっていうことをやっていて」

Father John Misty / I Love You Honeybear

Woods / Leaves Like Glass


「『一旦そういうトレンド感を取り入れてみようかな』(笑)みたいな感覚もあったし。僕はこのアルバムで、日本の新しいフォーク・ミュージックを作りたかったんで。だから、それは取り入れてみようかなと思ったところはありますね。それで、実際に“ロンド”でいい成果が出たから、引き続きアルバムでも、それを落とし込んでみたっていう」

●参考までに、音色とか響き、譜割りや韻の問題も含めて、歌詞が理想的に機能してると思う、何か代表的な既存の作品を挙げてもらうことは出来ますか?

岡田「いないんじゃない? いる?」

増村「全部完璧っていうのはないかもしれないし、それは僕らの中でもないと思いますけど。全部完璧に、っていうのは日本語だと難しい話ですけど、なんだろうな……」

岡田「はっぴいえんどかな?」

増村「“あしたてんきになあれ”とかは好きですけどね、乗り方も。音と歌詞が混ざって聴こえてきて、ひとつの情景を浮かばせるっていう意味では、すごい音楽と言葉がリンクして、一個景色を見せてるんじゃないかなって気がしてすごい好きだし。あと、鹿野さんのインタヴューでも言ったけど、“びんぼう”とか、大瀧(詠一)さんの1stは結構日本語乗ってるんじゃないかなって僕は考えてて。“びんぼう”とか、すごい乗ってるなと思うし、“水彩画の町”とか」

大瀧詠一 / びんぼう

大瀧詠一 / 水彩画の町


岡田「笹倉(慎介)さん?」

増村「あんな日本語が乗る人はいないな、と思います。笹倉さんみたいに。いい感じで隙間を縫って乗るんですよね。けど、勿論、方法論とかが全部上手くいっているのがいい歌詞、いい音楽ってわけではなくて、細野(晴臣)さんの『トロピカルダンディー』の三曲目(“絹街道”)、あれなんかは細野さんの人柄と歌詞と音楽が合わさってて。『邪魔だ! 道をあけろ』とか、うわ、かっこいい! みたいな印象を与えるから好きですね」

●人柄が違ったらね、ないかも、っていう(笑)。

増村「そうそうそう。そこがマッチしてて、素晴らしいなと思いますけどね。インタヴューとかで、メロディに歌詞がうまく乗る乗らないとかを研究してるんです、とか言ってはいますけど、最終的にかっこよければいいし、そういう視点も大事にしてます」

●じゃあ、またプロダクションの話。特に“影の問答”とかはファズのかかったギター・リフが目立つからもあるんだろうけど、今回のアルバムの中でも数少ない、いわゆる4/4のバック・ビートの曲の場合、スネアのサウンドがゲートっぽくすごく強調した録りになってるじゃないですか?

岡田「はいはい」

森は生きている / 影の問答


●あれはどういう意図だったんですか?

岡田「すごく好きなドラムの録音があって。普通、ドラムって太鼓の近くにポンポンッてマイク立てるんですけど、その録音だと小屋で録ったらしいんですけど、小屋の煙突に一本マイクを立てて、リヴァーブ感を出したっていう録音をしてる人がいて」

●ドラム自体の鳴りだけじゃなくて、反響音を録るっていう。

岡田「そうです、部屋の鳴りを録るために。まあ、『煙突はやり過ぎだろ』って感じなんですけど。っていう、レッド・ツェッペリンっていうバンドがいるんですけど(笑)」

●ゼップだ(笑)。ゼップの何枚目ってこと?

岡田「ツェッペリンは、確か四枚目(『レッド・ツェッペリンIV』)が小屋に篭って録ってるんですけど、どれを聴いても結構、木造で鳴ってるような――木造かな? コンクリートかな? どっちかわからないけど――とにかくストレンジな部屋鳴りしてますよね。あの音を録りたくて。だから、後からリヴァーブは一切かけてないんですよね、これに関しては」

●そうなんだ?!

岡田「そうです。Gok(sound)っていうスタジオでドラム録ったんですけど、そこが完全にコンクリートの密室みたいなところで、また変な響き方するんですよね。で、エンジニアの葛西さんに、『あの音やりたい』って言ったら、わざわざドラムに向かって20メートル先くらいにリボン・マイクを2本くらい立ててくれて。あと、このギターの音もツェッペリンの四枚目のアイデアで。とにかく音が近いファズの音を録りたいなと思って。あの音、どうやって出すんだろう? って、昔、雑誌とかで研究し出したんですよ。そしたら、ギターをアンプに通さないで、そのままアナログの卓にぶっ差して、そこのゲインを割れるくらい上げてるっていう。ミキサーで歪みを作ってたみたいで。ツェッペリンの“ブラック・ドッグ”のリフとかもそうなんですよね。全然、空気振動がない音なんですけど。あれと、あのドラムの音を日本語ロックで一回やってみたいって」

●なるほど。

Led Zeppelin / Black Dog


岡田「それで、なんでこの曲にリフがあるかって言うと、はっぴいえんどとかのレヴューを書いてた小倉エージさんが、僕らの一枚目のレヴューを新聞に書いてくれたんですけど。その後にメールで何通かやりとりして。『そう言えば、はっぴいえんどは洋楽にあったギター・リフとか、リフレインするものの上に言葉を乗せて、日本語のロックを新しく作ったけど、君たちの音楽からリフとか、そういう要素が一切感じられないのは何でですか?』っていう質問をされたことがあって。でも、いや、そんな考えたこともないし。っていうか、『リフがある曲に日本語を乗せるって、そんなあ…』っていう」

増村「わかる(笑)」

●(笑)まあ、難しいよね。

岡田「どう考えても野暮ったくなるっていう。でも、わざと作らなかったっていう意図はなかったし、そんなこと言われたら、絶対作ってやろう、とか思ったんで」

●(笑)小倉エージさんが言ってくれたことに対しての、ちょっとした反動なんだ?

岡田「反動とひらめきですね」

●ヒントをもらったっていう。

岡田「そうですね」

増村「だから、この歌詞書くの、すごい大変でした。すごい制限のなかで書いた記憶があります。それこそ音符が長いし」

岡田「これに日本語を乗せるようなメロディってなると、ってすごい考えてたんですけど、結局どうやっても乗らないから、『とりあえず冗談半分でアニコレみたいなメロディつけてやろうか』と思って、増村くんに送ったやつに――」

増村「『これかあ~』って感じでしたね(笑)」

岡田「一旦これはお流れになったんですよ、『これは絶対に日本語が乗らない』ってなって。でも、曲の大体のフォルムとか、全体のフレームが面白いって話に後でなって。それで無理やり書いてもらったら、男A、男Bみたいな歌詞になってったっていう」

増村「そこはどうでもいいんだけど(笑)。まあ、でも、結構、これは大変でしたね、書くのは。うまく乗ってるかどうかもわからないけど、最善は尽くしたっていう。ドラムも他の曲の4倍くらいの音量で叩いてるしね、これ(笑)」

●じゃあ、次はソングライティングについての質問。三曲目(“磨硝子”)みたいに、曲の中盤から、アウトロ的なアンビエンスを入れた意図を教えてください。って、すごい適当な質問だな(笑)。ああいうアンビエンスの部分を曲の要素としてどう考えてるのか?

岡田「まあ、ああいう音楽を森でやりたかったっていうのが、ひとつあって。それの出しどころは結構難しいんですけど、この曲の場合、曲的にもそういうドローンみたいな世界観はあったんで、ポップスの部分とそういうドローン即興の部分をくっつけるのをやろうと思ったんですけど。で、『どうしようかな?』と思ってた時に、場面が入れ替わる瞬間に、ギターをバイオリンの弓で一弾きしてるんですけど、それを入れるだけで結構綺麗に場面が切り替わるなと思ったんですね。これ、歌詞つく前の曲プリプロの時点で、やってたんですけど」

増村「そうだったね」

岡田「まあ、ドローンだとか、ミニマルだとか、実験音楽とかそういうものを日本語のロックと並行して、ポップスとして組み合わせてやった人って、表立ったところはあんまりいなくて。いるはいるだろうけど(笑)。で、一枚目が予想外に世に出て、結構聴いてもらえる立場になった時に、そういう実験的なことをやったら、周りがどう聴くのか面白いなと思って。好きっていうのと、どういう風になるのか面白そうだな、っていうのもあったんで、やりましたね」

増村「岡田くんは發展もやってるし、そういうのが好きだけど、森でやってみたかったってところで。で、『どこにハマるかな?』ってなったら、ここにハマったっていう。デモで送られてきた時でも、ちょうどいいんですよね、長さが。これ以上長かったら、ちょっと森では、っていう」

岡田「そこは気にするから(笑)」

増村「そこは流石だな、わかってるなって思うけど。だから、これのデモが来た時に、ああ、ちょうどいい、これだったらアルバムに入ってもいいんじゃないかな、と思いましたね」

●じゃあ、次もソングライティングについて。今回、“煙夜の夢”みたいな組曲的な長尺の曲もある。ただ、それ以前に、森の曲って尺がすっごくバラエティ豊かじゃないですか? いろんな長さの曲がある。

岡田「そうですねえ」

●で、構成に関してもすごくバラエティがありますよね。いわゆるヴァース/コーラス/ヴァースみたいな曲って極端に少ない。ただ、それって、意識的にいろんな構成、いろんな尺の曲を書こうとしてるの? それとも、いくつも書いたものの中から、そういうものを選んで、ひとつのアルバムにパッケージしてるの?

岡田「曲作ってる時点で、いろんな尺のものは作るんですけど、“煙夜の夢”って曲がアルバムに入るって決まった時点で、その前と後ろの曲の長さをどうするか? とか、一曲目がこれくらいで、何曲目が何分で? みたいなのは決めながら作ってたんです。アルバム全体で飽きずに聴かせるにはどうしたらいいかな? みたいな感じで。だから、“煙夜の夢”以外の曲は短い曲が多いんですよね。二分台の曲だとか。全部、10分、6分、20分、6分とかだと聴きたくないですからね(笑)。そこは意識しましたね」

増村「レコード・ファンとして」

●まさに(笑)。でも、ソングライターとして、いろんな形式、いろんな構成、いろんな尺のものを書いてみたい、みたいなモチベーションは、そことは別としてありますか?

岡田「作りたいっていうよりは、いろんな音楽が好きだから勝手に出来ちゃうみたいな感じですね」

●じゃあ、“煙夜の夢”っていう、尺の長い、いくつかのパターンの出てくる組曲的な曲を作ろうと思った――いや、作ってしまった、かな? どっちにしろ、この曲がどういうタイミングで、どんな形で出てきたのか教えてください。

森は生きている / 煙夜の夢



岡田「これがアルバムのなかで一番先に出来た曲なのかな? パートAの長いインスト部分、楽器だけの部分は、去年、〈フジロック〉に出た時に出来てて。っていうか、せっかくの野外なんで、僕は〈フジロック〉でどうしても30分間、すごい長いジャム・セッションがしたかったんですけど(笑)。で、いつも通り、プリプロの音源を作って、みんなにメールして。で、『〈フジロック〉出れるから、野外っぽい、ジャム・バンドっぽいことしようぜ』って送ったら、『流石に歌がないっていうのはマズい』って反対されて。よく考えれば、一枚目のアルバムが出る前なんですよね、その時」

●(笑)めちゃくちゃだね。

増村「(1stアルバムが出たのが2013年)8月。〈フジロック〉が7月だったんで」

岡田「後にも先にも、メンバーに僕の意図が通らなかったのはそれだけなんですよ(笑)。で、そこでちょっとイジケて、この曲は放っておいたんですけど。アルバムが出て一ヶ月して、そろそろ曲でも書き始めて、早くアルバム作りたいなって思い始めた時に、わりと早い段階でもう一回手をつけたのがこの曲で。結構、無意識的に繋がって行ったところもありつつ、ポップスのなかで三つのパートがひとつの曲になってる――ポール(・マッカートニー&ザ・ウィングス)の“バンド・オン・ザ・ラン”とか、クイーンの“ボヘミアン・ラプソディ”とか――そういう曲は死ぬ前に一回やりたいなと思ってたんで。それをちょっとは意識したかな、って感じですかね」

Queen / Bohemian Rhapsody


Paul Mccartney & Wings / Band on The Run



●つまり、岡田くんがソングライターとして、やっておかなきゃって思ってるいくつものアイデアのうちのひとつ?

岡田「そうですね。チェックリストがひとつ消えたって感じですけど。で、いざ繋げてみたら、思いのほか、いい曲になったんで。みんなに送ったら、『あ、いい感じだね』って――本当に思ってるのか思ってないのかわからないですけど(笑)――そんな反応が来たんで。『アルバムの軸はこの曲になりそうだな』っていうのは初めからわかってたし。まずインパクトはありますからね(笑)。自分たちが聴いても」

●これもソングライティングについての質問です。森の1stアルバムというのは、いわゆる広義のアメリカーナ、アメリカ的なもの、若干南部的なものが前景化してたと思うんですよ。ただ今回は、プロダクションのせいもあるのかもしれないけど、そんなに目立たない。和声にしても、アレンジにしても。これは意識的に変えたところなんですか?

岡田「二枚目で意識したのが――僕、シカゴ音響って呼ばれてた人たちが結構好きで。ジム・オルークもハイラマズも大好きだったし。ただ一枚目やってみて、『あれは出来ない』ってわかって。当たり前なんですけど。技術的にもまだまだ難しいし、彼らもインディーズといえど、あれをやるには本当にお金がかかると思ったんですよ。もっと膨大な時間も必要だし。僕は本当にジム・オルークになりたかったんですよ。日本のジム・オルークに(笑)。ただ、当たり前だけど、まだ全然なれないので。自分の技術や知識ではまだまだ足りない。そういうのがわかった時に、すごい極端に、『じゃあ、絶対ジム・オルークがやらないことをやろう』と思って」

●はいはいはい。

岡田「ジム・オルークってリヴァーブがめっちゃきらいらしいんですよ。めったに使わない。それもあって、リヴァーブとか、エコーとかふくよかにしたし。曲の面でも、フォーキーなアルバムを作ろうっていうのが大前提であったんで。でも、ジョン・フェイフィとか、カート・ベッチャーとか、ああいうところじゃなくて。わかりやすくいうと、イギリスのジョン・レンボーンとか、バート・ヤンシュとか、ああいう音楽からヒントを得られないかな? と思って、曲は全体的に意識しましたね。だから、全体のサウンド自体は、イギリスっぽさは前よりかはある気がしますね」

●イギリスっぽいよね? ブリティッシュ・フォークっぽいし、カンタベリーっぽいところもあるし、6曲目(“気まぐれな朝”)とかは67、68年のブリティッシュ・ロックの感じもあるし。

岡田「そうですね」

森は生きている / 気まぐれな朝



●じゃあ、「ジム・オルークがやらないことをやる」っていうアイデアが、全体のプロダクションの方向性も、ソングライティングの方向性も決めたところがあるっちゃあるわけだ?

増村「すごいな、それ(笑)」

岡田「超安易ですよね(笑)」

増村「いやー、そんなもんでしょ」

岡田「すごい素直に、作った時はそう思ったんですよね。ジムさんがやらないようなことやろうと思って」

●実際、コード進行もブリティッシュっぽいよね。ルートがトニックのまま、5度の音が半音ずつ上がってくるとか。ルートが1音落ちて、半音落ちて、また半音落ちてとか、わりとイギリス的。

岡田「あー、そうですね。でも、それ、結構ジム・オルークやってるっぽいんですよね」

●(笑)。

増村「まあ、そんな全部意識しなくても(笑)」

岡田「だから、彼は単純にアメリカって枠にだけ収まる人じゃない、っていうのを作った後にわかったし。彼は本当にすごいですね」

●ジム・オルークがやってきたことを避けようとしてやったはずなのに、ジム・オルークの器はもっとデカかったっていう(笑)。

岡田「もっとデカかったです(笑)」

増村「なるほど、素晴らしい」

岡田「次のアルバムは、もっとシンプルで、リヴァーブとか使わないで、ジム・オルークのやらなそうなことをやりたいです(笑)」


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