その出音を聴けば、すべてが了解出来るだろう。しっかりとミュートが効いたタイトなドラム。アタック感を強めに打ち出したベース。夜の空気を切り裂くように鋭利なギター。ノーウェアマンの1stアルバム『マン・ノーウェア』に刻まれているのは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを起点に、テレヴィジョン、スーサイド、ソニック・ユース、ESG、ラプチャーと絶え間なく続いているニューヨークの音楽的な伝統だ。あるいは、その豊かな水脈によって育まれた2000年代初頭の二大ムーヴメント――〈DFA〉から世界に広がったポスト・パンク・リヴァイヴァルと、ストロークスが発火点となったロックンロール・リヴァイヴァルの意志を受け継いだサウンドだと言ってもいい。これまでもニューヨークの音楽シーンに世界中の若者が感化され、それぞれの形で新しい音楽を生み出してきたが、この三人組もまた2010年代の日本からニューヨークの偉大な歴史への返答を試みている。
彼らの音楽的ヴィジョンやアルバムについての詳細な話は、〈only in dreams〉に掲載されているメンバーたちと田中宗一郎による対談に譲りたいと思う。以下にリンクを貼っておくので、ぜひ併せて読んでもらいたい。
「NOWEARMAN × 田中宗一郎」対談
ここでは、その副読書として、〈サイン・マガジン〉では恒例企画となりつつある、「影響を受けた10枚のレコード」をメンバーに挙げてもらう企画をお届けする。彼らのチョイスからは、定型を打ち破るアヴァンギャルドなアート志向に惹かれながらも、ポップへの野心を燃やすことも躊躇なく肯定するバンドのメンタリティがしっかりと浮き彫りになっているはずだ。それでは早速、彼ら3人の興味深いセレクションを紹介していこう。(小林祥晴)
長野智(以下、長野)「まず一枚目はヴェルヴェット・アンダーグラウンドの1stです」
●ヴェルヴェッツは、やっぱり1stですか?
長野「そうですね。イギリスだとロック・バンドのフォーマットは、キンクスとか、いわゆるガレージ・ロックとか、きちんと形式的になっていると思うんですけど。でも、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドって、そういうものじゃないっていうか。ジョン・ケイルとかアンガス・マクリーズの影響もあると思うんですけど、俗に言う“ロックンロール”ではない。けれども、例えば、マーヴィン・ゲイの“ヒッチハイク”のイントロをまんまやってみたり、ルーツに影響されているもので。特殊なんだけど、それがすごく普遍的なものになったっていう意味での良さ? それと、メロディが純粋に好きっていうのがありますね。ヴェルヴェッツは、1stに限らず、全部好きです」
●でも、ルー・リードかジョン・ケイルか、って言われたら、どっちを選びます?
長野「そこ、すっごい難しいんですけど(笑)」
高藤新吾(以下、高藤)「難しいね(笑)」
長野「ルー・リードはメロディをしっかり書ける人で、そこにジョン・ケイルの実験性というか、曲に対する面白さが一緒にあったからこそ、すごくいいというか。そういう意味では、ヴェルヴェッツはジョン・ケイルがいなかったら駄目だと俺は思うんですよね。だから、2ndまでがすごく好きだし。ジョン・ケイルがいた頃のライヴCDは、その後のものとは全然モノが違うし。その部分でのバンド感というか、サウンドの面白さっていうのも、二人いてナンボですね」
●ルー・リードのコード進行の癖ってあるじゃないですか? きちんとトニックから始めて、サブドミナント行って、もう一回トニック戻る、みたいなところに過剰にこだわるじゃない?
長野「そうですね」
●要するに、ロックンロールの形式にこだわっている。彼のそういうところと、自分たちとの距離感はどうなんですか?
長野「そこは正直、ちょっと違うな、って思うんですよね。ジョン・ケイルが抜けた後は、ライヴ自体もそういうものになっていって物足りない、って感じです。カッチリし過ぎちゃってるっていうか。勿論、『ローデッド』も好きなんですけど」
●『ローデッド』も過小評価されてはいるけど、やっぱりいいレコードなんだよね。
長野「いや、すごいです。(『ローデッド』収録の)“ロックンロール”って曲は、一番歌詞が好きなんですけど。あの曲の歌詞で言ってることは、ロックンロールっていうものが持っているスタンスやアティテュードのすべてだと思うんですよね。郊外に住んでいる女の子が、ある日、ラジオでロック音楽をニューヨークの放送局が流しているのを聴いたら人生観が変わった、っていう。そういうルー・リードが持っているロックに対する精神的な信仰というか、スタンスも大好きなんですよ」
長野「最初の頃、ストロークスはハイプ的だとか言われたりしましたけど、僕は当時からそう思ってなくて。本当にメロディがいい、良質なバンドっていう。だから、LCDサウンドシステムとかヤー・ヤー・ヤーズとかラプチャーとかが残っていくもので、ストロークスがすぐ消えるものみたいに分けて聴いてなかったし、全部好きというか。ただ、ストロークスの1stは、なんでこういうサウンドになったのか、さっぱりわからないっていう。もともとは、ガイデッド・バイ・ヴォイシズみたいにしたかった、って話だったじゃないですか? ジュリアンが最初の頃のインタヴューで、『ローデッド』が好き、とも言ってたんですけど。でも、別に他のメンバーはそうでもなかった、みたいな(笑)」
●これは本当に永遠の謎のレコードだよね。なんでガイデッド・バイ・ヴォイセズやヴェルヴェッツをやりたくてこうなるのか、全然わからない。
長野「で、2ndのインタヴューだと、『70年代とか80年代の話は今は置いておこうよ』みたいなことを言っているんですけど、今はガッツリそっちの方向に全員行っているし(笑)。明確に美学はあるんですけど、謎がそれよりも大きいというか」
●うん、不思議。いつも一瞬戸惑う。
長野「2ndで〈サマーソニック〉に来た時、なぜかいきなり、ジュリアンが『ゴースト・バスターズ』のTシャツを着てて(笑)。『えっ、なんでそうなったの?』ってその時は思ったんですけど。そんなのストロークスに必要ないと。でも、今思うと、そういうふうに広げるスタンスというか、モチベーションがあった人たちなんだな、って。ただの小さい世界にせずに、美学を保ったまま、ちゃんとバンドを持ち上げた」
高藤「うん、広げたっていうね」
長野「そういう意味で、この人はすごいですよ」
長野「この人たちもヴェルヴェッツから直接的に影響を受けていて……いや、でもそんなことないか? エルヴィス・プレスリーとか」
高藤「うん。アラン・ヴェガはプレスリーだし、マーティン・レヴはサム&デイヴとか、ああいう感じのフレーズをそのまんまやってる」
長野「ただ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが持っている実験性と、ニューヨークのアンダーグラウンドをすごく象徴しているというか」
中村大樹「うん、だよね」
長野「たとえば、ジョン・レノンの“ワーキング・クラス・ヒーロー”っていうのは、みんなが聴いた時に共感できる、アイコンとしてのワーキング・クラス・ヒーローなんですけど。ロック・スター的というか。でも、スーサイドがやる“フランキー・ティアドロップ”は、もっとリアルなワーキング・クラスの悲惨さというか。でも、それをサウンドと歌詞で表現しているリアルさ――スーサイドはそういう部分でも好きだし」
長野「あとは、こんなに特殊で、ジャケットも際どいのに、バンドが持っている潜在的なメロディの良さが感じられるものになっているのは発明に近いというか。それこそ、ブルース・スプリングスティーンもカヴァーするし、石野卓球もカヴァーするし、っていう。だから、そういったニューヨークのDNAとかスワンズとかの流れの――」
高藤「リディア・ランチとか」
長野「うん。その中でも一番メロディックだな、と思うので。そこも含めて、すごい好きです」
長野「ピンク・フロイドは1stですね。ギルモアのピンク・フロイドもいいんですけど、それよりもポップスとして通用するっていうか。それに、ピンク・フロイドはヴェルヴェット・アンダーグラウンドからも影響を受けているけれども、明らかにニューヨークとロンドンでは違う、っていう部分でも興味深いし。これも特殊な音楽だと思うんですけど、そういった特殊なものが、ピート・タウンゼントとかジョン・レノンにも影響を与えたっていうことが、すごく面白い」
高藤「そうだね。出た当時は、(取材に持ってきた40周年記念の3枚組コンプリート・エディションを指して)こんなふうになる感じじゃなかったんだろうし(笑)」
長野「発表された時は、あんまりだね、みたいな評価だったって読んだことあるんですけど。でも、今聴くと、『これがピンク・フロイドだよな』って思いますし。普遍的なものになったんですよね」
●ルー・リードとシド・バレットの和声的な特徴を較べてみた時にどうですか? ルー・リードはすごくオーセンティック。でも、シド・バレットはとんでもないところにルートが行ったり、「これ、もはや転調って言わないですよね?」っていう突拍子もないコード進行が得意ですよね。ただ今のところ、シド・バレット的なトンデモ感というのは、ノーウェアマンにはないじゃないですか?
長野「そうですね。シド・バレット的な感じよりは、ケヴィン・エアーズとか、そっちの方が今のうちがやっている意識には近いですね」
高藤「シド・バレットは、曲作りの直接的な影響ではないかもしれないですね、そういう意味では。本当に、人物というか、空気感みたいなものに惹かれているところがあるのかもしれない。ちょっと確信犯的な部分とか」
長野「次はこれですね。自分たちのバンド名は、ここからインスピレーションを受けているんで、このアルバムを選んだっていう。ジャケット写真のイギー・ポップを見た時に、『これをヌードとかネイキッドって言葉ではなくて、自分たちなりに形容したら何だろうな?』と思ったんですよ。で、ノーウェアマン(NOWEARMAN=何も着ていない男)だったっていう」
●ああ、なるほど!
長野「あとやっぱり、“サーチ・アンド・デストロイ”という曲のタイトルは素晴らしいと思いますし。それに、ストゥージズも結構――“サーチ・アンド・デストロイ”は展開しますけど――同じテンション感で曲を回すっていうか。“デストロイ・オール・モンスターズ”も好きなんですけど。ロックに、実験的ともまた違う何かを落とし込んでいる。ただのパンクじゃないというか、それが単純なロンドンのパンクとは違うところで。そういう点で、すごく好きな、影響を受けたバンドです」
●ただ一点、ノーウェアマンってビートとグルーヴがジャストで、オン・グリッドですよね。そこがストゥージズとの一番大きな違いだと思う。眉唾ではあるんだけど、当時のストゥージズには、オーネット・コールマンとかの影響があるらしいんですよ。あとは、『ラヴ・シュープリーム』以降のジョン・コルトレーンとの同時代性だったり。だから、ジャスト・グリッドじゃなくて、反復し続けるグルーヴが揺れまくるっていう。そういったところにノーウェアマンが乗り出していく、っていう可能性はあると思いますか?
高藤「なるほどねぇ」
長野「コルトレーンもすごい好きなんです。実際、相当実験的なジャズだと思っていて。ただ、あっちの方にすぐには行かないですけど、ああいう新しさというか面白さにはすごく興味はあります。バンドの潜在意識として」
高藤「そうだね」
長野「でも、コルトレーンって、自分の中で今まであまり熱いものとして考えたことがなかったんですよね。けど、最近ウェスト・コースト・ジャズを聴いてたら――ウェスト・コーストってすごいクールじゃないですか? で、そういうものと較べた時に、めちゃくちゃ熱いものなんだ、っていうことが初めてわかって。今まで、あまりエモーショナルにならないようにすることが自分の中ではひとつの美学だったんですけど、実はもっと違う捉え方があるかもしれない、って最近気づきました。もしかしたら、自分は熱い方が好きなんじゃないか? っていう(笑)」
photo by Mitch Ikeda
「日本発、ゼロ年代NYの意志を継ぐ者、
NOWEARMANを作った10枚のレコード Part.2」
はこちら。