ロック不遇の時代。その理由の筆頭に挙げられるのが、ラップやR&B由来の強力なビートが跋扈する現代音楽シーンにおいて、生楽器主体のバンド・サウンドが出音の時点で不利な立場にあるという点。本稿の主役であるショーン・エヴェレットは、そんな時代に通用するモダンなロック・サウンドを作り上げたアラマバ・シェイクス『サウンド&カラー』を手がけ、一躍トップ・エンジニアとなった人物です。
そんなショーン・エヴェレットが手がけた最新作であるハインズ『アイ・ドント・ラン』は、現代の音楽シーンにおいてもラジオ映えするガレージ・サウンドを目指した作品。レコーディング素材を一度カセットテープに通し、その上で手を加えたパワフルなサウンドが特徴です。デジタルとアナログを行き来する自由な発想によって、現代のガレージ・ロック像を作り上げた傑作だと言っていいでしょう。
前編では、彼がどのような姿勢とアイデアで、ハインズやアラバマ・シェイクスの作品を手掛けたのかを訊いています。未読の方はまずはこちらから読んでみてください。
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アラバマ・シェイクス2ndを大化けさせた
2018年最重要プロデューサー、ショーン・
エヴェレットが語るハインズの魅力と可能性
この後編では、彼のエンジニアリングのルーツや現代のサウンド・プロダクションへの見解などについて訊いています。エンジニアを志すきっかけとなったレコードは、サウンド・プロダクションのマジックで聴き手を極彩色の世界へといざなうフレーミング・リップス『ザ・ソフト・ブルティン』。そして、常に固定観念を破壊し続けるカニエ・ウェストや現代のヒップホップにも興奮を隠せない――そんなショーンだからこそ、ハインズ『アイ・ドント・ラン』をこれほどまでに自由で刺激的なサウンドに出来たということがわかるはずです。
●昨年リリースされたパフューム・ジーニアス『ノー・シェイプ』の大きな特徴として、あなたがエンジニアとしてバイノーラル録音を採用したことが挙げられると思います。まずは、あの作品を特別なものにしている理由のひとつであるバイノーラル録音について教えてもらえますか?
「バイノーラルのマイクはステレオ・マイクロフォンで、まさに人間の頭の形をしてるんだ。クールなマイクで、その頭の耳の部分に二つ、マイクが埋め込まれてる。基本的には、ある環境において人間が聴く音の総量を再現していて。背後で誰かが話してたら、それが背後から聞こえてくるのがわかるよね? それはつまり、音が耳において屈折しているからで、前面からまっすぐ聞こえているのではないことがわかる。音が背後から聞こえてきたら、その情報が脳で感覚として把握されるんだ。バイノーラル録音が再現しようとしているのは基本的にその現象で、ある楽器をその頭の後ろに設置したら、あとでその録音を聴く人もそれが後ろで鳴っていることが理解できる。そういう効果があるマイクなんだよ」
●まるで教会やバベルの塔のような「世界観の構築」という意味も含めてあのレコードのプロダクションは素晴らしく、紛れもなくパフューム・ジーニアスの最高傑作となっていると思います。
「ありがとう」
●あの作品にバイノーラル録音を採用することにした理由とは?
「どんな楽器をレコーディングしてる時でも、どの方向に置くかによって位置をデザインできる。いつもうまくいくわけじゃないけど、正確に使えば、どこでそれが鳴っているか、感覚そのものを再現できるんだ。逆にほとんどのレコーディングでは、すべての楽器が前面にあって、そこから聞こえてくるんだけど。あのレコードでは、そうじゃなく周囲から聞こえてくる感覚をそのまま再現したかったからバイノーラルを採用したんだ」
●ここからはあなたのバイオグラフィについて訊かせてください。サウンド・エンジニアを志したきっかけとなるレコードや、ロールモデルであるエンジニア/プロデューサーを教えてもらえますか?
「たぶん、子どもの頃聴いて最初に好きになったレコードは、フレーミング・リップスの『ザ・ソフト・ブルティン』だね」
「ほんとに大好きで、あのレコードで僕はサウンド・エンジニアになりたいと思った。尊敬しているエンジニア、プロデューサーも、あれをプロデュースしたデイヴ・フリッドマンだと思う。あと、チャド・ブレイク。彼の音の世界がすごく好きなんだ。それと、ジョージ・マーティン。ビートルズのプロデューサーだね(笑)」
●あなた個人としてはエンジニアリングとミキシングどちらにこだわりがありますか?
「そうだな……エンジニアっていうのは、実際かなりスタンダードなトーンでレコーディングできるんだ。で、それをミキシングで作り込める。つまり、どちらの過程でもクリエイティヴになれるんだけど、僕としてはミキシングの方が好きかもしれない。ある意味最終段階で、その時やってることがおそらくそのままレコードとして出るだろう、ってわかってるから。だからこそ、突飛なことや手の込んだことができるからね」
●エンジニアリングとミキシングそれぞれについての基本的なポリシーはありますか?
「僕はできるかぎりルールみたいなものを作らないようにしてるんだけど、唯一あるとしたら、音の虹(sonic rainbow)を作ろうとしてるんだよね。つまり、耳が拾える最低周波数から最高周波数までの範囲において、そこにできる周波数の虹を埋めようとしてる。作業中に考えているのは、今レコーディングしている音がどのレベルになるのか、それをどうシェイプできるか、そこに何を乗せてスペースを作れば、どんな音域になるのか――みたいなことなんだ」
●全体のイメージを描くということでしょうか。
「ルールとは言えないんだけど、作業してる時にはそういうことが頭にある。音の虹をどういうふうに埋めていくのか。もし虹の一部だけでいろんなことが起きていたら、クレイジーに聞こえてしまう。だから常に、どう全体をシェイプするかを考えてるんだよ」
●あなたは多くバンド・サウンドを手がけていますが、バンド・サウンドのサウンド・プロダクションにおいては二つの正解があるように思います。一つ目はレコーディングの目的が「生演奏の再現」だった頃に遡る「目の前でバンドが演奏しているように感じられるサウンド」。二つ目は「楽曲やアルバムの世界観を余すことなく表現するための、時に“不自然”であることも厭わないサウンド」。あなたはこの考えについてどう思いますか? 前者は旧時代のアイデア?
「んー、ちょっと古い感じはするけど、今でもその場所はあると思う。ただし僕がこの仕事を始めた理由は、いろんなやり方でサウンドを操って、現実には起きないようなものを作れることだった。ある環境やテクスチャーを作ることで、これまで聴いたことがないような世界を生みだせるんだよ。ただ、その部屋で起きていることをできるだけ自然に捉える、っていうのにも魅力はある。それは僕が元々レコーディングに熱中した理由ではないけれど、それをキャプチャーするのは本当に美しいことでもあるんだ」
●なるほど。
「この前も僕、ニーナ・シモンを聴いてた時に、そのレコーディングの仕方に素晴らしいものがあるのに気が付いて。彼女自身はもう亡くなったかもしれないけど、そのレコードでもっとも重要なのは人の声、ヴォーカルで、僕はその夜自分のリビングルームで彼女の歌を聴くことができた。彼女がレコーディングの時、歌っていたのがまさに再現されてたんだよね。そこまでパーフェクトに捉え、再現できるのはやっぱりクールだと思うし、ある意味ニーナ・シモンがよみがえってたんだよ」
「それは本当にすごい。今、そういう文脈でレコーディングを考える人はそう多くはないけど、まだ重要だと僕は思う。アーティストの死後、50年後にその人が歌っている姿を再現できるなんて、素晴らしいよね?」
●あなたの作りだすサウンドは、演奏のニュアンスを生々しく捉えるという意味では写実的でありながらも、その裏には技術的なコントロールや脚色が存在している、とても絵画的な作品だと思いますが、こういった意見についてはどう思いますか?
「うん、やっぱりそれも僕がレコーディングを始めた理由がベースになってる。僕はある意味ワイルドな環境を作りだしてるから、それじゃ絵を描くことにたとえられるかもしれない。たぶん、それが好きなんだよ。その場で起きていることをパーフェクトに、正確に捉えることに長けた人は他に大勢いるし。それ自体はすごいと思うけど、僕自身の強みかって言われると、わからない。むしろ僕には作り込んで、クレイジーになっちゃう傾向があるから。僕はスタジオでできることに興奮するんだ。ワイルドになるのが好き。で、基本的に夢中になっちゃってやることだから、僕の作品はアクシデントだとも言えるね(笑)」
●現代の音楽制作においては、もはやハードウェアを必要としないレベルでプラグインが発達しています。あなたは最後にアナログ機材に差し替えるまでは、プラグインだけで作業して音を組み立てるというエピソードも読みました。アナログとデジタルの使い分けや併用について、あなたはどのようなポリシーを持っていますか?
「もちろん、プラグインには、クールなヴィンテージ・サウンドがいろいろ揃ってる。ただプラグインの問題は、本来カオス的ではないこと。アナログ機材には元々カオス、無秩序がかなりあるんだよ。つまり、アナログを使うと、そこから得られるものはいつも同じじゃない。だから、カオス的なもの、ユニークなものを求めている時にはアナログ機材を使った方が早い。でももっとコントロールしてきちんと形にしようとしてる時、起きることをちゃんと把握しておきたい時には、プラグインが有効だ。つまり使い分けが重要で、ノリやヴァイブが欲しいなら、プラグインよりアナログ機材の方がむしろ近道になるんだよね」
●Spotifyのようなサーヴィスを使って無数の音楽が手軽に聴ける現代においては、一瞬で耳を惹かなくてはスキップされてしまうという危惧もります。そのためには出音の強烈さが求められており、音楽におけるプロダクションの重要性が上がっているように思えますが、エンジニアとしてそうした状況をどう見て、どう対応していますか?
「いや、大体の場合は、僕が考えてるのはその曲全体のサウンドを作りだすこと。Spotifyにおける最初のインパクトじゃなくてね。実際……アラバマ・シェイクスの話に戻るんだけど、あのレコードはヴィブラフォンの音で始まる。あんまりモダンな楽器でさえないよね? しかも静かに始まって、最初は優しい子守歌みたいに聞こえるんだ。実際、僕としては、あのレコードは……『サウンド&カラー』がどんなアルバムだったか訊かれて、みんなが思い浮かべるのは、あの冒頭の印象で決められたところがあるんじゃないかと思ってる」
●たしかにアルバムのイメージは冒頭の音が形作ることが多いですね。
「今のレコードでよくある、鼻先でドアをバンって閉めるような始まり方じゃなくて、ある環境にそっと引き込んでいく感じで、ちょっと違うんだよね。それで得したんじゃないかな。レコードがあんなふうに始まるのを聴いて、みんな……僕が思うに、Spotify時代における競争において、やり方の一つとしては、さっき言ったみたいにいきなりドアを閉めるような強烈なサウンドを持つ方法がある。でももう一つの方法として、瞬時に惹きつけるっていうか、興味をとらえるやり方もあると思うんだ。もうちょっと繊細な形でリスナーの耳を惹いて、ハマらせるっていうか。うん、いろんな見方があるんじゃない? 普段僕はそういうことあんまり考えないんだけど、変な話、アラバマ・シェイクスのレコードの始まり方に関しては考えたんだ」
●そしてSpotify以上に影響力を持っているのではないかと思われるのが、iPhoneに付属しているイヤフォンです。世界中を見渡しても、もっとも多くのリスナーがあのイヤフォンで音楽を聴いているのではないかと感じますが、実際に音作りにおいて意識することはありますか?
「僕がミキシングをする時には、それを考えはじめて、しっぺ返しを喰らうこともある(笑)。というのも、ミキシングの途中、8割方のところで、自分でもヘッドフォンで聴きながらミキシングしようとしてるんだ。他の人がヘッドフォンで聴く時にどんな感じになるか、つかもうと思って。スピーカーで聴くのと、ヘッドフォンで聴くのと比べるのは面白いし、大抵はそこでちょっとミキシングを変えることになる。ただ、最初からヘッドフォンでミキシングを始めるのはすごく難しい。理由はわからないけど。だから、最初はスピーカーで作業を始めて、ある時点で他の多くの人が聴くであろうサウンドをつかむためにヘッドフォンは使うようにしているんだ」
●最後の質問です。リアルタイムのアーティストだけでなく故人も含め、あなたがもし手がけられるなら担当したいアーティストや、やり直したいアルバムはありますか?
「どうかな(笑)。ほとんどの場合、ものすごく興奮するアルバムがあったりすると、僕はそれには手を触れたくない。ダメにしちゃう気がするから。ただ、そのメイキングを誰かがちゃんと記録してればよかったのに、って思うアルバムは本当にたくさんあって。だから、僕自身がそこに関わりたいなんて怖くて言えないな。むしろ悪くしちゃうだけな気がする(笑)」
●分かりました(笑)
「で、リアルタイムで言うと……僕、カニエ・ウェストが大好きなんだ(笑)。思うんだけど、今ヒップホップがすごくクールなのは……ほとんどのジャンルで、そこでやることがもう定義されてしまってるよね? ロック・ミュージックでさえ最近はルールが決められてるっていうか、『ロック・バンドとは』みたいな型がある。僕には、もうすぐロック・ミュージックがジャズみたいになっていくんじゃないか、っていう危惧があるんだ」
●ええ。
「ジャズは始まった頃はユース・ミュージック、若者の音楽で、みんなが若さを感じて、それに興奮してた。反抗的な感じがあったんだよ。でも、だんだん『ジャズ・ミュージックとは何か』みたいなルールが決められていった。するともう若さはなくなって、古臭いジャンルになって。ロック・ミュージックでも長年そういうことが言われてきたけど、僕自身、実際にそう感じはじめてきたところがある。今のラジオで流れている今のバンドの多くは、『ロック・バンドとは』を定義するようなルールに即してて、だんだん袋小路に向かってる危険があるんじゃないかな。20年、30年後にはロックは老人が聴くような、過去の音楽になってるかもしれない。もうエッジーな感じがしないし、キッズもロックのことを自分たちの世代の一部だと定義してないだろうし」
●たしかにそこが今のロックの大きな課題の一つとなっていますね。
「一方、ヒップホップは純粋に……ヒップホップはまだ定義されてないし、確固たるルールが決まっていない。例えば、ビートルズが世界最大のバンドだった頃、彼らはアルバムを出すことで純粋にルールを次々打ち破っていたんだ。彼らが成し遂げることを、みんなが恐れていた。今はそれがヒップホップで起きてるんだよ。ヒップホップのレコードって、コンスタントにルールを破ってるよね? しかもそれをアート界じゃなく、メインストリームでやってる。大抵の場合、最大のレコードこそ、もっとも破格でとんでもないレコードだったりするんだ」
●まさにそこがエキサイティングなところですよね。
「ケンドリック・ラマーやカニエ・ウェストみたいな人はもっともビッグなヒップホップ・アーティストなのに、もっとも抽象的で奇妙なアルバムを作ってる。そのプロダクションで起きてることなんて、クレイジーなくらい興味深いんだ。うん、カニエのことをクソミソに言う人も多いけど、この前のレコードなんて完璧に狂ってる。出てくるトラック、トラック、もう全然方向が違ってて」
「あんなに無鉄砲な人がレコードを作ってて、それが大きな影響を与えてるなんて、僕はすごくエキサイティングだと思う。重要だし。だから僕は、そういう人と一緒にやってみたい。あるジャンルをドラスティックに変え、さらにそこに切り込んでいくようなアーティストとね」
通訳:萩原麻理