SIGN OF THE DAY

インディ新時代到来の狼煙。The 1975を
擁する英国インディ・ロック最大の震源地、
〈ダーティ・ヒット〉注目アクトを完全網羅
by AKIHIRO AOYAMA June 28, 2017
インディ新時代到来の狼煙。The 1975を<br />
擁する英国インディ・ロック最大の震源地、<br />
〈ダーティ・ヒット〉注目アクトを完全網羅<br />

イギリスのインディ・シーンがにわかに活気づき始めている。若い世代のバンド/アーティストがひしめき、互いに刺激を与え合い、新しい時代に繋がるドアをいよいよ蹴破ろうとしている。2017年になって、ようやくそんな状況が願望だけでなく実感として感じられるようになってきた。それは、ビッグ・ムーンを筆頭とするロンドン・インディの現在にフォーカスを当てた以下の記事を読んでもらえば分かる通りだ。


レディオヘッド『ザ・ベンズ』とピクシーズ
『ドリトル』を繋ぐ完全無欠の女性バンド、
ザ・ビッグ・ムーン、その名もデカいケツ!


この新世代の台頭が小規模のコミュニティ形成だけに終わらず、今後大きなうねりを伴ったムーヴメントとなっていくのに必要なものは何だろうか? 上掲の記事でも紹介されている、それらの才能が集いしのぎを削る現場としての、ブリクストンの〈ウィンドミル〉のようなヴェニュー。ローカルで起こっている動きをリアルタイムで外に発信する、〈ソー・ヤング・マガジン〉のようなインディ・メディア。もちろん、それらも重要な要素だ。加えて、もっとも欠かすことのできないピース。それこそが、有望な才能に音源製作・発表の機会を与え、活動に指針を与えていく「レーベル」の存在だろう。

そんな中、今もっとも注目すべきレーベルがある。それが、2009年に設立された〈ダーティ・ヒット〉だ。同レーベルには、昨年リリースした2ndアルバムが英米同時1位に輝き、名実ともに英国No.1バンドの座に君臨するThe 1975、デビュー・アルバムがUKチャート2位を記録したロンドン・インディ・シーンのトップランナー、ウルフ・アリスらが所属。今はレーベルを移籍しているものの、ビッグ・ムーンとの邂逅でロンドンの今の空気を象徴するような傑作ロック・アルバム『アイム・ノット・ユア・マン』を上梓したマリカ・ハックマンも、かつては〈ダーティ・ヒット〉の所属だった。

ことロック系のバンド/アーティストに特化して言えば、2010年代にマスへもアピールできる新人を紹介・発掘できているイギリスのインディ・レーベルはほぼ皆無だったと言っていい。それは、2000年代のインディ・バンド隆盛期にストロークスとリバティーンズを世に送り出した〈ラフ・トレード〉や、フランツ・フェルディナンドやアークティック・モンキーズを擁する〈ドミノ〉だって例外ではなかった。だが、そんな状況下で唯一、蛸壺化したインディ・シーンにとどまることのないポップ・ポテンシャルを秘めたバンド/アーティストを次々と発掘し続ける気鋭の目利き。それこそが〈ダーティ・ヒット〉というインディ・レーベルに他ならない。

そこで、本稿では〈ダーティ・ヒット〉に所属する注目アーティストを個別に紹介していこう。〈ダーティ・ヒット〉、それは今まさに復活の狼煙をあげようとしている、UKインディの新たなる震源地なのだ。




1. The 1975
今やイギリスの若手バンドとしては非常に希少なアリーナ~スタジアム規模の成功者となったThe 1975は、押しも押されもせぬ〈ダーティ・ヒット〉の看板バンド。〈ダーティ・ヒット〉の創設者の一人、ジェイミー・オボーンはThe 1975のマネージメントも務めていて、バンドに「第五のメンバー」と言わしめるほどの信頼を受ける人物だ。彼らが2011年、設立して間もない〈ダーティ・ヒット〉からデビューしたのは、他のレーベルとのレコード契約が全く決まらなかったからだという。そのエピソードは、2000年代から続くインディ幻想とバンド人気の陰りの狭間にあった、当時の英国ロック/ポップ・シーンの状況を象徴している。

彼らの最大のヒット曲“ザ・サウンド”のヴィデオでは、ガラス張りの立方体の中で演奏するバンドをスノッブな観衆が取り囲み、「Is This A Joke?」から始まる無数の辛辣な意見が投げかけられる。

The 1975 / The Sound


ここでは、デビュー前から今に至るまで、その華のあるルックスとキャッチーな音楽センスで誤解や中傷を受けることも多かった、バンド自身の葛藤が風刺的に映しされている。だが、評論家や高尚な音楽ファンに何を言われようと、バンド音楽が死にかけていた2010年代のイギリスでThe 1975が果たした功績は否定しようがないほど大きい。今年に入ってから注目を集めている新人バンドには、80年代的ダンス・ポップを掲げる「The 1975フォロワー」が非常に多い。今やUKロック・シーンは間違いなくポスト・The 1975の時代に突入しているのだ。



2. Wolf Alice
The 1975に続く人気を誇る〈ダーティ・ヒット〉所属のバンドがウルフ・アリス。2015年リリースのデビュー・アルバム『マイ・ラヴ・イズ・クール』がUKチャート2位を記録し、今年9月には2nd『ヴィジョンズ・オブ・ア・ライフ』のリリースを予定。それに先駆けて現在行われている世界ツアーでは、アリーナ・クラスの会場も多数含んでおり、順調にファン・ベースを拡大しつつある。

『マイ・ラヴ・イズ・クール』は、ニュー・フォークの率直さ、USオルタナのダイナミズム、ブリットポップ譲りの英国的ポップ・センス等を彼らなりに解釈し詰め込んだ一枚だった。言うなれば、ヴァクシーンズとも共振する「ポッシュ」なロンドン・インディ。ある意味では、中産階級的、優等生的なイメージが、当時のウルフ・アリスには確かにあった。だが、彼らは次なる新作で、完全に生まれ変わろうとしている。2ndアルバムのリリース発表と共に公開された新曲“ヤック・フー”は、かなり衝撃的な一曲。

Wolf Alice / Yuk Foo


1stで確立した端正なポップ・サウンドをかなぐり捨てた、超ハードコアなパンク・チューン。リリックも全編が怒りに満ちている。これは、「ブレグジット」をめぐって旧世代と新世代の価値観の衝突が顕在化しつつあるイギリスの若者世代の怒りの結晶とも言えるだろう。彼らは、時代の気分を反映して自らの音楽性を果敢に変化させていく、イギリスを代表するロック・バンドへと凛々しく成長しつつある。



3. The Japanese House
〈ダーティ・ヒット〉からの「ネクスト・ビッグ・シング」と目される存在がジャパニーズ・ハウス。ロンドンを拠点とする21歳の女性、アンバー・ベインによるソロ・プロジェクトだ。2015年から断続的にリリースされている計4枚のEPは、収録曲の多くをThe 1975のドラムス、ジョージ・ダニエルがプロデュース。The 1975の寵愛を一身に受ける〈ダーティ・ヒット〉の秘蔵っ子と言える。最新曲“ソウ・ユー・イン・ア・ドリーム”も、ジョージ・ダニエルがドラムで参加している。

The Japanese House / Saw You In A Dream


The 1975のスロウ・バラードにも通じる、一音一音の煌めきと、ゆったりとしたダンス・フィール。また、白昼夢の中にいるような心地良いメロディ・センスは、ビーチ・ハウスを筆頭とするドリーム・ポップの系譜に対する、UK新世代からの返答とも言えるだろう。

「ジャパニーズ・ハウス」というプロジェクト名は、子供の頃に家族で滞在した日本家屋での思い出にちなんで付けられたという。その由来からも分かる通り、彼女の最大の魅力は、日常とは切り離されたエスケーピズムの中にある。〈ダーティ・ヒット〉所属アーティストのみならず、英国全体で見ても稀有な個性を確立した、今後の注目株だ。



4. Superfood
The 1975やウルフ・アリスの成功を受けて、〈ダーティ・ヒット〉は新人の発掘・育成だけにとどまらない運営を始めている。その第一弾とも言うべきニュースが、スーパーフードの移籍だった。

「B-Town」と呼ばれ、一部のUKインディ愛好家から熱い視線を送られていたバーミンガム出身で、2014年にデビュー作『ドント・セイ・ザット』を上梓しているスーパーフード。彼らは同世代のピースらと並んで、マッドチェスター~ブリットポップ・リヴァイヴァル的なサウンドを鳴らしていたが、バンド不況の煽りを受け、ポテンシャルに見合うだけの十分な成功を果たしたとは言い難かった。

しかし、今年に入って〈ダーティ・ヒット〉への移籍と、後述するレーベルメイトのペイル・ウェイヴス、キング・ナンを引き連れた〈ダーティ・ヒット・ツアー〉の開催を発表。合わせて公開された新曲“ダブル・ダッチ”を聴くと、彼らの持つ音楽性がいかにして深化しているかが如実に感じられる。

Superfood / Double Dutch


今改めて振り返ると、1stはプロダクション面で詰めの甘さを感じる作品だったが、この新曲ではその点を完全に払拭。女性や子供の話し声のサンプリング、シンセサイザー、ビート、ギター等が重層的に絡み合い、奥行き豊かなプロダクションを手に入れている。ダブル・ダッチに興じるキッズの興奮を臨場感たっぷりに伝える、リリックのテーマも実にユニーク。来たるべき新作は、単なる「ギター・バンド」の枠組から解き放たれ、英国アート・ロックの系譜に新たにスーパーフードの名を連ねる一枚となるに違いない。



5. Pale Waves
現在スーパーフードと共にレーベル主催ツアーを回っている超新星。それが、The 1975と同郷のマンチェスターから発見されたペイル・ウェイヴスだ。まず何といっても目を惹くのは、まるで女性として現代に生まれ変わったロバート・スミスのような、ヴォーカリスト=ヒーザー・バロン・グレイシーのゴシックな存在感だろう。

Pale Waves / There's A Honey


その音楽性もまた、キュアーを直接的に髣髴させる「ハッピー・サッド」なニューウェイヴ・ポップ。ベッドルームで孤独な夜を過ごす全てのはぐれ者を救済する潔癖的ロマンティシズムがここで鳴っている。

ペイル・ウェイヴスは〈ダーティ・ヒット〉所属の中でももっとも新しい契約バンドで、現在のところ発表されている楽曲はこの“ゼアズ・ア・ハニー”一曲のみ。だが、この楽曲のプロデュースをThe 1975のマシュー・ヒーリーとジョージ・ダニエルが手掛けるなど、〈ダーティ・ヒット〉の期待を一身に背負ったニューカマーだ。



6. King Nun
昨年シングル・デビューを果たしたキング・ナンも、期待の新人の一組。ロンドンを拠点とするティーンエイジャー4人組である彼らは、〈ダーティ・ヒット〉の中では異色の音楽性を持つバンドと言える。

King Nun / Hung Around


80年代のニューウェイヴを参照点とするバンドが多い中、彼らが鳴らすのはグランジ/USオルタナ直系のヘヴィでロウなギター・ロック。最小限のトラックで粗く生々しいエレクトロニック・ブルーズを奏でる様は、初期のホワイト・ストライプスにも通じるものがある。

ヘヴィなUKギター・ロックという点でロイヤル・ブラッドと比べてみても、そのシンプルさと衝動性、荒々しさは全く似ても似つかない。イギリスだけでなく、世界各地を見渡しても、今時これほどまでにストレートに十代の怒りをぶつけたロック・サウンドは珍しいだろう。ロンドンの鬼子とも言うべき彼らを、英国屈指の人気レーベル〈ダーティ・ヒット〉がピックアップしたことには重要な意味があるように思えてならない。



7. QTY
〈ダーティ・ヒット〉には、今現在1組だけイギリス出身ではないアクトが所属している。それがニューヨーク出身の男女デュオ、QTYだ。二人ともがギターを弾き、掛け合うような歌を聴かせるスタイルは、ニューヨーク・パンクの伝統を継ぐシンプリシティと同時に、ジーザス・アンド・ザ・メリーチェインに通じる哀愁を併せ持つ。

QTY / Dress/Undress


この“ドレス/アンドレス”では、アメリカーナ的なソングライティングの素養も感じさせるなど、ギター二本とドラムのみの音構成ながら、楽曲の振れ幅は意外にも多彩。昨年末に〈ダーティ・ヒット〉からシングル・デビューを果たしたばかりの新鋭だが、〈ダーティ・ヒット〉のアメリカ進出の動静を伺う意味でも、今後の動向に注目が集まっている。



それぞれのバンド/アーティストが確固たる個性を持ちながら、互いに音源製作やツアーを通して交流し、同じ志を持つ仲間として高め合っていく。〈ダーティ・ヒット〉が今最もイギリスで熱いレーベルである理由は、そんな多様性と団結のバランスにこそあるだろう。イギリスのインディ・シーンに復活の兆しが見られる今、その旗頭として〈ダーティ・ヒット〉は欠かすことのできない重要レーベルとなっているのだ。


TAGS

MoreSIGN OF THE DAY

  • RELATED

    〈サイン・マガジン〉のライター陣が選ぶ、<br />
2022年のベスト・アルバム、ソング&<br />
映画/TVシリーズ5選 by 伏見瞬

    December 26, 2022〈サイン・マガジン〉のライター陣が選ぶ、
    2022年のベスト・アルバム、ソング&
    映画/TVシリーズ5選 by 伏見瞬

  • LATEST

    2022年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

    December 31, 20222022年 年間ベスト・アルバム
    1位~5位

  • MOST VIEWED

    2013年 年間ベスト・アルバム<br />
11位~20位

    December 19, 20132013年 年間ベスト・アルバム
    11位~20位