SIGN OF THE DAY

2022年 年間ベスト・アルバム
11位~20位
by all the staff and contributing writers December 31, 2022
2022年 年間ベスト・アルバム<br />
11位~20位

20. Spoon / Lucifer On The Sofa

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
11位~20位

ポスト・パンデミックを象徴するロックンロール・レコードを作りたかったということだろう。スプーンといえば、近作ではテクノやダブを意識した上で革新的なサウンド・プロダクションを実践するロック・バンドという側面を強めていたが、2017年の前作で仄めかしていた「熱さ」をここで全開にした。新メンバーふたりが参加するはじめてのアルバムというのも関係しているだろう。多くのプロデューサーを招いた作品ではあるものの、ポスト・プロダクションで音を調整することよりも、同じ部屋に集まっていっしょに音を鳴らすことの興奮が何よりも満ち溢れている。1曲目からいきなりスモッグのカヴァーという渋いチョイスにも驚くが、たしかにビル・キャラハンもまた、録音にこだわりながら我が道のフォーク/カントリー・ロックを続けることでUSオルタナティヴを代表する存在になった音楽家である。スプーンはそして、ざらついた音のエレキ・ギターをラウドに鳴らし、随所にブルージーな感覚を滲ませつつ、ローリング・ストーンズの引用さえすることで、オルタナティヴな価値観を保持しつつロックンロールのプリミティヴな快楽にここで立ち返ろうとした。結果としてスプーン史上もっともセクシーな一枚に。なお、録音への関心はもちろん失せておらず、エイドリアン・シャーウッド(!)が手がけた正真正銘のダブ・ヴァージョンも併せて必聴だ。(木津毅)

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19. Sudan Archives / Natural Brown Prom Queen

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
11位~20位

2022年のライジング・スター大賞はスーダン・アーカイヴスことブリトニー・パークスで決まりだろう。これまでも独学のヴァイオリンでユニークな音楽を作ってきた彼女だが、この2作目では出入りしていたLAビート・シーンのサウンドやヒップホップやR&Bだけでなく、アフロ、ハウス、エレクトロ、ファンク、ジャズ、アンビエント、バルカン音楽、トラップ、さらにはドリーム・ポップまで混ぜて風変りなコラージュ・ミュージックをせわしなく展開してみせる。シンガーであると同時にプレイヤーであり、プロデューサーでもあるパークスはそれをすべて自身の手と感性でコントロールし、そこではまったく個人的な体験や感情と黒人女性の間で広く共有されるイシューが同時に語られもする。そのクールなバランス感覚。まったくもって突出した才能だが(「わたしは平均的ではない」は本作に登場するキラー・フレーズだ)、自分が世間の目に晒されたときにどう見られるかの冷静な分析もある。そうした知性的な態度が表現に貫かれているのがスーダン・アーカイヴスの魅力であり、そして、それをパーティ感覚の漂う開放的なサウンドで凌駕する瞬間が最高に痛快だ。オシャレしたブラックやブラウンの女の子たちが泥にまみれてはしゃぎまくる“セルフィッシュ・ソウル”のミュージック・ヴィデオは絶対に観て!(木津毅)

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18. Pusha T / It’s Almost Dry

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
11位~20位

例えば、本作6曲目の“ダイエット・コーク”には「ダイエット・コークを注文したのか、マジかよ」と出てくる。一見なんの変哲もない。だが、ドラッグ・ディーラーの間では、儲けのために混ぜ物をした純度の低いコカインは、砂糖を抜き別の混ぜ物をしたダイエット・コークにたとえられている。こうしたセンスをあちこちに埋め込んだリリックで聞かせるのが「コーク・ラップ」だ(それに倣えば、「雪合戦」を意味する“スノー・ファイト”は「白いブツ」を介した「ドラッグ戦争」となる)。プッシャ・Tは、本作でも「コーク・ラップ」一筋、四半世紀だ。このサブジャンルで、ボールディ・ジェイムスやロック・マーシアーノ(二人とも、今年も良いアルバムを出した!)を括ろうとする向きもあるが、彼のほうは、基本的に圧倒的に「ポップ」だ(カニエ・ウエスト制作曲でサンプルされているのが、ダニー・ハザウェイがカヴァーした、ジョン・レノン“ジェラス・ガイ”だからではない!)。それに加え、今回はフロウでちょっとした実験をしている。“コール・マイ・ブラフ”ではスリック・リックのそれに寄せ、さらにそれを新解釈したかのようなヴァリーっぽさが、ジェイ・Zと(いまひとつの内容だった前作には不在だったが、本作にはメイン・プロデューサーとして戻ってきた)ファレル・ウィリアムス客演の“ネック&リスト”からは感じ取れる。最後にひとつ付け加えておくと、「コカインを公然と売ってる、ボート(=エクスタシー)がある、ノート(=札束)がある……」と始まるアルバム終盤の“オープン・エアー”を聴くと、「コーク・ラップ」が、「芸」や「芸風」にとどまるものではなく、彼の生い立ちと切っても切り離せないものであることがわかる。(小林雅明)

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17. サニーデイ・サービス / DOKI DOKI

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
11位~20位

喜びの予感に胸が高鳴る瞬間のドキドキと、不安や恐怖に押しつぶされそうになる瞬間のドキドキ――『DOKI DOKI』というタイトルが持つ両義性がこのアルバムが描き出した光景を端的に物語っている。ロシアのウクライナ侵攻含め、米中冷戦の激化とエネルギー資源枯渇の足音が派生的にもたらした世界情勢における新たな秩序への移行、そこで生まれた歪みがこの島国に暮らす我々の生活にも目に見えて影響を与えていることの実感が日に日に強まることになった2022年。サニーデイ・サービスはこれから先の未来に対する不安や恐怖が少しづつ積み重なっていく憂鬱な時代の空気をゆっくりと吸い込みながらも、思わず胸が高まらずにはいられないエキサイティングな生の煌めきの瞬間を切り取ったロック・レコードを作った。前作『いいね!』がどこか80年代後半から90年代前半にかけてのスコティッシュ・インディを思わせるサウンドだったとすれば、これはニルヴァーナのブレイク以降、互いに影響を与え合うことをやめてしまう英国全土とアメリカ全土のロック音楽がいまだ溶け合っていたもっともエキサイティングな時代のサウンド。『DOKI DOKI』というシンプルかつ鋭角的な反復、実際に発声した時の音の跳ね方は“サイダー・ウォー”で使われてもいる裏打ちのスネアのよう。エモーショナルではなく、どこまでもパッショネイト。ごくシンプルなアイデアでバンド音楽に活気を取り戻すことに成功したウェット・レッグやオールウェイズとの共振という偶然さえある。と同時に、このアルバムの半数近くの曲の足元には死の匂いがべったりと染み付いている。3年目に突入したパンデミックに覆われた世界中の街、戦場や難民キャンプ、そこかしこで理不尽に前倒しにされた命の消滅を否応なく感じることが多すぎた2022年。戦争や厄災の悲惨さとは夥しい数の命が失われることだけを意味しない。記名性を持ったかけがいのないひとつひとつの命が失われ続けた結果、その夥しい数によってそれぞれの固有性が抽象化されてしまうことが何よりも悲惨なのだ。多くの死を目の前にしながら、それぞれの国家の為政者は言うに及ばず、思想的な立場を露わにしたいくつも言葉があらゆる場所で乱れ飛ぶ中、アルバム冒頭の“風船讃歌”のこんなラインだけが苛立つ心をなだめてくれた。「青い海のような悲しみに/ああ、何が言えるだろう?」。このアルバムは、死の尊厳さと生の躍動、その両方をしっかりと抱きしめている。もしかすると、この『DOKI DOKI』というタイトルは心臓の鼓動、つまり、記名性を持ったひとつひとつの命そのもののことかもしれない。(田中宗一郎)

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16. Alvvays / Blue Rev

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
11位~20位

ロック、あるいはロック・バンドに、不必要なまでに逡巡や懊悩がつきまとうようになってしばらく経つ。2010年代、トロントのオールウェイズがリリースした最初の2つのレコードは理想的な、それはよくできたインディ・ポップ・アルバムだった(それこそ、テイラー・スウィフトが歌った「私のよりずっとクールなインディ・レコード」というか)。しかし、それらはどこかインディ・ロックが行き詰まって自閉していったことの告白に聴こえなくもなかった。そんななか、前作『アンチソーシャライツ』(2017年)から5年ものブランク(デモの盗難、機材の浸水……)を経て届けられたこの『ブルー・レヴ』は、そのことに開き直りながらも閉じていくインディ・サークルをむりやりこじ開けようとする開放/解放感に満ちている。ただし彼女たちが選んだのは複雑化ではなく、その逆である。2分台が中心のショート・チューンの中にはパワー・ポップ的な甘いメロディの歌、ひずんだ音ですべてを塗り込めるギターの音、駆け抜けるようなドラムのビートがこれでもかと詰まっており、さらにショーン・エヴァレットが5人の演奏に魔法をかけている。もうひとつ重要なのは、モリー・ランキンがストーリーテラーとしての才覚をのびのびと発揮していること。“ヴェリー・オンライン・ガイ”ではソーシャル・メディアに取りつかれたクソリプ男を皮肉っぽく描いている。いっぽう実質的なタイトル・ソングである“ベリンダ・セズ”では田舎の町で育った10代の少女の痛みの思い出を投影し、ベリンダ・カーライルの“ヘヴン・イズ・ア・プレイス・オン・アース”を引きながら妊娠と女性の自立についての困惑を歌っている(そして、そこには今年最大の論争になったプロチョイスとプロライフの対立がほのかに滲んでいるように感じる)。困難が山積みになった2022年、この切なくも胸がすくロック・レコードを聴いて快哉を叫んだ者は、私だけではないはずだ。(天野龍太郎)

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15. Arctic Monkeys / The Car

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
11位~20位

サウンドの変化を、長年にわたって音楽活動のエンジンにし続けられるロック・バンドは決して多くはないが、アークティック・モンキーズはデビュー以来それを行ってきており、成功してきた。そんな彼らは新作『ザ・カー』でも、前作『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』を足掛かりにしながら、さらに飛躍したサウンドに変化してみせた。鍵盤が主体となっていた前作と比較すると、本作はストリングスの音色が基底となっており、そのサウンドはアレックス・ターナーのサイド・プロジェクトであるラスト・シャドウ・パペッツと連続性を示している。バート・バカラックや、スコット・ウォーカーのエッセンスが取り入れられており、サウンドに宿す歌謡曲性は筒美京平とも近似値を取れるだろう。ストリングスとバンド・サウンドを練り上げる過程で興味深かったのは、前作に比べ、本作ではいわゆるロック・サウンド的な要素に繋がる個々の音色のキャラ立ちが薄くなっていることだ。“ボディ・ペイント”などでディストーション・ギターが聴けたりはするものの、それはごく一部で、アルバム全体を通してみたときに、そのサウンドは個々の楽器のキャラクターを際立たせるというよりも、それぞれの音色が全体の一部であるようにアレンジやミックスが組まれているように聴こえる。このバンドにとっての変化とは、そういった繊細なプロダクション・デザインから生まれるということがまたひとつよくわかる。(八木皓平)

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14. Kendrick Lamar / Mr.Morale & The Big Steppers

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
11位~20位

俺は虫けらだ。80億人の一人にすぎない。アメリカ屈指のラップ・スターとなった”救世主(savior)”が、一人の人間に、一匹の虫に戻る物語。『ミスター・モラル&ザ・ビッグ・ステッパーズ』を乱暴に要約すれば、そのように形容できる。拝金主義とアテンション・エコノミーを嫌悪し、セックス依存症に悩み、黒人男性のマッチョイズムと距離をとる一人の男。黒人社会におけるトランスジェンダーと家庭内暴力の現実を、具体的な描写と静かなフロウから浮かび上げる一人の語り部。過剰なエゴと期待から身をかわし、トキシックな歴史を解放するストーリーは、時にお行儀よいものにも響くだろう。ウォーク・カルチャーへの反省が広がりつつある現状では、つまらない態度にも映るだろう。今年、「実はケンドリック好きじゃないんだよね」という軽口を聞く機会が何度もあった。それは、リベラルに安心できる物語を丁寧に語る姿勢に鈍重さを覚えての発言だと想像するが、ケンドリックを易々と否定してしまう言葉こそが、むしろ時流に乗った安心感に浸っている。だが、ケンドリックを道徳的に持ち上げる言葉も、共感のバブルに守られた安全地帯での判断に過ぎない。『ミスター・モラル&ザ・ビッグ・ステッパーズ』とは、言葉を操るすべての人間が「道徳教師かヤクザか(=ミスター・モラルかビッグ・ステッパーズか)」の二択でしか生きようとしない現状を描いた戯画である。その滑稽画は、作品そのものからではなく、作品とリスナーの間で浮かび上がった。聞き手との関係に応じて常に姿を変えていくものがポップ・ミュージックであることを、本作を巡る反応が証明している。(伏見瞬)

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13. Vince Staples / Ramona Park Broke My Heart

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
11位~20位

どうして、私たちはこんなにも「懐かしい」感情が好きなのだろう。幼少~思春期までの不安定だけれど、「こう感じるべき」という後知恵に汚されていない感情は古今東西、似通っているせいかもしれない。無垢な赤ん坊のまま生まれて、ひたすら傷ついて強くなる(麻痺する)のだけが人生だとしたら、少しでもイノセントな時代に戻りたいと願うのも、自然かもしれない。ノスタルジー。2022年が20代最後の年になるヴィンス・ステイプルズが得意とする感情だ。なにしろ、2013年のミックステープが「盗まれた青春(意訳:Stolen Youth)」だった人だ。ちなみに、このミックステープはラリー・フィッシャーマンの変名で、故マック・ミラーが全面的にプロデュースしている。『ラモーナ・パーク・ブローク・マイ・ハート』は、主題から言ってケニー・ビーツが全曲を手がけた前作の『ヴィンス・ステイプルズ』の続編と受け取って差しつかえない。ソフィーやフルームらが参加して、ヒップホップの定義を広げた(ひん曲げた)2016年の怪作『ビッグ・フィッシュ・セオリー』でも頻出するラモーナ・パークは、ヴィンスが育ったLAのノース・ロング・ビーチに位置する地元である。break one’s heartは失恋する、断腸の思いをする、悲嘆に暮れるなど、哀しみの度合いがかなり強い言い回しだ。前作から続くミニマムでレイドバックなトラックに騙されてはいけない。彼が聞いて育ったのは、波の音と銃声だ。“ウェン・スパークス・フライ”に出てくる女性の声は、擬人化した銃であり、彼女は持ち主を守ることを誓いながら、彼の行く末を案じている。“レモネード”は、視界が白っぽくなるほど日差しが強いLAの夏を思い起こす曲だが、「人生からレモン(苦難)を与えられてもレモネードを作ればいい」との格言を茶化すかのように、「冷たいレモネードを飲みたいけれど、どうせどこにも行けないし」とコーラスで歌うのだ。ケニー・ビーツほか、DJダヒ、マスタードらが作ったトラックもアルバムのコンセプトに沿っている。リル・ベイビーとタイ・ダラー・サインの客演も的確かつ効果的。曲名からして“DJクィック”という直球オマージュや、“ママズ・ボーイ”でアンドレ3000の“ミス・ジャクソン”からの引用パートもいい。意外と指摘されないのが、ヴィンス・ステイプルズをがっつり支えるベテラン業界人の存在。彼は、タリブ・クウェリ(ブラック・スター!)とコリー・スミスが作った〈ブラック・スミス・レコーズ〉と契約している。本作もエグゼクティヴ・プロデュサーにヴィンス本人とスミスのほか、〈モータウン〉のエチオピア・ハブテマリアムと長年の友人、マイケル・ウゾウルが名を連ねる盤石の体制。ウゾウルは最初のミックステープを作ったきり、ヴィンスとは曲を作っていないので少し不思議ではある。ロザリアの『モトマミ』に深く関わっていたから、忙しかったのかもしれないが。リル・ナズ・Xの“オールド・タウン・ロード”のMVのロング・ヴァージョンへの出演や、雑誌〈GQ〉の動画を見る限り、ヴィンス・ステイプルズは独特のユーモアの持ち主だ。ブラック・コメディの映画に出ても成功しそうである。死と隣り合わせだった青春を美化するわけでも、怒りを滲ませるわけでもない。『ラモーナ・パーク・ブローク・マイ・ハート』は、すっかり麻痺したが故の、ドライな諦観に包んだエレジーである。ヴィンスのような過去を持たずとも、死が急速に身近になった2020年以降にぴったりハマったあたり、やはり時代に選ばれたMCなのだ。(池城美菜子)

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12. Harry Styles / Harry’s House

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
11位~20位

ハリー・スタイルズはそつがない。そのそつのなさで世界最大のスターにまでなった。メガ・ヒット・アルバム『ハリーズ・ハウス』は「家」テーマのもと、ちょうどいい耳心地で、親密で、エロティック。「君のために料理する」場面から始まるだけあり、日常の家事を彩るのに最適な「ミュージック・フォー・ア・キッチン」になっている。サニーなゆるさをまといつつ「女性を軽んじる彼氏たち」を批判するメッセージ・ソング“ボーイフレンズ”も入っているのだから、あまりにそつがない。彼が所属していたワン・ダイレクションは「君を傷つけない男の子」を命題にしたボーイ・グループだと評されたが、その血脈はこのアルバムでも貫かれている。というか、アイドル的な(ある種、そつのなさが無いとつづけられない)「君を傷つけない男の子」イメージを「ロックスター」像に汲み込んだ存在こそ、ハリー・スタイルズなのかもしれない。伝統的ロックへの敬意を織り交ぜたポップ・ヒットこそハリー・スタイルズの作家性だから、彼こそ2022年最大のロック・スターとも言える(今回もしっかりピノ・パラディーノやベン・ハーパーを入れている)。ロックの名を背負うにはそつがなさすぎるかもしれないが、まぁおそらく、全盛期のロックだって、市井では「ミュージック・フォー・ア・キッチン」だっただろう。(辰巳JUNK)

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11. Gabriels / Angels & Queens Part I

2022年 年間ベスト・アルバム<br />
11位~20位

ゲイブリエルズは、ヴォーカルのジェイコブ・ラスクと、二人のプロデューサーからなるトリオ、という基本情報も(ジェイコブがコンプトン出身で『アメリカン・アイドル』に出場し、2011年に5位にまで達したことも)知らずに2021年には、EP『ラヴ・アンド・ヘイト・イン・ア・ディファレント・タイム』に惹かれていた。それは、彼らの作る音楽を、往年のリズム&ブルースのリヴァイヴァル的なものを感じながら聴き始めたとしても、楽曲内において意外なタイミングで(これみよがしではない)、例えば、エレクトロニック風味が効いていたり、と「懐古」という表現からはみ出た部分が魅力的だ(った)からだ。そういった方向性が、このデビュー・アルバムでは、さらに推し進められている。ゴスペル・ベースのジェイコブのスキルフルなテナー(やファルセット)が磐石なものだからこそ、楽曲そのものの構成や展開において、より独創的な試みに臨めるというのはあるだろう(Saultの作る音楽にも通じるところがあるような気もする)。アルバム全体では、かつての「R&Bソング」の構成要素のひとつであるオーケストレーションの使いすぎない使い方が特徴的でもあるが、ゲイブリエルズとしては、形式としての「R&Bソング」にはさほど興味を示しておらず、“イフ・ユー・オンリー・ニュー”は、いつしかクワイアも加えるなどして展開していきながら、突如果ててしまう。また、“タブー”はビートが、スネアとブラスのスタブ(曲の展開とともに音色が変わってゆく!)で構成されていたり、“ザ・ブラインド”や“ママ”ではリヴァース・リヴァーブをうまく組み込んでいたり、全曲で30分にも満たないアルバムながら、様々なアイデアが面白い。ちなみに、クレジットには、プロデューサーとしてケンドリック・ラマーとの仕事でも知られるサウンウェイヴが全曲に関わり、ドラム・プログラミングとティンパニー! で参加とある。表題が予告している本作の続編は、2023年にリリース予定だ。(小林雅明)

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2022年 年間ベスト・アルバム
6位~10位


2022年 年間ベスト・アルバム
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