ロンドンで新たな胎動が始まっている――そう言われても、俄かには信じがたいという人が大半でしょう。完全に息を吹き返したグライム勢を除けば、現在のイギリスの象徴と言えばエド・シーランやアデルといったポップ・アクト。ディスクロージャーを筆頭としたハウス・ミュージック新世代の勢いは沈静化し、ギター・バンドに至っては見る影もなし。しかも今や世界のポップ・ミュージックの中心は、完全に米国のヒップホップ/R&B。となれば、今ロンドンで何かが起こっていると言われても、リアリティがないと感じるのが当たり前。
しかし、歴史が証明している通り、時代は思いも寄らぬ形で移り変わるもの。誰もが諦めかけていたロンドンの音楽シーンでも、確実に新世代の台頭が始まっているのです。
まずはざっと俯瞰してみましょう。ゼロ年代UKインディの震源地はイースト・ロンドンでしたが、2010年代に注目すべきエリアのひとつはサウス、もしくはサウス・イースト・ロンドン。
例えば、キング・クルールことアーチ・マーシャルとはアート・スクールの同級生だったというロイル・カーナー、そして彼らの後輩にあたるコスモ・パイクは、現在のサウス・イースト・ロンドンの一側面をレペゼンしているアーティストたちです。
ロイルはキング・クルールにも通じるメランコリックでジャジーなサウンドを基調としつつも、よりヒップホップ色の強い音楽性を打ち出しているMC。
一方のコスモ・パイクは、フランク・オーシャン“ナイキス”のMVにも出演している18歳。まだ顔立ちにも幼さが残るキュートな少年ですが、既に並外れたセンスを発揮しています。この“クロニック・サンシャイン”のMVは、彼の出身地であり、今ロンドンで注目の地域と言われているペッカムで、地元の仲間たちを呼んで撮影したもの。彼の音楽やヴィジュアル同様、このMVも最高にクール。
そして、今サウス・ロンドンで面白いのはキング・クルール周辺の人脈だけではありません。一足早く頭角を現したフォーメーションがインタヴューで話していたように、ブリクストンのヴェニュー〈ウィンドミル〉に出演するギター・バンドたちも、新たなシーンを形成し始めている模様。
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『トレインスポッティング』から20年。
英国ポップ・シーンの「今」をその当事者、
フォーメーションに訊く:前編
ハッピー・ミール・リミテッド改めHMLTDはアダム&ジ・アンツとフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのもっともエクストリームな融合で、シェイムはさながら現代版のザ・フォール。これらのバンドは、やはりブリクストンを根城とし、過激な言動とライヴ・パフォーマンスでカルト的な人気を誇るファット・ホワイト・ファミリー以降の磁場から登場した一群だと位置づけていいでしょう。
一方で、〈ウィンドミル〉周辺には、よりポップでグルーヴ重視のフォーメーションのようなバンドもいれば、〈ラフ・トレード〉と契約したゴート・ガールといったモノクロームなフィメール・ギター・バンドもいます。更には、こういったローカル・シーンの動きを紹介するメディアとして、〈ソー・ヤング・マガジン〉というジンが存在するのも理想的。
おそらく、彼らのようなサウス・ロンドンの新世代が今すぐメインストリームに食い込み、ドラスティックにイギリスの状況を変えるわけではないでしょう。しかし、これだけの頭数が揃っていて、それぞれに明確な個性があるとなれば、少なくともロンドンの音楽シーンが「死んでいる」とはもう言えないはず。
では、本題に移りましょう。この原稿の主人公であるビッグ・ムーンは、こういったサウス・ロンドンの新たなシーンと密接な関係にありながらも、その枠組みには到底収まりきらないポテンシャルを感じさせるバンドです。
ビッグ・ムーンの始まりは、ヴォーカルのジュリエット・ジャクソンがパーマ・バイオレッツに触発されて「ギャングのようなバンドを組みたい」と思い立ち、その後、ファット・ホワイト・ファミリーのライヴを観て曲を書き始めたこと。そして実際、彼女たちは〈ウィンドミル〉でデビュー・ライヴをおこない、フォーメーションやゴート・ガールなどとも親交を持っています。
まさに彼女たちはサウス・ロンドン・シーンの一角。ただ、その音楽性はシーンの他のバンドたちとも、ひいては近年の様々なインディの潮流とも明らかに一線を画しています。
まずは一曲聴いてみて下さい。デビュー・アルバム『ラヴ・イン・ザ・フォース・ディメンション』の幕開けを飾る“サッカー”は、ギターの緩急を駆使したドラマティックな展開で、どこまでもエモーショナルに高揚していく曲。激しいギターが割り込んでくる瞬間は、飛びきりエクスタティック。そして2017年の今となっては驚くほど新鮮に感じられる、ビッグなコーラス・パートも持っています。
この曲から溢れ出しているのは、極めて真っ当なロックの興奮。胸がすくほどストレートなギター・バンドのダイナミズム。しかし、それこそが、ロックが「インディ」という小さな蛸壺に充足することを選んだ2010年代に、ほとんど忘れられかけていたものであることは言うまでもないでしょう。
こちらの“キューピッド”も負けず劣らずの名曲。コーラス・パートで聴かせるハーモニーは、50年代のガールズ・グループを意識しているところもありそうです。
〈ガーディアン〉曰く、ビッグ・ムーンは「強い確信を持ったゼロ年代とブリットポップ・ギターへのノスタルジー」。一方の〈Q〉は、「グランジ・ギターと煌めくコーラスの衝突」と位置付けています。どちらも決して間違いではありません。ただ、それにひとつ付け加えるとすれば、彼女たちのサウンドはブリットポップとグランジへと完全に英米が分断されてしまう直前の、92~94年頃のバンドを想起させるものだということ。つまり、もっともロックがエキサイティングだった時代のひとつを想起させるということです。
具体的にもっとも近いバンドを挙げると、ギターの緩急でダイナミズムを生む奏法とエモーショナルな歌唱を封印する前のレディオヘッド。更に言えば、レディオヘッドの『ザ・ベンズ』とピクシーズの『ドリトル』の間。ここにあるのは、ブリットポップだ、グランジだと簡単に分類できない――しかしだからこそ、あらゆる党派性を超えて広く届く可能性を持ったサウンドです。
彼女たちが最高なのは、そのサウンドだけではありません。変に気取ったところがない、大きな口を開けてギャハハッと笑いそうな等身大の佇まいも魅力的。なにしろ彼女たちのバンド名は、英語の俗語で「デカいケツ」。お上品なインディ・バンドには決してつけられない名前です。
ロネッツとピクシーズがセッションしているような名曲“サイレント・ムーヴィ・スージー”は人形劇のMVですが、この映像も彼女たちのキャラクターをよく表しています。最後は切ない結末ではあるものの、浮気のセックス・シーンあり、自慰行為ありの、なかなか開けっぴろげで「ヒドい」内容。しかし、例えばFKAツイッグスなどの高尚なアート路線とは対極にある彼女たちの豪放さは、いい意味でロック・バンド的であり、胸のすくような気持ちよさがあるのではないでしょうか。
最後にもうひとつ。彼女たちは、元々はインディ・フォーク系のシンガー・ソングライターだったマリカ・ハックマンのニュー・アルバム『アイム・ノット・ユア・マン』にもレコーディング・バンドとして参加しています。〈SXSW〉での共演ライヴが好評だったことを受けてか、8月には北米でジョイント・ツアーも開催。今、ビッグ・ムーンともっとも近い位置にいるアーティストは、この人かもしれません。
ビッグ・ムーンは、今「何か」が起こっているサウス・ロンドンから頭角を現したバンド。しかし、そのダイナミックなサウンドは、シーンの一角というポジションには到底収まりきらないポテンシャルを感じさせるもの。果たして彼女たちは、あらゆるシーンから少しずつ食み出していたがゆえに、様々な党派性を超えて多くのリスナーにリーチしたレディオヘッドのような存在になり得るのか? その答えは、この『ラヴ・イン・ザ・フォース・ディメンション』を聴いた一人ひとりが出すことになるはずです。
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