2016年は、あらゆるジャンルが垣根を超えて共鳴する、クロスオーヴァー元年だった。そして2017年は、クロスオーヴァーという機運は引きつがれながらも、更に個々の音楽的ヴァリエーションが広がっていく一年になるはず。それについては前編で詳しく述べた通りです。
この2017年的状況において、The xxの『アイ・シー・ユー』はどこが特別なのか? そして、なぜThe xxはトップ・ランナーであり続けることが出来ているのか? そんな疑問に対する答えを、ジェイミーxxとの対話を通じ、7つのアングルから浮き彫りにしようというのが本稿の目的です。
前編では3つ目まで進みました。
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ジェイミーxxに訊く、「The xxがもっとも
2017年的で、誰よりも特別で、紛れもなく
トップ・ランナーである7つの理由」前編
残るはあと4つ。前編ではThe xxのルーツやこれまでの軌跡にも意識的に光を当ててきましたが、ここからはより「今」に重心が移ります。
4. ジェイミーxx=新世代を代表するトレンド・セッターとしての強み
10代の頃からダブステップにハマっていたジェイミーは、時代の先端にキャッチアップする嗅覚に長けている。そんな実感を持っているリスナーは多いでしょう。実際に彼の嗅覚の鋭さがわかりやすく表出していた曲と言えば、ソロ・アルバム『イン・カラー』でも出色の出来栄えだった“アイ・ノウ・ゼアズ・ゴナ・ビー(グッド・タイムス)”。
この曲では、のちにドレイク“コントローラ”やリアーナ“ワーク”でも導入されたダンスホール・サウンドをいち早く提示。しかも、ここでは、ジャマイカ出身のポップカーンに加え、今もっとも目が離せないラッパー、ヤング・サグをフィーチャー。改めて振り返っても、そのシャープなセンスには誰もが舌を巻くはず。
ソロ・アルバム『イン・カラー』リリースの際に、ジェイミー自身はこんな風に話していました。
●ヤング・サグとポップカーンが参加した曲はヒップホップ~ダンスホール調で、『イン・カラー』でも異色の出来でしたね。
「ソロを作っている時はNYやLAで時間を過ごすことが多かったんだけど、そこでラジオを聞いているとヒップホップが周りの環境にぴったりでね。同じような曲を自分でも作りたいと思ったんだ」
●なるほど。
「僕も若い時はRJD2やDJシャドウから影響を受けたし、最近だとトラヴィス・スコットとかヤング・サグの新曲は最高だと思うよ」
こうしたジェイミーの時代の先を読む感性が、The xxの大きな推進力のひとつになっているのは疑いようがない事実です。
5. グローバルに活躍し、ローカルをフックアップする姿勢
2017年の今、シーンの在り方として興味深いのは、アトランタのトラップ周りやシカゴの〈セイヴ・マネー〉周辺。元々は小さなコミュニティのローカル音楽だったものが、インターネットのエンパワーメントを受けて、シーンとしての結束力を保ったまま北米全土に拡大。ローカルと結びついたままグローバルに広がっている状況は、音楽シーンのあるべき形だと言えるでしょう。
現在のThe xxは、アトランタのトラップほどローカルなシーン――彼らの場合は英国クラブ・シーン――とは結びついていません。しかし、バンドがグローバルな成功を手にした今、ローカルとの結びつきを再構築しようと試みているように感じられます。
順を追って整理していきましょう。改めて言うまでもないですが、今のThe xxは世界的なビッグ・バンドの一組。『アイ・シー・ユー』は地元イギリスを含む世界8ヶ国で1位。アメリカではウィークエンドの『スターボーイ』に惜しくもはばまれたものの、過去最高の2位を奪取しています。
大型フェスでのスロットも壮観です。2017年3月の〈ロラパルーザ・ブラジル〉ではメタリカやチェインスモーカーズと並んでヘッドライナー級の扱い。2017年4月の〈コーチェラ〉でも、レディオヘッドに次ぐ準ヘッドライナー。
まさにイギリスを代表するグローバルなバンドの一組となった彼らは、最近のツアーでは積極的にローカルなシーンの仲間をサポート・アクトに起用しています。
例えば2017年1月のヨーロッパ・ツアーでは、英国クラブ・シーンで絶大な信頼を獲得しているフローティング・ポインツをサポートに起用。4月から始める北米ツアーでは、来日公演にも帯同した英国きっての新世代R&Bシンガー、サンファをサポートに迎えています。
そして3月に行われるイギリス・ツアーのロンドン公演では、実現可能なスタジアム・ライヴを行わず、わざわざ地元ブリクストンの5000人規模のホール、〈ブリクストン・アカデミー〉で7回公演を開催。こういったところからも、彼らがローカルを意識していることが窺えるでしょう。まだ発表されていませんが、この凱旋ライヴで誰をオープニング・アクトに迎えるのか、注目です。
●3月には〈ブリクストン・アカデミー〉で7回公演をやりますよね。もうとっくに全部ソールドアウトしているから、やろうと思えばスタジアムでも出来たはずです。でも、なぜ敢えて〈ブリクストン・アカデミー〉での7回公演を選んだんですか?
「あそこには、いっぱい思い入れがあるんだ。僕らが住んでいたところの近所にある会場だからね」
●うん、地元ですよね。何か思い出深いライヴがあったりします?
「あそこにホワイト・ストライプスを観に行ったこともあるよ。ほとんど初めて観たショーだったと思うんだけど、母親に連れて行ってもらって、モッシュの中で一生懸命守ってもらった記憶がある。ロミーも思い出深いショーがあるって言ってたね。だから、大きいところで一本やるよりも、そこで7回やる方が僕らとしては意義があるんだ」
グローバルな成功を手にしたことで、ローカルなシーンから切り離されてしまう――それは、これまで幾多のバンドが苦しめられてきた問題です。2nd『カラカル』で本格的にアメリカでもブレイクし始めたディスクロージャーが、どこか行き詰ったかのように活動の一時休止を宣言したのも、そういった事態と決して無縁ではないでしょう。
しかし、グローバルな成功と引き換えに、ローカルから切り離されるという代償を支払う必要は必ずしもない。ということは、トラップ・シーンや〈セイヴ・マネー〉周辺が新しいやり方で証明している通り。The xxがローカルのフックアップに再び意識的になっているのは、現代的な動きだと言えます。
6. 2017年における「バンドの形」を再定義しているから
The xxというバンドの最大の特徴は、ジェイミーというプロデューサー/トラックメイカーをメンバーに有していること。これは、リリックとラップを担当するラッパーとトラックを制作するプロデューサーの分業体制が敷かれているヒップホップと構造的には近い。しかも、ジェイミーはドレイクやアリシア・キーズにもトラック提供したことがある、世界のポップ・シーンで戦える実力者。敢えて誇張気味に例えるなら、マイク・ウィル・メイドイットやメトロ・ブーミンがメンバーにいるような特殊なバンド、と言っていいかもしれません。
ただ、The xxとヒップホップの分業体制との間には決定的な違いもあります。それはThe xxはバンドであるがゆえにメンバーが固定されていること。ある意味、これは不自由です。しかし、演奏力にもセンスにも制限があるからこそ、それを乗り越えようとする発想力が予想外のケミストリーを生むこともある。それはバンドならではの強みでしょう。
これは、従来のロック・バンドのフォーミュラとは明らかに異なり、2017年的なポップ音楽の在り方とも緩やかにシンクロするもの。つまりThe xxは、時代に即した新しいバンドの形を提示していると言っても大袈裟ではないのです。
●The xxは通常のバンド編成とは違いますよね。そして、だからこそ作れるサウンドがある。『アイ・シー・ユー』は、そういったThe xxの特異性がこれまでで一番発揮されたチャレンジングな作品だとも感じますが、その点はどうですか?
「そうだな。僕らとしては、『これがThe xxらしい音なんだ』っていう感覚は昔から持ってた。でも、今回はそれを取っ払ったところがある。『これをやってはいけない』っていうルールを一切排除したんだよ」
●何をやってもThe xxのサウンドになるという自信は、新作を作り始めた当初から持っていたもの?
「今回のレコーディングのロード・トリップでニューヨークに行ったんだけど、そこでライヴもやったんだ。40人くらいしか入らない本当に小さな会場で3日間やってね。その時は曲のアレンジをどんどん変えて、違う形で提示してみたんだ。生のドラムも入れてみたりして。それがきっかけだったかもしれないな。どういうやり方でも結局僕らの作品になるんだ、って気づいたのは」
●その時のドラムっていうのは、ウォーペイントのステラ?
「そう。僕の友達だし、仲がいいからソロでTVのショーに出た時も手伝ってもらったんだよね」
「だから、ニューヨークでも彼女にはライヴに出てもらったし、スタジオにも来てもらって、サンプリング用に叩いてもらったんだ。“セイ・サムシング・ラヴィング”っていう曲で使ってるよ」
●彼女以外に、このアルバムに参加しているゲストはいるんですか?
「他にはいないよ。まあ、オーケストラには参加してもらっているけどね。僕が書いたパートを弾いてもらったんだ。でも、それはゲストとは違うから」
前編でも書いた通り、メンバー3人が均等に力と方向性を持っているThe xxは、理想的なバンドの在り方を体現しています。それを自覚しているからこそ、基本的に3人以外のゲストはレコーディング作品に入れない。しかし一方で、伝統的なバンドの形にはこだわらず、ルールを設けていないからこそ、彼らは今やすっかり形骸化してしまったバンドというフォーミュラを再定義する存在になり得ています。
7. 2017年のエキサイティングな音楽シーンを誰よりも理解しているから
ここまでの原稿を読んでいただいた方なら、The xxというバンドの特異性やオリジナリティ、あるいはその現代的な感性を十分に理解してもらえたことと思います。彼らのようなアーティストが、あらゆる境界が無効化した2016年の空気を存分に吸いこんで作られた作品。それが『アイ・シー・ユー』です。
この作品について考える上で押さえておきたいのは、極めて刺激的だった2016年の音楽シーンの状況に、彼らが自覚的だったこと。つまり、このアルバムは偶然の産物ではないのです。時代に対するクリアな状況認識の下、しっかりと方向性を定めて作られたアルバム。だからこそ、『アイ・シー・ユー』はゴールデン・イヤーの2016年を超え、2017年的な作品として結実したのかもしれません。
では最後に、ジェイミーが2016年はどんな年だと感じていたか、その上で、どういったアルバムを作ろうとしていたか。それがわかる対話をお届けして、本稿の結びとしましょう。
●カジュアルな質問です。あなたにとって2016年のベスト・アルバムは何でしたか?
「フランク・オーシャンの『ブロンド』はよく聴いたね。サンファのアルバムも聴いたし(2017年2月リリースの『プロセス』のこと)、ソランジュのアルバム、レディオヘッドの新作もそうだな。面白いのは、フランク・オーシャンみたいなビッグなポップ・ミュージックが、今もっとも興味深いサウンド・プロダクションで作られてるってことなんだよね」
「アンダーグラウンドのものは、全部がそうだとは言わないけど、ちょっと退屈な感じになってる。これだけアンダーグラウンドの音楽よりポップ・ミュージックの方が音楽的に面白いことをやっているのは、初めてなんじゃないかな」
●そういった状況自体がThe xxの新作を作る上でインスピレーションになったと思います?
「すべてのことがインスピレーションになるんだ。そもそも昔からポップはよく聴いていたんだけど、でも、ジェイムス・ブレイクみたいなベッドルームで音を作っていたプロデューサーがビヨンセのために曲を書いてるっていう状況はワクワクするよね」
●ええ、まさに。今の僕の質問はこういうことなんです。The xxがデビューした2009年頃って、イギリスではアンダーグラウンドなクラブ・シーンが一番面白かった時期ですよね。でも今は、あなたが言ったように、ポップ・ミュージックこそがもっともエッジーなことをやっている。
「うん」
●こういう状況って、アーティストにとってはポップであることをためらう必要はないっていう後押しにもなると思うんですよ。で、もしかしたら、それがThe xxの新作の方向性にも影響を与えたんじゃないかなって。
「うん、その通りだと思う。気づいてもらえて嬉しいね」
●じゃあ、今回のアルバムでは本当に様々な音楽から影響を受けていると思いますが、敢えてこういった質問をさせて下さい。トム・ヨークは以前インタヴューで、『キッドA』はチャーリー・ミンガスとオウテカの間にあるアルバムと表現したことがあるんですけど。
「いい答えだね」
●その例えで言うと、このアルバムは何と何の間にあると思いますか?
「うーん、そうだな……すごく難しいけど……ディス・ヒートとビヨンセの間かな」
●ああ、なるほど。わかりやすい例ですね。それぞれ、どのアルバム?
「それはわからないよ(笑)」
●じゃあ、最後の質問。The xxにとって、キャリアの積み方という点でロール・モデルになるようなアーティストはいますか? いるとしたら、今回のアルバムはそのアーティストのどの時期のアルバムだと自分では思います?
「やっぱりレディオヘッドがパーフェクトな例だと思うな。どんどん新しいものを出してくる勢いを僕は評価しているんだ。本当はポーティスヘッドって言いたいところなんだけど、彼らはアルバムの間が空き過ぎるからね」
●確かに(笑)。
「だから、レディオヘッドだね。どのアルバムかっていうのは難しいけど、そのアルバムに至るまでにかかった時間を一切無視して言うなら、開放感とかオープンさっていう意味において、『イン・レインボウズ』だと思う」
ジェイミーxxに訊く、「The xxがもっとも
2017年的で、誰よりも特別で、紛れもなく
トップ・ランナーである7つの理由」前編