フランク・オーシャンやビヨンセやチャンス・ザ・ラッパーの作品を例に挙げるまでもなく、2016年はアメリカのメインストリームのど真ん中で、ジャンルや国境や人種の垣根を超えたダイナミックなクロスオーヴァーが巻き起こった年。しかも、それが多くの人に聴かれ、しっかりと商業的にも結果を残した幸福な一年でもありました。
The xxの『アイ・シー・ユー』は、そんな時代の空気を踏まえた2017年の幕開けにふさわしいアルバム。ここで展開されているのは、最早ジャンルのタグ付けが完全に意味を成さないエクレクティックで冒険的なポップ・サウンド――というのは、こちらの記事で書いた通りです。
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全米第1位奪取なるか? あらゆるジャンルが
垣根を越え共鳴するクロスオーヴァー元年、
2017年の扉を開いたのはThe xx新作だった
では、そこから一歩進んで、2017年の音楽シーンはどう変わっていくのか? もちろん未来を予測することは出来ません。しかし、ひとつ言えるのは、一概に「クロスオーヴァー・サウンド」と言っても、そこに更なるヴァリエーションが生まれるであろうこと。個々の差別化を推進する動きが一層強まるであろうことです。
具体的に、2017年前半のリリースをいくつか見てみましょう。例えばダーティ・プロジェクターズの新作『ダーティ・プロジェクターズ』は、彼らが代表していた00年代ブルックリンの美意識を通過した新時代のクロスオーヴァー・ポップといった趣。
ジャズ/フュージョン/ヒップホップ/ソウル/ビート・ミュージックを結合させてきたサンダーキャットも新世代のクロスオーヴァー感覚と緩やかに共振していますが、新作『ドランク』では70年代AORのフレイヴァーが所々でフックになっています。
一方、サンファのデビュー・アルバム『プロセス』は、ダーティ・プロジェクターズのように米東海岸、サンダーキャットのように米西海岸ではなく、イギリス出身であることが何より音の個性に繋がっています。
このようにざっと眺めてみても、現時点で既に「クロスオーヴァー・ポップ」の音楽的振れ幅は2016年よりも一層広がっていると言っていいでしょう。
それでは、この2017年的状況において、The xxの『アイ・シー・ユー』はどこが特別なのか? そして、なぜThe xxはトップ・ランナーであり続けることが出来ているのか? そんな疑問に対する答えを、ジェイミーxxとの対話を通じ、7つのアングルから浮き彫りにしようというのが本稿の目的です。
これを読むことで、2017年最初の傑作『アイ・シー・ユー』とThe xxというバンドの輪郭がよりクリアに見えてくるはず。では早速、一つ目の項目へと進んでみましょう。
1. The xxを育んだ、ゼロ年代英国クラブ・シーンの音楽的豊かさ
そもそもThe xxはどのような文脈から出てきたアーティストなのか? デビューから既に8年。10代や20代前半のリスナーの中には知らない人がいてもおかしくありません。なので、まずは改めて振り返りましょう。
The xxがデビューした2009年は、英国クラブ・シーンでダブステップ以降の新しいサウンドがもっとも活気づいていた時期。ブリアルやスクリーム、ベンガといった才能が大きな注目を集め、ジェイムス・ブレイクやマウント・キンビーといった新世代の台頭も始まっていました。彼らは重低音のベース・ラインを共通項としながらも、そのサウンドはどれもバラバラで、かつ斬新。当時の英国クラブ・シーンには、恐れを知らぬ旺盛な実験精神が漲っていたのです。
そもそもThe xxは、そういった時代の空気を敏感に捉えて登場したバンドでした。1st『エックスエックス』における、スカスカな音の隙間から夜の冷気が吹き込むような感覚は、まさにダブステップ以降のもの。
彼らがこういったサウンドに辿り着いたのは、ジェイミーが10代の頃から熱心にクラブ通いしていたことが大きいのは間違いありません。
では、本人に当時のことを尋ねてみましょう。
●そもそもあなたがダンス・ミュージックに魅了され始めたのは、いつ頃から?
「クラブに行くようになってからだね。16歳くらいの時だった(2004年頃)。あんなに大音量で音楽を聴いたのはそれが初めてだったんだ。当時はジャングルとかドラムンベースとか、サウス・ロンドンまわりの音楽を聴いてて。それからダブステップに進んだんだ。あの頃のロンドンでは、それが新鮮ですごくエキサイティングだったからね。クラブに行ったり、そういう音楽を聴くことでシーンの一部になれてることに興奮したよ。ハウスとかテクノを聴くようになったのはその後だね」
●16歳くらいの時に、特に好きだったアーティストは?
「デジタル・ミスティックスとか、彼らのレーベル〈DMZ〉のアーティスト。あのクルーからはすごく刺激を受けた。彼らは僕が育ったサウス・ロンドンの教会でパーティをやっていて、16歳の時によく行ってたんだ」
●16歳ではクラブに入れないですよね?
「もちろん、フェイクIDさ(笑)」
●The xxがデビューした2009年頃は、ジェイムス・ブレイクやマウント・キンビーも登場した時期です。実際、彼らの音楽から刺激は受けていましたか?
「あの時期は、みんながお互いにインスパイアし合っていたと思う。それぞれが自分のベストを尽くそうと頑張っていたし、その一部になれてることがとてもハッピーだった。マウント・キンビーやジェイムスとは、昔バーで一緒にプレイしてたよ。オーディエンスは100人くらいだったけどね。だから、彼らの音楽にはすごく親しみを感じる。外側から客観的に見るのは難しいけど、とにかく全てがエキサイティングだった。何かがスタートした時ってそういうものだからね」
そんな2010年前後の英国クラブ・シーンにあった熱気は、最早すっかりと失われてしまった。そんな風に感じている人も多いはず。しかしThe xxは、シーンが落ち着きを見せた後も、新たな音楽的地平を開拓し続けている数少ない一組。それは、彼らがポスト・ダブステップから受け継いでいるのが、その音楽性以上に、当時のシーンの根底にあった飽くなき冒険心と自由なスピリットであるからに違いありません。
2. The xxこそが2017年における「理想的なバンド」だから
一人の強烈なカリスマが引っ張るワンマン・バンドでも、歴史に名を残す作品は生み出せます。T・レックス然り、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン然り。でも、メンバーそれぞれに明確な個性と役割があり、それが絶妙なバランスで交わることでしか成立しない音楽を生み出すのが、バンドの醍醐味。その点でThe xxは理想的なバンドの在り方を体現しています。
彼ら3人の音楽的テイストは見事にバラバラ。しかし、だからこそThe xxの音楽には、ジェイミーがクラブ・シーンから持ち帰ってきたビート感覚があり、オリヴァーのニューウェイヴ的なベース・ラインがあり、ロミーの抑制の効いたダークなギター・サウンドがあるのです。そのどれを欠いてもThe xxの音楽は成立しません。
こうしたバンドの在り方に彼らが意識的なのは、以下の対話からも窺えます。
●あなたは10代の頃からクラブ・ミュージックにどっぷりハマっていたのに、The xxという「バンド」を組むことになったのは何故ですか?
「ある時、ロミーとオリヴァーからライヴのためにビートを作ってくれって頼まれたんだ。それをきっかけに彼らとステージでプレイするようになって、流れでバンドに入ることになったんだよ。ただ正直、あまりステージで演奏はしたくなかったから、バンドに入る決心をするまで少し時間がかかった。最初はステージのすっごく後ろに立って、みんなから僕の姿を見れないようにしていたくらい。しばらくすると自信が持てるようになったけどね」
●The xxは、どういった音楽を目指して始まったんでしょうか?
「僕はダンス・ミュージックを聴いていたし、ロミーはパンク、オリヴァーはR&Bを聴いてた。だから、みんな異なる音楽から影響を受けてたんだよ。メンバー全員が好きな音楽を使って曲を作っているから、そういう異なる影響の全てが反映されてる。たぶんロミーの歌い方を聴いてると、1stアルバムの時点からキュアーが好きだってことはわかるんじゃないかな」
●彼女のギター・サウンドなんかも、まさにそうですよね。
「うん、そう」
●『アイ・シー・ユー』は、3人それぞれの役割と個性がはっきりしていて、なおかつ、それを持ち寄ることでしか生まれないのがThe xxの音楽だというのが、これまで以上に強く感じられる作品です。もちろんサウンド面では、一般的な「バンド音楽」の範疇を逸脱している。でも、メンバーの関係性の在り方において、こんなにバンドらしいバンドって、今いないんじゃないかと思うんです。
「クールだね。僕らはバンドであって、すごく近い距離にいる。互いに何が好きかもわかってる。だから、自分のソロ・アルバムが一段落して、またバンドとして動き出す際には、どんなものを作っても僕ららしいサウンドになるだろうって思えたんだ」
●ええ。
「だから今回は、『これをやってはいけない』っていうルールを一切排除した。何をやってもThe xxらしい音になる自信が持てるようになったからね。やっぱりそれはバンドだっていうことなんだと思う」
10代の時から幅広い音楽的志向を持っていた彼らが、今、如何に多様な音楽からインスパイアされているか。それは、アップル・ミュージックで公開された「プレイリスト」を聴いてもわかる通り。『アイ・シー・ユー』制作時、彼らがスタジオで聴いていた曲をまとめたものです。
ドレイクやケンドリック・ラマーやソランジュから、リキッド・リキッドやESG、ニーナ・シモンやアレサ・フランクリン、そしてティアーズ・フォー・フィーアズやフィクション・ファクトリーまで。かなり振れ幅が広いですが、まさにこれがThe xxの強み。そして、注意深く聴いていくと、なるほど、これが『アイ・シー・ユー』に繋がるのか、というヒントがたくさん隠されていることに気づくはずです。
3. 新世代ティーンエイジ・ミュージックとしての出発と今、その進化の凄さ
初期The xxを特徴づけている、薄氷のように繊細で透き通ったサウンドは、10代特有のナイーヴさを感じさせます。それは、無垢な少年時代へのノスタルジアを鳴らしていた初期キュアーとも通じるところがあるでしょう。実際、どちらもある種の少年性を表現の強度として意識的に導入していたという点では同じ。初期キュアーのように、デビュー当初のThe xxは2010年代の新しいティーンエイジ・ミュージックを体現していた。そして、だからこそ熱狂的な支持を集めた――という見方も出来ます。
●The xxの1stアルバムは、改めて振り返ると、どのような作品だと感じますか?
「すごく正直なアルバムだと思う。このアルバムのことを考えると、わからないことだらけで、何をしたらいいかさっぱり見当もつかなかった10代の自分たちを思い出すんだ」
●The xxの音楽は変化と成長を続けていますが、同時に、親密さとメランコリックなムードは通底しています。それはどこから生まれているのでしょうか?
「僕らが本当に好きな音楽って悲しいサウンドだし、悲しい音楽を作るのはそんなに難しいことではないと思うんだ。だって、大抵の時は――『悲しい』じゃなくて『メランコリック』だな。うん、大抵の時はハッピーでいるよりメランコリックに感じているっていう方がリアルだと思う。リスナーもそこに共感しているんだと思うよ」
「商品」としての音楽は若さを売りにしますが、それとは反対に、良質なポップ・ミュージックは常に成長をテーマにしています。もちろんThe xxは後者の方。今や彼らも20代半ば。音楽的にも精神的にも、そしてメンバー同士の関係性においても成長した姿が刻まれているのが、『アイ・シー・ユー』だと言えるでしょう。
●『アイ・シー・ユー』の方向性に影響を与えた、一番大きな要素は何だと思いますか?
「一番大きかったのは年齢だと思う。デビューした時の自分たちが20歳くらいで、今は27、28歳になった。そこで積み重ねてきた自信って大きかったと思うんだ。自信がついたから、余裕を持って自分自身のことを考えることが出来るようになったし、それをより深く直接的に表現出来るようになった」
●ええ。
「リリックも前はもっとメタファーに頼るところがあったけど、わりと率直にお互いに話をするようになったから、それが曲のオープンさにも表れてるんじゃないかな」
●確かによりオープンになった曲が多い印象ですね。
「でも、オープンであるっていうのは逆に辛い部分もあって、明け透けな関係であるだけに傷ついてしまうこともある。特にこれだけ長い時間一緒に過ごす仲になると、決して楽なことばかりじゃない。でも、そこも含めての親密さっていうのが僕らのサウンドなんだ。そう今は実感してるよ」
●実際、新作は音楽的に成長しただけではなく、あなたたちがいろんなことを受け止め、より自信を持って作った作品だと感じられます。
「そうだね。1stは自分たちでも何をやってるかわからない状態っていうか、リリースされるのかもわからないし、誰かに聴いてもらえるのかもわからない状況で作ったものだった。2ndは聴いてもらえることはわかっているんだけど、だからこそ、みんながどういったものを聴きたいかを意識し過ぎて、極端に走ってしまったかもしれない。で、今回のアルバムは、みんなに聴いてもらえることはわかっていて、でも、それでも大丈夫なんだ、っていう自信を身につけた作品なんじゃないかな」
●なるほど。
「周りのためじゃなくて、まずは自分たちのために音楽を作ろうっていうところにもう一度立ち返った作品だと思う。だから、1stがナイーヴだったとすると、2ndは考え過ぎ、3rdはそれを全部取っ払って自信を取り返したアルバムっていうことになるかな」
ジェイミーxxに訊く、「The xxがもっとも
2017年的で、誰よりも特別で、紛れもなく
トップ・ランナーである7つの理由」後編