2010年代ポップの外交官=チャンス・ザ・
ラッパーと共に、荒廃した街を音楽と友愛の
フッドへと変えた「シカゴ十勇士」:前編
6. Vic Mensa
チャンス・ザ・ラッパーが所属するコレクティヴ〈セイヴ・マネー〉の創始者であり、チャンスとも並ぶシカゴ新世代の出世頭がヴィック・メンサだ。
彼は2013年にデビュー・ミックステープ『INNANETAPE』を発表し、同年『アシッド・ラップ』で高い評価を受けたチャンスと並んで、翌年の〈XXL〉誌の「フレッシュメン・クラス」に選ばれた。しかしその後、チャンスがレーベルに所属せず、シカゴのコミュニティに根差した活動を優先したのに対し、ヴィック・メンサはより広い世界へと飛び込んでいく。レーベル無所属、音源はフリー・ダウンロードで発表するアーティストの多いシカゴ周辺とは異なり、彼は早くからメジャー・レーベルに籍を置き、現在は〈デフ・ジャム〉に所属している。
音楽面でも彼は貪欲かつ挑戦的な試みを行っている。例えば、2014年にリリースしたシングル“ダウン・オン・マイ・ラック”は、当時のヒップホップ・アーティストとしてはかなり先駆的に、ディープ・ハウスへと傾倒していた。
その後もチャンスに先駆けて地元の大先輩カニエ・ウェストをフィーチャーしたり、スクリレックスとのコラボで楽曲を制作したりと、シカゴを飛び出て自身の可能性をボーダーレスに追求。その過程でチャンスとの共演機会が減ったこともあり、一時期は不仲が噂されたこともあったものの、今年のロラパルーザで久方振りに共演する姿を見せた。
また、他のシカゴ勢と違って積極的に外の世界に進み出ているとは言え、彼は決してシカゴというホームを忘れてしまったわけではない。例えば、2016年にリリースしたEP『ゼアズ・アロット・ゴーイング・オン』に収録された“16ショッツ”は、シカゴで警察に16発の銃弾を撃たれ亡くなった十代の少年をテーマに据えた楽曲。また、今年ようやくリリースされた正式デビュー・アルバム『ジ・オートバイオグラフィー』には、ドリル・シーンを代表するラッパーのチーフ・キーフと〈セイヴ・マネー〉の仲間ジョーイ・パープをゲストに迎えた、“ダウン・フォー・サム・イグノランス(ゲットー・ララバイ)”が収録されている。
チャンス・ザ・ラッパーとは異なる道を進んだものの、その根底にあるシカゴへの愛には今も共通するものがある。ヴィック・メンサもまた、間違いなく今のシカゴを代表する顔役の一人なのだ。
7. Joey Purp
チャンス・ザ・ラッパーの行動が目立っているため、優等生の集まりといった印象が強いかもしれない〈セイヴ・マネー〉だが、そこに集っている面々は決して一元的なイメージで括れるわけではない。そこには女にだらしない奴もいれば、ギャングに片足を突っ込んでいる奴だっている。上記のヴィック・メンサによる“ダウン・フォー・サム・イグノランス(ゲットー・ララバイ)”のように、ドリル・シーンと〈セイヴ・マネー〉周辺だって交流が一切ないわけではなく、そこには地元ならではの緩やかな繋がりがあるのだ。
昨年フリー・ダウンロードでリリースしたミックステープ『iiiドロップス』が高評価を得たジョーイ・パープは、そんなシカゴの多様性の一端を知るにはうってつけの存在だ。チャンスがフィーチャーされた“ガールズ@”は、ファレル・ウィリアムスを髣髴させるノックス・フォーチュンのプロダクションが光る、享楽的なパーティ・チューン。
この曲は軽薄な女性への賛美がリリックの主題となっているものの、他のミックステープ収録曲ではシカゴのストリートにはびこる暴力に目を向けた、思慮深い視線も覗かせている。チャンス・ザ・ラッパーとヴィック・メンサ、さらにはドリル・シーンまでを繋ぐ存在として、〈セイヴ・マネー〉第三の男による表現の意義は、シカゴ・シーン全体を見る上でも大きい。
8. Towkio
〈セイヴ・マネー〉の中に、実は日本の血が流れるラッパーが一人いる。それがこのトーキョー。日本人の父親とメキシコ人の母親の間に生まれたハーフだ。
『カラーリング・ブック』では、ジャスティン・ビーバーと並んで“ジューク・ジャム”にゲスト参加していた彼は、それに先駆けて2015年にフルレングスのミックステープ『わヴ・セオリー』を発表している。同作は、ソーシャル・エクスペリメントを筆頭とするシカゴお馴染みのプロデューサー陣と並んで、昨年アルバム『99.9%』をリリースして世界的に飛躍したケイトラナダもトラックを提供していた。
2015年の時点で気鋭のプロデューサーとコラボする先進性こそがトーキョーの最たる魅力だろう。同作には、ホールジーの楽曲プロデュース等を通じて名を上げ、今やUSメインストリームからも熱い注目を浴びる存在となったノルウェー出身のリドも参加していた。今後のトーキョーの動向を注視すれば、その中にポップ・シーン全体の行く末を予見するヒントが浮かび上がってくるだろう。
9. Knox Fortune
ノックス・フォーチュンは、ヴィック・メンサ、ジョーイ・パープ、トーキョー、チャンス・ザ・ラッパーらの数多くでプロダクションを務め、〈セイヴ・マネー〉のイン・ハウス・プロデューサー的な役割を担う存在。
彼は、『カラーリング・ブック』収録のケイトラナダプロデュース曲“オール・ナイト”でコーラス部の歌唱を担当。トラックメイカーに留まらないアーティストとしての可能性を垣間見せていたが、今年ソロ名義でのデビュー作『パラダイス』をリリースした。
十代の頃にはアニマル・コレクティヴにインスパイアされたインディ・ロック・バンドを組んでいたこともあるという彼が同作で鳴らしているのは、ヒップホップ/R&Bの枠組に収まることのないサイケデリック・サウンド。“リル・シング”にはニコ・シーガルとジョーイ・パープが参加しているが、もしクレジットが無ければ、誰も〈セイヴ・マネー〉人脈によるトラックだとは思わないだろう。
同作には、〈セイヴ・マネー〉周辺人脈の他にも、ホイットニーのウィル・ミラーやツイン・ピークスのメンバーといった、シカゴのインディ・バンドからコントリビューターが参加。近年は目立った交流があったわけではないアメリカのヒップホップとインディ界隈を、驚きの角度から繋いだ必聴の一枚となっている。
10. Whitney
ノックス・フォーチュンのアルバムに参加したアーティストの中で、最もインディ・ファンに馴染みのある名前なのは、ホイットニーで間違いないだろう。元スミス・ウエスタンズのメンバー2人を中心に結成された……という前置きもいらないかもしれない。昨年リリースしたデビュー・アルバム『ライト・アポン・ザ・レイク』がUSインディ・シーン屈指の高評価を獲得した、気鋭のインディ・バンドだ。まだ彼らの音楽を聴いたことがないという人は、この機会にぜひ代表曲“ノー・ウーマン”の美しい旋律を聴いてみて欲しい。
彼らがシカゴを拠点にしていることは、特に日本ではあまり知られていないかもしれないが、ノックス・フォーチュンのソロ作を通じて、ここ数年で世界的な注目を集めることになったシカゴ・ヒップホップとの意外な関係性が見えてきた。
言うまでもなく、シカゴには黒人だけでなく白人も居住し、〈セイヴ・マネー〉周辺には白人の才能も多い。ニコ・シーガルやノックス・フォーチュンもそうだ。チャンス・ザ・ラッパーを筆頭とするシカゴ新世代が発するメッセージは、決して黒人コミュニティだけを対象としたものではなく、多種多様な人種が共存するシカゴという街全体へと向けられている。シカゴのヒップホップ勢とインディ勢が緩やかな連帯を持ちつつある事実は、シカゴという街が今まさに生まれ変わろうとしていることの証左でもあるだろう。
今後、これらの才能が交流し、互いに切磋琢磨した先にどんな輝かしい未来が待っているのか。それが今から楽しみでならない。