SIGN OF THE DAY

大衆を魅了する蠱惑的な権力のメカニズムを
極彩色のポップへと昇華させた、セイント・
ヴィンセント新作を紐解く8つの秘密:前編
by YOSHIHARU KOBAYASHI October 13, 2017
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大衆を魅了する蠱惑的な権力のメカニズムを<br />
極彩色のポップへと昇華させた、セイント・<br />
ヴィンセント新作を紐解く8つの秘密:前編

おぞましいものに魅せられずにはいられない――セイント・ヴィンセントのニュー・アルバム『マスセダクション』に通底しているのは、そのようなアンヴィバレントに引き裂かれた感覚でしょう。

ナイン・インチ・ネイルズやミニストリーにインスパイアされた強迫神経症的なインダストリアル・ビート。ギラギラとした悪趣味な蛍光色。政治的な暗喩。乾いた笑いを誘うシュールなユーモア。マニック・パニック。失恋の痛み。睡眠薬中毒。超売れっ子ポップ・プロデューサー=ジャック・アントノフの起用。ケンドリック・ラマー。ペダル・スティールのブルージーな響き。精神病棟のSM女王。デヴィッド・ボウイへの追悼――どこかグロテスクで人をギョッとさせるモチーフも数多く含みながら、幾つもの要素がスキゾフレニックに引き裂かれたまま怒涛の目まぐるしさで押し寄せてくる40分強。この『マスセダクション』は、情報のオーヴーロードの中で混乱と恍惚に包まれるような作品です。

セイント・ヴィンセントは本作で「権力」について描きたかったと話しているものの、声高な権力批判はここにはありません(“マスセダクションン”の冒頭に「政権の腐敗」という日本語のリフレインがありますが、それは日本語であるがゆえに日本人以外には直接的に響かないという点に留意すべきでしょう)。その代わり、危険だからこそ魅惑的というアンヴィバレントな構造を持ち、結果的にあらゆる人をアディクトさせてしまう「権力」というもののメカニズム自体を作品に投影させることによって、聴き手一人ひとりに問いかけようとしています。今、私たちをあらゆる局面で支配している「権力」とは何なのかと。

そんな彼女の最新モードは、2017年8月の〈ホステス・クラブ・オールナイター〉でのヘッドライナー公演でも確かに感じられました。バンド・メンバーはおらず、ステージ上にはセイント・ヴィンセントただ一人。彼女の背後に用意された三面スクリーンに映し出されていたのは、蛍光色のピンク、青、黄、赤、緑を基調とした、彼女自身が出演する撮り下ろし映像。ボンテージ風衣装をまとったモデルをSM的に拘束する場面も頻出し、そこには何かしらの過剰さやアディクション、そして支配関係が言外に表現されていました。徹頭徹尾コンセプチュアルな彼女らしいライヴだったと言えるでしょう。

『マスセダクション』は多面的でコンセプチュアル、そして意図的に混乱して引き裂かれているアルバム――だからこそ、我々は8つの異なる観点から本作を整理し、その秘密を解きほぐすことにしました。どの項目も、〈ホステス・クラブ・オールナイター〉での来日時に行った最新インタビューを基にしています。それでは、セイント・ヴィンセントと共に、『マスセダクション』という大いなる謎に迫ってみましょう。




1. 2010年代を代表するインディ・アイコンが切り開いた「新たな地平」

まずは前提の確認から始めましょう。今やセイント・ヴィンセントは、2010年代を代表するインディ・アイコン。その事実に疑問を差し挟む余地はないでしょう。

とりわけ、前作『セイント・ヴィンセント』(2014年)に巻き起こった絶賛は、彼女のポジションを揺るぎないものにしました。このアルバムは〈ガーディアン〉や〈NME〉で年間ベスト1位を獲得したのを始め、有力メディアの年間ベスト上位を総なめ。第57回グラミー賞では、最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバムも受賞。インディの衰退が続く2010年代に、アーケイド・ファイアやボン・イヴェールと並ぶ数少ない例外として、彼女は求心力を高め続けてきたのです。

もちろん彼女がこれほどまでの評価を獲得したのは、2000年代のブルックリン黄金期のバンドたちにも引けを取らないエクレクティシズムと音楽的素養を武器に、密室的なチェンバー・ポップからヘヴィなデジタル・ファンクまでを横断する、多面的かつ極めて完成度の高い作品を作り続けてきたから。

St. Vincent / The Apocalypse Song

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St. Vincent / Digital Witness

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ベック、スフィアン・スティーヴンス、ボン・イヴェール、デヴィッド・バーンといった錚々たる大物たちがラヴ・コールを送り、彼女とコラボしてきたという事実もその評価を押し上げているのは間違いありません。

Beck feat. St. Vincent / New Sensation (INXS cover)

David Byrne & St. Vincent / Who

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これまでのキャリアは以下の記事に詳しくまとめられているので、併せてご覧下さい。


2017年夏の来日自体が奇跡? USインディの
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そして、このたび送り出される『マスセダクション』は、間違いなくセイント・ヴィンセントが新たな地平を切り開いた作品です。もしかしたら、音楽的にはこれまででもっとも大きな変化を遂げているかもしれません。それは、以下の彼女の発言からも窺えるでしょう。

「最初から決めていたのは、ビートを全てプログラミングにすること。ペダル・スティールを取り入れること。それと『権力』について書くこと。その3つね。音楽的には80年代終わりのインダストリアル・ミュージックからインスピレーションを受けた。スロッビング・グリッスル、ナイン・インチ・ネイルズ、ミニストリーとか。元々ああいったサウンドが大好きで、特にドラム・サウンドの荒々しさが気に入っていたから」



2. セクシズムに対するアイロニカルな批判

「女性」という括りで音楽をカテゴライズするほど時代錯誤なことはありません。ただ一方で、いまだに多くの女性アーティストが差別や偏見に晒されており、自らの表現でそれと闘い続けているのも確か。セイント・ヴィンセントも、そのようなセクシズムの問題に意識的なアーティストの一人です。

わかりやすい例は、2016年に〈ギター・ワールド〉誌の表紙を飾った時のこと。そこで彼女は、ビキニの絵が描かれたTシャツにギターという姿で写真に収まっています。言うまでもなく、これは、水着姿の女性がギターを抱えて男性を誘惑するというステレオタイプな“セクシー写真”に対するアイロニー。実際、彼女自身も、「あれは私なりのユーモアを効かせた抗議だったの」と認めています。「自分をどう見せるかは自分で決める――つまり、自分のイメージを自分でコントロールするっていうこと。ある意味、普段ああいう雑誌の表紙を飾る女性の描写を問責しつつ、馬鹿げていると笑っているのよ」

こうした彼女の姿勢は『マスセダクション』でも垣間見られます。「精神病院のSM女王」と自ら説明する本作で強烈に打ち出されているのは、フェティッシュでセクシーなヴィジュアル(この記事で使われている写真や、アルバムのカヴァー・ジャケットがそれです)。見方によっては滑稽にも感じられる、過剰にデフォルメされたセックスのイメージは、ある意味、セクシズムを逆手に取った表現だとも言えるでしょう。

こちらの最新TVパフォーマンスでも、最新のアーティスト写真同様、エナメルのロング・ブーツを履いた「下半身だけ」の女性がセクシーかつ滑稽に足をくねらせています。

St. Vincent Performs / Los Ageless (The Late Show 2017)

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3. ポップ全盛の2017年に対する、もっともエキセントリックな回答

2010年代はインディが衰退し、ポップとラップ全盛の時代になった――というのは何度も書いてきた通り。そういった状況を踏まえ、意識的なアーティストがポップと向き合った作品を作り上げているというのも、再三指摘してきたことです。

2017年後半に入ってから、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジはマーク・ロンソン、フー・ファイターズはグレッグ・カースティンをプロデューサーに迎えた新作を上梓。ベックも盟友グレッグ・カースティンとの共作体制で、現代のポップに対する回答を導き出しました。


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そして、セイント・ヴィンセントもこうした流れにしっかりと向き合おうとしています。『マスセダクション』のプロデューサーは、ファンやブリーチャーズでの活動でも知られるジャック・アントノフ。彼はテイラー・スウィフト、カーリー・レイ・ジェプセン、フィフス・ハーモニー、ロードなどを手掛けている超売れっ子。間違いなく2017年を代表するポップ・プロデューサーの一人です。

アントノフとの仕事について、セイント・ヴィンセントはこのように話しています。

●これまでのは三作ジョン・コングルトンと作っていましたが、今回ジャック・アントノフを起用した理由は?

「ただ変化を持たせたかったの。何度も同じことを繰り返してたら、違う結果を生むことはできないと思って。ジョンのことは今でも大好きよ。彼は素晴らしい人。彼と共に作った作品は今も誇りに思っている。でも、今回は新しいことに挑戦したかったの」

●ジャック・アントノフはあなたのどんな可能性を一番上手く引き出してくれたと思いますか?

「彼はとにかく前向きな人ね。究極のチアリーダー。何をやるにも背中を押してくれるし、冷笑的なところが一切ないの。信じられないくらい誠実で、彼の熱意にこっちもついついつられてしまうところがあって。彼は私がやりたいと思ったことに対して何でも自信をもたせてくれた。実際、ジャック・アントノフも私も一切の妥協を許さず、もし改善できる点が少しでもあると思ったら容赦なく、限界を超えるまでとことん追求したの。一曲一曲、確固たるものにするように、すごくこだわった」

その結果生まれたのは、「ポップ」という一言では到底説明し切れない、どこまでもエクストリームでエキセントリックなレコード。しかし、例えばアルバムのオープニングを飾る“ハング・オン・ミー”のスカスカなプロダクションは、本作では比較的にダイレクトな、セイント・ヴィンセント流のポップ解釈だと位置づけることも可能でしょう。

St. Vincent / Hang On Me

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4. 「権力」が孕む、アンヴィバレントで危険なメカニズム

先ほど引用した発言にもあるように、『マスセダクション』は「権力」についてのアルバムでもあります。アルバム・タイトルも「大衆を誘惑する」という意味の造語。となれば、これはトランプ政権下のアメリカにおけるポリティカルな作品と解釈されてもおかしくありません。

実際、その見立ては決して間違ってはいないはず。しかし、本作はもっと根源的な「権力」のメカニズムとその危険性を、アルバム全体を通して炙り出すのがテーマになっているのではないでしょうか。

そもそも「権力」とは、誰もが魅了されずにはいられない反面、誰もが気づかないうちに狂わされてしまうという二面性を持っています。タイトル・トラック“マスセダクション”のコーラスは、「I can’t turn off what turns me on(私を興奮させるものを遠ざけることは出来ない)」。こういったアンヴィバレントな感覚は、本作の至るところに通底しているのです。

「そこにはいつだって二面性があって」とセイント・ヴィンセントは説明を試みます。「アルバムの音楽はメロディアスだし、いわゆるポップと言われる親しみやすいメロディが多いから、聴いていて楽しいものではある。けど、“ピルズ”のような曲は楽しげで明るく聴こえる一方で、歌詞に注目すると耳を覆いたくなるような内容だったりするの」

St. Vincent / Pills

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この二面性というコンセプトは、もちろんアートワークにおいても徹底されています。

●前作『セイント・ヴィンセント』は「近未来の新興宗教の教祖」というコンセプトでしたが、新作にも具体的なコンセプトはあるのでしょうか?

「マニック・パニック(躁病パニック)………そう、目がくらむほど明るい蛍光色」

●最新のアーティスト写真や映像は蛍光色を多用していますよね? それもコンセプトにリンクしていると考えていいのでしょうか?

「ええ、もちろん。全て蛍光色を使ってる。蛍光色って最初目にすると『明るくて、陽気』っていう印象を受けるけど、長く見続けるとあまりに明る過ぎて、思わず目を細めてしまうでしょ。つまり、過度な高揚と落ち込み、躁と鬱を象徴してる。それがマニック・パニックよ」

強迫神経症的なインダストリアル・ビートとポップなメロディ、躁病的で目まぐるしいサウンドとダークなリリック、パーソナルで親密なフィーリングと社会的なメッセージ、すぐに目を引くけれど、ずっと見てはいられない蛍光色――本作においては、権力のメカニズム自体がそうであるように、すべてがアンヴィバレントに引き裂かれているのです。


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