SIGN OF THE DAY

2010年代ポップの外交官=チャンス・ザ・
ラッパーと共に、荒廃した街を音楽と友愛の
フッドへと変えた「シカゴ十勇士」:前編
by AKIHIRO AOYAMA December 08, 2017
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2010年代ポップの外交官=チャンス・ザ・<br />
ラッパーと共に、荒廃した街を音楽と友愛の<br />
フッドへと変えた「シカゴ十勇士」:前編

今、音楽と地域の関係性を考えたときに、最も理想的なモデルケースとなっているのはシカゴに他ならない。アメリカ中西部に位置するイリノイ州最大の都市、シカゴ。ブルーズやジャズの本場として、あるいはハウス・ミュージック発祥の地として、近年ではジューク/フットワークの震源地として、これまでにも音楽史に残る数々の功績を残してきたその都市は、現在新しい世代のヒップホップ・アーティストたちの尽力を通じて、新たな黄金時代を迎えているのだ。

まずは少しばかり振り返ってみよう。2010年代前半、シカゴは全米でも治安最悪の街として知られていた。人口はアメリカでは第三位だが、殺人発生率はトップ。2012年には殺人件数506件を記録し、イラクやアフガニスタンに派兵された米軍兵士の同年死亡者の数を上回ったことから、シカゴとイラクをもじった「Chi-raq(シャイラク)」という不名誉な蔑称まで付けられるほどだった。

特にサウス・サイドの治安の悪さは有名で、住宅開発から取り残された貧困地域は拡大。街は荒れ果て、暴力とドラッグが蔓延し、地域社会は崩壊の一途をたどっていく――。そんなハードな環境を映し出したのが、当時新種のギャングスタ・ラップとして注目を集めた「ドリル・ミュージック」だ。その音楽性はどんなものだったか、まずはドリル・シーンの象徴とも言えるラップ・スター、チーフ・キーフの代表曲“アイ・ドント・ライク”を聴いてもらいたい。

Chief Keef / I Don't Like (Dirty)


無機質で不穏な空気を醸し出すサイバーな上音に、重く引き摺るようなビート。マシンガンのように激しくリズムを切り刻んでいくハイハットの音。ダーティな4文字言葉と暴力的な表現にまみれたリリック。今改めて聴けば、このサウンドが2017年に全米を席巻したトラップと近縁の関係にあることも分かるだろう。

2012年、チーフ・キーフは若干17歳でデビュー・アルバム『ファイナリー・リッチ』をリリースし、ドリル・シーンの寵児としてブレイク。翌2013年には、それ以前からシカゴという街を代表してきたカニエ・ウェストが怪作『イーザス』のインスピレーション源としてドリルを挙げ、シーンからチーフ・キーフやキング・ルイをフックアップしたことで、その知名度は世界的に高まっていった。

ドリルがシカゴの荒廃しきった状況を伝える一方で、2013年には、後年シカゴの未来を変えていくことになる一人のカリスマが颯爽とシーンに登場した。その人物こそが、他ならぬチャンス・ザ・ラッパーだ。同年4月にミックステープ『アシッド・ラップ』が公開されると、彼は瞬く間に全米中で話題に。ハードな生活環境を身近に感じながらも、それに屈することなくあくまでポジティブなヴァイヴを放つ、ユーモラスなラップ。シカゴの音楽的遺産をしなやかに取り入れた、柔軟で豊かな音楽性。それは、シカゴに訪れた新時代の産声だった。

その後、チャンスは現在に至るまでレーベルに所属することなく、あくまでインディペンデントにこだわった活動を続け、客演、ライヴ、CM・TVへの出演等で得た金を惜しみなく地元へと還元していく。フリー・イベントやワークショップの開催、大学での特別講義といった若者への教育・支援。銃被害を無くそうと呼びかけた「#セイヴ・シカゴ」キャンペーンに代表される、社会的・政治的な働きかけ。そうした彼の地道な活動によって、シカゴにつきまとっていた最悪なイメージは少しずつ払拭されていった。

もちろん、近年のシカゴの変化はチャンス・ザ・ラッパー一人だけで成し遂げられたものではない。所属コレクティヴ〈セイヴ・マネー〉やバンドのソーシャル・エクスペリメントを筆頭とする、数多くの仲間が彼の周りには集っている。それらの才能が織り成す、自由闊達で軽妙洒脱な連帯こそがシカゴという街を変えたのだ。

そんなシカゴの音楽シーンをより良く理解してもらうために、本稿では同地の今を担う主要人物を10組選んで紹介する。彼らの鳴らす音楽・発するメッセージから、シカゴの新しく刺激的なムードを感じてもらえれば幸いだ。




1. Jamila Woods
チャンス・ザ・ラッパーが現在のシカゴ・シーンにおける「父」だとすれば、「母」なる役目を担っているのがこのジャミーラ・ウッズだ。これまでに彼女は、ドニー・トランペット&ザ・ソーシャル・エクスペリメントの“サンデイ・キャンディ”、チャンスの『カラーリング・ブック』に収録された“ブレッシングス”等、シカゴ新世代を象徴するアンセムでことごとく重要なコーラス部分を担当してきた。彼女の鼻に抜けるような気取らない歌声は、間違いなくシカゴの新世代に欠かすことのできないピースの一つである。

彼女はアーティスト活動の傍らで、アート教育を通じてシカゴの若者を支援する非営利団体〈ヤング・シカゴ・オーサー〉の准アート・ディレクターを務めていることでも知られる。自身の活動で得た知名度や資金を地元コミュニティに積極的に還元しようとする姿勢は、チャンス・ザ・ラッパーとも共通している。実際、今年公開した“LSD”のヴィデオは、今年3月にチャンスが100万ドルを寄付したことでも話題となった、シカゴの公立学校の生徒からアイデアを公募し、完成させたもの。

Jamila Woods / LSD ft. Chance The Rapper


タイトルの“LSD”とは、ドラッグの名称ではなく、「Lake Shore Drive」の略。それはシカゴの西部に隣接するミシガン湖沿いを走る高速道路のことであり、この楽曲は生まれ育った街=シカゴへの愛を綴った地元賛歌となっている。そう、その得難い声質のみならず、詩人としての才もまた、ジャミーラ・ウッズのかけがえのない魅力だ。

それを証明するのが、昨年フリー・ダウンロードの形式で発表され、今年10月にボン・イヴェールらを擁する名門インディ・レーベル〈ジャグジャグウォー〉を通じてフィジカル・リリースされたデビュー作『ヘヴン』である。チャンスをはじめ、後述するノーネーム、サバ、ニコ・シーガルらシカゴ人脈が多数ゲスト参加した同作は、プロダクション面ではネオ・ソウルをベースとして、彼女の愛すべき歌声を存分に引き立てる軽やかな音楽性で統一されている。

ただ、その言葉に目を向ければ、彼女が厳しい現状認識とその状況を変えようとする強い意志を詩に込めていることが分かる。貧困と暴力の連鎖の中で命を落としていった兄弟たちに追悼を捧げながら、同時にブラックであることへの誇りを掲げようとする“ヴェリー・ブラック”、ローサ・パークスやエラ・ベイカーら黒人女性の権利獲得に貢献した先達の名前を引用して、自由のために戦う戦士の系譜に自らを重ねる“ブラック・ガール・ソルジャー”等の楽曲は、黒人女性のエンパワーメントが大きなテーマに。

Jamila Woods / Vry Blk feat. Noname


黒人の女性としてマイノリティに生まれた状況をただ嘆くのではなく、その中に強さや美しさを見出していく姿は、ジャネール・モネイやビヨンセらにも通じるものがある。今後ジャミーラ・ウッズは、彼女達とも肩を並べる、アメリカに生きる黒人女性のメンターとなっていくだろう。



2.Nico Segal
ジャミーラ・ウッズの名前を一躍世に知らしめたのは、2015年に公開されたドニー・トランペット&ザ・ソーシャル・エクスペリメントの“サンデイ・キャンディ”だった。

Donnie Trumpet & the Social Experiment - Sunday Candy


ソウル、ジャズ、ゴスペルから譲り受けた芳醇な生音のアンサンブルに、ジューク/フットワークの高速ビートを絡めた、シカゴの地に脈打つ歴史を縦断するようなトラック。手作り感が何とも愛らしいスタジオ・セットの中で、30名近い出演者が入れ替わり立ち替わり息の合ったダンスをキメる、4分弱ワンカット長回しによるミュージカル調のヴィデオ。温かいヒューマニティと活力に溢れたシカゴ・コミュニティのムードを凝縮したかのような、この名曲をプロデュースした人物こそが、ニコ・シーガルである。

彼は、2016年以前はドニー・トランペット名義で活動し、トランペッター兼プロデューサーとしてチャンス・ザ・ラッパーやヴィック・メンサといったシカゴ新世代のトラック制作に大きく貢献してきた。しかし、ドナルド・トランプの大統領選勝利を受け、芸名がトランプと関連付けられるのを忌避して本名のニコ・シーガル名義で活動することを発表。

目下のところ、彼の最新プロジェクトとなっているのは、新バンドのザ・ジュジュ。そこで鳴らしているのは、「ジャズに片足を、その他の全てにもう一つの足を」と自ら称する通り、ロバート・グラスパーやカマシ・ワシントンらを筆頭とする新時代のジャズとも共振する、エクスペリメンタルでエクレクティックなジャズ・サウンドである。とは言え、決して尖鋭性を突き詰め過ぎることなく、とっつき易くキュートな質感がしっかりと残っているのがニコ・シーガルらしい。そのポップさは、ジャミーラ・ウッズがゲスト・ヴォーカルとして参加した“ウィ・グッド”を聴けば顕著に分かるだろう。

The JuJu / We Good


自身が主導するジュジュやソーシャル・エクスペリメントの活動、シカゴ人脈のプロデュースのみならず、彼は今精力的に活動の幅を広げている。2016年から2017年にかけて、J・コールやドラムら他地域出身ラッパー/シンガーの作品にプロデュース参加した他、トランペッターとしても引っ張りだこの人気者に。作品に参加したアーティストは、エド・シーラン、ポール・サイモン、ローカル・ネイティヴス等々、ジャンルも世代も様々。トランペッターとしてもプロデューサーとしても、今後さらに活躍の場を増やしていきそうだ。


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3.Noname
シカゴ新世代には、ジャミーラ・ウッズの他にもう一人、重要な役割を担う女性の姿がある。それがこのノーネームだ。以前はノーネーム・ジプシーという名前で活動し、その名義でチャンス・ザ・ラッパーの出世作『アシッド・ラップ』にもゲスト参加するなど、チャンス・ザ・ラッパーや〈セイヴ・マネー〉周辺との繋がりはジャミーラ・ウッズ以上に古い。

彼女の魅力は、完成に3年を費やし、昨年ようやくフリー・ダウンロード作として発表されたデビュー・ミックステープ『テレフォン』に集約されている。声高な主張やスキルの誇示をすることなく、電話越しに親しい友人に話しかけるような調子で囁かれる、ラップとスポークン・ワードと鼻歌の中間を行くようなフロウ。ただ、その柔らかな声色とは裏腹に、言葉はシカゴの厳しい現実をしっかりと見据えている。例えば“ディディ・ボップ”は、暴力と隣り合わせのストリートで、日々の楽しみや幸せを享受しようとする少年少女の物語。

No Name / Diddy Bop feat. Raury & Cam O'bi


言葉はどこまでも鋭利に厳しく、サウンドとフロウはどこまでも優しく。偏見や暴力に目を背けることなく、凛とした態度でそれらを否定しながらも、日常を慈しんでささやかな楽しみに人々を誘い出す。知性と理性と慈愛がベルベットのように美しく折り重なる、この傑作は、〈サイン・マガジン〉の2016年間ベスト・アルバムで5位に選出された。



4.Saba
ノーネームの『テレフォン』で10曲中5曲にプロデュース参加したサバは、プロデューサーとしてだけでなくラッパーとしてもチャンス・ザ・ラッパー諸作をはじめとする重要作品に参加してきた才能。フィーリックスやキャム・オビらと並んで、ソーシャル・エクスペリメントと共振しつつも、また異なる味わいを持った新世代シカゴ・サウンドを作り上げている。試しに、シカゴのさらなる新世代スミノとレジットをゲストに迎えた“ワールド・イン・マイ・ハンズ”を聴いてみよう。

Saba / World In My Hands ft. Smino & LEGIT


上音の心地良い質感にシカゴらしさが残る一方で、細かく刻まれるハイハットを多用したビートはドリル~トラップ譲り。他にもケンドリック・ラマーらLA勢を連想させるファンク・ナンバーやジャズ・ヒップホップ的なトラックもあり、今昔のヒップホップ・サウンドを取り入れた多彩なビート・アプローチが光る。

彼は2012年から昨年にかけて、計3枚のミックステープを発表済。昨年シェアし、“ワールド・イン・マイ・ハンズ”も収録した『バケット・リスト・プロジェクト』は、〈ローリング・ストーン〉誌の2016年ベスト・ラップ・アルバムで12位に選出されるなど、批評メディアからも高評価を受けた。現シカゴのグッド・ヴァイヴを、他地域との交流によって広げていく存在として、今後彼の重要性はより一層増していくだろう。



5. Brother Mike
今ではそれぞれがシカゴの若い世代に指針を与えるリーダー的立場となっているチャンス・ザ・ラッパーとノーネームだが、彼らにも若かりし頃、絶大な影響を与えた指導者がいた。その名前はブラザー・マイク。2014年に、38歳という若さで惜しくも亡くなった詩人の彼は、90年代から〈YOUmedia〉というティーン向けのプログラムを主催。

〈YOUmedia〉は公共の図書館でラップや詩を学ぶワークショップで、毎週飛び入り参加できるオープンマイクのイベントも行っていた。そこに参加していたのがチャンスやノーネーム、サバ、ミック・ジェンキンスといった今のシカゴを代表する面々であり、彼らはブラザー・マイクから多くのことを学んだと語っている。

彼は詩人であり、本来的にはミュージシャンではなかったため、音源などは残されていないが、ここでは彼に捧げられたショート・ドキュメンタリーを紹介しておこう。

Brother Mike Hawkins: REVOLUTION


チャンスが高校生を対象にしたオープンマイク・イベントを定期的に開催したり、ティーン向けに無料のフェス・イベントを積極的に行ったりしているのは、ブラザー・マイクと〈YOUmedia〉から受け継いだ思いを後の世代にも繋いでいくために違いない。


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