如何にポップとラップが全盛の時代に対峙するのか? ここ数年、それがロック/インディ・バンドにとっての最重要課題のひとつであるのは、もはや言うまでもない。昨年2017年にリリースされたベックやセイント・ヴィンセントの最新作から最近ではジャック・ホワイトやスーパーオーガニズムのアルバムに至るまで、優れたアーティストの作品にはその問題意識が通底している。だが、至極乱暴に言ってしまえば、現行の音楽シーンに対するロック・バンドからの理想的な回答はアークティック・モンキーズが5年前に提示していた――そんな見方も可能だろう。
思い出してみてほしい。アークティック・モンキーズが2013年にリリースした5thアルバム『AM』は、ロック・バンドという時代遅れになりかけたフォーマットに、ヒップホップ/R&Bの方法論を導入してモダナイズした作品だった。ブラック・サバスから譲り受けたヘヴィなギター・リフと、90年代初頭のドクター・ドレーを意識した重低音ビート、そしてカニエ・ウェスト『808’s&ハートブレイク』のオートチューンにヒントを得たファルセット・コーラスの驚くべき衝突。今振り返ると、彼らのトライアルはあまりにも先駆的だった。それゆえに、『AM』はアメリカを含む全世界で500万枚以上のセールスを記録し、アークティックを正真正銘の世界的なビッグ・バンドに押し上げる結果へと繋がったのだ。
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合評:アークティック・モンキーズ『AM』
しかし、次こそは本当に何をするのかわからない――アークティックは常にリスナーの予想を痛快に裏切り続けてきたバンドだが、他のバンドの二歩も三歩も先を行く問題意識を提示した大傑作をリリースした後だけに、そんな風に感じていたリスナーも多いのではないか。
事実、2018年5月11日にリリースされた通算6作目のアルバム『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』は、またも誰もが度肝を抜かれるであろう挑戦的な作品となった。2018年の音楽シーンをしっかりと念頭に置きながら、安易に流行に擦り寄るでもなく、まだ誰もやっていない方法で独自の回答を導き出している。しかも、その根底にあるのは、現代のポップ音楽の中心地=アメリカ出身「ではない」アーティストとしての矜持だ。これには唸らざるを得ない。
まず驚かされるのは、前作の大きな特徴であったヘヴィなギター・リフがほぼ完全に排除されていること。代わりにビーチ・ボーイズ『ペット・サウンズ』を思わせるオーケストロンやハープシコードを導入した甘美なサウンドは箱庭的と言ってもいい。知る人ぞ知るフィル・スペクターのプロデュース作、ディオン『ボーン・トゥ・ビー・ウィズ・ユー』をひとつの指標とし、最大9人編成のバンド・アンサンブルに臨んだという本作は、現代版のウォール・オブ・サウンドと位置づけても差し支えないだろう。
もちろんそれだけではない。どこかメロウで、倦怠感がこびりついたようなムードは、ラスト・シャドウ・パペッツにも通じるヨーロッパ的な洗練と美学を感じさせる。実際、セルジュ・ゲンズブールやサントラ界の巨匠フランソワ・ド・ルーベといったフランスの作家の影響はアルバムの随所に見つけられるはずだ。
それでいて、現行のUSメインストリームにも通じる60~70台まで落としたBPMと、シンコペーションを多用したビートは極めて現代的。アレックス・ターナーが新作にはヒップホップの影響も確実にあると公言しているのも決して不思議ではない。
こうした新作の様々な特徴は、アルバムのリリースから間もなくMVが公開された“フォー・アウト・オブ・ファイヴ”でもっとも顕著に感じ取れるだろう。
言ってみれば、この『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』は、セルジュ・ゲンズブールやデヴィッド・アクセルロッド、スコット・ウォーカーを現代的に再解釈したラスト・シャドウ・パペッツの二作と、カニエやドレーをヒントに現代的なビートを模索した『AM』の間に生まれた真新しい音楽。ヨーロッパ的な美学を武器とした、USメインストリームに対する回答ではないか。
改めて言うまでもなく、アークティックは常にあり得ない要素の結合で新しい扉を開いてきた。1st『ホワットエヴァー・ピープル・セイ・アイ・アム、ザッツ・ホワット・アイム・ノット』はグライムのフロウとリリックをリフ主体のロックンロールに乗せることで、英国インディのトップ・ランナーへと一気に躍り出た。そして『AM』では、ブラック・サバスとドレーの衝突でアメリカにもその実力を認めさせた。『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』も、まさにその流れを汲んだアークティックにしか作れない傑作である。この果敢なるチャレンジを、果たして世界はどのように受け止めるのだろうか?