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WHAT IS THIS HEART ? How To Dress Well (Hostess) by RYUTARO AMANO
YUYA SHIMIZU
July 04, 2014
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WHAT IS THIS HEART ?

深い霧を晴らす力強いビートとサウンド・プロダクション。
ハウ・トゥ・ドレス・ウェルの大いなる跳躍

清らかで抽象的なピアノが響き、アコースティック・ギターが爪弾かれる。そして、自室でひとりきりマイクへ向かってささやいているかのような私的な響きを携えた剥き身の歌声――もうここにはハウ・トゥ・ドレス・ウェルの作品全体を覆っていたあの霧深い音響処理や奇妙なひずみはほとんど存在しない――が立ち現れる。傑作、『トータル・ロス』より2年ぶりのアルバムとなる『ホワット・イズ・ディス・ハート?』において、ハウ・トゥ・ドレス・ウェル=トム・クレルはこれまでにまとっていた衣を脱ぎ捨てていることを“2イヤーズ・オン(シェイム・ドリーム)”で明示している。

「私たちは年老いていこうとしていた……」。『ホワット・イズ・ディス・ハート?』の幕開けを飾る詞、感動的な“2イヤーズ・オン(シェイム・ドリーム)”の最初の一節は死を暗示する。そのサウンド・プロダクションに比して、トム・クレルの言葉はそう大きく変わっているわけではない。やはり愛や喪失、死、それにまつわる悲しみや痛みがシンプルな言葉で歌われる。カヴァー・アートのトム・クレルの憂いを帯びた表情、そして死にゆく祖父と少年を描いた短編映画風の3部作ヴィデオ(現在、“リピート・プレジャー” “フェイス・アゲイン” が公開されている)は、彼の詞世界と直接的に結びついているのだろう。

“2イヤーズ・オン(シェイム・ドリーム)”で衣を脱ぎ捨てたあと“ホワット・ユー・ウォンティド”で次第にビートを立ち上げていくドラマティックな様は、今作全体が力強いリズムを刻んでいることの伏線のように響く。前作の“ランニン・バック”や“&イット・ワズ・U”で試みたダンス・ビートへの関心は、まるでデヴ・ハインズがプロデュースしたかのようなディスコ・ビートを組み上げている“リピート・プレジャー”へと結実している。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの“ヘロイン”をサンプリングしている“シー・ユー・フォール”が美しいドローンのカオスでカタルシスを迎えたあとにやってくるこの曲は、これまでの作品の霧を振り払うかのような開放的な空気を呼び込んでいる。

『ホワット・イズ・ディス・ハート?』でハウ・トゥ・ドレス・ウェルが新しく身にまとっているのは、力強いビートとポスト・ダブステップ的なプロダクションだ。3月に公開された沈鬱な“ワーズ・アイ・ドント・リメンバー”からしてシンセサイザーの響きはこれまでとは大きくちがっていた。この変化はおそらくプロデューサーのロディ・マクドナルドによる貢献が大きいのだろう。いずれにせよ、ここではドローンにも寄り添うようなビートレスな感覚や簡素でローファイで霞がかったトーンで満たされた空間から大きく跳躍し(もちろんそのすべてを捨て去ったわけではないけれど)、彼は自身のキャリアにおいて最も攻撃的で、最もポップで、最もハイファイで、最もエモーショナルな作品を作りあげている。『ラヴ・リメインズ』 、そして『トータル・ロス』からのジャイアント・ステップ。ハウ・トゥ・ドレス・ウェルは新しい大陸に切り拓き、そしてそこで素晴らしい果実を実らせている。

文:天野龍太郎

ドレス・ダウンして全てをさらけ出した
エモーショナルで私小説的なアルバム

ハウ・トゥ・ドレス・ウェルことトム・クレルが2010年にリリースしたファースト・シングル“レディ・フォー・ザ・ワールド”のタイトルを聞いて、80年代ミシガンの同名R&Bグループのことを連想した人も多いかもしれない。しかし何てことはない、実はこの曲、そのレディ・フォー・ザ・ワールドが86年にヒットさせた“ラヴ・ユー・ダウン”(正確には女性R&BシンガーのINOJによるカヴァー・ヴァージョン)を下敷きにしたものだったのだ。ということはつまり、「ビルボードでナンバー・ワンになりたい」という彼のスタンスは、最初から一貫していた。ただしそれがアンビエント・ノイズとリヴァーブに覆われて、見えにくくなっていただけなのだ。

ハウ・トゥ・ドレス・ウェルがブログに自らの作品をアップし始めた頃、彼が一体何者なのか知る人は少なかったし、アートワークやアーティスト写真も、極めて匿名性の高いものだった。古本屋で見つけた本の題名に由来するというそのユニット名同様、彼は自分自身をうまく着飾っていたと言えるだろう。そこから最新作に至るまでの彼の歩みは、まさに自分が何者であるかを曝け出す過程だったと言っていいのかもしれない。そのきっかけとなったのは、親友と叔父の死を受けて制作されたという前作『トータル・ロス』だ。そのアートワークにはトム本人のデスマスクがあしらわれており、よりダイレクトに90年代R&Bへのアプローチを見せ、余計なエフェクトを脱ぎ去ったその歌声は、これまでにないほど力強く、自らの存在証明を希求していた。

そして自らの顔写真がジャケットを飾る本作において、もはやハウ・トゥ・ドレス・ウェル=トム・クレルであることは疑いようがなくなった。アルバム冒頭の“2イヤーズ・オン(シェイム・ドリーム)”で、彼はアスペルガー症候群を患った双子の兄について歌い、ディストーション・ギターが駆け回る“チャイルドフッド・フェイス・イン・ラヴ(エヴリシング・マスト・チェンジ、エヴリシング・マスト・ステイ・ザ・セイム)”にいたっては、高校時代にエモ・バンドで歌っていたという、彼の意外な過去が偲ばれるようなサウンドになっている。ここでの彼はそうした過去を恥じることなく、スクリーモ・バンドのテイキング・バック・サンデイからトレイシー・チャップマンまで、自分自身を形成したあらゆるものに敬意を表し、つまびらかにしているのだ。ラストの“ハウス・インサイド”は、精神を病んでいた彼の母親の、「未来は輝きに満ちたものではなく、過去の集積に過ぎない」という言葉がもとになっているという。もしかしたらそれはネガティヴに聴こえるかもしれないが、彼は自分を偽ったり過去と決別するのではなく、それを背負って生きて行くことを決めたのではないだろうか。

2011年の暮れに彼がアクティヴ・チャイルドのフロント・アクトとして初来日した際、バックのスクリーンに大野一雄の映像が流れていたのを覚えている。大野一雄といえばアントニー・アンド・ザ・ジョンソンズがアルバムを捧げたことでも知られる舞踏家だが、本作において彼は単なるインディR&Bの枠を越えて、アントニー・ヘガティにも比肩する、唯一無二のシンガー・ソングライターとしての一歩を踏み出したのかもしれない。

文:清水祐也

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