SIGN OF THE DAY

大衆を魅了する蠱惑的な権力のメカニズムを
極彩色のポップへと昇華させた、セイント・
ヴィンセント新作を紐解く8つの秘密:後編
by YOSHIHARU KOBAYASHI October 13, 2017
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大衆を魅了する蠱惑的な権力のメカニズムを<br />
極彩色のポップへと昇華させた、セイント・<br />
ヴィンセント新作を紐解く8つの秘密:後編<br />

大衆を魅了する蠱惑的な権力のメカニズムを
極彩色のポップへと昇華させた、セイント・
ヴィンセント新作を紐解く8つの秘密:前編



5. ケンドリック・ラマー、そして現行ジャズとの緩やかな共振

前編でも書いたように、今はポップとラップ全盛の時代。セイント・ヴィンセントは「ヒップホップはそんなに詳しくない」と前置きをしながらも、名実ともに2010年代最高のラッパーであるケンドリック・ラマーには惜しみない賛辞を寄せています。

●あなたは以前からデヴィッド・ボウイへのリスペクトを公言していますよね。彼のどういった側面にもっとも惹かれるのでしょうか?

「どの時代も、その世代の声を代弁する存在がいると思うの。その時代や時代精神を汲み取り、特定の世代の人たちの共感を呼ぶ人たち。デヴィッド・ボウイの何がすば抜けているかというと、彼が成し遂げてきたことを同じようにやることは不可能だっていうこと」

●では、今の世代の声を代弁しているアーティストは、自分以外に誰か思い浮かびますか?

「アメリカだったらケンドリック・ラマーね。ケンドリック・ラマーは革新的であって、ソウルもある。彼の作品は、必ずしも彼と同じ境遇で生まれ育ったわけじゃない大勢の人たちの心にも響く人間味や痛みで溢れているから」

Kendrick Lamar / DNA.

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思い返してみれば、2016年にセイント・ヴィンセントが映画『胸騒ぎのシチリア』のサントラに提供したローリング・ストーンズ“エモーショナル・レスキュー”のカヴァーは、ケンドリック・ラマーとの仕事で知られるサウンウェイヴ、そしてケンドリックの『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』でも重要な役割を果たした現行ジャズの注目人物=テラス・マーティンのプロデュースでした。

St. Vincent / Emotional Rescue

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そして『マスセダクション』のベスト・トラックのひとつ、“ピルズ”では再びサウンウェイヴがプログラミングを担当し、カマシ・ワシントンがサックスで参加しています。

St. Vincent / Pills

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“ピルズ”は、もちろん最先端のヒップホップやジャズの単なる引き写しではありません。とは言え、今の彼女の音楽的関心がカッティング・エッジなヒップホップやジャズにも向いており、それが『マスセダクション』に更なる奥行きを与えているのは確かです。



6. 全てを煙に巻くような、シュールなユーモアが意味するもの

今思えば、前作『セイント・ヴィンセント』は2017年の社会状況を予言していたようなアルバムでした。前作のコンセプトは「近未来の新興宗教の教祖」。アートワークにも登場した銀髪のセイント・ヴィンセントは、その教祖をイメージしたものです。

St. Vincent / Birth In Reverse

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『セイント・ヴィンセント』では、多くの曲で「分断」がリリックのテーマになっており、人々が政府やgoogleなどの企業の監視下に置かれていること、ネットやSNSを通じて常にプロマガンダに晒されてマインド・コントロールされていることなども問題意識として表面化していました。これは2017年現在においても有効なモチーフだと言えるでしょう。

『マスセダクション』は、こうした前作の問題意識を引き継いでいるところがあります。しかし、大きく違うのはその表現の仕方。『マスセダクション』はシリアスなメッセージ性とは裏腹に、そのヴィジュアルやアートワークにはどこか肩透かしを食らうような、シュールなユーモアが散りばめられているのです。

〈ホステス・クラブ・オールナイター〉の出演に向けて公開されたツアー告知映像も、明らかに政治的な含みを持たせながらも、意図的に滑稽さが演出されているのが窺えるでしょう。

A Very Special Announcement by St. Vincent

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このようなモードの変化について、彼女自身が慎重に言葉を選びながらしてくれた説明は、以下の通りです。

「私たちは今、非常に馬鹿げたことが横行する時代に生きていると思う。ある意味、今世界で起きている色々なこと……暴力、混乱、といった様々な問題が起きている中で、『アルバムがリリースされます』と発表することを自分で真面目に受け止めるのは難しいでしょ。それと、すごく専制的で人を寄せ付けない雰囲気を持った前作とは真逆に行きたいと思ったの。楽しい感じを出したかったっていうか」

前作『セイント・ヴィンセント』がリリースされた2014年よりも、更に分断が進み、様々なところで憎悪が噴出し、数えきれない衝突が巻き起こっている2017年。「今、アートが果たすべき役割は何か?」という問いに多くのアーティストが真摯に向き合っている中で、「そのアートを効果的に伝えるにはどうすればいいのか?」という点にもセイント・ヴィンセントが極めて意識的であることが、この発言からはわかるはずです。



7. どこまでもパーソナルで美しいハートブレイク・アルバム

ここまで読み進めて、『マスセダクション』をポリティカルなアルバムと安易にカテゴライズするのは危険です。なぜなら、本作はセイント・ヴィンセントのパーソナルな傷心を美しく歌い上げた作品でもあるからです。

その代表的な曲は、もちろん“ニューヨーク”。元恋人でモデルのカーラ・デルヴィーニュとの別れを歌った歌とも、デヴィッド・ボウイを追悼した曲とも言われていますが、本人曰く「いろんなことのモンタージュ」。何にせよ、「ニューヨークは、あなたがいないとニューヨークじゃない(略)ヒーローを失ってしまった/友達を失ってしまった/だけどあなたのためなら、ダーリン/もう一度、同じことを繰り返しても構わない」と歌われるこの曲が、別れの痛みをどこまでも美しくロマンティックに表現した曲であることは間違いありません。

St. Vincent / New York

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8. ケンドリック・ラマーやビヨンセと並べて聴かれるべき2017年の傑作

ケンドリック・ラマーの『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』、ビヨンセの『レモネード』は、それぞれ2015年、2016年を代表する大傑作。そこに疑問を差し挟む余地はありません。そして、この二枚のアルバムを傑作足らしめた最大の理由は、個人的な傷心を出発点にしながらも(ケンドリックは成功後の苦悩、ビヨンセは夫ジェイ・Zの浮気)、それを人種や性別や年齢を超えてあらゆる人を鼓舞する社会的メッセージにまで昇華し、日常と政治が分かちがたく結びついていることを示したところにあります。

Kendrick Lamar / i

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Beyonce / Formaiton

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『マスセダクション』もまた、パーソナルな傷心が根底にありながらも、最終的には権力のメカニズムをはじめとした現代社会の構造を描き出し、2017年に生きるあらゆる人々をインスパイアしようとしています。つまり、ここでも日常と政治は切っても切り離せないものとして表現されているのです。その意味において、本作は『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』や『レモネード』と並べて聴かれるべき傑作だと言えるでしょう。

●このアルバムはポリティカルだと捉えることもできますが、同時に、とてもパーソナルな出来事や心の機敏について歌っているようにも感じられます。そのバランスについて、あなたが考えていたことを教えて下さい。

「そうね。個人的なことはすなわち政治的なことであり、政治的なことはすなわち個人的なことだと思ってるの」

●つまり、その二つは切っても切り離せないんだと。

「そう。今は世界で色々なことが起きている。だから、今作の曲作りをする上で、そういった要素が入ってしまうのは仕方がないと思う。今の時代、一人で生きているというだけで、それが政治的行為になるし。人を抑圧することとは反対の意味を持つアート作品を作ることも政治的行為よ」

●例えば“フィア・ザ・フューチャー”の最初のラインは、「when the earth split into two(地球が二つに分かれた時)」と始まります。

St. Vincent / Fear The Future

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●これは大切な人との別れを連想させると同時に、いろいろなものが分断され、二項対立となり、無意味な衝突が世界中のあらゆるところで起こっている状況を思わせるところもあると感じました。それは飛躍した解釈でしょうか?

「この曲はアクション映画のエンディングのようなイメージで書いたの。世界が目の前で崩壊しようとしている中、大切な人たちのところに駆け寄って、全てが焼け落ちていくのを目の当たりにしながら、手と手を取り合いましょう、っていう。重たい内容だけど希望もある。ある意味、すごく捻れたロマンティックな歌とも言えるの」

●アクション映画っぽい感じだけれども、今の社会をモチーフにしているところもある?

「そうよ。(『when the earth split into two』に続くラインである)『I was I, You were you』というフレーズは、『us & them』っていうスローガンの現代的な解釈なわけで……それってまさにネオ・ファシストが最初にやることよね。人と人とを二分して、スケープゴートを作り上げ、救世主を祭り上げて、人同士を対立させようとする」

●その通りだと思います。ただ、今の社会においては、ネオ・ファシストの台頭を抑制するのは本当に難しい。そんな状況下において、もっとも必要とされるものは何だと考えますか?

「前に進む最善の方法は、インターセクショナリズムだと思う。社会から取り残されたグループの人たち――この場合、実際に取り残された人たちのことであって、自分たちを中心に世界が回らなくなることを恐れている白人男性のことではなくてね。そういう社会的弱者たちが結束して、共感や人権、市民権を主張することが前に進む方法だと思う」

●今話してもらったポイントも、今回のアルバムにおいて重要だと言えますか?

「そうね。個人的なことはすなわち政治的なこと、政治的なことはすなわり個人的なことだから。私は自分の人生についてのアルバムを作ったわけで、明確なメッセージを大きな看板に書いてるみたいに直接的ではないかもしれない。でも、自分の生き方を正直に伝えることで、それに共鳴してくれる人がいて、彼らにとって何らかのインスピレーションになってくれればいいと思ってるの」


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