SIGN OF THE DAY

21世紀の炎上少女、グライムスのトリセツ。
全世界の年間チャートをかき乱す話題作
『アート・エンジェルズ』はこう聴け!
② by 天野龍太郎 中編
by RYUTARO AMANO December 09, 2015
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21世紀の炎上少女、グライムスのトリセツ。<br />
全世界の年間チャートをかき乱す話題作<br />
『アート・エンジェルズ』はこう聴け!<br />
② by 天野龍太郎 中編

ちょっと先を急ぎすぎました。クレア・バウチャーとしてではなくグライムス名義での記念すべき処女作品は、〈アルブツス〉から2010年にリリースされた30本限定(!)のカセット『ガイディ・プライムズ』。いきなりアルバムです。フランク・ハーバートの大河SF小説『デューン』(ホドロフスキーが映画化しようとしたけれど頓挫し、その後デヴィッド・リンチが映画化したあれです)に登場する惑星ギエディ・プライムにちなんで名付けられたこのアルバムは、先に紹介したクレア・バウチャー名義の2曲からぐっとDTM感は増したものの、そのフィーリングはほぼ同じ。つまり、ザラっとしたローファイなサンプル+シンセ・リフ+カシオトーンにプリセットで入っているような粗く、トライバルにも聞こえるシンプルなビートのループ+クレアのヴォーカルの多重録音というスタイル。これは“ローザ”や“エイヴィ”等、収録曲の大半に端的に表れている通り。

Grimes / Avi

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ここでも印象に残るのはやはり彼女の声です。今にも霧散してしまいそうな、儚げでナイーヴな多声コーラスにはスピリチュアルな、陶酔的な響きがあり、その魅力には抗いがたいものがあります。ロウ・キーからロリータ・ヴォイスのファルセットまで、シアトリカルと言ってもいいほどトラックごとに表情を変える歌声。この、深くリヴァーヴがかけられたグライムス特有の歌は、彼女が影響を公言するパンダ・ベア(アニマル・コレクティヴ)のそれや、スピリチュアルなクワイア、そして――最も特筆すべきは――マライア・キャリーなどの90's R&Bという一見バラバラな3者が、クレアの身体の上で奇跡的な止揚を遂げたもの、と考えられます。「ケイト・ブッシュなんて聞いたことないし」と口をとがらせるグライムスの唯一無二の歌声、そしてその多重録音の秘密はおそらくそこにあります。

Panda Bear / Take Pills

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Mariah Carey feat. Jay-Z / Heartbreaker

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アルバム全体としての質感はドリーミーな一方で、『ガイディ・プライムズ』を特徴づけているのはアシッド・フォーキーさよりも(ホラー・テイストなアートワークにも顕著な)どこかゴシックでダークな、タナトスを孕んだ翳りである、というところに注目しましょう。同時期に勃興してインターネットを席巻し、後にヴェイパーウェイヴの呼び水となったカルト・ジャンル、ウィッチハウスとの共振が見て取れますが、それ以上にこの「ポップなタナトス感」とも言うべきダークな軽薄さは、最新作の“フレッシュ・ウィズアウト・ブラッド”のヴィデオに至るまでグライムスというアーティストの根底に渦巻く気分なのでしょう。

それと、2曲目の、オリエンタルなインチキ中国語にも注目です。

Grimes / Sardaukar Levenbrech

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『アート・エンジェルズ』には台湾のフィメール・ラッパー、アリストファネスをフィーチャーした“スクリーム”があることを思い出しませんか? 中国語の跳ねるようなキュートな響きはグライムスの発声法に影響を与えているのかもしれません。

Grimes feat. Aristophanes / Scream

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『ガイディ・プライムズ』に続く2nd、『ハルファザ』は同年10月、前作から9ヶ月後という早いペースでのリリースとなっています。当時のグライムスのレコーディングに対するテンションの高さが伺える性急さですが、しかし『ハルファザ』は前作の延長線上にあるというよりも、次に待つ傑作『ヴィジョンズ』を確実に準備している、充実した内容のレコードです。まず耳を持っていかれるのは、以前とは比べ物にならないほど太く、バウンシーに、ふくよかになったビート。“Sagrad Прекрасный”を聞いてみましょう。

Grimes / Sagrad Прекрасный

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ビートだけを取り出せば、デトロイト・テクノをも想起させるファンクネスが感じられませんか? おそらく彼女の(GarageBandの)プログラミングのスキルの向上が、ダンス・ミュージックないしビート・ミュージックとしてのソフィスティケーションをもたらしたのでしょう。この力強いビート、そしてそのビートが楽曲にもたらすポップな強度が最新作『アート・エンジェルズ』までをも予見させていると感じられます。他方で“イントール/フラワーズ”や“ドリーム・フォートレス”のようなシンセ・リフが全体を引っ張っていく楽曲も登場しています。

Grimes / Intor / Flowers

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Grimes / Dream Fortress

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けれどもまだ作品としてはチルウェイヴ/ウィッチハウスの亜種であるベッドルーム・ポップ、という印象を拭えないこともまた確か。

ディスコグラフィとしてはここで同郷であるカナダのプロデューサー、デオンとの純粋なスプリットEP『ダークブルーム』を挟みます。2011年です。リリースは〈アルブツス〉と〈ヒッポス・イン・タンクス〉から、というジャストな組み合わせ。前半がグライムス、後半がデオンという構成のこの作品において、楽曲のプロダクションは明らかな変化と跳躍――ダンサブルでストレンジなポップスとしての開花――を見せています。特にそれは“ヴァネッサ”と“クリスタル・ボール”の2曲に顕著です。

Grimes / Vanessa

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Grimes / Crystal Ball

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前作の“Sagrad Прекрасный”と、同じハープのフレーズを流用した“クリスタル・ボール”をぜひ聞き比べてください。歌声の力強さ、掛け声のように挟まれるロリ・ヴォイスのコーラス、折り重なるシンセの印象的なフレーズ――グライムスの音楽がやっとここで大きな産声をあげている、と言っていいでしょう。印象的なヴィデオと共にカルト・ヒットとなった“ヴァネッサ”の成功はおそらく彼女に大きな自信をもたらしたと思われます。同時期、既に『ヴィジョンズ』を制作中だったグライムスは「私はもっとずっと先に進んでいるわ。私の本当の1stアルバムと呼ぶべき作品を作っているの」との力強い発言を残しています。

では、後編では彼女の名前を世界に知らしめた『ヴィジョンズ』、そして、世界中の話題となっている最新作『アート・エンジェルズ』へと話を進めましょう。




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