サマー・アンセムらしいサマー・ヒットは7年も前を追憶するモーガン・ウォレン“7・サマーズ”だった、パンデミックによって外出が大きく制限された2020年USシーン。ご多分に漏れず自分も著作『アメリカン・セレブリティーズ』を刊行できたと思ったらパンデミック危機に襲われ、もはやその後の記憶が労働くらいしか無いのですが、だからこそ愚直なまでに生を叫ぶ“レイン・オン・ミー”のような楽曲に助けられた一年でもありました。24kゴールデン“ムード”が象徴するギター・ポップに加えてマシン・ガン・ケリーやホールジー、リル・ウージー・ヴァートなどパンク・ポップが熱い年でもありましたが、42年ぶりにHOT100に再登場した影の主役、フリーウッド・マックのスティーヴィー・ニックスの後継者たるハリー・スタイルズ『ファイン・ライン』とマイリー・サイラス“ミッドナイト・スカイ”もそれぞれのキャリアにおける素晴らしい着地でした。
「チャート・ヒットに求められるのは現実逃避であり、社会的内容はウケにくい」……そんな業界文句を打ち破ったのはリル・ベイビー“ザ・ビガー・ピクチャー”に始まるBLMの魂です。なかでも、ダ・ベイビー“ロックスター”。人生体験と信念、社会意識を強大なエンターテインメントとして魅せきった〈MTV VMAs〉パフォーマンスは見事で、まさしく今年の主役でした。つづいてイカしまくりの“サヴェージ(リミックス)”も最高ですが、アメリカ合衆国における年間Googleトレンド「定義/意味(defentions)」部門の頂点に君臨した文化現象“WAP”を選んでみました。笑わせてもらい、元気をもらったので。そもそもこのベスト、年間トレンドを汲みつつ好きなものを順不同に並べた感じなのですが、一旦、ラストは自粛女王ことデュア・リパ“ブレイク・マイ・ハート”に。「現実逃避」主義を貫きすぎて異色な『フューチャー・ノスタルジア』自体が年間ベスト・アルバムでした。Twitterの喧騒に嫌気がさしてSNS断ちしたかたちで作られた経緯からして良かったですね。まさに、ウェブ荒野ふくめて「家から出なければよかったわ」。
『ハスラーズ』や『燃ゆる女の肖像』も素晴らしかったのですが、配信およびリミテッド&第一シーズンに限定してみました。まず、前半の引き込む力が物凄かった話題作『ウォッチメン』。現実とのリンクもさまざまなかたちで語られましたが、序盤のパラノイア的陰謀論の雰囲気がかくも合衆国的で印象に残りました。『監視資本主義』筆頭に恐怖心を煽るドキュメンタリーも目立ちましたが、ソーシャル・メディア投稿で事件当時を再現してしまう『アメリカン・マーダー』こそ、そのデリケートな構成ゆえに我々が生きるデータ社会のほのぐらい一面を突きつけたかもしれません。2000年代ネットワーク・コメディのようにステレオタイプを笑いにする『エミリー、パリへ行く』の場合、「くらだない」一言で片づけられる作品かもしれません。しかし、2010年代にPeak TV旋風を加速させたNetflixそのものが「鑑賞に体力を使う秀でた作品」のオルタナティヴとして機能する「気楽に流し見できる作品」でヴァイラル・ヒットを繰り出したことに底力を感じます。『リトル・ファイアー』はリース・ウィザースプーンとケリー・ワシントンで『パラサイト』的な経済格差ジャンルをやるような序盤ですが、その予感を逆手にとりアメリカ社会に孕む様々な「格差」を炙り出していくダイナミズムに心が打たれました。そして、2020年の王道を見せきってくれる大ヒット『クイーンズ・ギャンビット』。前出デュア・リパ『フューチャー・ノスタルジア』と同じく隙が無いエンタテインメント主義ですが、だからこそ、多くの人々がつらい現実を忘れれたがった2020年のベストに相応しいのではないかと思います。ハイ・クオリティ王道作品のお約束として?、何気ない格言も印象的。「怒りは香辛料だ。使いすぎると感覚が鈍る」
〈サイン・マガジン〉のライター陣が選ぶ、
2020年のベスト・アルバム、ソング
&映画/ドラマ5選 by 照沼健太
「〈サイン・マガジン〉のライター陣が選ぶ、
2020年の年間ベスト・アルバム、
ソング、ムーヴィ/TVシリーズ5選」
扉ページ
2020年
年間ベスト・アルバム 50