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  • ムーンライト(2016) directed by Barry Jenkins by TSUYOSHI KIZU March 31, 2017 1
  • 最後の追跡(2016) directed by David Mackenzie by TSUYOSHI KIZU March 31, 2017 2
  • ストロングマン(2015) directed by Athina Rachel Tsangari by TSUYOSHI KIZU March 31, 2017 3
  • 午後8時の訪問者(2016) directed by Jean-Pierre & Luc Dardenne by TSUYOSHI KIZU March 31, 2017 4
  • 牯嶺街少年殺人事件(1991) directed by 楊徳昌 by TSUYOSHI KIZU March 31, 2017 5
  • 「月の光の下では、黒人の肌は青く見える」――なかば神話的に語られるエピソードが、これは肌の映画なのだということを示している。あるいは、冒頭で流されるボリス・ガーディナーの“エヴリ・ニガ・イズ・ア・スター”……この映画のなかでは、黒い肌が青く「輝いている」(文字どおりに)。麻薬中毒の母親のもとで育ったマイアミの黒人少年の姿を3つの時代に分けて描く本作は、現在アメリカがまさに「肌」の問題で揺れていることとどうしようもなく共振しているが、社会的な枠組みから引き返した地点で「肌」と「肌」が触れるときに生じる熱をひたすらに純化して浮かび上がらせる。それはあるときには海中での「洗礼」となるだろうし、母と息子の痛ましい愛になるだろう。ときには凄惨な暴力になり、そしてある夜には、忘れ得ぬ月光の下での官能となるだろう……。『ムーンライト』はフランク・オーシャンの『チャンネル・オレンジ』、もしくはその収録曲“フォレスト・ガンプ”である。そこでは「わたしはゲイである」という社会的宣言のはるか以前の、男を欲望する男であることの痛みと喜びがブラックであることのアイデンティティと繊細に折り重なっているのだ。

  • もう1本アカデミー賞関連から(作品賞ノミネート)。ポスト・イラク・ウォーの貧しいアメリカとアメリカン・ニューシネマの伝統を接続する犯罪映画で、テキサスを舞台に銀行強盗を繰り返す兄弟とそれを追うレンジャーたちの姿が描かれる。ある意味ではトランプ大統領が誕生してしまう背景がここには映し出されているが、強盗兄弟の頭脳である弟を演じるクリス・パインが言うようにそれは「親の代から受け継がれた」ものであり、格差社会の根深さを浮き彫りにしていると言えるだろう。ゆえに本作はアメリカ映画の伝統的なスタイルを採用しており、荒涼とした風景のなかジェフ・ブリッジスというアメリカ映画の至宝があの独特の発話でアメリカの影について語るのである。監督は『名もなき塀の王』(2013)が高く評価されたイギリス人のデヴィッド・マッケンジー。パブロ・ララインによる『ジャッキー』(2016)同様、外国人がアメリカ現代史を考察する作品だと見なせるかもしれない。荒くれの兄を不思議な愛嬌とともに体現するベン・フォスターが素晴らしい。

  • 『ロブスター』(2015)のヨルゴス・ランティモスはもちろんエースだが、彼だけに留まらずギリシャ映画で明らかに何かが起こっている。社会の混乱はアートにヴィヴィッドに影響を及ぼすのだと思わずにはいられない。……ともかく、女性監督アティナ・ラヒル・ツァンガリによる『ストロングマン』もランティモス諸作のように非常に風変わりな一本で、おっさん5人がクルージングの船のなかで「男ぶり」を競うゲームに興じる姿が滑稽に映し出される。要するに男子が小学生の頃からやっているペニスの大きさ比べなわけだが(しかもおっさんなので当然勃起力にも関わってくる)、絶妙にSNS時代の風刺になっているのがニクい。自尊心を決めるのは自分ではなく、世のなかでなんとなくクールなこととされているコンセンサスであり、わたしたちはそんなものにジタバタと振り回されるばかりなのである。もしくは、いま一番情けないのは中年男なのだとあっさり言ってのける一本とも言えるかも……。

  • 主人公の女性医師であるジェニーは診療所を訪れた少女を助けなかった後悔に苛まれ、自ら彼女の死の真相を追うことになる。やがて少女は移民であり、どうやら娼婦らしいことがわかってくる……。これまでのダルデンヌ兄弟の作品同様カメラは主人公から離れず淡々と追いかけ、しかしそれ自体がスリリングな映画の動きとなっていく。兄弟監督の前作『サンドラの週末』(2014)から引き続き、ここでも「いかにして他者を救うのか」という問いが掲げられる。それははっきりとヨーロッパの困窮とリンクするものだろう。社会的弱者を救えない現実があまりにも堅固であるがゆえに、ひとは「救いたい」という感情を意識的に、あるいは無意識的に押し殺していく。だが本作ではジェニーが「救いたかった」「救いたい」という感情を解き放っていくことでむしろ、彼女自身の医師としての誇りを獲得していくのだ。初期に人間の愚かさを辛抱強く見つめていたダルデンヌ兄弟は近作で、それでも失われない尊厳を浮かび上がらせようとしている。

  • 世界中の映画作家や観客から評価され偏愛されながら、59歳で夭折した楊徳昌(エドワード・ヤン)の代表作がデジタル・リマスターで蘇った。1960年代の台北を舞台に、そこで生きる不良少年の青春と恋を叙情的に描く本作の大きさを言いつくす言葉を自分は持たない。エルヴィス・プレスリーをはじめとする海外文化への憧れ、変容する台湾社会、少年期の不安や迷い、恋の残酷さ、それでも湧きおこる未来への渇望――そうしたものが幾層にも折り重なって、無限の広がりを生んでいるからだ。ひとりの少年の心の揺らぎを繊細に追いながら、同時に世界中が新しい時代を夢見た60年代の空気を封じ込める。奇跡的としか言いようがない光と闇のコントラストは、そのままわたしたちの心や世界の真理をも示しているだろう。あまりにも豊穣な3時間56分の上映時間の前と後では、世界の見方がまるで変わっている――そんな「映画」が四半世紀前に産み落とされたことにあらためて感謝したい。

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