SIGN OF THE DAY

2020年 年間ベスト・アルバム
21位~30位
by all the staff and contributing writers December 30, 2020
2020年 年間ベスト・アルバム<br />
21位~30位

30. Arca / KiCk i

2020年 年間ベスト・アルバム<br />
21位~30位

「昨日の皮を剥いでくれ」という悲痛な一言で始まった前作『アルカ』から3年。ジェンダー・トランジションを遂げたアルカは、まさに以前とは異なる姿で我々の前に現れた。ノンバイナリーであり、トランス女性。同時にゲイとしての自分が消えたわけでもないと、アルカは云う。セクシュアリティとは多様かつ流動的なもの。そんな性自認を彼女はここでみずから肯定し、謳歌しているのだ。インダストリアル・テクノとレゲトンが交錯する、アッパーなビート。バリトンとファルセットの間を往来しつづける、オペラ風の歌唱。既存のジェンダー観から解き放たれたアルカの歌はどこまでも大らかで、意外なほど親しみやすく、それはヘテロ的な価値観に長らく支配されてきたポップスの在り方さえも、完膚なきまでに壊していく。ちなみに今作は『KiCk』シリーズの第一弾であり、次作ではヒップホップの脱構築がなされる予定だという。いずれにせよ、彼女のキャリアはこの作品で第2章を迎えた。「私はやりたいことをやりたい時にやる」。今作のオープニング・トラック“ノンバイナリー”で、アルカはそう宣言している。(渡辺裕也)

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29. Waxahatchee / Saint Cloud

2020年 年間ベスト・アルバム<br />
21位~30位

ワクサハッチーを名乗るケイティ・クラッチフィールドの本作と、彼女の現在のボーイフレンドであるケヴィン・モービーによる『サンダウナー』は姉妹作である……いや、さしずめ「夫婦作」とでも呼べばいいだろうか? グランジ風にノイジーだった前作から一転してアメリカーナ的意匠を強めた本作について、クラッチフィールドははっきりとモービーからの影響を口にしている。ふたりは現在モービーの故郷であるミズーリ州のカンザスシティに住み、そして、どちらも内陸的なフォーク/カントリー・ロックを鳴らしているのである。そして本作にあるのは、まさにアメリカの内陸の風景を思わせる大らかさだ。歌詞にあるのは彼女自身のアディクトに対する葛藤だが、それはゆったりとしたテンポの、レイドバックしたアメリカン・ロック・サウンドに受け止められる。“ライラックス”や“ヘル”の、あまりにあっけらかんとキャッチーなメロディにははじめ面食らい、しかし素直に親しみを覚える。その風通しのよさに思わず笑みがこぼれる。あくまでオーセンティックなアメリカン・サウンドで聴かせるブラッド・クックのプロデュースによる、ラフで鳴りのいいギター。彼女はここで個人の苦悩を、いま大切なパートナーが内側に持っていた音楽的風景に託し、さらに自分の身すらも音楽の歴史の一部に任せてしまう。『セイント・クラウド』にあるのは、綿々と続く豊かな過去に自分を預けることの心地よさと、古びたものの消えない輝きを忘れないことの尊さだ。(木津毅)

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28. BTS / BE

2020年 年間ベスト・アルバム<br />
21位~30位

「“ダイナマイト”の音楽的背景の解説を」というミッションでラジオ番組に呼ばれた自分。「これ、もちろん70年代ディスコですけど、日本でこれだけ受けたのはあれですよあれ、90年代にトーレ・ヨハンソンのタンバリン・スタジオ・サウンドが流行ったでしょ? あれに近い。非アメリカ人による70年代ディスコ再解釈っていうか」。「でもって、このトレンドって実は今のアメリカにも20数年の時間を経て逆流していて、ドージャ・キャットの“セイ・ソー”とかもまさにそう。最近はビヨンセもジャネール・モネイも自分のプレイリストやDJでカーディガンズを選曲したりしてるんですよ」。得意気である。「じゃあ、BTSは今後もこの路線を突き進みますかね?」と訊かれ、「どうっすかねー。でも、英語詞でこれだけ結果が出ちゃうと、リリックに関してはもう戻しにくいんじゃないですかねー」。大間違いである。自国ファンダムとの繋がりの大切さという意味でも、彼ら自身の使命感という意味でも、彼らが韓国語をそんな簡単に捨てるわけがなかった。それに、全世界での大ブレイクと全世界でのパンデミックを受けての本作における内省的なリリックは、作品的な必然性という点でも母国語を要求するものだ。外部のソングライター(英国人)を招き入れた“ダイナマイト”は、やはり例外的な打ち上げ花火と考えるべきだった。でも、“ライフ・ゴーズ・オン”、“テレパシー”、“ディジーズ”あたりは、“ダイナマイト”の「90年代の70年代ディスコ再解釈」風とも異なる、90年代のコンテンポラリーR&B風のシンプル&クリーンなシンセ・サウンドが強調されていて、これまでのBTSの流れ的にも、現在のポップ・シーン的にも、何気に新機軸。実際、もはや彼らはグローバル・トレンドの受信側ではなく発信源。これからもBTSにしかできない「Shining through the city with a little funk and soul」の方法を探究していくのだろう。(宇野維正)

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27. Tame Impala / The Slow Rush

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21位~30位

本来なら〈フジロック〉のヘッドライナーで桃源郷のようなサイケデリアに連れていってくれるはずだったんだよな……。テーム・インパラ5年ぶりの新作は、パンデミックが世界を覆う直前の2月にリリースされたこともあって、どうしてもだいぶ昔のことに思えてしまう。それでも本作が色褪せたとか、時代の変化で強度を失ったとか、そういう気は全くしていない。本作が持つ重要性は全く変わっていない。アルバムのテーマは「時の流れ」。もともと脳内で鳴り響く架空の黄金郷を描くようなサイケデリック・ミュージックを紡いできたケヴィン・パーカー。本作でも、彼にしかできない手さばきで、ソフト・ロック~AOR~ディスコ・ファンク~アシッド・ハウスなどジャンルを横断しながら過去の音楽の持つ輝きを再構築していく。亡くなった父への葛藤と赦しを描いた“ポーツマス・フォーギヴネス”や記憶との対峙を綴った“ロスト・イン・イエスタデイ”の歌詞にも見られるように、ノスタルジアを単なる逃避と耽溺の対象としてではなく、慈しみつつも乗り越えていくものとして描いていく。『ザ・スロウ・ラッシュ』(=ゆっくりとした突進)という矛盾を孕んだ撞着語法のタイトルは、その後に起こったことを考えるとまるで予言のようにも思えるが、それも本作が「世界の不確実性」の核心を捉えていることの一つの証拠だろう。(柴那典)

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26. Fiona Apple / Fetch the Bolt Cutters

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21位~30位

被害者の少女が監禁された現場のドアをこじ開けるべく、ステラ・ギブソン警視は静かにこうつぶやく。「ボルトカッターを持ってきて」。テレビドラマ『ザ・フォール』にて、ジリアン・アンダーソン演じる主人公が放ったこのセリフは、フィオナ・アップルを触発。彼女は完成しかけていたアルバムに1曲を書き足し、結果的にそれは8年ぶりとなる新作のタイトル・トラックとなった。そう、ここでいうボルトカッターとは「脱出」を象徴しているのだ。フィオナは歌う。過去のトラウマ、他人との不当な比較、男性優位な社会システム、レコード会社と業界からの過度な要求……。そんな自由を妨げる鎖など、すべて断ち切ってしまえと。録音が行われた場所は、ベニス・ビーチにあるフィオナの自宅。しかも、その大半はフリー・アプリのGarageBandで録音されたという。ピアノや肉声はもちろん、家具や愛犬の遺骨さえも打楽器として捉えた本作は、すべての音がパーカッシヴで躍動的。その型破りな演奏とプロダクションは、パンデミック後の世界にホーム・レコーディングの新たな可能性も示し、この息苦しい時代を生きる人々の勇気となった。(渡辺裕也)

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25. Perfume Genius / Set My Heart on Fire Immediately

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誰かの身体を求めること。誰かの心と繋がりたいと感じること。マイク・ハドレアスがずっと――音楽家になる以前から――抱いてきた切実な欲望は、しかし彼自身によって肯定されていなかった。彼のクィアな欲望は彼にとって苦悩の根源であり、自分自身の心身や他者と自分を切り離す理由ですらあった。だが、自分の暗部と向き合うためにひっそりと部屋で歌い始めた青年は、パフューム・ジーニアスとして作品を重ねるごとに音とアレンジの語彙を増やしていき、そうして自らの欲望を少しずつ解放していく。前作に続きプロデュースを務めたブレイク・ミルズのサウンド・デザインは本作で、音のざらつきを意図的に残しながらハドレアスの生々しい感情をそのまま受け止めてみせる。ノイジーなギターと甘いメロディが溶け合っていく“ディスクライブ”。ダークなシンセ・サウンドがオーケストラと出会って飛翔する“ユア・ボディ・チェンジス・エヴリシング”。光と闇をくぐり抜けながら、しかし歌それ自体はどこまでも開放的なフィーリングへと向かっていく。“ナッシング・アット・オール”の、繊細さや弱さを抱えたままで疾走していくその眩しさは、自分で自分を承認することのダイナミズムから生まれている。けれども、ハドレアスは自分のためだけに本作を作ったのではない。世間に否定されてきた誰かの欲望をいまこそ解き放つために、華麗なサウンドを身に纏って軽やかに踊っている。(木津毅)

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24. Fleet Foxes / Shore

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昨年のデヴィッド・バーマンの死は、少なくないミュージシャンたちと同様、ロビン・ペックノールドに大きなショックを与えた。そして彼は、バーマンが中心に立ったシルヴァー・ジューズの代表作『アメリカン・ウォーター』を引用しつつこう歌っている――「ぼくはアメリカの温かい水のなかを泳ぐんだ/一週間/愛しい友たちと」。アメリカ社会の混迷を見つめることで不安と恐怖に晒されながら、それでも自分が励まされてきた豊かなアメリカ音楽の歴史――アメリカの温かい水――に身を浸そうとすること。初期のフリート・フォクシーズに強かった寓話性や神秘性は彼らのフォークの公共性を高めていたが、作品を重ねるごとにペックノールドの個が前に出るようになり、本作はついに実質的には彼のソロ・アルバムとなった。そこでペックノールドは自身が抱え続けてきた死への恐怖と、限られた時間のなか自分が音楽家として何ができるかの不安を吐露する。と同時にとめどなく湧き上がるのは、先達の音楽家への尊敬と愛情だ。だからここで、彼のフォーク・ロックは何かを吹っ切ったように過去最高に清々しいエネルギーに満ちている。水に流され溺れるのではなく、自分の手足を使って泳ぐ。どうにか岸辺(shore)にたどり着いたのなら、そこで安堵せずに地に足をつけて歩く。そんな前向きな力は、ペックノールドが敬愛してきたクラシックと自身を接続することによって生まれている。(木津毅)

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23. Charli XCX / how i'm feeling now

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チャーリー・XCXはメジャーなポップとエッジーなダンスの間で揺れてきたアーティスト。ただ最近はポップ・スターをフィーチャーし、ちょっとした面白さやノリを売りにするような……いわゆる「インフルエンサー・ポップ」みたいなところに落ち着くのかな、と思っていたら、なんとイケイケながらも実験的な新作を出してきた。数週間で制作された「ロックダウン・アルバム」として、極端にパブリックでSNSなアプローチが目玉ではあるものの――ビートやタイトルを公募したり、歌詞を書くプロセスを公開したり、Zoomでファンと会議したり――その透明性はむしろ、メソッドの徹底的な見直しという意味で効果的だったよう。おかげでアーティストにとって一番の課題、「慣れ」が削ぎ落とされ、オープニング・トラック“ピンク・ダイアモンド”のバキバキな音からして、リスクテイカーの気概に満ちている。洗練されたサウンドや構成とは真逆の、剥き出しなアイデアとDIYな手触り。しかもそこに乗るのが“7イヤーズ”をはじめ、一緒に時間を過ごすようになった恋人についての歌詞。ほとんどが2020年ならではのラヴ・ソングなのだ。バイオレントでカオス、でもどこまでもスウィートな野心作。(萩原麻理)

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22. Run The Jewels / RTJ4

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21位~30位

2016年末発表の前作には色濃く反映されなかった、バーニー・サンダース支援の社会活動家としてのキラー・マイクの一面を率直に表したには違いないが、2019年の制作時には、本作が2020年におけるBLM運動のサウンドトラックとしてここまで合致してしまうとは、ラン・ザ・ジュエルズの二人も予想しなかっただろう。なかでも白眉と言うべく“ウォーキング・イン・ザ・スノー”ではギャングスタ・ブーがサビで「雪のなかを歩かされている、なんて冷たいの」と白く冷たい社会を歌い、“ジャスト”でもレイジのザックに、ファレルも加わり、主題の次元を広げている。ヒップホップ的には、マイクが法(Law)と生身(Raw)の人間を並置し、エル・Pがカニバリズムにまで飛躍させる“オー・ラ・ラ”ではギャング・スターによる1994年の“DWYCK”をモチーフに、原曲からグレッグ・ナイス&DJプレミアを招き、“アウト・オブ・サイト”では1989年のThe D.O.C.による“イッツ・ファンキー・イナフ”(ドクター・ドレ制作)での引用を契機に定番ネタ化した“ミスディミーナ”をサンプルする一方、Ho99o9 +ゴーストメインの楽曲もビートに選ぶ降り幅でも聴かせる。さらには、エル・Pの作品歴ではオーセンティック趣味なサウンドや、彼のカンパニー・フロウ時代の予知能力を補完するようなリリックさえ聞き取れる、そんな濃厚な作品となっている。(小林雅明)

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21. ROTH BART BARON / 極彩色の祝祭

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もしかしたら君は、教室に反響していたクラスメイトの薄ら笑いがスマートフォンの画面まで拡張することに怯えて、灯りの消えた部屋の黒々しい暗闇を眺めているかもしれない。もしかしたら君は、君自身の場所が世界に用意されていない世のアンバランスに気づき、何の役にも立たない信頼や友情の着ぐるみを憎み、灰色の空に向けて呪詛の言葉を投げつけているかもしれない。もしかしたら君は、誰も責めることのできない行き止まりの日々のなかで、湧き上がる不甲斐なさと疲労を癒やす術も知らず、すべてを真っ白に消し去る力だけが自分に残っていることに勘づくかもしれない。そんな君の耳に、こんな声が聞こえている。「君の物語を絶やすな」。それは、三船雅也という名の、日本人にしては背と鼻と声域の高い男の声か。それとも、君自身が発した声か。耳の左右に転がるタム・ドラム、高音を抑えた耳障りのよいアコースティック・ギター、零れるピアノの単音、まっすぐ伸びるホーン、スタッカートの心地よいバイオリン、密かに紛れるノイズ。塗りたくられた色彩は、技術で整えられているようにも、混乱に任せたままのようにも思える。色の氾濫の中で、君はいくつもの君自身の姿を見つけるだろう。ROTH BART BARON五枚目のフル・アルバムと君の間で始まるのは、他の誰もいない、一人きりの群像劇。どこにでもいるただの生き物が望まれない生を続けるための、受難と祝福のパレードだ。ほら、君の声が君を優しく挑発している。「僕らはまだ何も成し遂げてない、成し遂げてない/お前の物語を絶やすな、絶やすな」。(伏見瞬)

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11位~20位


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31位~40位


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