分業制ポップ全盛? 孤高のベッドルーム・
シンガー=ニック・ハキムに訊くローカル・
コミュニティの内側で傑作を作る方法:前編
●ボストンを離れ、ニューヨークに移ることにした動機を教えて下さい。当時のあなたは何を求めていたんでしょうか?
「バンドも友だちも全員ニューヨークにいたから。僕がまだボストンに住んでる時からね。ここに来たのは単純にそれが理由(笑)。バンドのメンバーが全員NYに移ったから、僕も移ったってこと」
●じゃあ、もともとNYにはコミュニティがあったってこと?
「その通り。新しく知り合った人たちもいるけどね」
●では、ブルックリンという街があなたに与えた影響について教えて下さい。〈ヒューマン・ヘッド・レコーズ〉というお店はあなたにとってどういう場所で、どういう刺激や安心を与えてくれましたか?
「この新しいアルバムの曲を書きはじめたのはNYに移ったあとなんだ。君がさっき言った“コールド”のヴィデオに映ってたアパートでね。で、〈ヒューマン・ヘッド・レコーズ〉は僕だけじゃなく、大勢の友だちにとっても安全な場所、避難所っていうのかな。一日中あそこで音楽を聴けたんだから! 新しい音楽をチェックして、環境としても自分を受け入れてくれるようなところだったんだ。僕にとってはあの店をやってる人たちが家族なんだよ」
●深いエコーのかかったドープなアトモスフィア/プロダクションは、EP時代からのあなたのシグネチャー・サウンドです。こうしたテクスチュアはそもそも何に起因するのでしょうか? ヒップホップ・レコードのプロダクション? それとも東海岸のインディ・ロックからの反響もあるんでしょうか?
「うん!今回使ったいろんなリヴァーヴは、(プロデュースを)手伝ってくれたアンドリュー・サルロ(Andrew Sarlo)と深く関わってる。僕自身、ヴォーカルのエフェクト、ギターのエフェクトっていうアイデアが好きなんだけど。僕はとにかく、やりすぎにならないギリギリまでアトモスフェリックにしたい。ま、やりすぎになってるかもしれないけど(笑)」
●(笑)。
「アンドリューはヒップホップのレコードもたくさん聴いてるんだけど、インディ・ロックもたくさん聴いてるんだ。レディオヘッドとか(笑)。エレクトロニック・ミュージックやアンビエント・ミュージックもたくさん聴いてて。だから、マイ・ブラディ・ヴァレンタインだとか、リヴァーヴを使うレコードからの影響がある。リヴァーヴを使ってるソウル・レコードからの影響もあるし」
●例えば?
「ごく最近もラヴ・ポーションの『ディス・ラヴ』っていうレコードを見つけたんだけど、その曲で使われてるリヴァーヴがクレイジーでさ。『このヴォーカル、一体なんだ? どうやったらこんなヴォーカルになるのか解明しなきゃ!』って思ったんだ。だから、ホントいろんな影響があるんだけど」
「ただ君が言ったインディ・ロックの影響っていうのはその通りだと思う。でも、ヒップホップにしても、マッドリブからの影響もあるし、フォークからの影響もあるし、アトモスフェリックっていうならフィル・スペクターからの影響だってすごくある(笑)。フィル・スペクターのレコーディングってまさにリヴァーヴが目一杯かかってて、それを悪びれもしないんだよね。他の人たちが『ちょっとリヴァーヴかけてみようか』ってところを、彼はクソ目盛りいっぱいまで上げるんだ(笑)」
●EP時代の音源と、本作『グリーン・ツインズ』とのもっとも大きな違いは、ビートとプロダクションです。こうした挑戦はそもそもどういうアイデアから始まったんでしょう?
「そこは必ずしもつねに意識的じゃなかったかもしれない。ただ、このアルバムで違うのは、僕がほとんどの楽器をプレイしてるところ。EPでは歌とギター、ピアノくらいだったから。でも今回はドラムマシンも多用してるし、最高のシンセ・サウンドもあれば、変なシンセ・サウンドもあって(笑)。EPはアコースティック楽器とエレキギターを使った、ライヴ・レコーディングだった。でも今回はドラムのプログラミング、ビート、シンセサイザー、サウンド・エフェクトを使ってるし、ヴォーカルでも僕が叫んでたりする。だから、もうちょっとアグレッシヴで、エナジェティックなんだ。それって、EPの外に踏み出すってことでもあるしね」
●あなた自身の発言――「ウータン・クランのRZAがポーティスヘッドのアルバムをプロデュースしたら、どんなサウンドになったか想像したかった」というアイデアが全体の幹だとすれば、それ以外の枝葉としてのアイデアにはどんなものがあったか、教えて下さい。
「みんな、その引用について質問してくるんだよね。だから、もう取り消そうかと思ってて(笑)」
●じゃあ、実際のところをもう少し詳しく教えて下さい。
「僕ら、聴いてた音楽を挙げる時に、『ポーティスヘッドはヒップホップのプロダクションを多用してる』っていう話をしてたんだよ。サンプリングとか、ブレイクとか。ただ、ポーティスヘッドは自分たちが選ぶサウンドに対してすごく意識的で、注意を払ってるよね? で、それはRZAも同じなんだけど、僕からするとプロダクションに対するアプローチがもっと生々しいっていうか、本能的なんだよ。わかる? だから、僕らがやろうとしたのは、ある意味、その二つの間のバランスを見つけるってことなんだ」
●なるほど、なるほど。
「ローファイとハイファイをぶつけたり、ハイファイ同士だったり、僕らが選んだサウンドにはいろんな要素があるんだけど、一緒にするとうまくいくっていうか」
●EP2枚が持つ全体のフィーリングが孤独だとすれば、このアルバム全体が持つフィーリングをあなたなら何と呼びますか?
「勿論、曲ごとにパーソナリティがあって、それぞれの感触があるんだけど。でもEPとの比較で言えば、EPは静かな親密さだったのが、今回はもうちょっとエナジーがある感じ。別に聴く人を踊らせたりするわけじゃないんだけど、もう少し高揚させるっていうか。それと、それぞれの曲が語ってることをベースにして、アルバム全体として奇妙な夢みたいなアトモスフィアがあるんじゃないかな」
●その「奇妙な夢みたいなアトモスフィア」が生まれた場所について、より具体的に教えてもらえますか?
「例えば、“スロウリー”っていう曲は僕がこれまで見た中で一番ファッキン変な夢についてなんだ。間違いなくあの曲にはその時の感触がある。で、他の曲はまた別のことについてで、無意識にそれぞれのエナジーが曲に宿ってる気がするんだ。それは歌詞の反映でもあるし、その曲を書いてたときのエナジーの反映でもあるしね」
●アートワークとアルバム・タイトル、タイトル・トラックのリリックにも使われている「グリーン・ツインズ」ーー緑色の双子というモチーフは何のメタファーなんでしょうか?
「基本的には僕が繰り返し見た夢から来てるんだ。実際、3回は見たんだけど(笑)。夢のなかで僕は昔住んでた町を歩いてて、そしたら緑の赤ん坊が二人やってきて、僕の周りを走り回るんだよ。で、道路に走り出すんだけど、毎回その赤ん坊が車に轢かれるんだ」
●うわ。
「悪夢だったんだよ。で、タイトルにしたのにはいろんな理由があるんだけど、まずは最初に書いた曲の曲名だってこと。それと、僕にとっては新しい生活を意味するところもあるし、夢が暗示してるように“死”でもあって。と同時に、新しい生でもあるんだよね。僕の好きな色でもある(笑)。あと、僕、双子座なんだ。だからいろんな要素が重なって、このタイトルになったんだよ」
●じゃあ、最後にこのアルバムの両側に並べるとしっくり来る既存のアルバム2枚を挙げて下さい。
「ワオ。クールな質問だな。じゃあ、今ちょうど手に持ってるアルバム2枚にしようかな。いい質問だけど、ホント難しいから。まずはミルトン・ナシメントとロー・ボルジェスの『クルービ・ダ・エスキーナ』。もう1枚はシュギー・オーティスの『インスピレーション・インフォメーション』。どっちもいま手にしてるレコードなんだけど(笑)」
「厳密に言えば、このアルバムが直接その2枚に影響を受けたとは言えないけど、そうするよ。でも僕はシュギー・オーティスには確実にすごく影響されてるし、ミルトン・ナシメントとロー・ボルジェスは好きなミュージシャンだからね」