SIGN OF THE DAY

アラバマ・シェイクス2ndを大化けさせた
2018年最重要プロデューサー、ショーン・
エヴェレットが語るハインズの魅力と可能性
by KENTA TERUNUMA May 23, 2018
アラバマ・シェイクス2ndを大化けさせた<br />
2018年最重要プロデューサー、ショーン・<br />
エヴェレットが語るハインズの魅力と可能性

「今、とにかくロック・バンドが苦しい」と言われ続け早数年。南ロンドンを筆頭にギター・バンドの復権への期待が高まりつつある昨今ですが、その一方で「クオンタイズされたパワフルなビートによってリスナーの体質がすでに変わってしまっているため、もはやバンドは苦しいのでは」という指摘があるのも事実です。だからこそ、スーパーオーガニズムのような旧来のバンドとは違う存在に注目が集まっているのだ、と。


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しかし、そんな状況において、セールス/評価ともに成功を収めた数少ない新人ロック・バンドがいます。それが〈サインマグ〉読者にはおなじみのアラバマ・シェイクス。その躍進には極めてモダンなプロダクションで現代のロック・サウンド像を打ち立てたアルバム『サウンド&カラー』が大きな影響を与えていることは今さら説明するまでもないでしょう。詳しくはこちらの記事を改めて読んでみてください。


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ラップやR&B由来の強力なビートが跋扈する現代音楽シーンにもフィットするパワフルなドラム・サウンド、繊細にニュアンスを捉えながらも埋もれることなくクリアに耳に届くヴォーカルやギターの処理など、『サウンド&カラー』のサウンドは驚きをもって迎えられ、第58回グラミー賞では最優秀アルバム技術賞も獲得。そのプロダクションには数多くのミュージシャンやエンジニアが注目の視線を注ぎ、現代のロック・ミュージックが目指すべき音の一つの指標としても捉えられています。

Alabama Shakes / Sound & Color

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さて、本稿の主役はそんな『サウンド&カラー』においてエンジニアとミキシングを手がけた、まぎれもないキーマンの一人、ショーン・エヴェレットです。彼はそれまでウィーザーの作品にも携わっていた人物ですが、やはり『サウンド&カラー』以降に一躍トップ・エンジニアの座に上り詰め、昨年2017年だけでもパフューム・ジーニアス、グリズリー・ベア、ウォー・オン・ドラッグス、キラーズ、ブロークン・ソーシャル・シーンの新作を手がけるまでに。つい最近ではオッカーヴィル・リヴァー新作をこれまでとはまったく印象の違うサウンドに生まれ変わらせたばかり。これらのメンツだけでも、バンド・サウンド劣勢の時代にショーン・エヴェレットが生み出すモダンなプロダクションがいかに求められているのかが一目瞭然です

そんな現代ロック・ミュージックの最重要人物が手がけた最新作の一つが、なんとスペインはマドリードのハインズ2年ぶりとなる新作『アイ・ドント・ラン』。ローファイなサウンドで無邪気なガレージ・ロックを鳴らしていた彼女たちがまさかフランケンシュタインのように『サウンド&カラー』化? 結論から言えば、そんなことはありませんでした。『アイ・ドント・ラン』はどこからどう聴いてもハインズです。しかし、そのサウンドは紛れもなくパワフル&モダン。紛れもなくガレージでありながら、旧来のガレージ・サウンドとは一味違っている。ありそうでなかったサウンドなのです。メンバーのカルロッタに言わせれば「ラジオにも馴染むガレージ・バンド」を目指したプロダクションなのだとか。

Hinds / The Club


どうやらショーン・エヴェレットは、バンド・サウンドをオーヴァー・プロデュースしてサイボーグ化してしまうわけでもなく、アーティストのヴィジョンを具現化しながらモダンにアップデートする手腕に長けた人物のようです。

さて、前置きはこれくらいにして、ショーン・エヴェレット本人へのインタヴューをお届けしましょう。




●ラップやR&Bのような強烈なビートやサウンドが隆盛を極める現代の音楽シーンにおいて、楽器の演奏をマイクで録音するロック・バンドというコンセプトは苦境に立たされています。ですが、あなたの代表作とも言えるアラバマ・シェイクス『サウンド&カラー』には、そんな現代の音楽シーンにバンド・サウンドをプレゼンテーションするための工夫がなされた作品だと感じました。実際にエンジニアとしてそういった意識はありましたか?

「あのレコードは……うん、モダンなサウンドがヒップホップのレコードにあるのは意識してた。ビッグなベースやキック・ドラム。『サウンド&カラー』が目指したのは、本物のバンドでそれに近いトーンを出すことだったんだ。例えば、ベース・ドラムの音をヒップホップのベース・ドラムみたいにビッグにするにはどうすればいいか。ほとんどのインストゥルメンテーションが、本物のバンドが鳴らす音でそういうテクスチャーやトーンを出すにはどうすればいいのか。普通、あそこまで重低音やベースを出そうとしてレコーディングするロック・バンドってそんなにいないんだけど、あのレコードではそれがゴールだったんだ」

●なるほど。

「ミキシングしてる時も、僕はずっとヒップホップを参照してた。例えばジェイムス・ブレイクとかでさえ、ものすごいベースやインストゥルメンタルがあって、重低音を出しているだろう? 可能な限りそういったサウンドをバンドから引き出そうとしてたんだ。そこが楽しかったんだよ」

●『サウンド&カラー』ではまずドラムのレコーディングに注目が集まりましたが、そのポイントの一つが生のドラム・サウンドに別のサンプル音を重ねる「トリガー」を使っているのかどうかでした。あの繊細で生々しくもモダンなドラム・サウンドはどのように作ったのでしょうか?

「トリガーは使ってない。実際、『絶対トリガーを使わない』ってところで僕は頑張ったんだ。できるだけ自然にしたかったからね。ヒップホップのレコードと同じくらいビッグなサウンドにはしたかったけど、彼らが使ってるようなサンプリングは使わないで、そうしたかった。自然な楽器のサウンドをどこまでプッシュして欲しいものを引き出せるか――そこがゴールだったんだよ」

●具体的にどういった手法を使ったのか、教えてもらうことは出来ますか?

「例えば二台のキック・ドラムを向かい合わせに置いて、叩いた時に一台じゃなく二台のキック・ドラムが共鳴するようにしてみたりした。自然なままでどれだけ低音の情報を引き出し、部屋の中でレコーディングできるか。そうした実験だったんだ」

Alabama Shakes / Don't Wanna Fight


●あなたは今回ハインズの新作『アイ・ドント・ラン』のミキシングを手がけましたが、ハインズのことはもともと知っていたのでしょうか?

「うん、前から彼女たちの音楽を聴いたことがあった。ストロークスのジュリアン・カサブランカスとヴォイズの仕事をしたんだけど、彼がハインズの大ファンなんだ。ジュリアンが彼女たちのことを話して、一緒にやりたいって言ってたよ。『どっかでライヴを観にいきたい』って言ってたな」

●ハインズの音楽を聴いてどう感じました?

「クールだと思ったよ。ストロークスを最初に聴いた時みたいな感じで、ガレージ・ロックのフィーリングがあると思った。でも、スペインのプリズムを通してて(笑)。それもクールだったしね。歌い方とか歌詞の乗せ方がアメリカでのフレージングとちょっと違ってて、ユニークでクールだった。それがすごく気に入ったんだ」

●彼女たちはあなたの手がけたグラウラーズを聴き、「ラジオにも馴染むガレージ・バンド」というイメージを思い浮かべて、それが気に入ったとのことです。

The Growlers / I'll Be Around


●実際、『アイ・ドント・ラン』のサウンドはどのようにイメージを固めましたか?

「たぶん、彼女たちが言ってたイメージそのものだね。僕としては、ガレージ・ロックっぽさは残しつつも……つまり、自分にできるかぎりガレージっぽいサウンドにしようと思ったんだ」

●具体的にはどうやって音作りを進めたんですか?

「最初にした作業は、すべての楽器を古いカセットテープ・レコーダーで録音するということ。つまり全部の楽器のレコーディングをカセットテープに転送して、それをもう一度転送しなおして、どれもカセットテープで録音されたようなサウンドにしたんだ。それが僕にとってはガレージっぽさを感じさせたし、作業の基盤になった」

●なるほど。

「で、そこからはできるだけ迫力のある、ビッグなトーンにしようとした。ラジオとかで聴くような迫力のあるトーンだね。カセットテープを通過させた時より、もうちょっとトーンを壊していく感じ。言ってみれば、最初は片手をちょっと後ろで縛られてるような感じだったんだよ。それが逆に、普段とは違う自由を与えてくれたんだ」

●実際、モダンなプロダクションとガレージ・ロック的なローファイな空気感の対比や混在は、本作の特徴ですよね。“ザ・クラブ”みたいにストレートでローファイなバンド・サウンドがある一方、“ソバー・ランド”や“ファイナリー・フローティング”では明らかに無加工のドラム・サウンドとは違う、ショーン・エヴェレット印、もしくは『サウンド&カラー』的と言うべきドラム・サウンドも聴くことが出来ます。

Hinds / Finally Floating


「楽しかったのは、全部ローファイにするっていう制限をまず課してみて、そこから、ローファイなマテリアルをできるだけモダンにプッシュしていく作業だったんだよ。だからいつもよりモダンじゃない素材、わざとガレージっぽくてローファイとも言えるようなマテリアルがあって、それをどうビッグなサウンドにしていくか――っていう。ある意味、小さいものをどう大きくするか、ってところが面白かった。より難しい仕事ではあったんだけど、時折……いつもってわけじゃないけど(笑)、何かにつまずいた時こそマジカルなもの、よりユニークなものが生まれてくるからね」

●今作ではストロークスの初期作品を手がけたゴードン・ラファエルがプロデュースを担当しています。ゴードンとのやり取りはありましたか? それともバンドと一対一での作業だった?

「ゴードンとはほんのちょっと話はしたけど、基本的にはバンドとやった。ほとんどの場合、彼女たちと一緒だったし。いろんな意味で、かなり標準的なやり方だったんだ。今のレコードでありがちな、いろんな追加とかオーヴァーダブとかもなく。今回は彼女たちが書いたパートがレコーディングされていて、それ自体がもう彼女たちの意図を満たしてたから、追加することもほとんどなかったね。彼女たちが作りだしたものが、そのままでもよく捉えられていたんだ」

●そういう意味では、かなりオリジナルに忠実な仕上がりなんですね。

「ある時なんて、僕が『ここはちょっとオーヴァーダブしてみよう』って言ったら、彼女たちが笑いだして、基本オリジナルのパートから外れないようにずっと見張ってたくらい(笑)。本当に彼女たちが作ったもの、書いたパートをそれぞれ最大限ベストに引き出すだけだったんだ」

●ハインズのアナによると、あなたはミックスを始める前にその曲を象徴する写真を10~15枚選ばせていたとのこと。あなたはハインズに限らずこの手法を使っているようですが、そのイメージの断片は具体的にどのようにミックスに反映されるのでしょうか?

「思うんだけど、バンドが到達しようとしてるもの、自分がミキシングでやろうとしてることっていうのは、あるヴァイブや雰囲気を作りだすことなんだ。それを他の人が聴いて、何かしら反応したり、そこで伝えようとしてるヴァイブを理解するんだよね。大抵の場合、ミキシングは技術的なプロセスだと思われているんだけど、僕はちょっとそれに反対してる。むしろ、まずはみんながそこで作ろうとしているヴァイブを特定して、それに向かわなきゃいけないんだよ」

●ミキシングは技術的な工程ではありますが、そこにおいても、やはりフィーリングの問題が一番重要と言うことですね。

「よく『スタジオで第一に必要なものはなんですか?』って訊かれるんだけど、僕は『照明』って答えたりしてる(笑)。機材を買う前に、クールなライティングが必要なんじゃないか、って。そうすればクールな環境、クールな場所になって、そこにいる人もクールな気分になるからね(笑)」

●だから、相手の求めるヴァイブを探るために、グラフィカルなイメージの共有を行っている、と。

「ミキシングを始める時も、バンドの意図がわからなかったり、その曲が何を意味してるのかわからなかったりする。歌詞はわかっても、バンドがそこで伝えようとしてるフィーリングは、自分が歌詞から読み取ることとはまた別物だったりするし。だから自分がバンドと同じ方向を向いているのを確かめる、一番簡単な方法としてそれをやっているんだ。相手によっては、『この曲をリプリゼントする写真を見せてくれ』って言うと、『アートスクールっぽい』とか、冗談だと思われたりすることもあるんだけどね。そんな風に馬鹿馬鹿しいと思われたりもするし、まあ、僕自身ちょっと馬鹿げてるとも思う(笑)」

●(笑)。

「でも、それがうまくいくんだ。フィーリングやヴァイブを伝える最速の方法は、視覚的なイメージを見せることだからね。そうすると即座に、何を目指しているのかがわかる。言葉で一日かけて説明したっていいんだけど、それよりも写真を一枚見せるだけで、相手とそれが共有できると思うんだ。だから、このやり方はミキシングに反映するっていうより、相手と同じヴァイブ、フィーリングを共有するための一番効果的な方法なんだよ」


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